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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
巡礼の狭間 第一の災禍が去り
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200.父の痕跡、母の言葉

 それからオレたちは、アトモス学園での日々を母さんと妹に語った。

 特殊な事情ゆえ、ぼかさなくてはならない部分も間々あったが、そのあたりも考えて上手く話したとは思う。

 二人とも、話の一つ一つに笑ったり驚いたり、或いは息を吞んだりと真剣に聞き入ってくれ、語り手としても楽しいひと時になった。

 恐らく、他の奴らも同じ思いだったろう。


「……じゃあ、お兄ちゃんたちがワールドスクリプトを救っちゃったんだ」

「まさか、ダインがそんなに凄いことを成し遂げちゃうなんてねえ……それも入学して一ヶ月も経たないうちに。うふふ、母として誇らしくなるわ」


 異世界一つを救う……自分で言うのも何だが、ベテランイマジネーターでさえ、そんな功績を挙げた人はそう多くないだろう。

 運や人に恵まれたわけではあるけれど、あの大きなうねりの中で、自分たちもそれを形作る一つとなれたことは光栄に思っている。


「しかもね、ボクたちエイヴスの件で取材まで受けちゃったんだよ。あのロウディシア・タイムズにさっ」

「まあ、あんな大手のメディアさんに! 我が家はあそこの新聞を購読をしてるんだけど……どこかに載るのかしら?」

「いや、載るのはロウディシア・リポートっていう雑誌らしいよ。でも取材のお礼にタダで送ってくれるって言うんで、ウチに送ってもらうようにしたんだ」

「魔物と戦う職業に特化した雑誌よね、名前は知ってるわ。そうだったの……ありがとうね、ダイン」

「お兄ちゃん、雑誌の記事にまでなってるんだあ……」


 信じられないというようなトーンで、アニスは呟いた。

 身内がメディアに取り上げられることなんて、想像もしてなかっただろうな。オレ自身だってそうなのだし。


「黒曜日に届くらしいから、一緒に見ようねー」

「は、はい。皆さんと一緒に見たいです」


 まだ初対面のメンバーたちに対し畏まっているアニスに、イオナがそう硬くならなくていいよと笑いかける。

 敬語も無しでと言われ、アニスは努力しますと敬語で答えていた。まあ、そういう距離感って中々難しいもんだ。


「でも本当、出来過ぎなくらいに上手くいってるようで良かったわ。親の身としては、家を離れて危ない仕事をするなんて心配になるものだから」

「この道を選ぶとき、確かに申し訳ない気持ちもあったけどな。イマジネーターは色んな業種の中でもトップクラスに稼げるし、社会貢献にもなる仕事だから、家族みんなで胸張って生きていけるって考えたんだよ」

