203.即興の共闘
時空の歪みは、計十体の魔物をこちらへ転移させるとすぐに消滅した。
あれが長期的に維持された場合はワールドスクリプトとして固定化するか否か判断されるのだろうが、今回は対象外だな。
……公園に落ちてきた魔物は、見た感じ全てが悪魔系に該当しそうだ。
群れの中には入学式のとき戦ったガーゴイルもいる。
『中央にいるのがガーゴイル、その両隣にはデモニックアイ、そして両端がリトルデビルという構成になっています。察しているとは思いますが、全て悪魔系の魔物ですね』
「あの中じゃガーゴイルが一番強いか?」
『はい、脅威度は中級……群れを統率する程度の知能はあると。ガーゴイルを注意するのは当然として、デモニックアイは巨大な目から状態異常を引き起こす光線などを放ってきますし、リトルデビルは素早く飛び回りながら不規則な攻撃を行ってきます。その辺り、気を付けておくと良いでしょう』
「了解。ありがとな、マル」
マルはオレとエスカーが買い物袋を置いたベンチのところまで下がり、オペレートを行ってくれている。
魔物の情報を迅速に伝えてくれたことを感謝し、オレたちはブースターを取り出して戦闘態勢に入った。
『シャァアッ』
掠れた声を上げながら、まずは端にいたリトルデビル二体が行動を開始した。
名前にリトルと付くように体長は一メートルほどだが、背中にある蝙蝠のような羽をバタつかせ、かなりの速度で接近してくる。
そのまま鋭い爪で引っ掻き攻撃を試みてくるものの、狙いがルカとエスカーだったのは悪手だ。
二人は難なくその攻撃を躱し、カウンターを見舞う。
「フッ」
「ていっ!」
氷の刃が肉を裂き、強靭な拳が肉を打つ。
リトルデビルはどちらも短い叫び声を上げ、地面へ墜落した。
「トドメだ――」
「ルカ、目を閉じな」
エスカーの警告で、ルカは慌てて目を閉じた。こういう場面では彼女も素直に従うらしい。
実際、警告は正しかった。オレたちの正面にいるデモニックアイが、カッと目を見開いていたからだ。
『麻痺眼です! 攻撃そのものは目視出来ませんが、あの目を見ていたら体が痺れていました』
「ひえ……感謝しとくよ、エスカー!」
「どういたしまして。じゃ、改めて」
あくまで冷静に、エスカーは地面でもがいていたリトルデビルにトドメの一撃を喰らわせる。
血飛沫を撒き散らし、リトルデビルは動かなくなった。
ルカの方も、デモニックアイへ注意は向けたまま同じようにトドメを刺す。
強烈な踵落としによって、小悪魔の頭はぐしゃりと潰されるのだった。
「ひゅう、前よりずっと強くなってない?」
「エスカーこそ!」
悪口を言い合うこの二人も、互いのことはちゃんと認めているし、よく見ている。
確かに二人とも、技のキレに磨きが掛かっているのは間違いない。
『……油断禁物です、前方に気を付けて!』
動きを止めた二人に、マルが注意を促す。
前方――さきほど麻痺眼を放ったデモニックアイが再び攻撃準備に入っていた。
「――ナイトメア!」
オレは咄嗟に、デモニックアイ二体を目掛けて闇魔法を発動させる。
視線が状態異常を引き起こす攻撃になっているなら、それを遮れば防げないかと考えたのだ。
結果として、これは有用な手段だったらしい。
『視線の遮断はアイ系と戦う際の基本テクニックのようです。良い判断ですね、ダインさん』
「勘でやったまでだけどな。とりあえず良かった」
目を見なければ回避出来る攻撃かもしれないが、そう簡単にいかない時もあるだろう。
魔法などで視線を切ってしまえばその間の安全は担保出来るし、このまま一方的な攻撃も可能になる。
……そう、こんな風に。
「――黒月ッ!」
闇の靄に覆われたデモニックアイへ、オレは斬撃を飛ばす。
恐らく、奴には何が起きたかも理解出来なかったことだろう。一閃の軌跡が、巨大な瞳を真っ二つに斬り裂いた。
「いいね! 私も――ライトバレット!」
続けてイオナが杖先から光弾を放つ。……あれは入学式のガーゴイル戦で使っていた技か。
小さな光の弾は凄まじい勢いで突き進み、デモニックアイに見事な風穴を空けた。
「ふう……これで残るはボスだけ、だな」
群れを統率していたらしいガーゴイルも、まさか下っ端が瞬殺されるとは思ってもみなかっただろう。
攻めるタイミングを失ったか、奴は得物である三つ又の槍を握り締めたまま、呆然と突っ立っていた。
『ガーゴイルは基礎能力が高いので、物理攻撃にも魔法にも気を付けてください』
「ああ、分かってるぜ」
一度は戦った相手。腕を振るっただけでイオナが軽々と吹き飛ばされたのをこの目で見ている。
ジャンヌさんが抑える前の、暴走気味だった力で以て倒せた魔物だ。残った一体だからと、決して油断は出来ない。
『……ガァアッ!』
もはや逃げ場無しと覚悟したのだろう、ガーゴイルは雄叫びを上げるとこちらへ突進してきた。
地面に亀裂が入るほどの強い蹴りこみで、奴は一瞬にして間合いを詰めてくる。
二メートル以上もある体躯がぐんと近づいてくるさまは中々に恐怖を感じるな……!
