216.四級ライセンス実技試験⑤
「黒げ――うわっ!」
斬撃を放とうとした途端、背後から蔓が襲い掛かってくる。
間一髪でそれを躱すと、オレを狙った蔓を今度はエスカーが狙う。
「氷刃」
手の甲に氷を張り付けるようにし、それを振り下ろす。
冷たく鋭い刃は蔓を斬り裂くが、切断にまでは至らない。
「――ブラスト!」
フェイが発動した無属性魔法が、蔓の傷口を正確に爆破する。
黒煙を裂くようにして蔓が切断面から落下し、鈍い音を響かせた。
「ナイス!」
「リーダーもいいとこ見せなよ?」
「言われなくても!」
エスカーにはそう強気に返してみせたが、まだ斬り込んでいくのは無謀に思えた。
残り九本の蔓、それがどこから狙ってくるかを読み切る、或いは瞬発力で躱すというのは、オレの力じゃ限界がある。
それこそルカとエスカーの前衛二人が、フェイに補助魔法を貰えば何とかなりそうだが。
「……オレはオレなりのやり方で、だな」
自身の能力を、もっと上手く扱えるようになっていかなければとは常々思っている。
こういう実戦の場で、あれこれ試していくのは重要なことだ。
……動きを止め、気配を探る。こちらに狙いをつけている蔓は多分、一本だけ。
早々に一つ切断され、警戒を強めているのだろう。
しかし、隙だらけの相手を見逃すような魔物ではないはず。
誘い込み、捕食するのがお前たちの戦法だが、こちらも似たようなことをさせてもらおう。
――今だ。
蔓の先が死角に入り、こちらを穿とうと動き始めた瞬間。
オレは黒霧を一気に噴出し、自身の姿をその霧で晦ませた。
蔓は一度始めた攻撃を中断せず、そのまま霧の中へ突っ込んでいく。
しかし、切っ先は獲物を捉えることなく地面へと突き刺さった。
「狙い通りで嬉しいぜ……!」
知性があると言えども、どうやらそこまでではないようだ。
或いは霧に紛れて逃げるまでに、突き刺せるはずだと驕ったか。
いずれにせよ、これでもう一本は貰った。
「――てやあッ!」
大剣を振るい、地面に刺さった蔓のなるべく根元に近い側を横薙ぎに斬り裂く。
蔓はスッパリと切断され、分かれた片側は地面に頽れた。
「これで二本目……!」
「やるねえ!」
ある程度本数を減らせれば、本体に突貫してもいいだろう。
強力な溶解液を吐き出される危険性には注意しつつ。
「きゃっ!」
そのとき、背後でイオナの短い悲鳴が聞こえた。
いつの間にか蔓が後方に回り込んでいて、彼女に襲い掛かっていたのだ。
「あんまり前衛にも出れねえな……!」
オレは急ぎ、イオナとフェイのサポートに回る。
大剣から片手剣と盾に切り替え、迎撃の体勢を整えた。
「ふっ……!」
イオナへの二度目の攻撃は、盾でしっかり防ぐ。
それに感謝を告げつつ、イオナは火属性魔法を行使して蔓に反撃を行った。
「――ヴォルカン!」
ランク二の魔法だが、上手く範囲は調節したらしい。地面から噴き出した火柱は、頭上の枝葉には当たらず蔓だけを焼いた。
最下級のフレイだと消火の余地はあったが、ヴォルカンは瞬く間に直撃箇所を燃やし尽くし、その部分は炭化してボロリと崩れ落ちた。
一本一本を的確に減らされていくことに焦ったか、そこでラフレシアンの攻勢が強まる。
今度はフェイへ向けて、計三本の蔓が集まっていくのが見えた。
「ちょっとまずいな……」
集まった三本が一斉に攻撃してきたら、一人で全てを防ぎ切る自信は正直無い。
