221.歪みの固定化
上空で広がっていく時空の歪み。それが魔物を産み落とすまで、オレたちは身構えながら待機する。
二、三分ほど広がり続けた歪みはようやく拡張を止め、黒々とした向こう側から何かが現れ始めた。
「さあ、どんなヤツが出てくるんだ……!?」
「どんなのだって、ボクたちが倒してやるぞっ!」
こちらとあちらの隔たりを破り、ゆっくりと這い出てくる異形。
魔物なのか、はたまたイレギュラーなのか……いずれにせよ、討ち倒すのみだ。
突き出た頭が見え、鋭い刃のようなものが見え。その全体像が少しずつ明らかになっていく。
そして――敵は地上に産み落とされた。
「――は……?」
墜落した魔物の姿をしっかりと目視して、思わず口を衝いて出たのはそんな声だった。
いや……多分、誰だって同じ反応をすると思う。ほら、周りも同じようにぽかんと口を開けている……。
「えっと……何、コイツ……?」
「さ……魚、かしら」
キョトンとしたまま呟くルカに、戸惑いながらもフェイが答える。
そう……魚だ。目の前に落ちて来た魔物は、魚が変異した魔物に相違なかった。
『ブレードフィッシュ……その名の通り、ヒレや尾が刃のように鋭くなった魚型の魔物です。水中では大変厄介な、二ツ星依頼相当の魔物……なのですが』
マルも言い淀む。というか、多分画面の向こうで笑うか呆れるかしている気がする。
水中では大変厄介なブレードフィッシュ。それは翻って言えば、地上では厄介じゃないということ。
残忍な刃を持った、体長一メートル以上もあるブレードフィッシュ計四体は……水のみの字も無い荒れ地に投げ出され、虚しくピチピチと跳ねるばかりなのだった。
「……こういうことも、あるもんなんだねえ」
あまりにシュールな光景に、エスカーも笑いだしそうになりながらコメントする。
いや、何というか……さあやるぞ、と意気込んでいた気持ちを返して欲しい。
落ちて来たブレードフィッシュたちには悪いが、これだと話にならないだろ。
「あ! でも、次が来るよ……!」
時空の歪みの方を指差しながら、ルカが知らせてくれる。
セント・ロウディシアに発生したのと同規模の歪みだし、確かに第二陣、第三陣くらいはあってもおかしくはないか。
次こそはまともな魔物が出てくるか……!?
「――あ、……ああ……」
……ボトリと、魔物の第二波が墜落する。
それはブレードフィッシュではなかったものの……またしても同類の魔物で。
『ふ、ふふ……す、すいません。はあ……今落ちてきたのはポイズンシースター、ヒトデ型の魔物です。水中では大変厄介な……もういいですか?』
「ああ、別に説明してくれなくてもいい……ありがとな、マル」
『はい……その、まあ。頑張ってくださいね』
頑張るも何も、活動するために必須な水が無いこの場所に落とされた魔物たちはただ大地を這いずることしか出来ず。
満足に行動出来ない以上、どう考えても奴らに負ける事態など起こり得そうになかった。
「いや、まあでも油断はせず……」
自分にそう言い聞かせ、仲間にも注意を飛ばし。
「や、やるぞ……!」
慎重に魔物を処理していく。
「――黒月!」
「氷刃!」
「浸透掌っ!」
「サンダー!」
……結果。
魔物はただ一度も反撃することも出来ないまま、あっさりと骸へ変わり果ててしまうのだった。
「……終わったな」
「ええ、終わったわね……」
時空の歪みは未だ健在だが、これ以上魔物が出てくる気配もない。
どうやら本当に、海洋の魔物を吐き出しただけで落ち着いてしまったようだ。
……拍子抜けではあるものの、無事に討伐したのには変わりない。
オレたちは武器をしまい、戦利品の回収を済ませてアディさんのところまで戻っていった。
「あのー……とりあえず、魔物は片付きました」
「あはは……見てましたよ。まさかこの荒れ地に海の魔物が出てくるとは……」
アディさんもこの事態には笑いを禁じ得ない様子。
ここまでちぐはぐなことは多分、あまり起きないのだろう。
「ともあれ、ありがとうございます。後は時空の歪みが閉じればそれで良し、なのですが……」
話している間にも、歪みが変化する兆候は感じられない。
空間に亀裂が入った状態のまま、ずっとそこに在り続ける。
「この歪みは安定化してしまったようです。待っていても閉じることはないでしょう。そこでようやく――」
「オイラの出番ってワケだな!」