「ダインが家族思いなのはよおく知ってるわよ。そうねえ、お父さんに似てるのかもしれないわ」

「……父さん、ねえ」


 母さんから父さんの話をされると、少しドキリとする。

 今まではあまり意識してこなかったこと。物心ついた頃にはもう存在していなかった父親の、昔話。

 イマジネーターにもコンストラクターにもならず、ただ独りで魔物討伐を生業にしていた父さんを、少しでも追いかけたかったというのもイマジネーターになった理由の一つだ。

 その痕跡を……もし辿れずとも、その心を。戦う者の覚悟を、少しでも理解出来たのならば、と。

 ただ――そうして歩み始めたイマジネーターの道で、オレは父さんと同じ名前を持つ存在に出会うことになり。

 あれ以降、ただ故人としか意識していなかった父さんのことを、オレはもっと深く知るべきなのではと思うようになった……。


「……さて、まだ話し足りないでしょうけど、良い時間になっちゃったし。そろそろお部屋のこととか説明していかないとね」

「あ、そうだった。お願いするよ」


 些かぶつ切り感はあったが、時計を見るともう八時を過ぎている。知らないうちに、結構話し込んでしまっていたようだ。

 寝るときの部屋割りなどは母さんが考えてくれているだろうから、全て任せることになるな。


「じゃあ皆、一旦付いてきてくれるかしら?」


 母さんの言葉に頷いて、オレたちは席を立った……そこで改めて、自分たちが如何に満腹であるかを感じたりもしつつ。

 リビングを出て、玄関に続く廊下へ。そのすぐ右手側には風呂と手洗いが順にある。

 風呂の順番はそちらで決めればいいと言われたので、とりあえず男が先、女が後とその場で決めておいた。

 左手側には階段があり、二階へ上った先の廊下から、三つの部屋へ繋がっている。

 手前からオレの部屋、アニスの部屋、そして母の部屋だ。


「男の子はダインの部屋を、女の子はアニスの部屋と私の部屋に分かれて貰おうかと思ってるの」

「アニスと母さんはどうするんだ?」

「下の空き部屋を使うつもりよ、布団も予備があるし。皆が二階に集まれた方がいいでしょう?」

「なんか申し訳ないな……気を利かせてもらって助かるよ」

「いいえ、ダインの大事なお友達だもの」


 大事な友達――か。

 まさかここまで親密な友人が、一ヶ月で出来るとは自分でも驚きだ。

 中等学校までの学生生活で仲良くなった奴とも、今はもう疎遠だし。

 比べてみると、イオナたちの方が親しい関係になれていると思う。


「ねえ、お母さん」


 そこで、アニスが母さんに声を掛ける。どうしたのかと小首を傾げる母さんに、


「その……私、自分の部屋で寝てもいい? 皆ともっと、話がしたいし……」

「あら。……うふふ、もちろん構わないわよ。イオナちゃんたちが迷惑でないなら、だけど……」


 そう話を振り、イオナたちは当然ながら、


「全然迷惑なんかじゃないです! 一緒に寝ようねえ、アニスちゃん」

「ボク、家でダインがどんな感じか聞きたいなあー。楽しみにしてよっと」

「イオナさんもルカさんも、まだ同室と決まったわけじゃないですからね」

「そうよ、私とマルちゃんがアニスちゃんと寝るかもしれないわ」


 既に決まったものとして話を進めるくらいに、アニスとの同室を受け入れているのだった。

 女性陣がどういう組み合わせで寝るかは、後でゲームなどして決めることになり、母さんの案内もここまでで完了となる。

 ひとまず各部屋に荷物を置いてから、オレたちは予定した通りに風呂へ入っていくことにした。


「――ふう」


 ホスト側だし後回しでも良かったのだが、他が遠慮し合ったのでオレが一番風呂を貰うことになる。

 寮の個室にある小さな風呂とは違って広々としているので、つい湯を張ってのんびりと浸かってしまっていた。


 ――ま、たまにはな。


 大浴場を利用するのはまだ抵抗があるし、こうして湯に浸かる機会も滅多に無い。

 芯から体を癒すのも、時には必要なことだ。

 少しばかり長めに浸からせてもらってから、風呂を上がってリビングへ向かう。

 上階から賑やかな声がするのを微笑ましく思いつつ、オレは冷蔵庫を漁ってジュースを取り出した。


「どうだった、久々に入る我が家のお風呂は?」


 オレがこちらへ来た気配に気付いたのか、母さんがやって来る。


「疲れが抜けてく感じがしたよ。おかげで長風呂になっちまった」

「いいじゃない、たまには」


 後を待たせていることもあるが、あいつらならさして気にしないか。

 オレと同じように、皆長風呂になる可能性だってあるものな。


「イマジネーターとして戦う道を選んでから、短い間に沢山大変な目に遭ったんだものね。……辛くはないの?」


 本音で語ってほしいと、母さんは真剣な目で問いかけてきた。

 なのでオレも、十分に考えてから答えを返す。


「辛くないと言えば嘘になるけど、やれて良かったって気持ちの方が大きいよ。異世界の危機を救って、君たちは英雄だと言われて……そのとき胸が熱くなった。オレにも誰かを護れるんだって、思えたんだ」


 対策チームとして続けるかどうか、ジャンヌさんに問われたときと同じような言葉だが、やはりそれがオレの本心だ。


「だから、これから先も続けていきたいと思ってる。あいつらとなら、きっと何とかなるさ」

「……ふふ、やっぱり貴方は強い子ね、ダイン」

「そうかなあ……」


 強い、というのが正しいのかは分からない。

 けれど、少なくとも今進んでいる道に迷いは無かった。


「――なあ、母さん」

「どうしたの、ダイン?」


 二人になれたのでちょうどいいと、オレは母さんに訊ねてみる。


「母さんは今まであんまり父さんのこと、話さなかったけど……結局父さんは、どういう人だったんだ?」

「あら……急にそんなことを聞いてくるなんてね。イマジネーターになって、同じような仕事をしていたあの人のことが気になったとか?」

「それもある。……ただ、もう一つややこしい理由があって」


 首を傾げる母さんに、オレは自身の能力について――そこに出てきた男について、語る。


「イマジネーターは自分の心象世界から武器を想造する。オレの能力は、昔からよく見てた悪夢がかなり影響を受けてるみたいなんだけど……自分の意識が心象世界に行っちまって、そこにある門を開くと力が手に入るなんて変な仕組みもあるらしくてさ」

