214.四級ライセンス実技試験③
薄暗い森林を用心しながら歩くこと五分ほど。
最初に異変を察知したのは、目標を見つけてやると意気込んでいたルカだった。
「……ねえ、あれ」
声を押し殺し、彼女はオレたちに注意を促す。
指差す先には、他の植物より二回り以上も太い蔓が覗いていた。
「あれは……」
注視していると、蔓はまるで蛇のようにズルズルと動いているのが分かる。
明らかにただの植物ではない。あれこそは探し求めていた魔物――ラフレシアンの蔓に違いない。
『敵性反応が一つ……ラフレシアンと見てまず間違いないでしょう。ありがたいことに、敵はまだこちらに気付いていないようです』
「ルカのお手柄だな」
「ふふん」
ルカは嬉しそうに鼻を鳴らす。
気持ちは分かるが、あまり調子に乗っているとどこかで失敗しそうなんだがな。
――と。
「……ふえ?」
喜んでいたルカが、急に呆けた声を漏らす。
どうしたのかとそちらへ視線を向けると、彼女の頭上には……。
「あっ……」
……ラフレシアンの蔓が、乗っかっていた。
「あちゃあ」
エスカーは今にも噴き出しそうな顔で言う。
どうやら喜び勇んで僅かに跳び上がってしまい、その拍子に頭上にあった蔓に触れてしまったらしい。
前方にある蔓には気付いたが、真上にあった方には気付かなかったというワケだ。
しかし――これでルカの手柄も一瞬でチャラになった。やっぱりこうなるんだなあ。
「……来るよ!」
イオナが前方を警戒しながら声を上げた。
今しがたまでゆっくり動いていた蔓が、勢いよく奥へと引っ込んでいき……そして、一気にこちらへ突き出してくる。
「おわ……ッ」
視界が悪い上にかなりの速度なので、油断すると直撃してしまいそうだ。
蔓の先端は鋭く尖っているように見えた。あの勢いでぶつかられたら、身体に風穴が空く危険すらあるんじゃないか。
「フェイ、上だよ!」
警告の声を発したのはエスカーだ。
フェイがその声に弾かれるように後退すると、上から蔓が落ちて来て地面を抉った。
「ありがとう、エスカーくん!」
「どういたしまして……っとと」
そんなエスカーにも蔓の魔の手が伸びる。
幸いアイツは気配の察知が上手いので、余裕をもって躱すことが出来ていたが。
「予想はしてたけど、形勢不利だよねえ」
「地の利が完全に向こうだものね……どこから攻撃が来るか読み難いわ」
フェイの言うように、ここは見渡す限り木々の生い茂る深き森。
その木々に蔓を絡みつけ擬態し、様々な角度から攻撃を仕掛けてくるのだ。ラフレシアンに有利なことこの上ない。
「まずは敵の全体像を把握したいところだけど……」
と言うのはイオナ。オレもそれが出来たらいいとは思うが、視界の悪いこの場でどこまで全貌が掴めるだろうか。
『こちらも敵個体の体長は計測してみます。ただ、反応の強度からしてそこまで大きな個体ではないかと』
「場所の悪さででかく見えるんだろうな……」
大きな個体じゃないというのが聞け、気持ちは少し楽になった。
敵からの攻撃がそれほど連続しないのも、案外蔓の本数が少ないからなのだろう。
「全方位に注意を向けつつ、まずはこいつの本体……花弁の部分を見つけよう。攻撃してきた蔓は、なるべく潰しておきたいところだな」
「そうだね! 斬ったり燃やしたり、向こうの攻撃手段を減らしていこ!」
オレが述べた方針に、他の面々も賛成する。
薄闇の中から突如伸びてくる蔓に対処出来るのかは難題だったが、そこはイオナが機転を利かせてくれた。
