207.想造者と請負人
バーベキューを楽しみ、皆で大いに盛り上がった翌日。
黒曜日の今日は、我が家にロウディシア・タイムズから雑誌が届けられる予定になっていた。
アグナス家は新聞を購読していることもあり、それと同タイミングかなと予想していたが、果たして雑誌はセットで届けられていた。
早朝、ポストから母親が回収し、オレたちが起きてきたときにはもうリビングのテーブル上に置かれているのだった。
「あっ、もう届いてたんだねー」
オレの後ろからイオナがひょいと顔を出し、ニコリと笑う。
「みたいだな。もうすぐ朝食は出来ると思うけど……どうするかね?」
「食べ終わってからでいいんじゃないかな。落ち着いて読みたいところだし」
「了解。ま、その方がよさそうだ」
それからすぐ、全員が起き出してリビングに集まった。
母さんも朝食の準備を済ませてくれていて、皆が席に着くなり料理を運んできてくれる。
前夜に重たい肉ばかりを食べたので、それに配慮してメニューはサラダにコンソメスープなどあっさりしたものが並ぶ。
それらをありがたいなと感謝しつつ平らげ、皿を片付けてしまってから、オレたちはいよいよ雑誌を拝見させてもらうのだった。
「おおー……」
表紙を飾っているのは三十代後半くらいの壮年男性。
インディゴブルーの刈上げられた短髪、目は吊り上がり気味で瞳は黒い。
顎には少しばかり髭が生えていて、渋い大人の魅力がある人だと感じる。
そして上半身はかなり鍛えられているらしく、筋骨隆々の肉体であることが服の上からでも見て取れた。
「この人は……確か」
「ハノク=アラードさんだね。請負人ギルドの副マスターを務めてる人」
イオナに言われて思い出す。それこそテレビや新聞などの媒体で何度か見た顔だ。
副マスターという役職から分かる通り、請負人ギルドで二番目に偉い人物である。
ギルドマスターであるブラムス=カナン氏とともに、コンストラクターたちを導く二大巨頭なのだった。
「ブラムス氏もハノク氏も、メディア露出にはあまり抵抗がないみたいで、コンストラクターの宣伝になるならと積極的に出てるみたいだねえ。ま、ブラムス氏の方はやっぱりトップだから忙しくて、比重はハノク氏の方に行きがちだけど」
「説明感謝だ、エスカー。そういう事情にも詳しいのな」
「昔のインタビュー記事に載ってる情報だけどね」
オレも見たことがあるかもしれないが覚えていないな。
コイツの知識とか情報への執着みたいなのはホントに恐れ入る。
「それより、記事だよ記事。早く見よっ」
「はいはい、焦るなルカ。えーっと……」
雑誌を手に取り、オレはパラパラとページを捲っていく。
すると存外、該当の記事はすぐに出てきた。アスタさんは特集と言っていたし、恐らく今月号の目玉なのだろう。
開いたはいいが、こんな大々的な紹介をされていると思うと、今更ながら胸がドキドキしてきてしまった。
「ダイン?」
「あ、ああ……この記事みたいだな」
緊張を気取られないよう繕いながら、オレは雑誌をテーブルの上に置く。
そうして皆で、記事の文面を追い始めた。
『アトモス学園の記念すべき百期生、早くも異世界を救う!?』
大見出しはこのようなタイトルで始まっていて、既にかなり恥ずかしい。
まずは学園が百年目の節目を迎えたことを祝い、そこから今年の新人イマジネーターは粒揃いであるとの評価。
続けてその中でも期待の新人たちが、評点トップを独走するダインチームであるというのが導入部分だった。
『彼らは入学後僅か二週間であるにも拘らず、とあるワールドスクリプトに発生した危機的状況を打破し、この世界を滅びの未来から救うことに成功した。無論、この活躍には多くの助力があったには違いない。しかし、救星作戦の一員として彼らが共に戦い、その力を遺憾なく発揮したこともまた事実なのである……』
当然の如く詳細はぼかされていたが、オレたちが多くの人たちと協力し、一つの異世界を救った立役者であることが強調して書かれていた。
一人一人の簡単なプロフィールやイマジネート能力についても記載があり、短いインタビューでよくここまで仕上げたなとアスタさんには感心する。
「……へへ、ホントにボクたちメディアデビューしちゃったんだなあ……」
「そうね……実物を見てようやく実感出来たわ。照れ臭くなっちゃうほどに」
「フェイも? 私もちょっと、くすぐったい気持ちになっちゃうや。でも、イヤではないかも」
「称賛されているわけですからね。嬉しいですし……身が引き締まる思いにもなります」
マルのコメントが一番、オレたちの気持ちを的確に表現しているように思う。
称賛され、期待されることは嬉しいし、それに応えなくちゃいけないのだから背筋も伸びるというものだ。