ただ、そこはエスカーが目聡く危機を察知し、こちらに戻って来てくれていた。
「そっち側は頼む!」
「了解」
エスカーに背中を預ける形で、とにかく目の前の蔓を迎え撃つ。
こちら側を襲撃してくるのは二本――その刺突をどちらも盾で受け、カウンターの斬撃を見舞った。
「氷刃……」
オレの真後ろでエスカーは氷刃を形成し、迫りくる蔓に刃を這わせてそれを受け流す。
一歩間違えれば大ダメージ必至、紙一重の回避方法だ。あそこまでギリギリの交差は、オレには出来ない芸当だろうな。
相手の攻撃確度をズラし、自分だけでなくフェイも守ったエスカーは、伸びきった蔓を氷刃で斬り裂いた。ただ、これも切断には至らない。
「すぐ出せるのが短刀くらいの長さなところが、ちょっと不便なんだよねえ」
「それでも十分さ」
エスカーの多彩な能力運用法には一目置いている。
自信ありげに来てくれれば、大抵行き詰った状況を打破してくれるものな。
「助かったわ、二人とも」
フェイは早口で感謝を述べると、
「エスカーくん、合わせてくれるかしら」
「うん? 構わないよ」
エスカーがそう答えるのに頷きで返し、
「――フラッド!」
彼女は水魔法を二連続で行使した。
こちら側の蔓二本へまとめて一発、エスカー側の蔓一本へ一発。二つの鉄砲水が直撃し、びしょ濡れになる。
相手は植物系の魔物、それだけではもちろん大したダメージにはならないが――。
「氷蝕」
水を氷に変えていく、エスカーの技の一つ。
計三本の蔓は、先端からゆっくりと動かなくなっていき、見事な氷漬けとなった。
「今のはもしかして……」
「ええ、限定スキルを使ってみたの」
エイヴスへの遠征が終わった後、ちらと耳にしたフェイの限定スキル。
魔法を一つストックしておけるというその便利な力で、フラッドが二連射出来たというわけか。
「話には聞いてたけど、便利だねえ」
「エスカーくんの能力もね。ありがとう」
お安い御用と素っ気なく言いつつ、エスカーは凍り付いた蔓に追撃を浴びせる。
「そら!」
拳に氷を纏わせての、エスカーには珍しい打撃。
この場合はそれが適切だ。衝撃を加えられた部分は砕け散り、その中にあった蔓も氷とともに破壊された。
オレもエスカーを真似て、黒霧を手甲のような形状へ変化させる。
そして二本の蔓に渾身のパンチを見舞い、どちらも砕け散らせることが出来た。
「もうそろそろ、こっちが優位になって来ただろ……!」
「ようし、ボクもやるぞ!」
十本あった蔓も、これで半分にまで減った。
囮役を買って出てくれていたルカも、そろそろ出番だと動き出す。
さっきまでと同じように、イオナのイマジネート能力が付近を照らしてくれているので、本体までの道のりは明白だ。
ルカは一直線に、花弁へ向かって駆けていく。
「遅い遅いっ」
彼女を制止すべく、残った蔓が次々と襲い掛かるが、軽やかなステップでその全てを躱していく。
そして花弁の前で跳躍し、くるりと空中宙返りを決めて強烈な踵落としを喰らわせ――られなかった。
「――えっ!?」
ルカのいる場所の左右から、二本の蔓が突如伸びて彼女を捕えた。
残り五本の所在は明確になっている……だとしたら、奥から現れたあの二本は?
「ま、まだあったのか……!」
そうだ、オレたちからは見えないラフレシアンの真後ろ。
そこから伸びるもう二本の蔓が存在していたのだ……!