「ライトオーブ……!」
彼女の持つ光の杖から小さな光球が四つ出現し、四方に離散して周囲を照らし始めた。
なるほど攻撃に用いるものではなく、暗い場所を照らす光源を作る技のようだ。こういう場面にピッタリだった。
「リーダー、あそこだね」
「ん――そうみたいだな」
エスカーが指し示した方に、他の場所とは違う色があった。
如何にも危険そうに思える赤と白の斑模様――あれこそラフレシアンの花弁。つまりは本体だ。
光で照らされたことによって、自身の居場所がバレたことを感じとったのだろう。ラフレシアンはすぐ警戒態勢に入った。
周囲に張られていた蔓が一度全て引っ込み、ヤツの付近に張り巡らされる……。
「植物にしては知性の垣間見える行動だけど、ねえ」
「そのおかげで、全体像が見えちゃったわね?」
防御態勢をとったことにより、ラフレシアンから伸びる蔓の数や長さもほぼ確認出来てしまった。
本体である花弁の大きさは一メートルほど……蔓は十数メートルほどのものが六本生えているようだ。太さは人の腕とほぼ同じくらい。
「種が分かれば怖くないってヤツだな……っと!」
引っ込んだ蔓のうち、二本だけがこちらに迫る。
だが、最初から見えているなら避けられる。左右に散開したオレたちは、後先考えず伸ばされた蔓に狙いを定めた。
「そら……!」
エスカーが氷刃で蔓を裂く。それなりに強度もあるので、小さな刃だと両断するまでは叶わない。
しかし、そこへルカがカバーに入る。
「これならどうだ……っ!」
さっきラフルバッドには打撃があまり効かず、残念そうにしていたものの、この場面では彼女の力が役に立つ。
蔓の先を掴んで力の限り引っ張る。するとブチブチ嫌な音を立てながら、蔓は斬られた部分で引き千切られたのだった。
「ナイスだ、二人とも!」
「こっちも負けじと――ヴォルカン!」
もう片方の蔓は、イオナの炎魔法で焼かれていく。
ただ、ラフルバッドと戦った場所より木々の密度が増しているので、近くにある一部の木へ火が燃え移ってしまった。
「あ、まず……」
「――フラッド!」
そちらをフォローしたのはフェイだ。
燃え始めた木に水魔法を放つことで、間一髪鎮火に成功する。……魔物に対して効果抜群なのはいいが、一歩間違えれば森林火災になる危険性も考慮しなくちゃな。
「ごめんね、フェイ!」
「いいのよ、でも火属性魔法は慎重にね?」
「分かったあ!」
申し訳なさそうに返事をするイオナ。
あわや火事というところではあったが、これで蔓を二本潰せたのは大きなアドバンテージだろう。
「このまま圧し切るぜ……!」
オレはフェイに速度向上の補助魔法をかけてもらい、前衛二人との差をなるべく縮める。
そして三人同時にラフレシアンの本体へ向けて突撃を開始した。
「ふっ……!」
迫りくる蔓を躱し、そのまま剣で斬り上げる。
オレの持つ剣はエスカーのとは違って相応の長さがあるので、一撃で両断することが出来た。
「えいっ!」
反対側ではルカが蔓を殴りつけて地面にぶつけ、動きを封じつつ進んでいる。
エスカーも、カウンターを挟みながらスピードを緩めず花弁の元へ駆けていた。
こうなれば、勝負は見えたと言っていい。
後はそう――誰が決着を付けるかというところか。
「……えっ!?」
もう少しで花弁の元に辿り着く、というところでルカが驚きの声を発した。
それもそのはず、ラフレシアンが真ん中に開いた穴から毒液を吐き出したからだ。
成体になってもその攻撃は変わらず出来るのかよ……!
