213.四級ライセンス実技試験②
『皆さんにはまず、ここから南に位置するコリントスという村に向かってもらいます。そこである程度情報を集め、森の奥へ踏み込むのが良いかと』
テスタマイザーにマップを表示しつつ、マルが説明をくれる。
コリントスという名前には聞き覚えがあった。最初に来た訓練でも、その村について言及があったはずだ。
「この異世界で一番大きい村なんだっけか」
「確かメルシオネ教官、そう言ってたね。マップを見た感じからしても、エイヴスより小さな世界なんじゃないかなあ」
コリンシア全土の地図は実際、エイヴスのものより幾分か小さい。
平和な異世界というのは、必然的に規模も小さめなのかもな。
『コリントスは拠点から徒歩十分ほどです。周辺には強い魔物など出ないでしょうが、一応気を付けて』
「了解。近いとは言え時間をロスしたくないし、急いで向かおう」
というわけで、オレたちは道草せず真っ直ぐにコリントスへと歩き始めた。
エイヴスのクレイス原生林とは違い、一つ一つの木々はそれほど大きなものではない。
けれど密度はあるため、あちらと同じくらい陽射しが遮られていて、周囲は湿った空気が漂っている。
「オレたちが行く場所、こういう鬱蒼とした森が多いよな……」
「低ランク帯がそうなんだと思うよ? 見た感じからして平和じゃない」
「ま、確かに」
感覚的な話ではあるけれど、エスカーの言うようにこういう普通の森林程度なら危険度は低いように思える。
たとえば毒沼だらけだとか、光の一切入らない暗黒の森だとかなら明らかにヤバそうだけども。
「ワクワクするって意味ではボクも色んな所に行きたいけどね。そのために、ランクはとっとと上げなくっちゃ」
「そうね。イマジネーターとして、もっと沢山の世界で活躍出来るようになりたいものだわ」
まったく、向上心のあるメンバーばかりで助かる。
一緒に色々な世界を見、そして護るためにも、試験で落ちて足踏みなんてしたくないものだ。
そんなやり取りをしている間に視界は開けていき、オレたちは人里へ辿り着く。
マップを確認してみると、もうコリントスの村に入っているようだ。
「よし。ここでラフレシアンの目撃情報がないか、聞き込みしていけばいいな」
『そうですね。手分けして聞いていく方が効率が良いでしょう』
マルの提案に従い、オレたちは一人ずつ散開して、村の住民たちに話を聞いてみることにした。
教官の話で分かっていたことではあるが、コリントスの人々はイマジネーターやコンストラクターのことをよく認知してくれていて、快くオレたちに協力してくれた。
たった十分ほどの聞き込みで、有意義な情報を得られたのはとてもありがたい。
キリのいいところで元の場所に集合したオレたちは、それぞれ聞き取った情報を共有することにした。
「どうもブラッドベアの討伐以降はしばらく魔物を見かけなかったそうだが、最近になって森の奥へ立ち入ろうとした住民が動く植物を見かけて、慌てて逃げて来たらしい」
「あの家の息子さんが見たんだ、とかボクも言われたよ。それから何人かの腕っぷしが集まって、偵察に行ってみたらしいね」
「で、森の奥地で植物系の魔物が少しずつ数を増している事実に気付いた……と」
エスカーが後を引き継ぎ、イオナとフェイも同意する。
皆一緒の内容を聞いたということは、コリントスの村中で既に広まっている話のようだな。
「つまり、ラフルシアンを含めた植物系の魔物そのものが、沢山潜んでいるということなのね」
「だね。もしかしたら、ブラッドベアをいっぱい倒したことで少し魔物の勢力バランスが崩れちゃったのかも?」
ブラッドベアが幅を利かせ、他の魔物を委縮させたり、或いは排除していたというのもあったかもしれない。
イマジネーターとしては依頼に応えただけだが、それが新たな問題を生んでしまったなら申し訳ない気持ちがある。
試験のついでに対処出来るなら、ぜひどうにかしたいものだ。
「コリントス周辺は安全らしいから、魔物が出始めたら……ってことだねえ」
「ああ、特に植物系の魔物が出る地帯はターゲットがいる可能性も高いと思おう」
『目撃情報はコリントスから東……マップで示すとこの辺りになるようです』
マルが言いながら、マップに目印を付けてくれる。
オレたちが今いる地点より東に数キロほど先……かなり深い場所で魔物は目撃されたようだ。
「しかし、住民の人もよくこんなところまで行ったな……」
「私が聞いたところによると、マナを多く含んだ水や果実が取れるらしいわ。高品質な作物を育てるため、或いは健康増進のため、危険を承知で採りに行く人が何人かいるそうよ」
「……なるほど。良いモノが採れるなら多少のリスクは払うってことか」
それが生業なのだから、特に言うべきこともない。
オレたちだって、危険と隣り合わせの職業なことには変わりないのだ。
「それはともかく。情報も集まったことだし、目撃場所まで行ってみるとしますか」
「はーい」
これ以上コリントスで時間を潰しても仕方がないので、オレたちは村を離れて東へ向かうことにした。
導入訓練時には村の方へ近寄らなかったので、こちら側を探索するのも初めてだ。
結局はずっと森が続いているので代わり映えはしないのだが、生息する魔物まで同じかどうかは分からない。
