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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
巡礼の狭間 第一の災禍が去り
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209.憩いの場を後にして

 アトモス学園へ帰るのは水曜日なので、翌火曜日は決めていた通り、一日中だらけた生活を送った。

 イマジネーターになった今、怠惰に過ごせる機会も滅多になくなるだろう。何もしないというのも貴重なものだ。

 一応、寮生活で欲しいなと感じていた私物を鞄に詰める作業はしたが、それもほんの十分ほど。

 後はテレビを見たり、読書に興じたり。平穏極まりない時間を浪費していった。

 昨夜、悪夢について吐露したアニスはというと、あれからまた普段の調子に戻っていた。

 可愛い妹には暗い顔なんて似合わないし、いつもニコニコ笑顔を絶やさないでいてほしいと思う。

 ……あと、欲を言えばもう少し兄に優しくしてほしい。

 というわけで、休みもすっかり満喫し尽くし、いよいよ学園へ帰る水曜日がやって来る。

 学園までの列車は比較的遅くまで運行しているが、あまり夜遅くに出たくもないので、家を出るのは夕方にした。

 母さんの作る食事に名残惜しさを感じつつ、我が家での最後の昼食を終えて、時間まで自室で過ごす。

 そして夕刻になったところで、重い腰を上げて玄関へ向かうのだった。


「忘れ物はない? やり残したことは?」

「大丈夫だよ、母さん。むしろ時間があり過ぎたくらいだし」

「そう? ならいいわ」


 母親からすれば、子どもはいつまでも子どもなのだろう。

 幼い頃から学校へ行くときに言われていたことをまた繰り返される。

 まあ、だからと言って悪い気はしないけれど。


「えっと……気を付けてね、お兄ちゃん」


 アニスからはそんなエールが。

 何だかんだで心配してくれている妹なのだ、悲しませないためにも、酷い怪我とかはしたくないな。


「ああ、無理せず頑張ってくるさ」


 それじゃあ、とオレは切り出す。


「行ってくる。またまとまった休みには帰ってくるよ」

「ええ。いつでも帰ってらっしゃいな」


 母と妹の笑顔を受けて、オレは我が家を発つ。

 再びのアトモス学園……入学式の日、緊張しながら向かった時のことを思い出す。

 けれど、あのときとは随分と心境が変わった。

 頼れる仲間や教官もいるし、学業も仕事もやりがいがある。

 今、駅までの道を歩くオレにあのときの緊張は微塵もない。


「ふう……」


 レジデンシャル・エリア駅に到着し、ちょうどホームに停まっていた列車に乗り込んで腰を下ろす。

 時刻通りに発進した列車は十分足らずでオレをセント・ロウディシアまで運んだ。

 さてアトモス学園行きの列車に乗り換えようかとしたところで、オレは見知った顔を発見する……マルだ。

 彼女もオレと同じタイミングで、実家から学園に戻ろうとしていたようだった。


「よう、マル」

「ダインさん。奇遇ですね、こんばんは」


 マルはペコリと頭を下げて挨拶をくれる。

 もしかして他にも誰かいるんじゃないかと思ったが、一緒だったのはマルだけのようだ。

 せっかくなので、オレは彼女とともに学園行きの列車へ乗り込むことにする。

 ここでまた二手に分かれるのもおかしな話だしな。


「じゃあ、失礼しますね」

「ああ――って、空いてるし隣じゃなくても」

「話をするのに不便ですから」


 時間的にかなりガラガラなのだが、マルはそう言ってオレの隣席に腰を下ろす。

 まあ、彼女がいいならそれでいいけれど。


「改めて、そちらのお家に招いていただいてありがとうございました。楽しかったですよ」

「招く側としても不安だったが、ちゃんと皆楽しんでくれたみたいだったな。ホッとしてる」

「お母さんと妹さんのおかげですね」

「オレは含めないのかよ。……確かに何もしてないけどさ」


 オレがガックリ肩を落とすと、マルはくすりと笑う。


「この家にしてダインさんあり、と思いましたよ。良いご家庭で」

「褒められたってことでいいんだよな?」

「ええ、それはもう」


 どこか言葉の裏を読んでしまうようになったのは、エスカーのせいだろうか。

 マルがそう言うのだから、素直に受け取っておこう。


「それにしてもダインさん、結構荷物が多そうですね」

「ああ……何冊か本を入れ替えたもんだから」

