208.兄と妹、悪夢と預言
最後の目的だったロウディシア・タイムズを皆で読み終わり、昼ご飯も食べ終えて。
アグナス家での二泊三日のお泊り会はこれにて終了の運びとなった。
何人かはもっとごろごろしていたいと残念がっていたが、始めに決めていたことだ。
というか、お前らも実家へ帰っての挨拶とか後回しにしていた予定とかあるだろ、とツッコミをいれたくなる。
「マリアさん、三日間お世話になりました!」
メンバーを代表し、イオナが元気良く礼を述べる。
それに対し、母さんは別にいいのよと手を振りながら答えていた。
「ご飯、凄く美味しかったです。バーベキューも楽しかったなあ」
「そうねえ。ルカちゃん、沢山食べてたし」
「モチロン。……ということは、少なくともお母さんくらいの腕にならなきゃダメなんだよなあ」
「何がだい?」
「エスカーには関係ありません」
ルカとエスカーはまた口喧嘩をしている。
とりあえずそれは放っておくことにして、
「んじゃ、出ますか」
「ええ。気を付けて行ってくるのよ」
「ただの見送りだって」
ここで別れてもいいのだが、皆列車を利用するということなので、駅までは見送りに行くことにした。
アニスがそうしたいと言ったのも決め手の一つだ。
「皆も、遠慮せずまた来てちょうだいね」
「はいっ」
女性陣が異口同音に返事をする。エスカーも、口には出さないが悪い気はしていないようだ。
「それじゃあまた!」
別れの挨拶を交わし、オレたちは家を出発した。
十分少々の短い道案内。その時間もお泊り会の延長線上のように駄弁り続け、駅へと辿り着く。
二泊三日ではあったけれど、振り返ればあっという間に過ぎてしまったなと思う。
「お見送りありがとね、ダインにアニスちゃん」
「えへ……こちらこそ、泊まりに来てくれてありがとうございました。とても楽しかったです」
「絶対また来るからねっ」
勢い込んでルカが言う。食事目当てなんじゃないかという疑惑もあるが、怒るので黙っておこう。
「リーダーが素敵な環境で育ってきたのを実感したよ。これからも苦労するだろうけど、お兄さんを嫌いにならないであげな」
「ええと……それ私じゃなくてエスカーさんの方が言うんですか?」
「俺は面白がってるからねえ」
オレを珍しい観察対象みたいに言うんじゃない。妹にも苦労なんかかけたりしないぞ。
……シスコンだと全員に口を揃えられてから、ちょっと自信がなくなったけど。
「では、私たちはこれで。次のお泊り会も楽しみにしてますよ」
「ふふ、そうね。勝手にあることを前提にしちゃってるけれど」
「大丈夫ですよ、お母さんはそういうの好きですから。私も待ってます」
アニスがニコリと笑い、他の面々もそれに笑顔で返した。
挨拶が済んで、イオナたちは駅の地下階段を下りていく。
その背中を見送りながら、オレも何だかんだで次のお泊り会のことを考えてしまっていた。
別に我が家じゃなくてもいいし、皆でどこかへ出かけるのもいいかもしれない。
……昔はそういうことを考えるような交流も無かったのに、人生とは奇異なものだ。
とてもありがたい縁に恵まれている。
「……じゃ、帰るか」
「うん。……ええと」
「どうした?」
何か言いたげなアニスに、オレは続きを促してみる。
すると彼女は、少し目を泳がせてから小さな声で呟いた。
「……ありがとう、お兄ちゃん。おかげで楽しかったよ」
その言葉に、オレは妹を抱きしめたくなるような喜びを感じたのだった。
いや、これで本当に抱きしめたらウザがられるけども。
*
家に戻ったオレと妹は、それから夕食までだらだらと過ごした。
夕食の席は三人だけになり、そこで少しばかりしんみりした空気も感じてしまう。
「賑やかだったわね。まるでウチじゃないみたいだったわ」
「えへへ、本当にね。お兄ちゃんのお友達、みんな個性的だったな」