「わああっ」
両足を掴まれてしまったルカは、逆さまの宙づりというあられもない姿にされてしまう。
彼女はズボンなのでまだいいが、これがイオナやフェイだとちょっとマズい光景になっていたに違いない。
……って、そんな呑気に考えてる場合じゃなさそうだ。
「――え? な、何かコイツ、服千切ろうとしてくるんだけど!」
見ると、足に巻き付いた蔓の先がそのままルカの服を引っ張っている。
「捕食するのに不要な部分を剥ぎ取ろうとしてる……?」
『そのようです。衣服は消化してもプラスにならないからでしょう』
「推測してないで助けてーっ!」
自らの尊厳を守るべく、必死に蔓を押さえつけているルカ。
上下どちらも引っ張られているので、少しでも力を緩めたら彼女にとって最悪の末路を迎えるのは間違いない。
「ああもう……!」
だが、そんな彼女はこれ以上ない囮とも言える。
オレは大剣を構え、全力を込めた斬撃を放つ――。
「黒月ッ!」
薙いだ剣先から黒い斬撃の波が生まれ、飛んでいく。
それがルカを捕え、あまつさえ衣服を剥ごうとしていた二本の蔓をスッパリ両断した。
「ぎゃっ」
不意の落下だったので、受け身を取れずルカは大の字に地面へ衝突する。……痛そうだ。
「うー……ありがと、ダイン」
「どういたしまして。おかげで蔓を二本切れたし、結果オーライだろ」
「間に合わなかったら、昔の悲劇が再来してただろうけどね?」
「うるさいエスカー」
……昔の悲劇って、オレがルカの半裸を見ちまったときのことかよ。
あれはまだ羞恥心も確立してない幼少時のことだし、また違う話だろと言いたいが。
『ですが実際、危ないところだったかと。痺れを切らしたラフレシアンが、毒液を吐いていてもおかしくありませんでした。その場合、服どころか体まで溶けていたことでしょうし』
「ぞぞ……!」
恐ろしいことをマルに言われて、ルカは身を震わせる。
そうか、あの状態から溶解液を吐かれる危険性も当然あったよな……本当に無傷で良かった。
……と。
「もう怒った!」
ルカがそう表明すると、いきなり近くでとぐろを巻いていた蔓に掴みかかる。
そして、まるで綱引きのように力任せに蔓を引っ張り始めた。
「そ、そんな無茶な」
蔓は丸太ほどの太さがあるし、本体の花弁に至っては二メートル以上の巨大さを誇っている。
いくら何でも引き抜くのは無理だと止めようとしたのだが……。
「……なんかミシミシ言ってるね?」
半笑いでエスカーが呟く。彼もまさかと驚いているようだ。
微かにだが、ラフレシアンの根が地面から引き摺り出される音が聞こえてくる。
「――パワーゲイン!」
ここは加勢すべきと判断したフェイが、すぐさまルカに補助魔法をかける。
ミシミシという音のほか、根がブチブチと千切れる音も混ざって聞こえるようになった。
「酷いこと、しやがってえ……っ!」
「す、凄い……」
イオナもルカの力に驚いて立ち尽くしている。
しかし、未だに残っている蔓が邪魔立てしようとするのに気付き、
「――クラッグス!」
岩を突き出させて攻撃を弾き、ルカに妨害が入らないようサポートしていた。
「これ、引き抜けたらどうなんだ……!?」
『ラフレシアンは地面に根を張ることで、長い蔓を自在に振り回すことが出来ています。なので本体が引っこ抜かれたとしたら、満足に蔓を振ることが出来なくなるはず……』
「じゃあ、正解ってワケだ」
それが分かれば、オレも迷わずルカのサポートに入れる。
まだ引き抜くのに力が足りないなら、力を貸してやるまでだ。
オレは黒霧をロープのように変化させ、ルカの引っ張っている蔓に巻き付ける。
そして彼女と同じ方向へ、力の限り引っ張り始めた。
「うおお……ッ!」
手応えは――ある。
少しずつだが、ラフレシアンの本体は確実に動いていた。
だが、相当しっかり根が張っているのだろう、一度の牽引ではごく僅かしか動かすことが出来ない。
あともう一押し、何かがあれば――。
「――クラッグス!」
そこへ、フェイの土魔法が発動された。
その発動地点は――ラフレシアンの直下。
根が張っている場所の地面が魔力によって鳴動し、地上へ押し出される。
つまり、張られた根ごと突き上げられるということ――!
