204.謎多き赤髪の男
「お兄ちゃん、みんなー!」
呆然としていたところに、アニスの声が聞こえてくる。
マルが戦闘終了を伝えてくれ、ここへ戻って来たようだった。
「大丈夫だった……!?」
「ああ、この通り……全部片付いてる」
「凄い……この数をお兄ちゃんたちで?」
「いや、他にもここへ駆けつけてたヤツがいたんだが……さっさと行っちまった」
赤髪の男は向こうへ歩き去ったはずだが、まるで霧になって消えたかのように、もう姿が見えない。
ルクスと名乗ったあの男は、一体何者だったのか……。
「あの人、自分のことをコンストラクターでもイマジネーターでもないと話していたけれど……」
「じゃあ何なの? ってカンジだよね。普通にボクらより強かったし」
そう、ルクスさんはオレたちよりも断然強かった。
あんな人がいれば、広く名が知れていてもおかしくはなさそうだが、強いからと言って有名でない人もいるんだよな。
ジャンヌさんや、或いは……。
「ダインとアニスちゃんのお父上みたいな?」
遠慮なく父さんの存在を挙げたのは、当然エスカーだった。
「どんな人がここにいたのか知りませんが、お父さんは確かに無所属のまま魔物退治を生業にしていたみたいです」
「ああ。だからあのルクスって人がどこにも属してないなら、父さんと似てるってのは言える」
「しかも、気になること呟いてたね? 放浪者とか……」
「それは――」
昨夜の話を、エスカーがどこまで盗み聞きしていたのか。
今の流れからすると、父さんがワールドスクリプトへ転移出来ていたという話も聞いていそうだ。
混乱しそうだし、あまりアニスの耳には入れたくない話なんだがな。
「……どこにも属さない、有名でもない、けれど実力は相当。それならもしかして、この世界に長く留まっていない人間なんじゃないかと思ったんだよ」
「ま、可能性の一つとしてはアリだけどね。そしてルクス氏も、その言葉には反応していた……」
全く、よく見ているなと感心する。
ルクスさんが放浪者という呟きに反応していたのは事実だ。
「ルクス氏がまだ認知されていない放浪者である、なんてことも無くはなさそうだねえ」
「そんな珍しい存在だったとしたら、ロウディシアにとってビッグニュースだろうけどな」
コーネリア校長は放浪者のことを、何人かいた、という風に語っていた。認識されているのは指で数えられるほど少ない人数なわけだ。
だとすれば、未知の放浪者が見つかるのは驚くべき事態といっても過言ではないだろう。
……或いは、これもまた――なのかもしれないが。
「どこまでの情報を上の方々が持っているか、俺たちには分からないのが辛いところだ」
「……だな」
この考察がまるで無意味なことだって、十分にある。
校長やジャンヌさんだけでなく、教会や星定議会が既に握っている機密情報なんて、きっとまだまだ沢山あるのだろうから。
「――おーい……!」
考え込んでいたところで、遠くの方から声が聞こえてきた。
何だろうと思って振り返ると、こちらへ駆けてくる一人の青年が。……今の声、どうやらオレたちに向けられたものだったようだ。
「あれ、きみたち……この前の!」
「あ――アスタさん?」
広場へ走ってきたのは、先日オレたちを取材してくれたロウディシア・タイムズのアスタさんだった。
「いやあ、避難してきた方から、魔物と戦おうとしている人がいたと聞いたもので。急いでやって来たんですが……」
アスタさんは言いながら、周囲に倒れた魔物の死骸を見回す。
「もう片付いてしまっているとは。凄いですね……」
「あはは……実はオレたちよりも先に駆けつけていた人がいて、その人と共闘したんですよ。むしろオレたちより、その人の方が強かったくらいで」
妹にもした説明をもう一度アスタさんへする。
その話にアスタさんは目を丸くして、
「へえ! イマジネーターの先輩さんとかですかね?」
「それが……イマジネーターでもコンストラクターでも無いって言われたんです。だから変な人だなって」
フェイの説明にもまたへえ、という声を出し、
「ちなみにその方、お名前は……」
「ルクスと名乗ってました。アスタさん、ご存知だったりしません?」
「ルクスさん……ですか。いや、生憎と聞いたことがありませんね。私も職業柄、大抵のイマジネーターやコンストラクターの方の名前は憶えてるんですが」
「そうですか……」
あれほどの実力者、記者のアスタさんに心当たりがないのはやはり変だ。
まさかの放浪者という推測も、的外れではないかもしれない。
「ただ、何らかの事情で自分の力を隠していたり、或いは発揮する場が得られないという人もいないとは限りません。実際、この前取材したギルドのホープという子がそうでしたし」
「あ、もしかしてボクたちと一緒の記事に載るっていう?」
