198.ようこそアグナス家へ
セント・ロウディシア駅に到着したオレたちは、そのまま列車を乗り継いで居住区の駅を目指す。
レジデンシャル・エリア駅とそのままの名称だが、各街区とも駅名はそんな感じ。
下手に特別な名前を付けるよりも、この方が分かり易くて良いとは思う。
地下を通るセント・ロウディシア内の路線は、各方面とも十分ほどで行き来が出来る。
中央の開発区から十字に伸びる線、そして外側をぐるりと回る線があるのだ。
円を描いている環状線は街を出ることがなく、十字に伸びる線はそのまま街を出て地方と繋がっている。
以前、農村グロリヤへ向かったのも後者の路線なわけだ。
「ふう、着いたあっ」
列車から降りるなり、ルカが声を上げて伸びをする。
移動時間はそこまで長くなかったものの、夕方なので一日の疲れも出始める時分だ。
彼女の他にも、イオナやマルが欠伸を噛み殺しているのが見えた。オレも少し眠い。
「居住区も広いけれど、ダインくんの家はどの辺りなのかしら?」
「それが割と街外れの方なんだよ。だからちょっと歩くけど頑張ってくれ」
「むしろ足を動かしたい気分だから歓迎ー」
ここセント・ロウディシアの人口は約十万人。
当然ながら居住区にはそのほとんど、八割程度が住んでいるのでエリアもかなり広い。
傾向として、他の区に近い場所ほど利便性が高いため地価も高く、住めるのはそれなりに稼ぎのある者になってくる。
逆に、居住区の奥まった場所ならば地価は安いので、上流階級や著名人でない一般人の多くは、そういうところに家を構えていた。
アグナス家も例に漏れず、街外れの一戸建てに家族三人で生活している。
ただ、当時は父さんの収入がそこそこあったためか、ご近所と比べると少しばかり大きめの家と庭とを持てているのだった。
「てか、居住区に実家があるのオレだけなのか? ひょっとすると家が近いヤツもいるんじゃないかと思ってたが」
何人かがキョロキョロ辺りを見回しながら歩いているので、気になって訊ねてみると、
「私はここ住みですよ。西の特別区に近い辺りですが……」
と答えたマルの他、
「ボクも今は街に住んでるけど、二、三年前までシーサリーに住んでたからさ。まだ知らない通りも多いよ」
と話すのはルカ。シーサリーはロウディシアの南方、海に面した港町で、漁業が一大産業となっており、またリゾート地であるマルタワへ向かう船も出ている。
「私もルカちゃんと同じような感じ。東の小さな村に元々住んでいたけれど、最近こちらへ引っ越せたのよね」
フェイもセント・ロウディシアに住んでまだ日が浅いらしい。確かに、中等学校では誰の顔も見たことがなかったものな。
マルは一つ上の先輩だったわけだが……髪だけでもかなり印象が違うだろうし、そこは覚えてなくても仕方ないか。
「俺はセント・ロウディシアには住んでないよ。どこかと言われても答えないけどね」
「聞くつもりもないさ。どうせ言わないとは思ってるから……」
エスカーは想像通りの回答だ。ただ、街に住んでいないというのはちょっと意外だった。
実は金持ち一家の息子だったり、そうでなくともある程度権力を持った人物の係累だったりするんじゃないかと推測しているのだが。
「イオナはどうなの?」
最後に残ったイオナへ、ルカが矛先を向ける。
ただ、イオナはどう答えたものか悩んでいる様子だったので、
「前に聞いたけど、特別区に近いんだっけか?」
「あ――うん、そうなんだ。マルちゃんと近そうだねー」
オレの助け舟に乗り、彼女はそう答えてニコリと笑んだ。
イオナの具体的な住居までは聞いていないが、十中八九教会の総本山か教会に指定された場所のはず。
答えに窮するのも無理からぬ話だ。今更ながら、住んでいる場所を聞き出すような問いかけは浅慮だったかもしれない。
「今まではあまり意識してこなかったけれど、セント・ロウディシアって大きいのよねえ」
「そうだね。エイヴスで何日か過ごして、やっぱ異世界とは全然違うんだなって思っちゃった」
エイヴスの首都、アーテミーの人口は約三千人だとテルさんは話していた。
