195.歓迎会の裏で
シモンさんから思わぬ収穫を得た後、オレは寮を出て時間潰しにキャンパス内をぶらぶらしていた。
最初は特に目的など無かったが、歩いているうちに一つ考えが浮かぶ。
――資料室で調べものでもしようかね。
勉強会であの場所は使ったものの、印刷した資料を利用しただけなので、保管されている書籍はまだ一冊も読んでいない。
面白そうなもの……或いは何か役に立ちそうなものがあれば読んだり、もしくは借りていってもいいかもしれない。
ユリアンさんがオレに告げたあの言葉――エクリプスについて書かれた書籍だってある可能性はゼロじゃないし。
というわけで目的地が定まり、オレはA棟に足を向ける。
依頼掲示室があるため、普段は午後からでもそれなりに生徒がいる棟だが、この日ばかりは静かだ。
ほとんどの生徒は今、C棟にある各部活動の部室にいる。或いは、街へ繰り出してパーティを開いているところもありそうだ。
スイーツ同好会なんかは、それこそカフェやスイーツ店で優雅な午後を過ごしてそうだよな。
「……ん?」
資料室のある三階まで階段を上り切ったところで、壁に寄りかかって廊下の方を見つめる怪しい人物を発見した。
何だコイツ、と気味悪く思ったのだが、その正体が分かって納得してしまった。……エスカーだ。
「どうしたんだよ、エスカー」
「うわッ」
背後から声を掛ける形になり、エスカーは驚いてこちらを振り返る。
どうやら視線の先に意識を集中させていたようだ……こんな風に驚くのは、エスカーにしちゃ珍しい。
「何だ、きみか。驚かさないでよ」
「これっぽっちも驚かすつもりはなかったんだが……また良からぬことしてるんじゃねえだろうな?」
「またって、前も何かしでかしたみたいじゃない」
「コレに関しては否定しないのな……」
「シッ……」
話の途中で、エスカーが黙るように指示してくる。
別に従わなくてもいいのだが、その剣幕についオレも口を閉ざしてしまった。
……こいつ、マジで何をしてるんだ?
「……この前、秘密の資料室について話したでしょ」
「ん? ああ、そう言えばそんな話してたな」
アトモス学園には普通の資料室以外に、一般に知られてはいけない情報をまとめた秘密の資料室もあるとか。
「……って、まさかお前本当に探してたのか?」
「火のないところに噂は立たないでしょ」
さも当然のように言うと、エスカーは再び廊下の方に視線を向ける。
見つめる先には資料室と依頼掲示室があるわけだが……エスカーは何を注視しているのだろう。
「もし秘密の資料室が存在するなら、広い学内のどこに入口があるもんかと常に考えてたんだけどねえ。ついさっき、ジャンヌさんが人目を気にしながらこの棟に入ってくのを見ちゃってさ」
「ははあ、それでもしかしたらと思って尾行したわけか」
「そういうコト……まさかその背後を取られるとは思ってなかったけどね」
「だから、別に驚かしたわけじゃねえよ」
しかし、こいつも中々根気強いものだ。あるかどうか分からない資料室をずっと探し回るとは。
退学になった生徒がいるなんて話がある以上、深入りはしてほしくない噂なのだけれど。
「ジャンヌさん、資料室に入ってったんだよねえ」
「普通に読みたい本があっただけじゃないのか? 人目を気にしながらってのもお前の主観だろ」
「観察眼には自信があるのさ。そりゃ、絶対とまでは言わないけど」
エスカーの勘の鋭さはオレも一目置いているが、相手がジャンヌさんともなれば少し疑わしい。
リスクを鑑みても、むしろ思い過ごしであってほしいものだ。
「入ってみるか……」
「マジかよ。割と大胆だな」
「ジャンヌさんが入ってからだいぶ経つし、これだけ俺たちが喋ってても顔を出したりしてこない。こちらから動いてみてもいいかとね」
「チームリーダーとしては、ここらで止めといてほしいんだが?」
