225.新たなる異世界へ
一夜明け、出発の日が訪れた。
午前の講義を難なく――ルカが毎度苦しむので違うかもしれない――終わらせ、昼食をしっかりとってから列車に乗り込む。
アルカード星書院で午後一時半の集合。今度は時空の歪みを対処したときとは違い、ちゃんと余裕を持って移動することが出来た。
もう前回のように慌てて動きたくないものだ。
ちなみに、バランチームは同行していない。些か不服そうではあったものの、彼らはあくまでも補助役なので、現地の安全を確認出来た後で投入されるべきという判断になった。
メルシオネ教官に代わる人員も来ることになっているし、最初から大所帯になり過ぎるのも良くないと考えたのだろう。
「……よし、一時二十五分。遅れず到着出来たな」
「ね。アディさんたちは来てるかなっと……」
星書院のロビーへ入りつつ、イオナは教会の人たちを探す。
そこで、待機用のソファから立ち上がってこちらへやって来る二人の人物が見えた。
「皆さん、お早いですね」
「いや、アディさんたちの方こそ……」
言いながら、オレはアディさんの隣に立っている男性に注目する。
この人が昨日話していた、同行してくれるもう一人か。なるほどアディさんが師事する人物というだけあって、結構な年上だ。
掻き上げられた焦茶色の髪は、先の辺りに少しウェーブがかかっていて、ワックスか何かで固められている。
落ち着きを湛えた細い目、その左目の方にはモノクルを掛けており、口元にはきちんと整えられた髭が。
祭服にはほとんど皺も見当たらないし、持っている杖もピカピカだ。身なりだけで、几帳面そうだと思わせられる。
ええと、確か名前は……。
「初めまして、ニオ=ハンニスと申します。皆さんがエイヴスを救ったという立役者ですな? ご一緒出来て嬉しい限り」
「こちらこそ初めまして。まだ新人なんで、あまり期待が大きいと荷が重いですが……よろしくお願いします」
ニオさんは笑顔で手を差し出してくる。それが握手を求めるものだと数秒遅れて気付き、オレは慌ててその手を握った。
「君が、ダインくんですな?」
「あ――はい」
「特異なイマジネート、報告は受けていますぞ。その力、今回も存分に振るっていただきたい」
オレの不思議な能力、教会にも知れ渡っているのか……何か嫌だなと思いつつ、曖昧に頷いておく。
「そして……エスカーくん」
「ええ、どうも」
一人一人、情報と実物を一致させるように、握手をしながら名前を確認していくニオさん。
途中、ルカのときに怪訝そうにしたのは……性別が分からなかったからかもしれない。だとしたらまたルカが不機嫌になりそうだ。
エスカー、ルカ、フェイと続いて最後にイオナが握手に応じる。
彼女も同じように名は確認されたが……十中八九、初対面ではないだろう。
教会に管理され暮らしているイオナを、彼が知らないはずはないのだし。
「時間を貰って申し訳ない。初対面の方とは、なるべくこうしておきたいものでしてな。より記憶に残るようになるのです」
「はは……誠実さが伝わってきますし、むしろ嬉しいですよ」
几帳面さも伝わってくるが、それは言わないでおいた。行き過ぎるとネガティブな感じにもなるからなあ、細かいのは。
ニオさんはそこまでのタイプじゃないと思いたいが。
「ところで……あと二人、追加の人員があると聞きましたが」
「二人?」
ニオさんに問われたが、オレたちの方が初耳だった。
校長め。現地で知っても構わないだろうってことで、また大事なことをこちらへ告げないままにしたな……?
心の中でそう悪態を吐いていた、そのとき。
――ん?
何やらこの場に似つかわしくない音が耳に届いた。
これは……弦楽器の音色?
「やあ、お待たせしたね……」
穏やかな、或いは夢うつつのような声が聞こえてくる。
どうも嫌な予感がしたけれど、この声はやはり……。
「フ……久しいね、皆」
「ゆ、ユベールさん……」
独特の雰囲気を漂わせる先輩、ユベール=ホープさん。
自分の愛器なのか小さなハープを抱えていて、それが先ほどの音色を響かせたようだ。
彼の登場だけでも驚きだったが、隣にはもう一人個性的な先輩の姿が。
「ユベールだけではなくてよ? この私も同行させていただくわ」
ずいと一歩踏み出し、艶めく紫のロングヘアーを手で掻き上げながら宣言した彼女。
直接話したことはないが、学園内で何度かすれ違ったことはあるし、噂も度々耳にはしていた。
「シャーロットさん!」
「ええ、シャーロット=メイガスよ。知っていてくれて嬉しいわ、イオナさん」
イオナが名を呼び、シャーロットさんは満足げにニヤリと笑う。
そう、彼女はシャーロット=メイガス先輩。立ち居振る舞いから一目瞭然だが、名門貴族メイガス家のお嬢様なのである。
さらりとなびく背中まで伸びた髪は、左右に分かれながら緩やかにカールしていて。
左耳の少し上の辺りにはバラを模った髪飾りが一つ、美しく咲き誇っている。
パッチリとした目はやや吊り上がり気味で、常に絶えない笑みも意志や自信の強さを如実に物語っており。
如何にも高級そうなゴシックドレスを完璧に着こなしている様は、まさに女王の貫録といっても過言ではなかった。
「じゃあ、お二人が追加の人員?」
「そうとも……昨日コーネリア校長から連絡があってね」
「後輩たちの面倒を見てやってくれと頼まれましたの。先輩として務めを果たさなければと、承諾させていただいたわ」
それから、とシャーロットさんは付け足す。
「彼一人ではどうも心配なのですわ。主にコミュニケーションの点で」
「フ……それを君に言われたくはないね……」
……この二人、一緒にいるところは見たことなかったけれど、案外交流は深いようだ。
少なくとも気軽に互いのダメ出しが出来るくらいには。
あと、コミュニケーションの点で心配があるというのはちょっと察せられる。
ユベールさんもシャーロットさんも、かなり個性強めだものな……。
「ほほ……ユベール=ホープくんにシャーロット=メイガスさん。お二人のことも耳にしていますよ」
「それはどうも……」
ニオさんは、ユベールさんたちとも自然な流れで握手を交わす。
「これだけ頼もしい人員を遣わせてくださったなら、調査も予想より早く終わらせられる気がしてきますな」
「そのつもりで臨ませていただきますわよ」
ううむ、羨ましくなるほど揺るぎない自信だ。
その溢れる自信を少し分けてもらいたい。
『ちなみに、サブオペレーターとして二人は僕が担当する。……正直疲れそうだからイヤなんだけどね』
「おや、つれないなあ……」
通信で聞こえてくるのはトーマスさんの声だ。
二年生のオペレーターでオレたちが真っ先に思い浮かべるのが彼だったし、予想通りなのは安心する。
本人は二人のオペレート、面倒臭そうにしているけど。
『いつかは共同でオペレーションをするかもしれないと思ってましたが、存外早かったですね』
『そうだね。君の成長ぶりを隣で拝見させてもらうことにしよう』
『ええ、どうぞ』
同期の二人にはやや冷たく当たるものの、マルとはこんな調子で仲良さそうに掛け合うトーマスさん。
まあ、彼なりに話が上手く進む接し方をそれぞれしているのだろうと思う。
「これで全員、きちんと勢揃いしましたな。では、向かうとしましょう……新たなる異世界へ」
髭を撫でつけながら、ニオさんはこちらをぐるりと見回して告げた。
オレたちは各々頷き、先頭を行く彼とアディさんに付いて進み出す。




