202.開発区、襲撃
モールの四階には無数の飲食店舗が集まり、しばらく悩んだオレたちは最終的にフードコートで好きなものを注文して食べることになった。
一階で買った食材はかなりの量があったが、モール内には冷蔵ロッカーという便利なシロモノがある。そのロッカーへ買い物袋を預けてから、オレたちは昼食にありついたのだった。
「じゃん! ステーキセットです」
「いやルカ、夜はバーベキューだって言ってるだろ」
「こっちは分厚い肉だからさあー……」
こういう様々な料理のある場所だと、各々が買ってくるものも学食のときより個性があって、
「昼からよくそんなに食べられますね……というか、夜のためにセーブしとくものでは?」
「って言うマルはサンドイッチと紅茶か。……あ、一つフルーツサンド! いいなあー」
「あげませんよ。いや、それ以上は食べれないでしょうけど……」
マルはサンドイッチの乗った皿をルカの方から少し離す。
ルカは残念そうに、デザートは別腹でいけたかもなあと呟いている。
「私は決めきれないからこういうのにしちゃった」
「いいんじゃない? 俺も似たようなモンだよ」
イオナは小皿料理が沢山乗った欲張りタイプのセット。対してエスカーは魚料理がメインで、サラダや焼き野菜などが添えられたヘルシーなセットだ。
イオナの方はイメージに合っているが、エスカーが意外とオシャレなものを選んでいるのは驚きだった。
「ふふ、私はこういうのがあったから頼んじゃった」
「オムライスかあ、最近食べてないな。ボクも食べたくなってきちゃう」
「きみ、どれだけ食べる気なの?」
「うるさいエスカー」
フェイはオムライスか。ちょっと子どもっぽい感じもするけど、こういうところで食べたくなる気持ちも凄く分かる。
そう思っていると、
「あ、フェイさんもそれにしたんですね」
「あら、アニスちゃんもオムライスなの」
「中がバターライスの方を選びました」
「一緒に食べましょうねえ」
確かに、アニスもこういうの好きな方だな。フェイと意気投合していて、姉妹みたいだ。ちょっとフェイが羨ましい。
……で、オレはと言うと。
「こういうところでもダインはラーメンなんだねー……」
イオナに苦笑される。
いいじゃねえか、ファストフード。美味しくて手早く食べれるものは全般的に好きなのだ。
「お前もあの店のラーメンは美味しそうに食ってたろ」
「私にとっては珍しい食事だったからさ。つい食べ過ぎました」
「あっ、またその話……」
ルカが頬を膨れさせて怒る。
そう言えば、こいつにはイオナと街へ行ったこと、話してたんだよな。
「何の話?」
面白そうな話題に目聡いエスカーがすぐ食いついてくる。
口を滑らせたかもしれないな、こりゃ。
そのままオレはエイヴス事件の前、イオナと二人でこの街へ買い物に来た時のことを説明、初耳だった四人からあれこれ詮索される羽目になる。
特にエスカーは終始面白そうにニヤニヤしていた。
ああいう場合、無下に断る方が印象悪いのだし、普通は了承すると思うのだけど。
それを勝手に深読みされてはオレもイオナも困るばかりだ。
……って、イオナは別に困ってそうな顔してないな。
「でも、お兄ちゃんがそんな風に誰かとショッピングするなんてなあ。信じられないかも」
「そうか? ……まあ、思い返してもあんまりそういう経験ないな」
「せいぜい男友達何人かで集まって、流行りの物を買いに行ったりしてたくらいじゃないかな」
それこそ流されるように、比較的仲の良いグループに混じって同じ物を買いに行く。
あの頃は自分の意志というのもあまり強くなかった気がする。
だから、イオナと二人きりで買い物へ行ったというのは、妹からすれば驚くべき出来事なのだろう。
「兄の成長は妹にとっても誇らしい、かな?」
「別にそこまでは……エスカーさん、面白がってるでしょう」
「ほっとけ、そいつはそういうヤツだ」
「つれないなあ」
誰彼構わず軽口を叩くお前の方が悪いんだっての。
とまあ、こんな具合に楽しい――かは分からないが賑やかなお喋りが絶えないまま、オレたちは昼食をとり終えた。
忘れずに冷蔵ロッカーから買い出しの食材を回収し、モールを後にする。
「ふふ、楽しいお買い物でした。皆さんありがとうございます」
「こちらこそありがとねえ、アニスちゃん」
軽くお辞儀をして謝意を示すアニスに、イオナはニコニコしながら答える。
彼女も教会に縛られてきたわけだし、純粋にこういうことをして来られなかったから楽しいのだろう。
「これで後は、お家へ帰るだけだね」
「そうねえ。ルカちゃん、スイーツのお店に目が行っちゃってるけど」
「い、行かないよ?」
フェイの指摘に、ルカは慌てて首を振る。
今しがたステーキセットを食べておいて、スイーツに目移りとは……デザートは別腹と言っていたの、真実味があるな。
「食材が痛まないうちに帰りたいもんだけどねえ」
「そうですね。このまま駅に直行しましょう」
エスカーの言葉にアニスは同意し、駅へ向かって歩き始める。
妹の先導に従うように、オレたちも後ろへ続いた。
「ここにも公園、あるんだ」
整備された道の先、木々の緑が見えるのに気付いてルカが呟く。
「開発区と称されるだけあって、人工物がごちゃごちゃしていますから、ある程度は自然も配置しようという都市計画になったそうですよ」
「へえ……マル、やっぱり物知りだなあ」
「新聞の記事だったり、テレビのニュースでもやってましたからね」
見ない見ない、とルカは首を振る。
「イマジネーターになったんだし、社会情勢は押さえとくべきじゃ?」
「そういうエスカーはどうなのさ」
「ルカ、勝算の無いカウンターは止めとけ」
「うっ……」
予想通りというか、エスカーは嬉々として星定議会の定めた都市計画をルカに浴びせかける。
公園整備の目的から現状の満足度、そして今後の展望まで……オレも知らないような話が幾つかあって、流石は好奇心の塊だなと感心させられた。若干引くくらい。
「げんなりする……」
「エスカーに勝つなら拳でね」
「物騒なフォローしないでくれる? イオナさん」
慌ててツッコミを入れたエスカー。……しかし突然、何かに気付いたように公園の方を見やる。
すると隣にいたルカも素早く同じ方へ顔を向けた。
――どうしたんだ、二人とも。
「公園に何か……」
「え? ねえ、あれ――」
フェイが公園の上空を指で指し示す。
視線をそちらへ向けると、そこには異様なものが出現していた。
「何だ、ありゃ……!?」
「あれは――時空の歪みだよ!」
イオナが大声でその正体を告げる。
時空の歪みだって? 異世界と繋がり魔物が這い出てくる危険なシロモノが、どうして街の中心部に発生してるんだ……!?