「ええ、そうです。その子はいわゆる孤児だったそうで、自身の力に気付きながらも、役立てる機会に恵まれなかったんですね。詳しいところは、明日到着するはずの雑誌を読んでいただければ」
「へえー……そんな子がコンストラクターギルドにいるんだなあ」
孤児と聞いて少しシンパシーを感じたのか、イオナが感慨深そうに呟く。
元孤児のコンストラクターか……その子も若くして苦労を背負いこんでるんだな。
「ここにいる魔物……悪魔系の中級クラスを倒せるレベルなら、一般人からは大きくかけはなれた力の持ち主と言えるでしょう。ルクスさん……私も興味が湧いてきましたし、その名前は頭に入れておくようにしますよ」
「何か分かれば教えてくれたら嬉しいですねえ。ひょっとすると、教えられなくなる事実が出てくるかもしれませんけど」
「はは……可能な限りはお伝えしたいですよ。何せ情報提供者なんですし」
エスカーの言葉に、アスタさんは苦笑しつつそう返す。
ただ、上の人間が駄目だと秘匿を命じてしまえば、それはもうどうにもならないのだろうが。
「……しかし、連休に皆さんがお揃いだったというのも面白いですね。何か集まりが?」
「ああ、ちょっとオレの実家に集まってるんです。親睦を深めるのもいいかってことになりまして」
「はあ、ダインくんの。……ということは、そちらの方が妹さんだったり」
「あ――はい、アニスと言います。はじめまして……」
急に話を振られたので、アニスはドギマギしつつも挨拶をする。
話の流れから、アスタさんが記者だというのは理解しただろうけど、自分に関心が向けられるのは予想外だったようだ。
「はじめまして、アスタです。先日お兄さんの取材をさせていただきましてね、ご家族の話も聞いていたもので」
「そ、そうだったんですね」
「フフ、可愛らしい妹さんだ。ダインくんが羨ましいくらいですよ」
思いの外アニスに食いつくアスタさん。流石にアニスも戸惑っているので、
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、妹は一般人ですんで。あんまり怖がらせないでください」
「あっと……すみません。また良くない取材モードが出てしまいました」
オレが窘めると、アスタさんは話を中断して素直に謝った。
「これ以上怒られてしまう前に、私は退散させてもらいましょうかね。ちょうど昼食を終えて社に帰るところでしたし」
……ってアスタさん、今日も仕事だったのか。
記者には決まった休みというのが無いのかもな。それには同情する。
「最後に一つ……この件もまた記事にさせてもらって構いませんか? 事件の枠なので小さなものにはなってしまうでしょうけれど……」
「別に構いませんよ。みんなも大丈夫か?」
オレが訊ねるのに、チームの面々は疎らに頷く。
エスカーだけはやれやれという表情だったが、拒否はしなかった。
「ありがとうございます! 皆さんの記事を短期間にまた書けることになるとは、素敵な偶然もあったものです。……それではまた!」
ニコリを笑みを浮かべると、アスタさんは速足で広場から出ていった。
そのドタバタ感は何というか、新人記者らしいなと思ってしまう。
「……はあ、何か突然色んなことが起きたなあ」
溜め息を吐くルカに、そうねとフェイが同意する。
「しかし、奇妙なのは魔物がここに発生したことだね。入学式のときと似ている感じはするけども」
そう言って考え込むのはエスカー。彼の言葉を受けて、
「トライ・タワーの効果とかで、この辺りには時空の歪みが出にくくなってるはずだもんね……短い間に二回もこんなことがあると、ちょっと怖くなっちゃうな」
イオナが説明を交えてそう零す。
具体的な仕組みは定かでないが、トライ・タワーがマナの抑制だけでなく、時空の歪みの発生も抑えているというのは聞いたことがある。
その効果が及ぶ場所に二度も時空の歪みが出現するのは……果たして偶然なのだろうか。
「これが何か良くないことの前触れなのかは分からないけれど……私たちが悩んでいても仕方がないと思うわ」
「そうだねえ。お偉方もおかしいとは思うだろうから、きっと必死になって調べるだろうさ。それで必要になれば、俺たちに指令が来る」
フェイの言葉に、エスカーも皮肉交じりの賛同意見を述べた。
『……話が一段落したところで、なのですが』
と、そこでテスタマイザー越しにマルの声が聞こえてくる。
慌てて彼女がいるベンチの方を見ると……彼女はムスッとした表情でこちらを睨んでいた。
『早いところ、こちらに来てもらえませんかね。ここで荷物番を続けるのはイヤですから』
……荷物のせいで彼女が身動き出来ないのを、すっかり失念していた。
本当に申し訳ないです、マルさん……。