「……そういうのは、誰にでもあることなの?」

「無い……とイオナは言ってた。しかも、その心象世界の中で、オレは謎の男に会ったんだよ。自分のことをユリアンだと名乗る、壮年の男にさ」


 そこまでを聞き、母さんは驚いた様子で両手を胸に当てる。


「その男は、焦げ茶色の長髪、鋭い切れ長の目、彫りの深い鼻をしてた。顎には髭も生えていたな。……どうしてそんな人がオレの心象世界にいるんだと困惑したけれど、当人は結局正体を語ってくれなかった。ただ、お前の父親ではない、とただそれだけ」


 でも、とオレは続ける。


「その人の名前がユリアンだったこと……オレがそれを父と同じ名前だと告げると驚いていたこと……それを考えると、全くの無関係だとは思えないんだよ。だから、ずっと気になってる」

「……そんな事情があったのね」


 母さんは手を滑らせるように下ろしながらそう言うと、


「ちょっと、こっちへ来てちょうだい?」

「ん? ああ……」


 オレをリビングから連れ出し、どこか別の部屋へと誘った。


「……ここは」


 一階にある空き部屋――否、元々は父さんと母さんが使っていた部屋だ。

 父さんがいなくなってから、母さんは自室を二階へ移したらしい。それからここは、物置状態になっていた。


「さっきダインが話してくれた、心象世界の男性……その特徴は確かにユリアンさんとそっくり。でもどうしてかしらね、ダインは会ったこともなければ、写真を見たこともないのに」

「この家のどこかに写真があったりは?」

「ううん、あの人の写真は一つも無いわ」


 掃除はされているようだが、色々と物が増えてしまったこの部屋。探せば私物など見つかりそうなものだが、そういうものもほとんど残っていないという。

 父のみならず、その痕跡すらも不在というのは、今なお奇妙なことだと感じてはいるが。


「もしかすると……遺伝のようなものがあるのかしら」

「遺伝?」

「たとえ顔を合わせたことが無くとも、親から子へ遺伝したものが心象世界にはあるのかもしれないって。一般人の私には分からないけど……」

「……どうだろうな」


 心の世界は未知数。恐らくブースターを製造した魔術工房ですら、イマジネートの持つ可能性を全て把握しているわけではないだろう。

 親の顔を知らずとも、遺伝によって心象世界に親を模した存在が構築される……そんなことも、あるのかもしれない。

 ただ……やはりあの人は、造り物めいた感じではなかったけれど。


「さっきダインが話してくれた、人を護りたいという思いも、ユリアンさんが常々口にしていたことだったわ。どこにも就かず戦っていた人だけれど、根底にはいつもこの世界を護るという覚悟があったはず」

「この世界を……ね。無所属だった人にしちゃデカすぎる覚悟に思えるけど」

「そうねえ、でも男の人は大きな夢を持つものでしょうから」


 母さんは、その夢を肯定していたのだ。

 だから、今もなお父さんの最期を憎まずに……慕い続けている。


「実力も、相応にはあったはずよ。ユリアンさんはロウディシアの中だけで戦っていたわけじゃないし」

「――え? でも、イマジネーターじゃなかったんじゃ」

「そうでなくとも、ワールドスクリプトに行く手段はあるようだったけれど」


 あっけらかんと母さんは言うけれど、それは驚くべき事実だった。

 エイヴス事件の際、コーネリア校長が教えてくれた情報。

 イマジネーターでない者でも、ワールドスクリプトへの転移を自力で行えた者たちの存在。

 確か校長は、そんな存在のことを『放浪者』と定義されていると語っていたはずだ。

 父さんがコネクター等の道具を使わず異世界へ転移出来たとするなら……父さんは『放浪者』に類する者だったのか……?


