223.調査要請、来たる
翌日、昼食をちょうどとり終えた時のことだった。
『悪いがセラフィス教会から連絡があった。直接訪問して事情を説明するそうなんで、一時にB棟の応接室まで来てほしい』
コーネリア校長から、そんなメッセージが送られてきたのは。
「はあ、昨日の今日か……早かったな」
オレたちが昨日、最短で駆けつけたように、あちらさんも最短で仕事をやってくれたわけだ。
そして、ワールドスクリプト内に危険な兆候を発見した……と。
「まだ依頼を請けてなくて良かったね。キャンセルしちゃうのは忍びないし」
「だなあ。そういうの、減点あるんじゃないっけ」
「普通はあったはず。私たちはちょっと事情が事情だし、考慮してくれそうだけどね」
イオナの言うように、学園側がオレたちに召集をかけたときくらいは、便宜を図ってくれそうではある。
すぐ来てくれって言っておいて、依頼をキャンセルしたら減点だなんて酷過ぎるものな。
「ふう。今は十二時四十分か……これ片付けたらB棟に向かうとしよう」
食器の乗ったトレーを返却口へ置き、オレたちは食堂を出る。
その足で、B棟の応接室を目指した。
応接の扉は開かれていて、室内ではコーネリア校長が既にスタンバイしている。
オレたちも挨拶をしてから、校長の傍まで近付いていった。
「いやあ、予想より早く連絡が来たもんだぜ。もう少しお前らを休ませられると踏んでたんだが」
「来た以上は仕方ないです。説明を聞いたらすぐ出発しないといけないんですかね?」
「その辺も含めての打ち合わせ、だな。こちらもまだ詳細は知らねえんだ」
校長も同席し、オレたちと一緒に初めて話を聞くようだ。
だとすれば、余程のことが無い限りすぐ出発とはならない気がする。
学園側でも準備したいこと等あるだろうし、オレたちだってそれは同じだ。
「失礼いたします」
事務員の女性が、応接室の外からこちらへ声を投げかける。
どうやら先方が到着したらしい。
「お待たせして申し訳ありません、ただいま到着しました。昨日はどうもお世話になりまして……」
恐縮した様子でやって来たのは予想通りアディさんだ。
彼もこうしてアウェーの空間で、トップであるコーネリア校長と話し込むのに緊張しているようだな。
「おう、アディ=メイルくんだったな。昨日固定化したワールドスクリプトの件だろうが、やけに早いじゃねえか?」
「はい、あの……予めイレギュラー反応が出ていたこともあり、教会内でも優先処理されまして。その結果、これは学園への要請が必要だ、との判断が下されたんです」
その審査は誰がするのか気になっていたが、アディさんによると教皇が御自ら行うそうだ。
魔術工房の技術も必要なところはあるものの、異世界の危険度は教皇……セラフィス七世の特殊な力によって調べられているという。
「長くなりそうだし、まずは座ってくれ。落ち着いて話そう」
「ありがとうございます。それでは失礼して……」
アディさんはオレたちの向かいに着席する。
それから気持ちを落ち着けるように息を吐き、説明を始めた。
「先日持ち帰ったワールドスクリプトは、歪みの時点でイレギュラーが出てくることはありませんでしたが、審査段階でも反応は消えていませんでした。尚、危険度としては『警戒』レベルのようです」
「警戒……ボクらがちょうど行けるようになった段階だね」
「先月、ライセンスが四級になったと伺いましたよ。遅ればせながらおめでとうございます。……ちなみにライセンスが足りていなかった場合、対策チームは出動出来たんでしょうか?」
途中で気になったらしく、アディさんはコーネリア校長に話を振る。
「こいつらの身の安全もある、他に誰もいないって時でもなきゃ出動はさせねえさ。ま、どこでも問題無く向かえるよう、バンバン昇級してくれるとありがてえんだがな」
「無茶言わないでくれます?」
イオナが唇を尖らせる。またしても人遣いの荒さが分かる発言だ。
「はは……チームに並々ならぬ期待をしてるのは伝わってきますよ。まあ、それはさておき。エイヴスの一件があったばかりなので、我々もイレギュラー反応には目を光らせています。ジャンヌさんを筆頭に、収蔵済の異世界での散発的な出現には対処してもらっていますが、長期化が予想される調査には、対策チームへの要請が妥当かという流れになったんですね」
持って回った言い方だが、つまりは長期間異世界へ出向ける人材が欲しい、というわけだ。
