229.海族と海軍
パレスちゃんに連れられ、オレたちはゼフ・ミュール港へやって来た。
遠くからでもその見事な開発度合は確認出来たが、近くで見るとまた迫力があって圧倒される。
恐らくはこの島――メンデレイア大陸の北側全てが港になっており、コンクリートで固められた地面と岸壁がずっと伸びている。
船着場はざっと数えただけでも十以上はあるし、停泊している船舶はそれ以上。これで海上にも行き来している船があるのだから、かなりの隻数だ。
少し離れたところには巨大な倉庫が等間隔で並び建ち、広場には麻袋やコンテナが大量に置かれている。
この貨物の数が、日々別の島とやり取りされる物資の多さを物語っているわけだ。
それから、港には付き物の灯台も、もちろん天高くそびえている。
今は昼時なので稼働していないが、夜には光を放って船に帰路を示してくれるのだろう。
「ふふふ、驚いてくれているね? それでこそ紹介しがいがあるというものだよ。さあ、付いてきてくれ」
パレスちゃんは身を翻らせ、軽やかな足取りで歩いていく。
オレたちもそれに遅れないよう、少し早歩きでついていった。
「……この国の歴史は、つまるところ航海の歴史でもある。人々は資源を、或いは土地を求めて新天地へと船を造り、海を渡るようになった。初めのうちこそ誰もが我先にと船を造り、乗り込んでいたものだけれど、いつまでも無秩序のままでいいはずがない。国の一大産業となったからには、これらを統治する仕組みの構築が急務だった……」
そこまでを言い、パレスちゃんは足を止める。
彼女の目の前には、一際大きな建物が。
「船を操り、広大な海へ繰り出す者たちのことを、イース・ミュールでは海の一族と書いて『海族』と呼ぶことにしている。そして、労働者の一割以上を占める大勢の海族たちを管理する組織は『海軍』と呼ばれている。……ここが」
パレスちゃんは建物を大げさな身振りで指し示し、
「その海軍の詰所というわけさ」
長い説明をそう締め括るのだった。
「海族と海軍、か……」
ロウディシアにおいては、歴史上何度か海上の船を襲う盗賊が現れたことがある。
彼らは海の盗賊……つまり海賊と呼称されたものだが、ここでは同じ読みでも字や意味が違う、ポジティブな名称のようだ。
そんな彼らを取りまとめるのが海軍。軍というからには、これは国が運営する組織なのだろう。
海軍がブレーンを務め、海族がその手足となって、イース・ミュールを発展させてきたというわけだ。
「立派な建物ね……」
フェイが海軍の詰所を見上げながら呟く。
建物は簡素なコンクリート造の二階建てだが、かなりの大きさがある。
パレスちゃんが言うには、横幅三十メートル、奥行二十メートル近くあるのだとか。学園にあるホールと良い勝負じゃないだろうか。
「ここでは造船および海族業に関する手続き全般を行えるようになっている。船の製造や登録、或いは海族業の許認可や出入港の届出に至るまで。海に関わる者は皆、ここを訪れて手続きをしなければならないんだ」
「なるほど、仰る通りしっかりとした仕組みが出来上がっているわけですな」
「紆余曲折はあったけれどね。何とかこの形に至ることが出来たんだよ」
誇らしげに言うと、パレスちゃんは海軍詰所の扉を開き、オレたちを中へ招く。
「中はこんな風になっている。どうだい、綺麗なものだろう?」
建物自体は築後相応の年月が経過しているようだったが、内部は確かに美しく保たれていた。
それに、レイアウトが整然としている。造船部門と海族部門で受付が分かれていたり、待合スペースも広く確保されていたり。
電子機器なども導入されていて、発券機から番号の書かれた紙を取り、窓口でその番号が呼ばれるまで待つという、ロウディシアの役所なんかでも見られる仕組みが採用されていた。
こう言っては悪いが、エイヴスとは技術水準がだいぶ違う。オレたちの世界に近いレベルまで達している感じがするな。
「この受付窓口が建物全体の半分ほどスペースをとっている。残り半分は、軍に所属する者たちの仕事場や居住空間だね」
「海軍の方々は、この施設内で暮らしているんですね……」
結婚等で家庭を築いている者は、都市の居住区から通うことも可能になっているが、単身者や一部の志願した者はここで寝泊まりしているという。
いかに造船や操舵の技術が優れているといえども、定期的に海難事故は起きてしまう。
そういった事故は緊急性の高いものばかりなので、すぐ出動可能なよう詰所で生活するのが理想なわけだ。
「おや……パレス様じゃありませんか」
待合スペースの椅子に腰かけていたお婆さんが、パレスちゃんを認めて声を掛けてきた。
彼女はパレスちゃんを様付けで呼ぶと、恭しくお辞儀をする。
「ふふふ、そう畏まらないで。ちょっと街の案内に来ただけだからさ」
「そうなのですね。確かに不思議な装いの方々を連れてらっしゃる……」
……同じ人間でも文化が違うし、服装も不思議だと思われるのは仕方ないよな。
改めて見ると、ここの人たちは青や水色を基調にした服を着ている人が多いかもしれない。
気付けば、室内にいるほとんどの人がパレスちゃんに視線を向けていた。
まあ、王座に腰掛けていたのだから、国王と同じくらい偉い人物なんだろうが……彼女の役職は未だに分からない。年齢差からして、まさか王妃ということはないだろうし。
一つだけ、予想していることはあるけれど――。
「パレス様。何かこちらへ御用ですか?」
話しかけてきたのは、廊下の奥から歩いてきた軍の関係者だ。
三十代くらいの、刈上げた紺色の髪が特徴的ながっしり体型の男性。
パレスちゃんは彼を見てちょうど良かったと呟くと、
「ああ。例の実験が成功したんで、こうして街の案内役を務めているんだ」
「ほう……ということは、この方々が」
男性が驚いて言うのに、パレスちゃんは嬉しそうに頷く。
召喚術の話を以前から知っている人となると、海軍の中でも地位は高めの人物なのだろうか。
「君たちに紹介しておこう。役目を引き受けてくれるなら、長い付き合いになるだろうからね」
そう前置きし、パレスちゃんは彼の名と職務を明かす。
「彼はセイル=ヤーヴィン。この海軍をまとめ上げる大将だよ」