『危険度ランクが『平和』な世界ですから、基本はどこも同じような低級モンスターが出るばかりですよ。ラフレシアンが目撃されている一帯だけが、少し普段と違うくらいでしょう』
「ありがとう、マル。前回も遭遇したボアとか、動物系の魔物は素早いだろうし、不意を突かれないようにはしないとな」
特に、村から離れるほどに木々は密集していく。死角が増えるので、警戒はしっかりしなければ。
歩き続けていくと、頭上から射し込む日光は少しずつ減り、相応に踏み固められていた地面も、だんだん獣道のようになっていく。
足を取られないよう気を付けながら、オレたちはペースを落とすことなく進んでいった。
……と。
「……気配を感じるねえ」
「ボクも、マナの動きを感じた」
『はあ、相変わらずお二人とも冴えてますね。こちらも前方に敵性存在の反応を確認しています。数は……二ですね』
前方の薄闇に、目を凝らす。
そこに、何やら蠢くものがあるのを確かに見て取った。
「ラフレシアン――じゃあなさそうだが」
「ただ、植物系の魔物ではありそうだね」
ゆっくりと、闇の中から姿を現した二体の魔物。
引き抜かれた根のような部分がカサカサと動き、両側から複数の細い蔓が伸びてそちらも気味の悪い動きをしている。
頭には大きな蕾があって、こちらへ垂れ下がっている。蕾ということは、まだ進化を残した魔物なのかもしれない。
『あれはラフルバッド……目標であるラフレシアンの幼体です。小さいですが、蕾には毒を有していますので注意してください』
「あそこから毒を吐いてくるってワケだな。気を付けておこう」
パッと見た感じ、移動速度はかなり遅めなので苦戦しそうにはない。
毒さえ受けなければ、難なく倒せるはず。
「っと、言ってる傍からか……!」
ラフルバッドは地面に根を突き刺し、まるで砲台のように蕾から毒液を発射してきた。
そのスピードは予想外だったので意表を突かれたが、すぐに盾を展開したオレは、何とか毒攻撃を防ぎ切る。
「助かったよ、リーダー」
「切り込みは任せる」
エスカーはもちろんだと請け合うと、身軽に跳躍してラフルバッドの背後を取る。
そこから氷刃を生み出し、二匹に向かって放った。
植物が基になった魔物であるため、ラフルバッド二匹は悲鳴ではなく軋むような異音を発する。
耳障りだが、ダメージが通っている証左でもあるので仕方ない。
「うるさいっ!」
側面に回り込み、ルカがその拳で重い一撃を喰らわせる。
地に張っていた根が土を巻き込みながら抜け、ラフルバッドは吹き飛んだ。
しかし、植物には打撃が効き難いのか、こちらはあまりダメージにはなっていないようだ。
「やっぱり草は斬るのが一番かあ」
「それと、燃やすのもね?」
ルカの背後でそう答えたのはイオナだ。
言うや否や、彼女は火魔法ヴォルカンを発動させ、ラフルバッドのうち一匹を燃やし尽くす。
効果は抜群――火の勢いが消えたころには、黒焦げの残骸だけが僅かに燻るばかりとなった。
「あとは吹っ飛んだ一匹だけだね」
「ごめーん!」
吹っ飛ばしたゆえ火魔法の範囲に入らなかったことを、ルカは素直に謝る。
しかし、それくらいのズレはすぐにカバーするのがこのチームの優れたところだ。
「そっちは任せて――ブレイズ!」
水魔法が得意なフェイとて、もうランク二の魔法なら全種扱えるまでになっている。
威力にバラつきはあるものの、地面から噴き出した火柱は問題なく残りのラフルバッドを焼いた。
「……オッケー、片付いたな」
『敵性反応消滅を確認しました。……まあ、見て分かるでしょうが』
「ハハ、言えてる」
魔物は最早その原型を留めていない。生きていたらそれこそ驚愕だ。
……しかし、ここまで完膚なきまでにやってしまうと多少勿体ない気もする。
「小金稼ぎに、素材は取りたいもんだけどな」
「ダメもとで試してみる?」
フェイがそう言うので、オレは一応テスタマイザーで収集を実行してみる。
ラフルバッドの残骸が淡い光に包まれて数秒、電子音とともに通知が一件表示された。
『ラフルバッドの根:1個』
「おお……やってみるもんだ」
「根っこかあ……ギリギリ燃えずに済んだっぽいね」
『ラフルバッドの根は滋養強壮の薬の材料等になるようです。高級なものではありませんがね』
たとえ百ペンドやそれ未満であっても、積み重なれば意外と侮れない。
今のところ資金には余裕があるけれど、素材を逃さないというクセはつけておきたい。
「さて。残念ながら目的の魔物じゃあなかったけど、無駄にはならなそうだね?」
「うんうん。ラフルバッドはラフレシアンの幼体……それなら、この辺りに親玉がいると考えるのが筋だと思う」
オレもエスカーとイオナの意見に同意だ。
恐らくこの周辺を探せば、目標であるラフレシアンを見つけられることだろう。
情報からすると静かに獲物を待ち構え、隙を突いて捕食してきそうなタイプだし、怪しい気配を見逃さないようにせねば。
「ここからはより慎重に、ラフレシアンを探していこう」
「ボクが一番に見つけてやるぞっ」
……慎重にと指示してるんだが、その意気込みは対極な気がする。
やれやれと苦笑しつつ、オレたちは探索を再開するのだった。




