227.イース・ミュール
異様な場面の中へ転移してしまい、呆気にとられているオレたち。
そこへ、王座から立ち上がった少女は再び語り掛けてくる。
「ふふ……驚くのも無理はないだろうね。君たちは突然ここへ呼び出されたのだから」
胸元辺りまで伸びる淡い水色の髪。長い睫毛のパッチリとした目、色白の肌。
身長は百五十センチに届くかどうかというくらい小柄で、フリルのついたドレスが人形のようにフィットしている。
そんなお姫様のような少女が、この場を支配するように仰々しく声を張っていた。
「……ふむ。どうやら相当地位の高い者たちがいる場所に出てきてしまったようですな……」
「こ、こういうこともあるんですね?」
「いえ、私も初めてです。大抵人里からは少し離れた場所に転移しますから」
ニオさんとアディさんは、小声でそんなやり取りをしている。
ワールドスクリプトへ転移する仕組みとしては、あの時空の歪みが通路のように機能するはずだし、魔物が出てくるということは当然人里から離れているケースが多いだろう。
それがまさか、王座のある間にやって来てしまうなんて。
しかも、あの少女の口振りからすると、オレたちは彼女らに呼び寄せられたことになる……。
「あの、ここは……?」
おずおずと、目の前の少女へ質問をするフェイ。
すると、ようやく対話を試みてくれたかとばかりに少女は笑い、
「よくぞ聞いてくれた。ここは美しき水の国イース・ミュール。私たちは長年研究をしてきた召喚術をついに完成させ、異世界人……つまり君たちを呼び出すことに成功したんだ」
「いやはや、よもやこれほど見事に成功するとは……パレス、お前の研究は間違っていなかったのだなあ」
「そうですとも、ドニ国王」
パレスと呼ばれた少女は、もう一つの王座に腰を下ろす男性に頷いてみせる。
ドニ国王と呼ばれた恰幅の良い男性は、短い白髪の五十代くらいにみえる人物で、逆三角に整えられた顎髭を撫でつけていた。
「へえ……俺たちは貴方がたの術式とやらで、ここに呼び寄せられたと」
軽い調子で話すものの、エスカーは周囲への警戒を怠らない。
おかしな状況だが、異世界の人々……それも武装した兵士たちに囲まれているのには違いない。
事と次第によっては、武器を向けられる可能性だってゼロではないのだ。
「彼らの言う術式……恐らくこの床に描かれた魔法陣によって、転移門の場所がここに定められた……というのはあり得るでしょうな」
「なるほど……」
ニオさんは冷静に分析しつつ、一つ咳払いをして王座の方を向く。
「いかにも、我々はこの世界とは異なる世界より参りました。残された時空の裂け目を通じ、こちらへ辿り着いたのです」
「おお……」
「やはり……」
控えている兵士たちも、口々に感嘆の声を漏らしている。
どうやらこの召喚術というのは、パレスという少女が主導で行っていたものらしい。
国王の隣にさも当然の如く座っている彼女は、一体何者なのだろう?
術式の研究や実施を行ったことからすると、そう……たとえばエイヴスで言う顧問魔術師に近い存在な感じはする。
ただ、どうにも見た目が若すぎるんだよな。
それこそエイヴスで出会った、あの子のような――。
「しかし、何やら我々は待ち侘びられていた様子。生憎この世界のことを何一つ分知らぬゆえ、事情を説明してもらってもよろしいかな?」
「もちろんだとも。君たちがこちらの事情を理解し、納得し、そして力を貸してくれなければ、こうして召喚を果たした意味がないのだからね」
パレスさん――ちゃんと付けるべきか――の振る舞いは、さながら演劇に興じる役者のよう。
一歩前へ踏み出すと、そこから左右へ行ったり来たりしつつ説明を始める。
「この世界イース・ミュールは、広大な海に浮かぶ幾つかの島々からなる王国だ。こちらにおわすのが国王のドニ=オーリス様で、見ての通り君たちが降り立ったこの場所は王城にある謁見の間というわけさ」
「マジで一番偉い人のいるとこに出て来たんだな……」
ロウディシアで例えれば、星定議会のど真ん中に突然転移させられてしまった、くらいの状況だろう。
この世界の人だったら、大慌てで王様の前にひれ伏すレベルなのでは。
「先ほども言った通り、私たちはこの世界の外……要は異世界から強い戦士を招くため、長年に亘って召喚術を研究してきたんだ。何度も失敗は重ねたけれど、ようやく今日ここに君たちが現れてくれた……」
「フフ……良い語り口だね、僕と気が合いそうだ……」
「今は止しておきなさいな、ユベール」
場を弁えなさいとシャーロットさんが注意する。
なるほど、彼女の方が確かに常識は心得ているな。
「では、そもそも何故私たちは異世界の勇者を必要としたのか。答えはただ一つ」
ビシッと人差し指を立てて、パレスちゃんはオレたちに宣言した。
「この世界に危急存亡の時が迫っている。だからどうか、強き力を持った君たちに力を貸してほしいんだよ」
……危急存亡の時。
その言葉に、恐らくオレ以外の全員も同じことを思い浮かべたはずだ。
もしかすると、それこそがオレたちの調査に来た目的……イレギュラー問題なのではないのか、と。