セント・ロウディシアの人口と比べて三十分の一程度なのだから、雲泥の差だ。
それに、あちらとは違って他の土地にも街や村が点在している。世界そのものの広大さが違うのだ。
この世界とワールドスクリプトを同じ物差しで比較しても無意味な話だよなと思う。
「もうすぐ着く頃だ。あとはそこの十字路を右に曲がって……」
中心地から離れ、アパートやマンションが並ぶ背の高い街並みから、広々とした面積の一軒家が多くなる一帯。
ここまで来れば、もう景色は見飽きたくらいお馴染みのものになる。……三週間ぶりの帰省だ。
「着いた。……あそこにあるのがオレの家だよ」
一つ道を曲がった先、その外観が目の前に現れる。
灰色煉瓦の屋根に、クリーム色の外壁という佇まいをした二階建ての邸宅。
小さめながら花壇や物干し台が設置された前庭もあって、家のぐるりを木の柵が囲っている。
やっと帰って来たのだ。オレの実家……アグナス家へ。
「へえ……良いトコに住んでるじゃない」
そう評したのはエスカーで、
「ホントだよ。街外れの方とはいえ、大きいお家だなあ……」
羨ましそうに呟いたのはルカ。他のメンバーも、拍子抜けしたという感じではないようでホッとする。
「でも、ここに三人だと持て余しちゃってそうだね?」
「仰る通り。実際、空いてる部屋があるくらいでね。だから母さんも皆で泊まりに来たらって提案したんだと思うよ」
父さんの部屋も物置みたくなっていたし、他にも一つくらいは空き部屋があったはず。
もっと家族が増えると見越していたのかは分からないが、結局は父さんの死によって母さんとオレ、そして妹の三人で暮らすばかりとなってしまった。
その上オレがイマジネーターとして寮生活になった今では、ここに住むのはたった二人。
たまには賑やかなひと時を過ごしたい……多分そんなことを、母さんは思ったんじゃないだろうか。
「家の前で立ち話してても仕方ねえし、鍵は持ってるから中に入るかね……」
柵で囲われた正面口には門があり、その門を開けて庭を通り過ぎ、家へ入っていくことになる。
なのでオレはまず、鍵束を取り出して門の鍵を開錠しようとした。
「――あ」
しかし、そこでガチャリと音がして、家の中から出てくる人影が。
オレたちと目が合うと、慌ててこちらにやって来て内側から門を開けてくれる。
「……母さん」
「フフ。お帰りなさい、ダイン」
一ヶ月も経っていないのに、その姿を目にしただけで温かいものが込み上げてきた。
この人が、オレの母さん――マリア=アグナス。
先の方が僅かにカールした、背中まで伸びる茶色がかった黒髪。
やや下がり気味の目尻が、その柔和な雰囲気を醸し出している。
少なくとも年齢は三十後半なはずなのだが、二十代と言われれば信じてしまいそうなくらい見た目は若い。
何故親の年齢を知らないのかと言われると、母さんはオレたちにも年齢を一切口にしないのである。誕生日が九月二十九日なことしか、オレも妹も把握していないのだ。
「ただいま、母さん」
オレが返すと、母さんは包み込むような笑顔を浮かべてくれる。
普段からあまり洒落た服は着ない人だが、今日は色味の少ない服にエプロンを重ねていた。
「そちらの皆が、ダインのチームメンバーの子たちなのね?」
「ああ。後で紹介するよ。アニスもいるだろうし」
「一緒に出迎えたらって言ったんだけどね。恥ずかしいみたいで」
母さんはそう言ってクスリと笑った。
「ええとお……」
出迎えがあったためか、先ほどとは打って変わって緊張の色が見え始めたイオナたち。
その様子を目にした母さんは優しく微笑み、
「そんなに硬くならないで、私の方から誘ったんですもの。まずは家に入りましょう? 話はそれからよ」
一人一人の目を見つめながら告げる。
そして門を抜け、家の玄関扉をゆっくりと開き……仲間たちを招く。
「ようこそアグナス家へ。楽しいお泊りになるよう、張り切っちゃうわね」
……そんな宣言をされると、息子としては少し恥ずかしいんだがなあ。




