217.試験を終えて……
納品対象の素材『ラフレシアンの溶解液』を無事入手したオレたちは、二十分ほどをかけて拠点まで帰り着いた。
他のラフレシアンと接敵しないかは心配だったが、それも杞憂に終わった。特にトラブルも発生せず、異世界コリンシアから脱することが出来たのだった。
『ワールドスクリプト:コリンシアからの転送完了。お疲れ様でした』
ロウディシアへの転移が完了し、お馴染みのアナウンスが流れる。
その形式的な声もまた、オレたちを安堵させてくれるものの一つだった。
アルカード星書院を後にして、列車に乗り込む。
ここに至っても時刻がまだ四時ちょうどなのを確認し、安心感から車内ではオレを含めた大半が睡魔に負けて眠ってしまうのだった。
……そして。
「帰って来たぞーっ」
駅のホームへ降車するなり、ルカが大声を上げる。
そんな風に喜びを表現したいのは分かるが、恥ずかしいからほどほどにな。
門を抜けてキャンパス内へ入り、北上して演習場へ。
建物の影から演習場が見えてくると、そこにはアーロンさんが一人ぽつねんと佇んでいた。
「アーロンさん!」
「お――ご帰還なすったか」
オレたちがやって来ると、アーロンさんはニヤリと笑って言う。
「まさかアーロンさん、ボクたちが帰ってくるまでここに……?」
「バカ言うんじゃねェ。お前らにはオペレーターがいるだろうが」
「あ……それもそうか」
マルのことを失念していたわけではないだろうが、それとアーロンさんが繋がっていなかったのだろう。
ルカは彼にピシャリとそう言われ、思い出したという風に呟いていた。
「ま、これが俺じゃなくメルシオネでも、オペレーターから一報受けて待機するんだけどよ」
悪いが教員も忙しい身なんでね、とアーロンさんは付け加えた。
「んなことは置いといてだな。見せてもらうぜ、お前たちが入手してきた納品対象の品を」
その言葉にオレはこくりと頷いて、テスタマイザーのアイテムバンクから素材を取り出す。
「納品対象『ラフレシアンの溶解液』が一つ……これで間違いないはずです」
瓶詰になった溶解液をアーロンさんに手渡すと、彼は無言でそれをテスタマイザーに収納する。
あちらの画面で、提出された素材がちゃんとラフレシアンの溶解液なのか、確認しているのだ。
表示された文言を見て、偽りがないことを認めたアーロンさんは、
「よし、納品対象の提出を確認した。これで特別依頼達成だ」
「……ってことは?」
「まァそう急かすな。今からちゃんと言わせてもらうからよ」
気が逸っているルカを制しつつ、コホンと一つ咳払いしてから、アーロンさんはオレたちに告げた。
「――これにて昇級試験の全項目を完遂。欠格事項無し。よって、ダインチーム全員の四級ライセンス昇級をここに認める」
「やったあーッ!」
そこで歓声が爆発する。
ルカを始め、イオナやフェイにもちろんオレも。エスカーだって、仕草には出さないもののニヤつきは抑えられない。
全員等しく、この昇級を心の底から喜んでいた。
「これで私たち、四級ライセンスかあ……」
「ね! これからはボクたち、もっと稼げる依頼も出来ちゃうんだ」
四級ライセンスを所有していれば、三ツ星依頼まで受注することが可能だし、転移出来るワールドスクリプトも警戒レベルまでに引き上げられる。
依頼や冒険の幅が増え、金銭面でも成長面でも大きなメリットになること間違いなしだった。
「おめでとさん。システム上でもすぐ反映されてるはずだ、開いてみな?」
アーロンさんに言われ、オレはテスタマイザーのライセンス画面を表示する。
そこには果たして、四級ライセンスという文字とそれを示す二重丸のマークがあった。
「何だか、感動してきちゃうわね……」
「ああ。込み上げてくるものがあるというか……」
「まだ最初の昇級なんだけどねえ」
「でも、最初の一歩ってのは大事だろ?」
オレがそう返すと、エスカーもそうだねとすぐに折れた。
こいつだって、嬉しくないわけはないのだから。
「――おう、お前たちよくやったな」
そこへ、飛び入りのゲストがやって来た。コーネリア校長だ。
校長も多忙そうなのだが、わざわざオレたちの試験を見に来てくれたのか。
「ありがとうございます、コーネリア校長」