「いけない、人がまだ沢山いるわ……!」
「突然開いたんだから当然だろうね。けど、一体どうして……」
「考えてる暇ないよ、エスカー!」
ルカはそう言いながら既に駆け出している。
イオナも彼女の後をすぐさま追いかけた。
買い出しの荷物はオレとエスカーの男二人が持っていたのだが、
「アニス、荷物は一旦そこのベンチに置いとく! お前も離れてていいからな!」
「こんな状況だ、ダメになっても仕方ないさ」
「わ、分かった……頑張って、お兄ちゃんたち!」
近くのベンチに買い物袋を全て置いて、オレたちも次元の歪みの生じた場所へ走る。
その間にも、空に浮かぶ亀裂はミシミシと音を立てて広がっていた。
「……どうした?」
歪みが発生しているのはちょうど、噴水広場の上空。
その手前あたりでイオナたちが立ち止まっていたので、オレは声を掛ける。
「いや、あそこに人が……」
「まだ逃げられてない人がいるのか……!?」
「ううん、そうじゃないっぽいんだよ」
ルカが頭を振る。……そうじゃないとはどういう意味だ?
疑問に思い、広場の方を見やると……そこには一人の男が、時空の歪みと対峙するように立っていた。
「魔物が現れるのを、待ってる……?」
「誰なんだ、あの人」
「私たちにも分かりません。でも、ひょっとしたら同業者なんじゃないですかね」
「あ、そうか……」
マルの予測は正しいような気もする。
あの堂々とした立ち姿は、とても逃げ遅れたという風には見えない。亀裂から魔物がやって来るのを、冷静に待ち受けている感じだ。
「イマジネーターか、或いはコンストラクターか……」
「ねえ、でも結構な数が出てきそうだけど!」
ルカが亀裂を指差して声を上げる。
今や亀裂はぽっかりと穴を生じさせ、その向こう側から魔物の姿を覗かせていた。
数は、ここから見えるだけでも五体以上。まだまだ奥に控えているとしたら、あの男性だけでは荷が重いのではないか。
「ここは助太刀しよう!」
「オッケー!」
オレが判断を下し、イオナたちは快諾してくれる。
というわけで、マルには後方でサポートしてもらいつつ、オレたちは男性の助太刀に入ることにした。
「――やれやれ」
立ち尽くす男性の近くまで駆け寄ったとき、彼がそう呟くのが聞こえた。
僅かに茶色がかった赤の長髪……目元はほとんど見えず、その髪のなびくさまが揺らめく炎を想起させる。
身長はオレよりかなり高く、百八十には届いていそうだ。見た目の年齢は三十歳前後……少なくとも、学園の生徒じゃない。
「大丈夫ですか!?」
オレが赤髪の男性に声を掛けると、彼は一瞬目を丸くして、
「……おや、きみは……?」
「アトモス学園のイマジネーターです! 偶然近くにいて、時空の歪みを見つけたんで駆けつけました」
「学園――ふむ、なるほど」
オレたち全員を軽く見回すと、彼は理解したという風に頷く。
「確かに、あの数は一人だと少々面倒だ。手を貸してくれると助かる」
「ええ、もちろん」
亀裂から、いよいよ魔物が溢れ出してくる。
最初に見えていた五体が地上に墜落すると、その奥から更に五体の魔物が姿を現す。
……街中に、こんな規模で時空の歪みが発生するなんて。
民間人が全員逃げ遂せたようなのは、とりあえず良かったが……。
「私は先に落ちたあいつらを受け持つ。きみたちは、後に出てくる方を頼む」
「分かりました!」
そして、緊急の共同戦線が張られた。
赤髪の男性に背中を預けるような形で、オレたちは魔物の群れと相対する。
見知らぬ人物だが、この落ち着きに立ち振る舞いは戦い慣れたベテランだろう。
だったら安心して、こちらは頼まれた敵を討伐するのみだ。
「よし――やるぞ!」
「おうッ」
想定もしていなかった市街戦の火蓋が、ここに切られた。