「っと……!」
オレを狙った槍での攻撃は、直線的で分かりやすかったので何とか躱せた。
ただ、やはりスピードは伊達じゃない。搦め手を使われたりすると間に合わなさそうだ。
「――クイックゲイン」
ガーゴイルの速度を危険だと感じ、フェイがすかさず速度アップの補助魔法を前衛にかけてくれる。
それが間に合い、オレは敵の放ってきた二撃目も難なく回避することが出来た。
「いい囮役だねえ」
オレを囮呼ばわりしてきたエスカーは、向上した速度を活かして敵の背面に回り込んだ。
「――氷槍」
そして、勢いをつけ胴体に槍を突き出す。
「……む!」
時間をかけ、相応の強度と大きさを持たせた氷槍だったようだが、ガーゴイルの表皮も負けず劣らず頑丈らしい。
槍は胸元に当たった瞬間、小気味よい音を立てて砕け散った。
「はい、どいて!」
その直後、空中をくるりと縦に回っていたルカがエスカーに注意する。
さっと後退するエスカーと入れ違いに、彼女の回転踵落としが炸裂した。
『グガァ……ッ!?』
こちらはガーゴイルにダメージを与えられたようだ。
今の感じ……多分ルカは、エイヴスでテルさんから教わった浸透掌を扱えるようになってきている気がする。
「アハ、流石だね……それならっと」
エスカーも負けじと、手に再び氷の刃を生成してガーゴイルへ急接近する。
「ここだ――」
脳天に強打を食らってふらつき、無防備になっていたガーゴイルに、エスカーは目にも止まらぬ連撃を繰り出した。
そのどれもが敵の急所――目や皮膚の継ぎ目などを正確無比に狙った容赦ないもので、味方であるオレからしてもえげつないなと感じてしまう。
『グォオオ……ッ!!』
両目を潰され、腱を斬られたガーゴイルは痛みと怒りに叫び狂う。
だが、その叫びが反撃の狼煙になるかと言われればそんなことはない。
「……貫け――ライトニング!」
イオナの強烈な雷魔法が発動し、ガーゴイルへ直撃した。
視界を断たれ、備えることすら出来なかったガーゴイルは、怒りをその顔に湛えたままビクビクと痙攣する。
焼け焦げた体、ぐらりと傾ぐ巨体――よし、あともう一押しだ。
「行くぜ……」
オレは武器を大剣へと変換し、ガーゴイルとの距離を詰める。
大剣を振り被り、跳躍しながら全身全霊を込めて、振り下ろす――。
「……終わりだあッ!!」
決着の一閃。
ガーゴイルの身体は左右に両断され、血飛沫を噴きながら崩れていった。
……これで、オレたちに任された五体の悪魔は全て倒したことになる。
駆けつけたくせに手こずる、なんて展開にならなかったのは良かったが……さて、あちらはどうなったか。
「……あ……」
オレが赤髪の男の方へ目を向けたときにはもう、全てが終わる瞬間だった。
彼は剣を腰に提げた鞘へと戻し……それがカチリと音を立てたのと同時に、ガーゴイルは地に倒れ伏した。
周りには、他四体の悪魔が既に斬り刻まれて死んでいる。
まさか彼一人で、オレたちとほぼ変わらない時間で敵を倒しきるとは……。
「こちらは片付きました」
内心では驚きつつも、落ち着いている風に取り繕いつつ、オレは赤髪の男性に報告をした。
一つ小さく息を吐いてから、彼はそうかと呟く。
「助かった。私一人では逃していた可能性があるからな……」
「いや、凄い腕前だと思います。むしろ差し出がましいことをしてしまったかと……」
「そんなことはないさ。感謝している」
お堅い人物かと思いきや、男は柔和な表情を浮かべそう返してくれた。
「凄い……もう片付いてる」
短いやり取りの間に、他のメンバーも集まってきた。
みな、赤髪の彼の力量に感嘆している様子だ。
「あの……もしかしてコンストラクターの方だったり?」
フェイがおずおずと訊ねるも、男は首を横に振る。
「私はコンスストラクターでも、きみたちのようなイマジネーターでもない一般人だ。偶然この場に居合わせたため、魔物と戦う羽目になってしまったが」
……いや、その説明は流石に無理があるのでは?
ただの一般人が、中級クラスを含んだ魔物五体を簡単に倒せるはずもない。
「信じてもらえないのも無理はない、特に不都合もないからな」
「いやあ、俺たちとしてはそこまで強い民間人って、怪しくなっちゃいますけどね?」
エスカーが半ば脅しをかけるように言う。
それでも相手は落ち着き払ったままでこちらを見つめている。
……どこにも所属していない人物が、ここまでの力を有している……それってどこか、オレの父さんと境遇が似ていないか?
昨夜、母さんは父さんについてこうも語っていた――無所属にも拘らず、ワールドスクリプトへ行く手段があったと……。
「放浪者……?」
「……ほう」
オレの言葉を聞き、初めて男の表情に驚きの色が浮かんだ。
あまりに僅かな変化で、それもすぐに潜んでしまったけれど……確かに彼は、放浪者というワードに反応していた。
「フ……私のことは、好きに捉えてくれて構わない。この邂逅は偶然だろうが、君たちの姿を見られたこと……僥倖に思う」
「は、はあ……?」
何だか詩的なセリフを言われて戸惑ったが、それではぐらかしてしまおうという風にも感じられる。
この世は秘密を持ちたがる大人ばかりだなと、最近の事情もあって正直少しばかりイラついた。
「……人も戻って来るころだろう。私もそろそろ行かなければ」
「あの! せめて名前くらいは……」
さっさと立ち去ろうとする赤髪の男に、オレは食らいつくように問いかける。
すると彼は、背中を向けたまま顔を僅かにこちらへ向けて、
「ルクスだ。……またどこかで会おう、若きイマジネーターたちよ」
自らの名を名乗り、オレたちにそう告げてから……姿を消したのだった。




