218.六月、学園への一報
第二の獣は命の大海に。
貧しくとも満ち足りている。今を誇り、航路を拓け。
――第■代 イオナ=ピルグリムの預言より
四級ライセンスへの昇級試験が無事合格で幕を閉じ、はや数週間。
暦も六月に入り、アトモス学園にもだんだんと夏の足音が聞こえ始めていた。
「お疲れさん。今日も精が出るねェ」
本日の依頼を終え、オレたちは掲示室のフィンクスさんに納品素材を渡しに来ていた。
昇級してからというもの、なるべく毎日二ツ星以上の依頼はこなすようにしている。
そのおかげもあり、まだバランチームや他チームもオレたちには追いつけていない。
あとはしょっちゅう顔を合わせるので、フィンクスさんと結構親しくなったように思う。
「はは、ありがとうございます。フィンクスさんも、ほぼ一人でここを切り盛りしてるんですしお疲れ様ですよ」
「こらおおきに。自分が労われるんはあんま無いから、なんやくすぐったい気分やな」
「ダインはそういうとこあるんです」
イオナが訳知り顔でそんなことを言う。
そういうとこってなんだよ。
「でも、フィンクスさんっていつまでここの仕事引き受けてるんですか? もう卒業後の進路が決まってたり?」
「まァ進路が決まってるっちゅうのはそうやね。昔からそうしよう思てたことがあるから」
ルカの質問に、フィンクスさんはそう答える。
初対面のとき、メルシオネ教官はフィンクスさんが将来を見据えてこの仕事を引き受けたと話していた。
依頼の受付が関係する進路、か。
「ギルドの受付になる……とか?」
当て推量でオレが言ってみると、
「言われるやろなとは思たけど、ちょっと違うなァ。受付の仕事はそのものズバリやなくて、接客技術とか事務処理を学ぶためにやってるんよ」
「ほうほう」
確かにここで受付をしていれば、毎日イマジネーターが仕事を請け、或いは報告にやって来る。
単に手続きをするだけじゃなく、オススメを聞かれたり相手の力量によってはストップをかけたりしないときもあるだろう。
ここで学べることはきっと多い。
「実はボクの実家、商会をやっててねェ」
「えっ、そうなんですか?」
「そ。もちろんカインズ商工会とかに比べたら全然小さい会社なんやけど、一所懸命頑張って続かしてる。せやからボクもその会社継いで、なるべく長く残していきたいなあ思てんねん」
「……そんな事情が。フィンクスさん、凄いですね」
「せやろ。もっと尊敬してくれてええで」
称賛の言葉に気を大きくしたフィンクスさんだったが、
「どうせフィンクスさんのことだから、薄っぺらい理由だと思ってたんですけどねえ。ちょっと見直しましたよ」
「ガクッ。それ、どういう意味やエスカーくん」
エスカーに皮肉られ、ズッコケる仕草をしつつエスカーに突っ込みを入れた。
いやあ……話していて退屈しない人だな、本当に。
「ボクもそうやけど、キミらも引き続き頑張らなね。また活躍の報せが届くんを楽しみにしとくわ」
「そんなにホイホイ出番が来るもんじゃないと思いますけどね……まあ、言われずとも頑張りますよ」
オレはそう苦笑してフィンクスさんに別れを告げ、依頼掲示室を後にする。
……ホイホイ出番なんて来ない。その言葉は、本心から出たものだったのだが。
「――お。お前らここにいたのか。ちょうど探しに行こうと思ってたところだったんだ」
A棟を出たところで、オレたちはコーネリア校長に呼び止められた。
「ああ……校長。どうかしたんですか?」
「いやなに、ちょいと学園に相談というか、連絡があったもんでな」
外部からの連絡。それがオレたちに声を掛ける理由になるのだとしたら。
取材はこの前経験したし、あれから事件もないのにまた取材ってことは考えにくい。
だとすれば、少し嫌な予感がする。
ついさっきオレが口にした言葉を否定するような予感が。
「連絡はセラフィス教会からだ。何でも、時空の歪み発生の予兆がある地点で、イレギュラー反応が合わせて出たんだと。そこでお前たちの出番ってわけだ」
……やっぱり、嫌な予感ほど当たるものだよな。
オレは笑いたいような泣きたいような、形容し難い心境に迷い込む羽目になるのだった。
*
「――という次第だ」
コーネリア校長は一息に説明を終え、そう締めくくる。
ここは校長室。招集を受けたオレたちはすぐこの場所までやって来て、校長の説明に耳を傾けていた。
「……確認ですけど、時空の歪みは鉱山街アラヴァンの近くに発生の予兆がある。オレたちはその対処へ向かえばいい……ということですね?」
「ああ。そんで歪みの安定度次第では、ワールドスクリプトへの変換処理を行うそうだ」
変換処理……つまり、歪みを書物の形へ固定化する作業だろう。
それについては、オレたちにはさっぱりやり方が分からないが。
「専門的なところはお前らがやるわけじゃねえさ。安心しな」
「ですよね……ボクらが任されたらどうしようかと」
「ハッ、いずれはイマジネーターだけで処理可能になれば楽なんだがな。今のところは技術が追いついてねえんだよ」
イマジネーターだけで処理が完結するなら、技術者がわざわざ危険地帯に足を踏み入れる必要は無くなる。
きっと魔術工房あたりが研究はしているのだろうが、まだそういう技術は確立出来ていないのだろう……今後に期待、というわけだな。
「今回は割に早く歪みの兆候を見つけられたらしいが、それでも急ぎだ。午後三時半には学園を発ってもらいたい」
「ええと……って、今三時二十分なんですけど!」
イオナが驚きの声を上げる。そりゃ彼女でなくとも驚く指示だ。
出発までの猶予があと十分しかないなら、今すぐにでも駅へ走らないとマズいんだが……!?
「最悪、列車移動の間にメッセージで概要を説明しようと思ってたくらいだ。ここで落ち着いて話すだけの余裕はあって良かったさ」
「もう落ち着けなくなりましたけどね!」
オレは苛立ちをぶつけるように言うと、くるりと身を翻す。
実際、速足で駅へ向かわなければ間に合いそうもない。
「最速なら四時十五分くらいにアラヴァンへ着けるはずだ。頼んだぜ、お前ら!」
呑気に思える校長の言葉を背に受けながら、オレたちは急ぎ駅へ向かうのだった。




