210.休み明けの学園
アトモス学園へ舞い戻り、一夜を明かして。
風曜日……長かった休みもようやく明けた。
朝食の席でチームメンバーは再び一堂に会し、お泊り会の感想を語りつつ、これからまた頑張ろうと気持ちを新たにする。
そして午前の講義を黙々と、真面目に受講した。
昼食後は、コーネリア校長への報告があったので校長室へ向かう。
ノックをして返事が来てから入らせてもらうと、中には今日も忙しそうに書類を処理している校長の姿があった。
「おう、休み明けからすぐに来てもらって悪いな」
「いえ、必要なことでしょうから」
むしろ、本来はすぐ詳細をまとめたいところを休み明けまで待ってくれたのだろうし、配慮には感謝したい。
「そんじゃ、報告を頼む。お前らのおかげで大した騒ぎにならずに済んだが、異常事態なのは間違いないからな……」
「はい。それでは――」
オレたちは、光耀日に出くわした魔物発生事件についてなるべく詳細に語った。
セント・ロウディシアのど真ん中……開発区に位置する公園に突如として出現した時空の歪み。そこから這い出てきた魔物ども。
慌てふためき逃げる住民たちと、魔物を見据え立っていた一人の男……。
「オレたちは、その男性と共闘して計十体の魔物を討伐しました。全て悪魔系の魔物でしたね」
「内訳としてはガーゴイル二体、デモニックアイ四体、リトルデビル四体でした。私たちのチームと謎の男性で、ちょうど半分ずつ受け持ったかたちです」
細かい部分については適宜マルが補足してくれる。
おかげでオレも話しやすい。
「赤毛の男性は剣を武器として使っていて、イマジネーターではないみたいでした。なのでフェイがコンストラクターなのかと訊ねたんですが、どちらでもないという答えが返って来て」
「偶然この場に居合わせただけの一般人、みたいに話してたわねえ……」
「それでオレは何となく、以前校長が教えてくれた放浪者のことが浮かんで口に出したんです。するとその人は、少し驚いた顔をしていました」
「……なるほど、放浪者か」
コーネリア校長は顎を擦りながら呟く。
「その男、名を名乗ったりは?」
「別れ際、オレが聞いたときに答えてくれました。ルクスだ、と」
「ルクス――」
記憶を手繰るように目を閉じ、考え込む校長。
しかし思い当たるところはなかったようで、
「残念だが、聞いたことの無い名前だな。その男が事実放浪者クラスの人間だったなら会議モノだが、ただ腕っぷしの強いヤツだったという可能性も大いにある」
「悪魔系の魔物を五体も相手に出来る一般人なんて、いますかねえ?」
「組織に属するのを嫌う人間は案外いるもんさ。或いは自分の故郷を護るために力を付ける者だっている」
例としてコーネリア校長はイザヤ村に存在する護り手の風習や、それに類する小さな町村の習わしを持ち出した。
イザヤ村のことはサラルから直接聞いたので、なるほどとは思う。もっとも、こちらは戦闘能力を習得するためイマジネーターかコンストラクターになることを望まれるらしいから、事情はちょっと違うが。
閉鎖的なコミュニティだと、その場所を護れるだけの強い人間が一人や二人、求められるのもおかしくはない。
そういう強者が、たまたまセント・ロウディシアを訪れていたという可能性も……というわけだ。
「アスタさんも、ソロウって子の話をしてたもんね。記事にもなってたし」
「ああ……コンストラクターの新人だっつうヤツだな」
校長が答えるのに、ルカはこくりと頷く。
あの雑誌には、当然ながら校長も目を通しているようだ。
「確かに、生まれ持った才能がありながらその境遇ゆえ表に現れてこない、なんてのもあるだろう。仮にオリーブ丘陵以北のことだとしたら余計、な」
「丘陵より北……ですか」
首都から遠く離れていることやトライ・タワーの効果が及ばないことから、オリーブ丘陵以北は住環境として適していないというのは一般常識だ。大陸北部には人類未踏の地すら存在する。
しかしながら、丘陵を超えた先には全く人がいない、というわけでもないらしい。
ごく少数ではあるものの、厳しい土地で強く逞しく生きている者たちは存在するようだ。
「とりあえず、名前を聞き出せたのは収穫だ。各方面に照会だけはしておこう」
「実は凄い人だったとかなら、教えてくださいね」
「教えられる範囲でな。校長にもなると、しがらみが多くて大変だ」
「心中お察ししますよ」
エスカーが慰めの言葉をかけるが、どうにも薄っぺらい。
社交辞令的なものであるのを校長も分かっているので、ありがとよと受け流していた。
「……ところで校長。一つ気になっていることがあるのですが」
「何だ、マル?」
「今回の事件、入学式の日に学園が襲われたのと類似点があるように思いまして。その辺り、校長はどのように考えられているのかと」
襲撃があった時点で疑問に思っていたことだし、ニュースでは議会も調査に動いたという報道があった。
オレたち下の人間が考えても仕方ないことだと話を切り上げていたが、さて上の人間はどう考えているのか。
これも教えられる範囲で教えてほしいところだな。
「トライ・タワーのおかげもあってここら一帯……特に人の生活圏に時空の歪みが出現しにくいってのは知ってるかもしれねえが、それでも時たま歪みが出来ちまうことはある。にしても、学園に続いて首都の開発区と来たら、どうもおかしいという話にはなってくるな」
「では、原因についてこれから調査していく感じですかね?」
「ああ。こういう問題なら魔術工房やセラフィス教会が主体になって調査を進めていくことだろう。俺たちは要請に応じて動くくらいしか出来ねえな」
指示があれば、現場の再調査だったり素材の調達だったりを頼まれたりするようだ。
オレたちにも役割が振られる可能性はあるかもしれない。
「トライ・タワーに不具合が出てるとかなら、それも魔術工房が対処するんですかね?」
エスカーが訊ねると、校長はううむと唸り、
「技術協力はするんじゃねえかな。アレに関しては議会が建設したモンだからなあ……」
「え、あの塔って魔術工房の設計じゃないんですね?」
マナを抑制するなんて作用があるのだから、魔術工房がその粋を結集して建設したものと思っていた。
「もちろん、当時も技術提供はしてたらしい。ただまあ、お前たちに言うのも憚られるが……社会や組織ってのは難しいもんでな。それぞれに思惑があって、立ち入れない部分も出てくるわけさ」
トライ・タワーに関しては、星定議会の肝いり事業として打ち出されたこともあり、なるべく他の組織の協力を排除したという経緯があるらしい。
以降も議会はあまり魔術工房……ひいてはアトモス学園の力を頼らず、主に請負人ギルドと連携を図りながら活動することが多いのだとか。
「校長の言葉じゃないですけど、その辺もしがらみですかねえ」
「お前が言うと皮肉にしか聞こえねえが……まあ、俺も皮肉りてえくらいさ」
そのしがらみの当事者でさえ無ければ、馬鹿馬鹿しいと笑えるのだろうが。
アトモス学園の校長という立場は、やはり大変そうだ。
「とにかく、現時点で分かることは皆無に等しいし、何か判明したらこちらからも伝えようってトコだな。報告はここまでにしておこう、ありがとよ」
「ええ、お役に立てたなら幸いです」
オレは軽く頷き、そう請け合う。
「……それから、ついでに一つ餞別を贈っておくとするか」
「餞別?」
首を傾げるイオナに、校長はニヤリと笑って告げた。
「明日の昇級試験、お前らが無事に合格してくれるのを期待してるぜ」
それはとても暖かく、そして身の引き締まる贈り物なのであった。




