212.四級ライセンス実技試験①
「コリンシアかあ……訓練のとき以来だね」
揺れる列車の中、懐かしむようにそう口にしたのはイオナだ。
時間帯も天気も、それからオレたちが座っている場所も、気付けばあのときと似ている。
あまり代わり映えのしない景色の中、唯一目立つトライ・タワーを眺めながらの移動だったな。
「初めての場所じゃないのはありがたいな。試験で未知のワールドスクリプトへ行かされることってあるのかねえ」
「あるでしょ。四級だから比較的安全なところが対象になってるだけで、上位になれば私たちが行ったことのない異世界も当然選出されると思うよ?」
イオナの意見は尤もだ。わざわざオレたちが知っている場所だけ選ばれるなんてことはないだろう。
あらゆる場面での対応力こそ、試験で重要視されることなはずだから。
「今回はラッキーだったと思っておこうよ。……で、この移動時間にある程度方針を決めておいた方がいいんじゃない?」
「だな。出されたお題で一番重要な部分はもちろん魔物のことだろうけど……」
「ラフレシアン、ね」
フェイが名前を出してくれるのに、オレは一つ頷いて、
「ああ、そいつの情報をまずは頭に入れておきたいところだ」
ラフレシアン。名前と出現場所から、植物系の魔物という推測くらいは出来る。
しかし、それ以上を事前に知るならば、現場にいるオレたちよりもオペレーターの方が適任に違いない。
「頼めるか? マル」
『ええ、もちろん。……ラフレシアンはアーロンさんが説明していたように、森林を住処とする植物系モンスターです。大きな赤い花弁と中央に開いた穴が特徴的で、穴の中には獲物を溶かしてしまうほど強力な毒液が分泌されています』
「ひえ……聞いただけで恐ろしいや」
ルカがぶるりと身を震わせる。
食虫植物がそのまま魔物になり、獲物の対象に人間も加わってしまった……そんなイメージか。
『ラフレシアンの攻撃方法は主に蔓です。触手のように蔓を伸ばして獲物を掴み、穴の中に引き摺り込んで捕食する……私も正直恐ろしく感じますね』
「絶対に捕まりたくねえな……ちなみにラフレシアンのランクは?」
『二ツ星依頼相当です。皆さんなら倒せない相手ではないですよ』
敵の強さも事前情報と差はない。まあ、これで三ツ星や四ツ星が急に提示されたら理不尽だもんな。
「コリンシアに着いたら、ひとまず森を目指せばいいのかな?」
『そうですね……魔物がいるのは当然森林部ですが、ある程度範囲を狭めておきたいところなので、まずは付近の住民に聞き込みを行いましょう』
「トーマスさんがしたように、だな。レアな魔物じゃないとしても、ただ森を歩くだけじゃ見つかり難い可能性もあるし、いいんじゃねえかな」
マルの提案をオレが同意し、他のメンバーも異存はないと頷く。
『前回の訓練でも使用しましたが、コリンシアはその全土が既に地図データにまとめられています。到着次第、向かうべき村の場所をお出ししようかと』
「オッケー。助かるよ、マル姉さん」
『誰が姉さんですか、誰が』
エスカーの軽口に、マルが棘のある言葉を返す。
マルは不服だろうが、多少は場が和んだ気がした。
其の後も列車が終点に辿り着くまで、オレたちは打ち合わせをしたり、時折雑談を挟んだりした。
時刻は午後一時五十分。オレたちはアルカード星書院に到着する。
「タイムリミットは午後六時……どれだけ遅くとも、五時二十分までには星書院に帰って来たいところだな」
「そうだね。列車の移動時間が三十分近くあるから、それでギリギリだろうなあ」
まあ、目当ての素材が手に入らなければどうしようもないが、それでも時間を常に意識しておくことは大切だ。
方針を決める上で、意識のあるなしはきっと大きな差を生むことになる。
「こんにちは。本日はワールドスクリプトへの転送をご希望でしょうか?」
「ええ。コリンシアへの転送をお願いします」
星書院に入ってゲートを抜け、受付の女性にコリンシアへの転送を申請する。
受付をしてもらってから準備に入るので、ここから少し待機になるわけだが、
「コリンシア……なるほど、昇級試験に挑戦するチームの方々ですね」
受付の人が事情を知っていたので、オレたちは少しばかり驚いた。
「ああ、失礼しました。当院はアトモス学園と連携しておりますので、予め誰かが転移を行うことが分かっている場合には連絡が来るんです。その方が業務もスムーズですからね」
道理だ。オレたちが知らないだけで、日々受注される依頼についても星書院に都度情報は提供されているのだろう。
そういう普段の情報は沢山届くので、ある程度仕分けをして後は該当者が来てから……になるのだろうが、試験ならば週に一チームか二チームだけ。この異世界に行くなら試験を受けるチームだな、とすぐ分かるわけだ。
「それからもう一つ。ワールドスクリプトが試験の対象地になる場合、予めその情報を得ていれば、他のイマジネーターにはそちらへ向かうのを控えていただくこともお願い出来ます。尤も、学園側でも配慮はしてくださっているようですが」
恐らく依頼を受注する際、フィンクスさんが今日は試験だから遠慮してくれとか、或いはテスタマイザー上でも試験対象地ですとか注意が出るのだろう。
ちゃんと配慮が行き届いているんだなあと感心させられた。
「勉強になりました。ありがとうございます」
フェイがオレの言いたいことを代弁してくれ、受付の女性はそれにニコリと微笑んだ。
「……さて。そういうわけで、コリンシアについては事前に準備が出来ております。皆さまさえ良ければいつでも転移が可能ですが」
「じゃあ、すぐにお願い出来ますか?」
「かしこまりました。それでは、転送室へどうぞ」
案内を受け、オレたちは早速転送室へ向かう。
ワールドスクリプト内へ向かうのは、これで都合四度目か。エイヴス以来の転移……長期休暇も挟んだし、久々だなという感じがする。
『ワールドスクリプト:コリンシア、準備完了しました。イマジネーターの皆さんはいつでも出発可能です』
転移門にコリンシアのワールドスクリプトが固定され、いつものアナウンスが響く。
それを聞き終えてから、オレたちはコネクターを取り出して転移門へ差し伸べる。
忽ち体は粒子へ変換され、書物の中へと入り込んでいき。
まだ慣れることのない感覚を経て、オレたちは無事に異世界コリンシアへと降り立った。
「――ふう」
コリンシアの転移門は野外にある。なので到着してすぐ目に入るのは、目に優しい自然の景色だ。
エイヴスを経験した今では、こんな風に野晒しなのは珍しい方なんだろうなと感じる。
必要があれば防衛機能の強化はするだろうが、危険度が最低ランクの『平和』であるコリンシアだ。そんな必要性は今のところない、ということだろう。
「やっと試験会場に到着ってとこかね。ここからが本番だ、気合入れて行くとしようぜ」
「うん! 頑張ろうね、みんな」
目標は植物系魔物ラフレシアンが落とす素材、ラフレシアンの劇毒。
さっさと収集して、タイムリミットを気にするまでもなく学園まで帰り着きたいものだ……全力で臨もう。