こいつが止めるつもりなんてないと理解しつつ、オレはとりあえず一言だけ忠告しておく。
「ま、鉢合わせしたところで本読みに来ましたって顔してれば大丈夫さ」
「どうかねえ……」
「と言うかリーダー、別について来なくてもいいんだけど?」
……そう言えばそうだな。こいつの行動に、自然と同行しなきゃいけないという気持ちになっていた。
これもチーム意識なのかもしれないが、良いことかと言われると甚だ疑問だな……。
「……リーダーとして、お前がやり過ぎないか見とくのも必要なことだ。資料室までは一緒に行かせてもらう」
「ハハ、それっぽい言い訳だねえ。ま、付いて来るならどうぞ」
負けたような気分にはなるが、仕方ない。
実際にエスカーが危ない橋を渡らないかは気がかりだし、それと同時に秘密の資料室なるものがあるかどうかも気にはなる。
……オレにも人並みの好奇心はあるわけで。
「行くよ」
オレは大人しく、エスカーの後を付いて行く。
彼は今まで壁に張り付いていたのが嘘のように堂々と廊下を歩き、そのまま資料室へ入っていった。
「……アレ?」
入室するなりキョロキョロと辺りを見回したエスカーは、呆けた声を漏らす。
それもそのはず、ジャンヌさんの姿がどこにもなかったのだ。
「どこに……」
「お前の見間違いだったとかじゃ?」
「それはない。A棟に入ったところからずっと追ってたんだから」
断言するくらいだし、ジャンヌさんがここへ入ったのは間違いないのだろう。
だとすれば、オレたちには見えない死角にいるのか、或いは……。
「――この資料室に、隠されてる通路があるとかね?」
「あるかなあ、そんなの……」
童心はくすぐられるような展開だが、生憎そんなものはフィクションの中でしか出てきた試しがない。
「何事も、やってみなくちゃ始まらないってね……」
などと呟きつつ、エスカーは室内を点検し始めた。
溜め息を一つ吐いて、オレもなし崩し的にそれに倣う。
……特におかしなところは見つからないが、ジャンヌさんの姿もない。
資料室へ入ったのなら、彼女はどこへ消えたのやら。
「……お?」
本棚の一つ向こうで、エスカーのそんな声がした。
気になったのでそちらへ行ってみると、彼は目の前の本棚に視線を向けている。
「何だ?」
「いや、本が一冊抜けててさ」
整然と並ぶ棚の中の書籍たち。
見てみればなるほど、一冊か二冊分の空洞がそこにはあった。
「貸し出し中とかじゃ?」
「かもしれないけどね。他の棚は空いた部分があると横の本が倒れかかってるのに、見た感じここはすっぽり抜けてる。それもここだけ」
「ううん……」
特異と言えば特異かもしれないが、偶然かもしれない。これだけでは何とも言えない違いだ。
「もしギミックがあるとしたら、この状態で本棚を動かしてみたりとか……」
エスカーは、空白のある本棚の端に手を伸ばす。
そして動くかどうか試そうとした、次の瞬間。
「危ないから止めておきなよ、エスカーくん?」
「えっ……」
驚いて振り返ると、オレたちの背後にはいつの間にやらジャンヌさんが立っていたのだった。
「アハ……ジャンヌさん、いたんですね」
狼狽しながらエスカーは言い、本棚から手を離す。
「どこに行ったんだろうと思ってましたよ」
「フフ、どうもきみが私を追いかけてきてるようだったからねえ、面白いと思って乗ってあげたのさ。君たちが向こうの扉から入室するタイミングで私もこちらの扉から出て、また向こうの扉からこっそり入る……案外気付かないトリックだっただろう?」
「……人が悪い」
エスカーが苦笑するのに、ジャンヌさんはすまないねとこちらは快活に笑う。
「ジャンヌさんはどうして資料室に?」
意気消沈のエスカーに代わってオレが聞くと、
「どうしても何も、読みたい本があったからだよ」
