226.転移、或いは……召喚?
「どうも、こんにちは」
受付のところで、アンナさんが待ってくれていた。
彼女とも、再会したのはエイヴスのとき以来だ。
「皆さんが新しい異世界へ調査に向かうとお聞きして、つい顔を出してしまいました」
「その節はお世話になりました。今回はアンナさんを借り出してしまうようなことにならなければいいんですが……」
「必要があるなら構わないんですよ。私の知識が役に立つのなら、とても嬉しいことですから」
そう言ってアンナさんはニコリと笑う。
またしても古代語という壁が立ち塞がってくるなら、その知識をお借りしたくはなるけれど、アンナさんは一応民間人だ。
現地に来てもらって解読作業をする……ということまではなるべくしない方がいいよな、とは思う。
「収蔵させていただいたワールドスクリプトは、既に転移可能な状態になっています。すぐに出発されますか?」
「ええ、お願いします」
ニオさんが言うと、アンナさんはでは転送室へお願いしますと告げ、廊下の奥へ去っていった。
せっかくなので、彼女が転移作業を行ってくれるのだろう。
オレたちは指示通り転送室に入り、少しの間待機する。
ほどなく、スピーカーを通してアンナさんの声が聞こえてきた。
『皆さん、入られましたね。では今から転移門を開きます』
無数にある棚から一冊の書物が抜き取られ、中央の門まで降下してくる。
この書物が、二日前にオレたちが固定化したあの『歪み』なのだ。
『今回の収蔵によって、アルカード星書院の蔵書数……つまりワールドスクリプトの数は百に達したそうです。消滅してしまう異世界もあるため、毎年増減はしますが……近年は増加傾向にありますね』
転移門の準備が完了するまでの間に、アンナさんはそんなことを語ってくれる。
延べ百冊のワールドスクリプトか……それを多いとみるか少ないとみるか。
蔵書数と表現すると少なく感じるが、その一つ一つが世界なのだと捉えれば、凄い数だとも思う。
そして、ワールドスクリプトはこれからもきっと増加していく。
オレはいつか、全ての異世界を踏破出来たりするのだろうか。
『……新規ワールドスクリプト、準備完了しました。イマジネーターの皆さんはいつでも出発可能です』
転移門が開かれ、お決まりの台詞がアンナさんの口から紡がれる。
ただ、普通は読み上げられるワールドスクリプトの名称は無い。この先にある異世界が何なのか、分からないから。
「門の準備は済んで、転移出来るようになったけど……アレ、やっておいた方がいいのかねえ」
「アレ?」
「エイヴスのときにリーダーが言ってたヤツだよ。先人に倣ってね」
……ああ、そういう慣習みたいなものがあったな。うっかり失念していた。
というか、名称が不明なこともあって宣言し辛いんだよな。
「やっておいた方がいい、ですかねー……?」
オレは何となく、先輩の方をちらと見ながら聞いてみる。
すると、ユベールさんは静かに微笑んだかと思うと、
「では、行くとしようか……これより新規ワールドスクリプトの『校正』を開始する……」
「言っちゃった!」
あっさり言ってのけたので、ルカが驚いて声を上げる。
オレもビックリだ……こういう場合、イエスかノーで答えてオレに託すものなのでは?
「彼に常識を期待してはいけませんことよ? 常に劇的なことを求めている変人ですもの」
「確かに、いつも芝居がかってるなとは思いますけど……」
フェイが呆れ気味に笑う。
実際、曲のインスピレーションがどうのこうのと毎度言ってるような人だしな。
「はいはい、無駄話はその辺にしておこう。教会の方々もいるんだし、ここはテキパキいかなきゃねえ」
そこで急にエスカーが仕切り始める。実際アディさんたちを待たせる格好になっているから、気まずいと思ったのかもしれない。
オレもこれ以上話を長引かせるのは本意じゃないし、さっさと転移を開始することにしよう。
「はあ、行くか……」
気を取り直して、オレはコネクターを取り出すと。
それを転移門に浮かぶワールドスクリプトへとかざした。
*
視界の全て……自身意識すらも拡散していく感覚。
書物の中へと吸い込まれ、光と闇の中を転落し、或いは上昇し。こちら側からあちら側へと流れていく。
そして、長いような短いような移動が終わり。
オレは空間を抜けて再構成され、未知の異世界の大地へと――墜落した。
「あ、痛た……」
冷たい床。これは石だろうか……少し青白い色で表面はツルツルしている。
視線の先には、床に何か紋様のようなものが見え……人工物であることが察せられた。
コリンシアのように、大自然の中に落とされたわけじゃないようだが……ここは一体どんな場所なのだろう。
周囲を包む光が消え、よく確認してみようとしたところで――。
「――はっはっは! よーやく成功したぞお!」
謎めいた台詞を放って笑う、若い女性の声が響き渡った。
「……へ……?」
良好になった視界。そこに広がるのは予想外の光景だった。
分厚い大理石の柱。水の流れる白い壁。床のタイルには怪しげな魔法陣。
左右には、幾人もの兵士らしき者たちが構えている。
眼前には、凝った装飾の施された王座のようなものが二つ……そこへ座る男性と少女の姿。
これは、まるで……。
「王宮……?」
オレがイメージしたのと同じ言葉を、イオナも呟いた。
そう、この設えは明らかに偉い人のために造られた場所だ。
ロウディシアには国王などいないが、文献で見たことはある。王政を採用する異世界には、こうした王様用の間もあるのだと。
じゃあ……オレたちはいきなりそんな場所へ転移してしまったってことなのか?
「……えーっと」
兵士たちが物珍しそうな顔でこちらを伺い、王座に着いた二人のうち男性は驚き、少女は嬉々として笑っている。
とんでもない展開に頭が付いていかず、オドオドしていると。
王座からすっくと立ち上がった少女が、こちらへ向けてこう言い放った。
「召喚に応じてくれて感謝する、勇者たちッ!」
――はい?
謎に拍車をかけるその台詞に、オレはただただ目をパチクリさせるばかりなのであった。