「肩入れしてるわけじゃねえが、対策チームに任命したお前たちのことは気にせざるを得ないからな。その調子でどんどん強くなってくれりゃあ、こっちとしても大助かりだ」
「はは、使い倒す気満々のコメントだなあ……」
イオナに伝えられたから、オレは知っている。
コーネリア校長やジャンヌさんが、預言について認識していることを。
成績について贔屓しないのはそうなのだろうが、イオナは世界へ迫る危機を退ける重要な存在だ。
気にせざるを得ないという校長の言葉は、そういう意味で事実なのだろう。
世界を護るため、イオナとそれを支える者たちには強くなってもらわなくてはならない――。
「ハ、随分校長に気に入られてるじゃねえか。あれだけ活躍すりゃ当然かもしれねェが」
アーロンさんはそう笑ってから、
「けど、お前も言ってた通りこれは最初の一歩に違いねェ。イマジネーターとして、これに満足せず精進するんだな」
「……はい、もちろん!」
暖かい激励に、オレも力強くそう返事をする。
四級ライセンス……今は胸いっぱいに嬉しさが込み上げるけれど、いつまでもそれには浸れない。
これからも努力を重ねて成長し、そして次のライセンスへ昇級出来るよう、また頑張っていくとしますか。
*
「カンパイ!」
というわけで、恒例のルカによる乾杯である。
もう定着してしまったので、オレも他の面々も自然な流れでグラスを挙げていた。
「……しかし、俺たちも働き者だよねえ。異世界一つ救ったその二週間後に、ライセンス昇級まで手を出しちゃって」
「はは、確かに。全部上手くいってるからありがたいが」
まあ、これ以降はしばらく大きなイベントもないはず。
三級ライセンスなんてまだ全然能力不足に違いないし、期末試験もまだ先の話だ。
「稼いだリードを維持し続けられるよう、堅実に頑張っていくのがいいだろうねー」
「そうねえ。特にルカちゃん、勉強の方をしっかりやらないといけないでしょうし」
「うっ……」
専らの心配はそこだろうな。
他のメンバーは比較的頭が良い方だし、助けには回れそうだが。
何ならオレも、危ないときには助けてほしいくらいだ。
「ふ、今日も賑やかでござるな」
さっき食堂に入ってきていたサラルが、オレたちのところへ来て声を掛けてくる。
「昇級試験に見事合格したと聞いたのでな……いや、めでたいことでござる」
「はは、それでわざわざ言いに来てくれたのか。ありがとな、サラル」
「それもあるけどリーダー。多分アイツの指示も出てるんじゃないかな」
エスカーが仄めかしたアイツというのは、恐らくバランのことだ。
バランの指示、ね。どういうことかは何となく察しがつくけれど。
「エスカー殿は相変わらず鋭い。左様、人伝に聞いた話が事実かの確認を頼まれたのでござるよ」
「なるほど、ボクたちの昇級が信じられなかったってワケかあ」
プライドの高いバランのことだし、そのときの様子は容易に想像出来る。
この気に喰わない話が本当かどうか確かめてこい、なんてサラルに命じたんだろうな。
「とは言え、拙者は純粋に祝いたいと思って参ったのでな。こちらのリーダーのことはまあ、あまり気にしないでくれると助かる」
「してないしてない。サラルくんこそ気に病まないように」
「かたじけない、イオナ殿」
ぺこりと頭を下げると、サラルも夕食をとるため料理を選びに行った。
あいつも変わらず苦労人だが、しっかり者だから上手く立ち回れているようだ。
しかし、噂は本当に早く巡るというか。四級ライセンス昇級の話は既に結構広まっているんだな。
恐らく歴代最速の昇級だし、話題になるのは無理からぬことかもしれないが。
「……目立ち過ぎると妬まれることもある。少なくとも、他の一年生の刺激にはなるだろうねえ」
「アーロンさんがこれに満足せずって言ってくれたのもあるし、後続に抜かされないよう、今後も気を引き締めて行こうぜ」
「ふふ。みんなで上を目指していこうね」
この一ヶ月の評価は、リーダーとしても満点を付けたいくらいの結果を出せた。
正直なところ、まだこの立場には慣れないけれど……イオナの言う通り、これから先もチーム一丸となって上を目指したいと思う。
とりあえず、今日の日はお疲れ様だ。
胸の暖かさを噛みしめつつ、この夜を過ごすとしよう――。