「詳しいことは、私にも分からないわ。余計気にさせちゃったかしら」

「まあ、気にはなるけど……父さんが言わなかったんじゃ仕方ない」


 それに、とオレは続ける。


「今の話を聞いて尚更思ったけど。イマジネーター稼業を続けるうち、父さんの痕跡を見つけられることも有り得そうだからな」

「……ふふ。確かに、そうかもしれないわね」


 父さんが放浪者だったとすれば。

 あのスレイマン=ヘリングのように、どこかの異世界でユリアン=アグナスという名を見る可能性も、否定は出来ない。


「あと、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「何かしら」

「心象世界にいたその男がさ。エクリプスって言葉を覚えておけって話してたんだ。後で知ったけど、オレが生まれるよりも前に起きた日蝕と月蝕の事件なんだってな?」


 この問いかけに、母さんはすぐに答えなかった。

 エクリプス……その言葉が持ち出された真意を探るように。


「ええ……今から十五年前、世界が一日だけ暗闇に染まった日のことね。何が起きたのかと皆慌てふためいていたけれど、結局次の日になると全部元通りになっていたの」

「どうしてそんなことが起きたのか、特定はされてないとか?」

「恐らくは極めて珍しい天体現象だとか、当時は説明されていたけれどね。納得するもしないも確かめる術なんて誰にもないし、それ以上の実害は無かったしで、いつの間にか忘れられていった感じかしら」

「珍しい天体現象、ねえ……」


 偉い人や学者などにそう説明されてしまえば、素人には反論することも出来ない。

 仮に大衆へ伝えられたのが偽りだとしたら――エクリプスの真相は、イレギュラーや千年王国などと同じような、秘匿された情報なのかもしれないな。

 その場合、オレみたいな新人イマジネーターが真相を探り当てるのは、相当困難なことだろうが。


「あまり役に立てなくてごめんね」

「いや、いいんだ。これはオレの問題だしさ」


 父の影が現れたとしても、それはオレの内側にある世界でのこと。

 ならば、向き合うのは母さんじゃなくて、オレ自身でしかない。


「ありがとう、母さん。父さんのこと教えてくれて」

「これくらいでいいのなら全然。……でも、確かにもう終わった方がいいかしら。お友達も待たせているし」

「……ん?」


 母さんがそう口にして初めて気付いたが、部屋の外に微かな気配があった。

 ……いつからだろう? 少なくともオレは、今までなにも気にしていなかった……。


「いやあ、ダインくんの風呂が長いなーと思って確認しに来ただけだったんですけど」


 ひょいと姿を現したのは、エスカーだった。

 頭を掻きながら、そんな風に弁明する。


「うふふ、そうなの。その割には、随分前からそこにいたわねえ」

「……そんなことは。俺が来たのはついさっきのことですから」

「貴方くらいの年頃なら、好奇心が強くても仕方ないわ。別に怒るつもりもないから、気にしないで」


 エスカーの言葉が全て嘘だと看破した上で、まるで子どもに優しく諭すように言う母さん。

 これにはエスカーも、食い下がることは出来ないようだった。


「……ま、チームリーダーのことなんで気になったと思ってください。上がってるみたいなんで、俺も風呂に入らせて貰いますよ」


 手をひらひらと振って、エスカーはオレたちの前からさっさと退散する。

 ……それは敗北の白旗を振っているようにも見えた。


「あの子も面白い子ねえ?」

「まあ……物好きな奴だよ。というか、良く分かったな?」

「だてに皆より長く生きてないもの。それくらいはね」

「そんなもんかなあ……」


 異様に勘が鋭いというか、気配を察知する力が凄いというか。

 母さんにもそういう一面があるんだなあと、ちょっと驚いた。


「あの子だけじゃなく、チームの皆が良い子だと思うけれど……ダインが悩みを抱えてるように、きっとあの子たちにも抱えてるものはあると思う」

「……かもな」

「時にはすれ違ったり、衝突したりするかもしれない。でも、仲間として信じ続けてあげるのよ。他でもない、ダインがリーダーになったんだから」


 仲間として信じ続ける。

 それは奇しくも、寮の管理人であるシモンさんがくれたアドバイスに似ていた。

 もちろん、信頼関係はメンバー全員にとって大事なこと。

 ただ、チームをまとめ上げるリーダーならば、殊更に重要な資質となるのだろう。


「信じてやるさ。オレがリーダーとして選ばれちまった以上は」

「ええ。皆と上手くやっていきなさいな」


 オレを見つめ、母さんはニコリと笑う。

 その笑みはどうしてか、この先の未来を見透かしたもののように思えるのだった。


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