いつの間にやら近寄って来ていたトバルさんが、元気良く答える。
アディさんはその通りですと返し、
「バインダーは持ってきてくださっていますね? では、どうかよろしくお願いします」
「おう、任せとけ!」
トバルさんは列車内で見せてくれたバインダーを取り出し、電源を入れて作動させる。
装置の回路が、まるで血が巡るように光ったかと思うと、モニターから画面が空中に照射され、無数の数字やらグラフが表示された。
「ようし、やるぞ……」
そう独り言ち、トバルさんは装置に付いた一番大きなボタンを押し込む。
すると光の帯のようなものが出現し、時空の歪みへ向かって飛んでいき……その上下に留まった。
「皆さん、固定化作業をご覧になるのは初めてですよね」
「はい。正直ちょっとドキドキしてます」
イオナがそう感想を述べると、アディさんはそうでしょうと微笑む。
「僕も最初に見たときは感動しました。こんな風にワールドスクリプトは出来上がるのか、と」
変動する数値に対応し、トバルさんはバインダーに素早く何かを入力している。
素人には全く分からない作業だが、それが大変なことであるのは容易に理解出来た。
時空の歪みを挟みこむように留まる光の帯は、やがてその間隔を狭めていく。
上下から歪みを圧し潰してしまいそうな動きだ。
「圧し潰す、というのはあながち間違いではないですよ。バインダーは時空の歪みを物質化し、圧縮し、そして書物の形に固める……そういうものですから」
「なるほど……」
光の帯に挟まれた時空の歪みは、確かに少しずつ小さくなっている。
更に、歪みが収縮していくのに伴って、バインダーの方へ引き寄せられているのも見て取れた。
「……これで、どうだッ!」
トバルさんが声を上げ、トドメとばかりに一際強くキーを打ち込んだ。
その瞬間、光の帯ごと時空の歪みは吸い込まれ――バインダーに開いた穴へ、すっぽりと収まった。
「ふう……完了っと!」
光が消えていくと、吸い込まれた歪みがバインダーの中で書物の形に変わっていた。
バインダーに穴が開いていたのは、この部分に変換された歪みが収まるからだったんだな。
「お疲れ様です、トバルさん。相変わらずお見事でした」
「もう三、四回はやらせてもらってるからなあ。失敗したら怒られるってもんさ!」
「いや、まだ少ないと思いますが……それでお一人で出来ちゃうんですから、凄いもんですよ」
アディさんに褒められ、トバルさんは嬉しそうに笑う。
あれでたった三回か四回しか経験が無いとはオレも驚きだ。プロ並みの仕事をしていたように思えた。
「では……固定化したワールドスクリプト、受け取らせていただきます」
「はいよ!」
トバルさんはバインダーからワールドスクリプトを抜き取ると、それをアディさんへ手渡す。
丁重にそれを受け取って、彼はふうと一息吐いた。
「これでオレたちの仕事も無事完了、という感じですかね?」
「はい。迅速な対応で大変助かりました。イレギュラー対策チーム、創設したばかりなのにここまで身軽に動いてくれて、ありがたいですよ」
「人遣いの荒いトップがいますからねえ」
と、エスカーはコーネリア校長とジャンヌさんのことを暗に批判する。
まあ、二人の人遣いについてはオレも擁護し辛いけれど。
「その新しいワールドスクリプトは、教会へ持ち帰るんですか?」
「ええ、そうです。教会と魔術工房が連携して、この中に広がる世界の危険度を事前審査しないといけないので。一通りの審査が終わるとアルカード星書院へ持ち込まれ、お次はイマジネーターの方々と現地調査に赴く……という流れになりますね」
何もぶっつけ本番でイマジネーターが異世界へ飛び込むわけではないらしい。
ワールドスクリプト内がどの程度危険かは、ちゃんと事前に教会で判定してくれているのだ。
「今回発生した時空の歪みにイレギュラー反応が出ていることもありますし、また皆さんのお力を貸していただくことになるかもしれません。そのときは改めて、よろしくお願いしますね」
「了解しました。対策チームとして活動している手前、謹んで引き受けさせていただきますよ」
アディさんの言葉に、オレはぎこちない営業スマイルを浮かべつつ返す。
イレギュラー対策に特化したチーム、という役回りな以上、こう答えるのがベターだろうと思っての返事だったが。
……まさかその話がすぐさま現実のものになろうとは、この時のオレはまだ知る由もなかった。