「凄いなあ、お兄ちゃんたち……」
「テレビではここまでの情報は出てなかったけれど、こっちではちゃんと一人一人が紹介されているのね。ご近所さんに読んでる人がいたら、ちょっとした有名人になっちゃうかも」
そうなったら、母さんやアニスも目立ってしまいそうだな。それが嬉しいうちはまだいいが、迷惑がかかってしまうと申し訳ない。
特に、アニスに良くない奴らが近寄ることになったら……そいつら全員をどうにかしなければいけなくなる。絶対に。
特集記事は見開き一ページの構成で、読み終わるのには十分もかからなかった。
全員が満足したところで、オレたちはもう一つの特集――アスタさん言うところの二本柱のもう一方を見るべく、ページを捲った。
「おっ……この子が例の」
「期待の新人ってヤツだねえ」
オレたちの記事は実働チーム五人が揃ったものだったが、コンストラクターの特集記事は一人だけに焦点を当てたものだった。
三十人ほどいる新人コンストラクターの中で、秀でた一人……さぞかし才気溢れる人物なのだろう。
『百六十年の歴史と伝統……請負人ギルドの大型新人デビュー!』
こんな見出しから始まっている記事は、左側に当該新人の写真、右側に文面というオレたちと同様の構図だ。
新人の名はソロウ=カナン……その名前だけでも皆一様に驚くこととなる。
「カナンって、ギルドマスターと同じファミリーネームじゃん!」
「……なるほどね。アスタさんが話していたのはそういうことだったか」
エスカーだけは合点が言ったという風にニヤリと笑う。
アスタさんが話していたこと……そうだ、確かその子は孤児だったはず。
『カナンという名字におやっとなった方は多いだろう。なんとこのソロウ少年、ギルドマスターであるブラムス=カナン氏が養子として迎えた子なのである。彼は鉱山街アラヴァン近郊の小さな村で孤児として育てられていたのだが、ある日孤児院に魔物が襲撃した際、自身の力を開花させ魔物を見事撃退したのだ。以降、孤児院はソロウ少年に魔物の対処を頼みつつ、その才能を無駄にしまいと請負人ギルドに声掛けを行ってきた。そしてとうとうこの春、ギルドが彼をコンストラクターとして迎え、またブラムス氏が身元を引き受けることにもなったのである……』
アラヴァンはロウディシア東部に位置する大きな街だ。鉱山街と呼ばれているように、南北に大きな鉱山が通っていて、主にドワーフ族が鉱石類の採掘・加工までを一挙に行っている。多くの製造業にとって切っても切れない場所なのだ。
ただ、セント・ロウディシアから比較的離れた場所にあり、トライ・タワーの効果もギリギリ届くくらいの距離。魔物被害は首都圏よりも多いと聞いている。
そんな場所で孤児として育ち、魔物に襲われた際その戦闘能力に気付かされた……か。若くして波乱万丈の人生を歩んできているんだな。
「ふうん……ギルドに入る直前、村を襲った魔物を討伐していて、その魔物は三ツ星依頼相当……コンストラクターになってからは四ツ星依頼相当の魔物を倒しているんだってさ」
「四ツ星まで? 確かボクらが取ろうとしてる四級ライセンスでも、依頼は三ツ星までだったよね?」
「そうね。だからこのソロウって子はかなりの実力を持っているんだわ」
オレたちも、エイヴスではなし崩し的に凶悪な魔物や千年王国の構成員たちと戦った。
恐らく強さとしては、四ツ星に匹敵するような相手もいたことだろう。
ただ、ソロウ少年は基本的に一人で戦っている。その事実を踏まえると、オレたちよりも強いように思われた。
「コンストラクター……まだボクたちは関わってないけど、どこかで出くわすこともあるのかなあ」
「彼らはどちらかと言えばロウディシアの治安維持を重視してるから、こっち側の依頼でなら遭遇するかもね」
ルカの問いかけに、エスカーが的確な答を返す。
そう、コンストラクターは異世界への転移システムが確立されるより前から存在する職業だ。
ゆえに、この世界で魔物を討伐するというのが基本理念なわけだな。
「一緒に特集記事を組まれた者同士、この子とどこかで会ってみたいな」
「ふふ、そうだね。どっちが魔物を早く倒せるか、競争になったりして」
「人数的に私たちが有利になりそうですが、ね」
「身も蓋もないなあ、マルちゃん」
そこでどっと笑いが起きる。
……しかし、会ってみたいというルカの言葉にはオレも同意だ。
立場は違えど、魔物を倒し世界の平和を護るという理念は同じ。
共に武器を握り、戦う者として。彼を含め、コンストラクターの人たちとも交流はしてみたい。
いつかは叶うだろうか……いや、きっと叶うはずだ。根拠は特にないけれど、オレはそんな風に確信していた。