「くッ……!」
オレは慌てて進路を変え、ルカの前に躍り出る。
そのまま少しばかり面を広くした盾を構え、吐き出された毒液を辛くも防いだ。
「あ、ありがと!」
「今のは仕方ねえさ!」
何にせよ、オレたちの勝ちは揺るがない。
トドメを刺す役が決まったというだけで。
「――終わりだね」
エスカーの手元には、長い氷槍が既に握られている。
それをぽっかりと開いた穴の中へ、全力で投擲する――。
穴を槍で貫かれたラフレシアンは、本体も蔓も激しく痙攣し、やがてズシンと地面に崩れ落ちる。
その体は再び動くこともない。……一撃の下、ラフレシアンは絶命したのだった。
「ちぇっ、いいとこ取られちゃったな」
「最後まで油断しないことだね。……ま、それはそれとして」
魔物にトドメを刺した功労者ながら、変わらぬ調子のままエスカーはこちらへ目を向ける。
こいつのことだ。ここはリーダーが収集しなよと目で訴えてきているのだろう。
「サンキュ。じゃ、収集させてもらうとするか」
ラフレシアンの死骸へ向け、先ほどと同じようにテスタマイザーの収集機能を実行。
電子音が鳴ると、一件の通知が画面に表示される。
『ラフレシアンの毒液:1個』
……良かった。無事に素材を入手することが出来たらしい。
損壊具合によっては得られないことも当然あるわけで、その時は獲得素材無しという文言が出る。ショックな文面を見なくて済んだわけだ。
「アイテム手に入れられた? やったねっ!」
ルカはオレのところへ駆け寄ってくると、端末の画面を見て喜びを露わにする。
そのはしゃいだ様子に、後から集まってきた他のメンバーからも笑顔が零れた。
「お疲れ様! 一斉突撃、綺麗に決まったね」
「みんな流石だったわ。素材も無事に手に入ったようで一安心かしら」
ルカ以外にも見えるよう、オレは画面を投影させる。
「ああ、この通り。意外と拍子抜けだったけど、これで――」
……いや、待てよ?
表示されている文面を改めて確認してみると、違和感がある。
依頼の納品対象は何だっけ? ラフレシアンが落とす毒液なのは間違いないのだが……。
「――あ」
『……気付きましたね。どうやらそれは、納品対象ではないようです』
「え!? な、なんで……?」
最初に喜びを爆発させたルカが、今度は驚きで目を見開いている。
それ以外の面々は、違うと指摘されてすぐ、何がダメなのかに気付いたようだった。
「……手に入れたのは『毒液』、ね」
「それが目的の素材じゃないの? エスカー」
「ルカ、自分でも依頼内容見返してみたら?」
エスカーに言われ、ムスっとした表情でテスタマイザーを確認するルカ。
それからものの数秒で、彼女も自身の勘違いに気付いた。
「げっ! そういう……」
「ええ。納品対象は『溶解液』で、今手に入れたのは『毒液』。似てるけどベツモノみたい」
フェイが言ってくれたように、入手すべき素材の名称が違っていた。
恐らくはファットラットのときと同じ。個体の強さや大きさにより素材の質に差異が出て、名称が変化するのだ。
試験対象にしてはあっさり入手出来てしまったと思ったが……やはり一筋縄ではいかないようになっている。
まあ、分かりやすい違いではあるので、全員が見落としたまま帰還するというのは、よほど抜けていないと起こらないだろうけど。
「……となると、次なる問題は」
「目当ての溶解液を落としてくれるラフレシアンがどこにいるか……だね」
イオナの言葉に、オレは頷く。
溶解液を落とす個体の特徴もそうだし、確率も気になるところだ。
もしかしたら普通の個体から稀に収集出来るレア素材……なんて可能性もあるだろうから。
「マル、どういうヤツが溶解液を落とすのか、分かったりするか?」
『ちょっと待ってくださいね。データベースを参照してみます』
そう言ってマルは、向こう側でカタカタと入力を始めた。
聞こえてくる音だけで、彼女の機械操作が素早いことが分かる。
「……みんな。マルの返事を待ってるところ悪いけど……」
沈黙を破り口を開いたのはルカだ。
どうしたのかと思ったが、すぐにオレも察した。
「――新手か……!」
耳を澄ますと、ズルズルと何かが擦れる音がする。
そして遠くの方で、木の上部が動いているように見えた。
「この辺り、ラフレシアンが点在してるのかも。テリトリーってところかねえ」
「幸か不幸か、だね。何体もいれば素材は手に入りそうだけど、苦戦する羽目になったらヤだなあ……」
ラフレシアンの場合、一体ずつの間隔がそれなりにあるので、気を付ければ各個撃破が可能なはず。
複数の攻撃範囲に被らないよう注意しつつ、目標の素材が出るまで的確に討伐していくしかない、か。
「戦闘再開だ。行くぜ、みんな……!」
「おーっ!」
早めに納品素材が出てくれることを祈りつつ、オレたちは次なるラフレシアンとの戦闘を開始する――。