……もしくは、もう一つ可能性は考えられる。その場合、アディさん自身は伝えられていない可能性が高いけれど。
「今回も、目的としてはイレギュラーの討伐と、それに伴ってワールドスクリプト内に起きているであろう異変の解決……というところでしょうか?」
フェイが訊ねると、
「最終的にはそうなります。ただ、新たなワールドスクリプトということもありますので、異変の解決まで皆さんにお願いするかは分かりません。数ヶ月、或いは年単位の仕事になるかもしれませんし」
と、アディさんは教会の方針を述べる。
確かに、以前のエイヴスと違って今回は全く新規のワールドスクリプトだ。
転移した先にどんな光景が広がるのか、何が待つのかまるで分かっていない。
世界を探索して識るだけでも時間が掛かるだろうし、そこから世界に起きている異変を突き止めるのは尚更大変なはずだ。
「そもそも、新しいワールドスクリプトに出向くなんて経験ボクらにはまだないから、どうするんだろうって感じなんですけど」
「でしょうね……皆さん一年生なわけですし。その辺り、コーネリア校長は何かお考えが?」
アディさんが意見を伺うと、校長は顎を擦りながら、
「もちろんコイツらだけで行かせたりはしねえ。ただ、前回同行してもらったメルシオネが今は不在だからな。他の誰かになるだろう」
「あれ、メルシオネ教官ってまだいないんですか?」
昇級試験のときも、メルシオネ教官がいなかったからアーロンさんが代役を務めていた。
あれからずっといないとすると、一ヶ月ほど学園を離れていることになるが……。
「度々戻っては来てるけどな。ま、アイツも自分を見つめ直したい時期に入ったわけさ」
自分を見つめ直す……か。
思い当たるきっかけはやはり、エイヴスの一件。あのときメルシオネ教官は、自身の力不足を痛感していたように感じられた。
そこから類推すると、自分の見つめ直しというか、鍛え直しでもしているのかもしれない。
「ま、一応お前らにも基本的な流れを説明しておくと……通常新規ワールドスクリプトの探索は拠点の設置から始まる。転移門周辺の安全を確保し、最低限安全に過ごせる場所を造り上げるんだ」
「小屋を造ったりとか?」
「ノウハウがあるならすぐ造ってもいいが、そこまでは求めちゃいない。少人数で向かうなら地形を利用するとかもアリだろう」
コーネリア校長は過去、巨木に開いた穴だったり、或いは崖の下の洞窟だったりと自然に生じた空間を簡易的な拠点としたこともあったという。
しっかりした建築物は後から人員を派遣して設える、というパターンも多いそうだ。
「何せ主目的がイレギュラー問題の対応だ。当該ワールドスクリプトとの行き来を安定化させるってのは二の次でいい。エイヴスのときは千年王国の妨害なんてモンがあったが、転移門が使えればいつでもこっちに帰ってこれるわけだしな」
それを言われればその通りだ。調査が長期間に亘るとしても、基本的に異世界から帰って来れないわけではない。
あちらに調理や寝泊まりが出来る設備を確保する必要までは、現時点ではないのだ。
「そう聞くと少しホッとしました……」
「しかし割と皆、しっかり拠点造らないとって思ってたんだねえ?」
エスカーだけは最初からそんなわけないと承知していたようで、やや呆れ気味に言ってきた。
でも、初めての経験なのだしちゃんと否定されなきゃ有り得ないとは断じられない。
悪いがオレたちは、まだまだ場数の少ない新人イマジネーターなのだから。
「お前たちは昼間の活動時間、通常の依頼に代えてその異世界の調査をしてくれりゃあいいってことだ。んで、必要なら適宜人員を派遣して転移門周辺の拠点化を進めていこう。あくまでもこのチームはイレギュラー対策がメインなんだ、他のことは誰かに頼ればいい」
「……分かりました。エイヴスのときだって、色んな人の力を頼りましたもんね」
イオナが当時を振り返るように、しみじみと言う。
オレたちだけでは成し遂げられなかった世界の救済。
あれは教官や先輩だけでなく、現地の人まで力を貸してくれて。だからこそ何とか手の届いた結末に違いなかった。
「では、最低限の安全を確保出来れば、後はイレギュラー探しに入ればいいんですね」
「それで構わない。補助的な人員についてはこっちで考えとくさ……」
と、コーネリア校長が口にした時だ。
「……人員が必要なんだな?」
――まさか。
応接室の外から、聞き覚えのある声が飛び込んできた。




