228.美しき水の国
「わあ、すごーい……!」
王宮から外へ出たオレたちは、さっきパレスちゃんが口にした『美しき水の国』という言葉に恥じぬ光景を見せつけられることになった。
都市の中央に建つこの王宮は、島の端まで見渡せる少し小高い場所にあり、陽光を反射させて煌めく広大な海も見える。
水平線近くには、こことは別の島の影も二つほど確認出来た。幾つかの島からなる、という説明があったし、あれも未開の地ではなく、既に人の生活圏なのだろう。
その証拠に、洋上を進む船の姿も幾つかある。中々しっかりした造りだし、技術は確立されているようだ。
「へえ……街も随分とオシャレだし、機能的でもあるんだねえ」
「機能的……あら、本当ね。流石は水の国というだけあるわ」
エスカーとフェイがそんな会話をしている。二人が注目しているのは、街の至る所に流れている水路だ。
澄み切った透明な水が絶えず道路の端を流れたり、或いは外壁を伝い落ちたり……眺めているだけでも美しいが、これはただ魅せるためのものではないらしい。
水路にはある程度の間隔で特殊な水車が設置されており、恐らくはそれが都市の発電を担っているように思われた。
「ふふふ、凄いだろう……? 水と共に生きるという理想の下、イース・ミュールは発展してきた。まだまだ途上ではあるけれど、君たちの暮らしにも劣らない文明を築けていると私は自負してるよ」
自信ありげにそう言ってのけたのは、先頭を歩くパレスちゃんだ。
謁見の間にいた時よりは幾分大人しくなったものの、芝居染みた口調は変わらない。
「さてさて、早速回っていくとしようか。君たちにこのイース・ミュールのことをよく知ってもらうためにね」
イース・ミュールに危機が迫っていて、異世界人を頼るべく召喚術を実行したと語ったパレスちゃん。
その具体的な内容を説明するため、まずこの世界がどのようなものかを知ってほしいとのことで、彼女が都市の案内をしてくれることになった。
都市を回って文化や歴史を紹介しつつ、本筋である問題について明かしていく……つまり、国家の背景と迫る危機とは、切っても切れない関係性を有しているようだった。
「まず、イース・ミュールとはこの世界全体の名称で、首都ゼフ・ミュールがあるここはメンデレイア大陸という。世界には合わせて六つの島が存在しているんだが、人が住むのに適した環境の島は、ここメンデレイアを含めても現状三つしかないんだ」
オレたちがいるメンデレイア大陸は、イース・ミュールの中でも最南端の大陸だそうだ。
そこから北上するほど人が住みにくくなり、四つ目以降の大陸は全て無人の島らしい。
どんどん生活圏を広げていこうという動きはあるものの、島そのものの環境だけでなく、首都から遠いことも開発の障害になっている。
首都から離れるほど物資のやり取りにコストがかかってしまうからだ。
「途上と言ったのはこういう事情もあってね。各大陸が離れていると、生活圏の拡大も中々難しい。ゼフ・ミュールの人口も増え続ける一方だから、新たな場所に街を造っていきたいところなんだよ」
「確かに、住民は沢山いそうですよね……」
周囲をキョロキョロ見回しながらイオナが呟く。
ゼフ・ミュールの街並みはセント・ロウディシアと比較してもほぼ遜色ないレベルで、むしろ並び建つ家の密度はこちらの方が多いのではとすら感じられた。
ロウディシアはほぼ一つの巨大な大陸なわけだが、こちらは複数の島国で構成される異世界だ。
このメンデレイア大陸自体は見た感じ、エイヴスの大陸よりも一回りほど小さめだし、何万人と住めるような規模ではない。
海岸線の近くまでキッチリ住宅が建っていることからしても、人口密度の限界は近いように思える。
「とまあ、そんな地理的問題を抱えるこの世界だからこそ、古くから培われてきたものもある。……何か分かるかい?」
パレスちゃんはオレたちに問いかけてきた。
「ん-……島国だからこそってことだよね?」
ルカが悩むのを横目に、
「簡単なことでしてよ。それはずばり、造船技術でしょう?」
どこから取り出したのか扇子を口元に当て、シャーロットさんが答える。
「正解。今も海の上を沢山の船が動いてるのが見えるだろう?」
パレスちゃんが海の方を手で示すのに、何人かは視線を向け頷いていた。
「イース・ミュールが誇る二大技術として挙げられるのは、一つが浄水や水力発電等の水に関連した技術。そしてもう一つが、今答えてくれた造船技術なんだ」
都市と一体化した水の流れ。景観美も機能性も併せ持つ水の利用技術は言わずもがなとして、造船技術の発展にもイース・ミュールは注力してきたという。
船の強度やスピードだけでなく、生産から維持に掛かるコストまで。人々は幾度となく改良を繰り返してきたし、それは今もなお続いているのだ。
「広大な海を往くため、技師たちはより良い船を世に送り出してきた。その甲斐あって、人々はメンデレイア大陸以外の二つの大陸……ウルラ大陸とガジェミア大陸にも街を築くことに成功したんだ。そしてこれからも、技術の進歩によって新たな地に新たな街は増えていくことだろう」
水平線の彼方に目を向け、その先の未来を空想するようにパレスちゃんは語る。
「ただ、当然ながら船を造るだけでは海を渡ることなど出来ない。船そのものも重要だけれど、乗り手も伴わなければ」
話がここに至って、オレは何となく彼女の向かおうとしている先に見当がついた。
パレスちゃんは王宮から一直線に、海の方を目指している。
「と言うわけで、一番に君たちを案内したいのは……」
陸と海の境目。人々が海へと漕ぎ出す、或いは陸へと帰り着くための場所。
「……多くの船乗りたちが集う交通の要所、ゼフ・ミュール港だ」