「今だ!」
「そりゃあ……っ!!」
オレとルカは、全力で蔓を引く。
そうして一本釣りのように、ラフレシアンの本体を引っこ抜くことに成功した。
慌てふためき、ラフレシアンは蔓を動かそうとするが、それに合わせて花弁もズルズルと動き、満足に攻撃することも間々ならない。
これはほとんど無力化出来たといっても過言ではないだろう。
『チャンスです、行けますよ!』
「おし、一気に圧すぞ……!」
無防備になったラフレシアンを、全員で一気に叩く。
イオナとフェイが焼き、ルカが殴り、オレとエスカーが斬る。
花弁はその一瞬で見るも無残な姿に成り果て――。
「悪足掻き、だな!」
最後の抵抗に吐かれた溶解液も、オレは冷静に盾で防ぐ。
そして、トドメは。
「――黒月ッ!」
黒の斬撃で、ラフレシアンを縦一閃に斬り裂き……真っ二つにした。
ズズン……と轟音を響かせて、地に伏す巨大な花弁と蔓。
その全てが、もう二度と動かぬ残骸と化したのだった。
「……っし、やったぞッ!」
「はー、何とか倒せたあ……!」
ボス級ラフレシアンを見事討伐し遂せ、オレたちは歓喜の声を上げる。
幸い怪我こそなかったものの、中々に苦戦させられた……まあ、それでこそ昇級試験の討伐対象ってことだよな。
「後は――」
ここでもまた、緊張の一瞬だ。
魔物を倒してもまだ、目標達成ではない。求められているのは魔物が落とすレア素材なのだから。
テスタマイザーの通知に、恐る恐る視線を落とす。
……すると、そこには。
『ラフレシアンの溶解液:1個』
必要とする素材を手に入れたという通知が、ちゃんとあった。
「みんな、溶解液ゲットしたぜ!」
「やったあ! 今度こそいいんだよねっ!?」
オレは誇らしげにテスタマイザーの画面を見せつける。
それを見、メンバーは人心地ついたように溜め息を吐いた。
「はー……良かったあ。だんだん焦り始めてたから、ほっとしたよお」
イオナが胸を撫で下ろすのに、
「ええ……本当に。でも、まだだいぶ余裕はあるわよね?」
『はい。現在時刻は午後三時二十九分……今から帰っても、一時間以上余裕はあるでしょう』
「だな……素材の入手表示がこんなに嬉しかったの、初めてだ」
昇級がかかっているからそれは当然なのだが、言わずにはいられなかった。
そしてそれは、他のみんなも同じ気持ちなのだった。
「いやあ、今回はルカのお手柄かな?」
「ふふん、そうでしょ」
「あの見事な宙吊りに、服を守ろうと必死な姿。楽しませてもらったよ」
「このおーっ!」
戦闘の後だというのに、ルカとエスカーは元気に喧嘩を始める。
まったく、調子のいいことだ。
「でも、ラフレシアンの根を引っこ抜けたのは実際お手柄だな」
『珍しい攻略法でしょうね。まず引き抜くほどの力が必要なわけですから』
「馬鹿力で助かったと」
「誰がバカだって?」
はいはい、もうその辺にしておきなさい。
「納品素材は無事入手出来た。これで後は帰るだけだ。けど、学園に辿り着くまでが試験ってことを忘れずに、気を付けて帰らなくちゃな」
「了解です、リーダー!」
イオナが嬉しそうに挙手しながら言う。
リーダーと強調して言われると、エスカーに茶化されてるみたいでちょっと嫌なんだけどな……まあいいや。
「よし、拠点まで引き返すぜ。ここからは、なるべく魔物と遭遇しないよう注意していくぞ」
そしてオレたちは、森の中を元来た方へ引き返していく。
気を付けてと言ったのは自分だが、やはり嬉しさは抑えきれるものではなく。
足取りが少しばかり早くなっていたのは、きっとみんなにもバレていたことだろう。