「クセの強いのが多いんだよ。まあ、幸い良い奴ばかりだから助かるけどさ」
「ダインが素直にそう評価出来る子たちだもの。みんな良い子に違いないわ」
メンバーみな、何かしら傷や秘密を抱えているような奴らばかりではあるけれど。
少なくとも今は、それで以て悪影響があるようには思わない。
楽観的な考え方かもしれないが、やがては内に秘めたものも共有しあって。
だんだんと関係を深めていけるのかな、とも想像したりする。
「それで、学園に戻るのは休みの最終日だったかしら?」
「ああ、うん。水曜日の夕方に戻るつもり」
「分かったわ。あと二日、ゆっくりしていきなさいね」
「ありがとう、母さん。お言葉に甘えるよ」
日がな一日、何も考えなくていいのは久しぶりだ。
楽しかったけれどエネルギーも使ったし、後は静養に努めるとしよう。
夕食を平らげ、風呂に入った後。
自室に戻る途中で、オレはアニスとすれ違う。
どうやら交代で風呂に向かうところのようだったが、
「ねえ、お兄ちゃん」
と、妹は何故かオレを呼び止めてきた。
改めてお泊り会のお礼なのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「何だ?」
「ええとね……時間があるなら、ちょっと部屋に来てほしいんだ」
「そりゃ、時間はあるけど……」
具体的な内容は分からないが、ここでは言い辛いのだろうか。
とりあえずオレは了承し、アニスとともに彼女の部屋へ向かう。
「風呂行く途中だったみたいだけど、いいのか?」
「うん。みんなが帰って落ち着いたときに、一度お兄ちゃんと話しておきたかったんだ」
兄のオレに話しておきたいこととは何だろう。雰囲気から察するに、あまり良い話題ではなさそうだ。
まさか、学校で馴染めていなかったり、本当にオレが理由で変な奴に絡まれたりしているのか……?
「――お兄ちゃんってさ。子どもの頃からずっと、同じ悪夢を見てたんだよね?」
「え? ……ああ、そうだけど」
これは想定外の質問だった。まさか妹から、悪夢の話を持ち出されるとは。
その昔、お前は見ないのかよと聞いてみたときには、ずっと見続けるなんて怖がりだねと笑われたりしたものだ。
あのときは兄として情けない、悔しい思いをしたものだったが……。
「それって、空が赤くなったり隕石が降ったり、地震が起きて大波が来たり……世界が滅んじゃうような悪夢なんだっけ」
「よく覚えてるな……まさにそういう悪夢だよ」
今のオレだからこそ分かるが、それは実際に世界が滅ぶ時の光景に相違ない。
終末の空――オレはエイヴスで、本物を目の当たりにしたのだから。
「今でもその悪夢は見たりするの?」
「んー……学園に入学してからはほとんど見なくなったかな。オレもようやく悪夢を克服出来たってことかね」
アニスにはそう格好付けたものの、恐らく悪夢を見なくなったのはジャンヌさんが閂をしてくれたおかげだ。
オレの心象世界に何故か存在する悪夢の力――そこにかけられた閂が外れたら、またうなされる日々が戻ってくるかもしれない。
「でも、どうして悪夢のことを?」
「……実はね」
アニスは一瞬だけ口を噤み、それから意を決したように告げた。
「私も、見るようになっちゃったんだ……悪夢を」
「……何だって?」
これもまた想定外の告白だ。
悪夢を見続けるオレのことを、子どもっぽいと笑っていたはずのアニス自身が、悪夢に苛まれるようになったなんて。
「どんな悪夢なんだ?」
「お兄ちゃんと同じ。赤い空に降り注ぐ星、地割れや津波まで……お兄ちゃんもこんな光景に苦しめられてたんだって」
「そんなことが……」
兄妹揃って同じ悪夢を見る、なんてことがあるのだろうか。
オレがアニスに悪夢の内容を語っていたせいで、具体的なイメージが出来上がってしまったというのはあり得るかもしれないが。