彼女はそう答えて、右手に持った本をオレたちに見せてくる。赤い表紙に金色の装丁が施されたハードカバー本……小難しそうな書籍だ。
「もしかして君たち、学生諸君の間で噂になってる秘密の資料室とやらが気になってるのかい? だとしたら残念だけど、アレはただのホラ話さ」
「知られちゃいけない重要な情報が沢山あるとか聞いたんですけどねえ。そういうのは実在しない、と」
「ああ。学び舎というのは歴史が積み重なってくると、どうもそういう噂が生まれるものみたいでね。君が血眼になっている資料室の他にも、一つ多い教室だとか開かずの倉庫だとか、当時の生徒があれこれ噂を立てたものだ」
つまるところ、学園内のそういう噂は生徒たちが面白がって創り上げていった虚構だとジャンヌさんは言う。
想像を力にするイマジネーターらしいというか、妄想が逞しいというか……。
「はあ。俺の好奇心を満たせると思ったんですが、骨折り損でしたよ」
「ま、噂話に興味を示すのも学生生活の面白みではあるだろうけど。本業が疎かにならないよう、ほどほどにしておくのがいい」
「……了解しました」
エスカーは残念そうに溜め息を吐き、ジャンヌさんは満足げに頷いた。
そして彼女はオレの方へ向き直ると、
「君もそういうクチだったのかい?」
「えーっと、まあ……」
答えに窮する。半ば流されて来たとはいえ、興味が無かったわけでも無いし。
正直に話そうとしたところで、
「リーダーとはそこで偶然バッタリ会っただけですよ。怪しいことしないだろうなって睨み利かされてたんで、集中出来ずにジャンヌさんにも不意を突かれたって感じですかねえ」
「ふむ。エスカーくんがそういうなら信じておこう」
……こいつ、案外ちゃんと自分で責任を持ってくれるんだな。
一蓮托生とか言われるかと思ったが、まさか庇ってくれるとは。
――あいつなら大丈夫だと信頼出来ること……。
ふと、さっき話したシモンさんの言葉が蘇った。
メンバーの中で一番胡散臭いコイツだけど……それでも、仲間としてもっと信頼してやってもいいのかもな。
「では、私は用も済んだし、相変わらず忙しいからこれでお暇しよう。君たちも、他に用が無いならどこかで遊んでくるといい」
「はいはい、お疲れ様です」
怠そうにエスカーは挨拶をして、部屋を出ていくジャンヌさんを見送る。
資料室の扉はガラリと音を立てて閉まり、後はオレたちだけが残された。
「……はあ。もっと怒られるかと焦ったけど、軽い注意で済んで良かったぜ……」
緊張が解けたオレは、安堵の息を吐く。
後ろにジャンヌさんがいたときの恐怖は、正直心臓が止まるかと思ったほどだ。
「しかし、お前がオレを守ってくれるなんてな。好奇心に負けたのは確かなのに……感謝しとくよ」
謝意を伝えるため、オレはエスカーにそう告げたのだが、彼は何故か黙り込んだままでいる。
「エスカー?」
「……ん? ああ、別に構わないよ」
……真剣な感謝だったのだが、エスカーは考え事をしていてちゃんと聞いていなかったらしい。
名前を呼び掛けても生返事だ。……なんか損をした気分なんだが。
「まだ何か企んでるなら、流石に止めるぞ。これ以上はジャンヌさんも笑って許しちゃくれなさそうだしさ」
「分かってるよ、リーダー。資料室の探検はこれでお終いにしよう」
「分かればよろしい」
こいつの言葉がどこまで本気なのかは分からないけれど、シモンさんからのアドバイスもある。
今のところは、お終いにするという発言を信じておくとするか。
「……じゃあ、俺も帰るとするよ。また夜にね、ダイン」
「ああ、またな」
扉をゆっくりと開き、エスカーもまた資料室を出ていく。彼にしては、あっさりとした幕引きだった。
扉の向こうに消える背中を見つめながら、あいつもたまには名前を呼んでくれるんだなと、オレはそんなどうでもいいことを考えるのであった。