「小説とか読むんでしたっけ」

「暇なときにな。そういう話をしたら、フェイから面白い本があるから読んでみてって渡されたりしたし」


 ゴソゴソと鞄の中を漁り、その本を取り出す。

 休みのお供にと、実家に持って帰っていたのだ。まだ二割ほどしか読めていないが。


「ほら、この機械館の不思議って本だよ。……そう言えばこれ、学園の文芸部が著者になってたんだっけ」

「ええ。……フェイさん、その本をダインさんに貸してたんですね」

「具体的に誰が作者なのか気になってそうだったけど、マルも文芸部だったよな。何か知ってたりするのか?」

「まあ、一応は」


 そこで少しばかり悩む素振りを見せてから、


「これを書いたのはトーマスさんです。元々書評だけでなく、文才もある人ですから……納得は出来るのですが」

「……ですが?」

「いえ、新入生歓迎会のとき、フェイさんはやけにこの小説について詳細を聞きたがっていたなと思い出しまして」


 フェイが読書好きだというのは、部活勧誘会のときに聞いている。

 その上でこの『機械館の不思議』をオススメされ、作者のサインがほしいとまで語っていた。

 本当に作者を目の前にしたなら、ファン魂というか、色々聞きたくなってしまうのは無理からぬことじゃないかとも思うけれど。


「ファンとして聞きたいという気持ちも分かります。ただフェイさん、ストーリーのアイデアはどこから浮かんだのか、きっかけがあったのかと、いわゆるネタ作りの段階のことばかり気にしていたんですよね」

「……へえ、それは確かに不思議かもな」


 本のジャンルはミステリなので、どうしてそんな着想を得たのか気になるのはある程度理解出来る。

 しかし、他にも感想をぶつけたりキャラ設定を深堀したり、ファンなら聞きたいことは多岐に亘りそうなものだ。


「もしかしてフェイ、自分も何か書いてみたいんじゃないか?」

「あー……それはあるかもしれませんね」


 読み手としての目線でなく、書き手としての目線から質問したのなら。

 物語の設定部分に話が終始するのもおかしくはないのかもしれない。


「この本返すときにでも聞いてみるかね。執筆に興味あるのかどうか」

「プライベートなことは探り辛いですが……正直私も知りたいところです。聞けたらぜひ教えてくださいね」

「ちぇっ、マルはリスクとらなくて済むじゃねえか。……まあ、分かったよ」


 お願いします、とマルは微笑む。そんな風に言われると、拒否のしようもない。


「ちなみにマルが文芸部に入ったのは、やっぱりトーマスさんの計らいなのか?」

「はい。当時は塞ぎ込んでしまっていたので、オペレーターへの道を示してくれるのと一緒に、文芸部での活動も薦めてくれたんです。私も読書は好きな方ですから、境遇を変えるためにもと入らせてもらいました」

「ショックのでかい事件だっただろうし、そう思って行動出来たのはマルの強いところだな」

「……褒めても何も出ませんよ」


 そんなことは別に期待してないっての。


「しかし、今のマルがいるのはトーマスさんのおかげってわけだよなあ……そう思うと、マルを取っちまってるようで申し訳ないが」

「お気になさらず。そもそもトーマスさんもオペレーターなので、組むことはないですからね。私が活躍するほど、喜んでくれると思います」

「良い信頼関係だな」

「半ば以上は、責任と考えていそうですけどね。それでももちろん、感謝はしていますよ」


 彼の兄、フォルカ=ディディの慢心が起こしたかもしれない悲劇。

 その唯一の生き残りである彼女を、トーマスさんは見殺しになど出来ず、手を差し伸べた。


「……言っておきますが、恋仲とかではありませんからね」

「って、急に何だよ。特に気にしないけど……」

「念のため、です」


 つまらなさそうにマルはそう呟いた。

 ひょっとして、驚いてほしかったのだろうか。


「……これは一つ、アドバイスですが……」

「うん?」

「ダインさんはもう少し、自己肯定感を高めても良いと思います」


 正直なところ、話の繋がりが良く見えなかったところはあるものの。

 実際それは頷けることなので、オレは曖昧に相槌を打つことになった。

 ……その後もマルとの雑談は続き、四十分ほどの移動もあっという間に終わる。

 彼女と二人で話すのは珍しかったなと思いつつ、オレはマルとともに列車を降り、久方ぶりの学園の地を踏むのだった。


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