もしそうだとしたら、かなりショックだ。オレのしたことが妹に悪影響を与えてしまったわけなのだし……。
「お兄ちゃんのせいとか思わないでよ? 正直、お兄ちゃんの話くらいで怖がって夢に見ちゃうような小心者じゃないし」
「オレの話くらいってなあ……」
「でも、実際今までは見なかったんだから。悪夢を見始めたのは、つい最近の話だよ。それこそお兄ちゃんが学園に通い始めた辺りから」
「じゃあ、寂しくなったか?」
「んなワケないでしょ」
食い気味に、しかも語気を荒げて言われると傷つく。
まあ、それはともかく……どうしてアニスも悪夢を見始めたのやら、だ。
「……あのね。これは全然、根拠も何もないことなんだけど」
「ああ……」
「私とお兄ちゃんが見る悪夢はいつも、世界が滅ぶ光景なんだよね」
口を開かずに、オレは頷く。
「それがさ。何かの暗示だったら……怖いなって」
「暗示――」
アニスが言いたいのは、つまり。
オレたちの見る悪夢が、正夢になってしまう可能性。
世界の滅びを、現実に見ることになってしまう可能性……。
「流石に考え過ぎだよ。そんな風に世界が滅ぶなんて現実味がないだろ」
そんな風にうそぶきつつも、オレは事実異世界エイヴスで終末を目の当たりにしている。
そしてあの記事を見た以上、アニスもオレが世界の終焉について何か知ってるんじゃないかと勘付いてもおかしくはないのだ。
「……だと、いいんだけど」
不安を拭いきれないアニスは、溜め息交じりに呟く。
「悪夢なら、もっと色々見たっていいのに。どうして私たちが見るのは、ずっと世界の終わりなんだろう」
繰り返される、世界の終焉。
それがもし偶然ではないのだとしたら、指し示すのは暗い未来だとでも言うのか。
――預言、だよ。
イオナの言葉がふいに蘇る。
女神イオナの代行者である彼女たちは、未来を暗示する預言を世界に与えるという。
それと同じように、オレたちもまたイメージによって未来の暗示を受け取っているとしたら。
……いや、馬鹿馬鹿しい考えだ。代行者はあくまでも特別な存在なのであって、オレたちのような一般人が同様の預言を託されることなどあり得ない。
これはきっと、偶然の重なりに良からぬ意味を見出そうとしているだけに違いないのだ。
「大丈夫さ。悪夢だってただの夢、意味なんて見つけようとするもんじゃない」
「……ん」
「オレだって、今じゃ見なくなったんだ。アニスだってきっと今だけで、じきに見なくなっちまうさ」
短くない沈黙があった。当たり前だが、簡単には納得出来ない話だ。
それでもアニスは、最後にはゆっくり頷いて、
「……うん、そうだよね。変なこと言ってごめん、お兄ちゃん」
「いや、構わないさ。怖がるのも無理のない話だ」
理由が存在するかどうかも分からない繊細な問題なのだから、得体の知れなさはずっと付きまとってしまうだろう。
それでも今は、気にしないでいるしかない。
そうする内に、きっと悪夢なんて見なくなっていくのだろうから。
「ま、怖くなったときはオレに甘えてくれたらいいさ。何なら今でも……」
「甘えるわけないでしょ! お兄ちゃんのばかっ」
頭にコツンとチョップが下される。
本気じゃないところが照れ隠しなのだなと感じられて、また可愛らしい。
「はあ。でも呆れたおかげで気持ちは軽くなったかも。……お風呂行ってくるね」
「おう、ゆっくり入りな」
分かってますと言い残して、アニスは部屋を去っていく。
……ビックリするような話だったが、とりあえず妹の不安を払拭出来たのは、良かったか。
「――悪夢、か」
見なくなって清々したと思った矢先、こんな展開になるとは。
やはり悪夢というやつは、オレを捉えて離さないらしい。
そして、それが自身の能力にも影響している以上は。
いつかは真正面から向き合わざるを得ない日が、訪れるのだろう。




