194.管理人の過去
雷曜日、今日は各部活動が新入生歓迎会を行う日だ。
この日も当たり前だが講義は普通にあったので、午前中は皆いつもと変わりなく過ごす。
部によって内容は違うものの、どこも集合時間は昼の一時頃になっているようで、部活や生徒会に所属している女性陣は急ぎで昼食を済ませ、オレとエスカーの元を離れていくのだった。
「じゃあ、俺たちは自由時間だね。お互いのんびり過ごそうよ」
「ハイハイ。お前が何するかは知らねえが、のんびりしててくれると助かる」
忠告染みたオレの言葉に乾いた笑いで返すと、エスカーもまた去っていった。
――さて。オレはどうするかな。
とりあえず食堂を出て、どこかぶらぶらしようかなと考えていると、
「やあ。午後は一人なんだね」
隣の方から、オレに声を掛けてくる人物がいた。
「あ……シモンさん」
そこにいたのは、寮の管理人を務めているシモン=ベアラーさんだった。
出入りのときに管理人室から覗く顔はたまに見ているけれど、話をするのは入学式以来じゃないだろうか。
どうして突然、彼がオレに話しかけてきたのかは分からなかったが。
「失礼。私は基本、生徒たちの食事が終わって、ある程度ここが落ち着いた頃に食事をいただいているんだが……ちょうど君がいたものでね」
「はあ、なるほど」
言われてみれば、少しばかりぼうっとしていたのか、時刻は一時を回っている。
生徒を大事にする管理人として、シモンさんはいつも考えてスケジューリングしているんだなあ……。
少しばかり雑談でも、とのことだったので、オレは快く了承する。どうせ他にやることもない。
シモンさんは幾つかの料理をプレートに載せ戻って来て、オレの対面に座った。
「初日から面白い新入生だと気にかけてはいたが、先日の一件について耳にしてね。やはり間違いなかったと思わされたよ」
「ホントに自慢じゃないですけど、結構注目は浴びてますよ……取材まで来ましたし。本音を言えば、もっと新入生らしく過ごせると思ってましたけどね」
「フフ、目立つよりも穏やかに過ごしたい、という気持ちは分かるよ。私もそういう考え方の人間だ」
普段はあの小さな部屋で読書したり音楽を聴きながら過ごしているみたいだし、シモンさんがそういう性格なのはよく分かる。
「ただ、残念ながらこれからも忙しい生活が続くことだろう。イレギュラー問題という領域に足を踏み入れてしまった以上は」
「……シモンさんもご存知なんですか?」
アトモス学園内なので、外部と比べれば知っている人は多くて当然だろうが、それでもここ最近でこの台詞を何度か口にした気がする。
イレギュラーのことを認識している人は案外多い……いや、そうじゃないのか。きっと、認識している人たちがオレたちに興味を持ち始めたのだ。
「コーネリアがちらと話していたが、私も昔はイマジネーターでね。過去、その問題に首を突っ込んだこともある」
「ああ……確かに先輩だって言ってましたね」
「素養は間違いなく彼の方が高かったがね。私は主に、一年目の時から同じチームにいた相棒と二人で活動していて、コーネリアはどういうわけか私たちを慕っていた感じだ」
コーネリア校長は、シモンさんを三つ年上だと紹介していたし、一緒に依頼をこなすようなことは無かったのだろう。
多分、シモンさんは人当たりがいいので、気軽に頼れる先輩だとありがたく思っていたのではないか。
「シモンさんは、どんな能力で戦ってたんです?」
「簡単に言えば阻害系、かな。鎖を使って捕縛したり、或いは動きを誘導したりということが出来た。私は魔法も主力として使う後衛だったから、相性は良かったよ」
「へえ……つまり、前衛は相棒の人だったんですね」
「そういうことだ」
シモンさんはこくりと頷く。
「あいつの能力は強化・回復系だったんだが、それを前線で戦い続けるために活用してね。怪我や状態異常を素早く治す、或いはならないように強化する……そうして敵をねじ伏せ続けていた」
「俗に言うゴリ押しでは……いや、凄いですけど」
「ああ。凄い奴だったよ」
――だった?
懐かしむようなシモンさんの口振りに、オレは一つ推測をしてしまう。
そうでなければいいのに、というような推測を。
「……その相棒さんは今、何をされてるんでしょう」
「亡くなったよ。とっくの昔にね」
……やはり、そうなのか。
物憂げな目……シモンさんが見つめているのは、遠き友の面影なのだ。
「俺の能力があれば絶対死なねえ、などと豪語していた奴だったんだが。そんな彼でもどうにもならないことはあった」
「……すみません、嫌なことを思い出させてしまって」
「私の方から話を始めたんだ、気にすることはないよ」
むしろ気を遣わせてすまないと、シモンさんはオレに頭を下げる。
「彼――アイザックが命を落としたのは、イレギュラーが関係する事件の時だった。彼は非常に重要な役割を全うし、その結果帰らぬ人となった」
「イレギュラーの……」
「その事件を最後に、私はイマジネーターを引退してね。長年背中を預けていた相棒がいなくなったのだから、続けられるはずもないだろう。ただ、やりたいことも特になく、さてこの先どうしようかと悩みながら自堕落に過ごしていた。そんなある日に、コーネリアが話を持ってきてくれたのさ」
アトモス学園で寮の管理人を募集している。ぜひやってみないか……コーネリア校長はシモンさんに提案したそうだ。
年齢もありイマジネーターとして復職するのは難しいが、未練が無いわけでも無い……次世代のイマジネーターを見守ることが出来るのは楽しいかもしれないと、シモンさんは校長の誘いに乗ることを決めたのだった。
「あの日のことを悔やんではいるが、止めておけば良かったとは思わない。イレギュラーの問題は世界にとっての危機だし、俺たちは一つの危機を確かに抑え込んだ。……フ、君に声をつい声を掛けてしまったのは、そんな過去を重ねてしまったからだろうな」
「……シモンさん」
オレたちと同じように、イレギュラー問題の対処に奔走していたシモンさん。
その重要な役割の中で、友が命を落としたわけだから……オレたちに懐かしさを感じる一方で、きっと不安も感じているのに違いない。
次々に現れる危機的状況に、いつか命を失う者が出てしまわないか……と。
「シモンさん。オレたちに何か、アドバイスとかあったりしますか? この道を進んでいく上で」
「……そうだな」
シモンさんは顎に手を当てて、視線を横へ泳がせながら考え込む。
「……仲間を信じることだ。とは言っても、知識とか戦闘の連携とか個々のことではないよ。いつだって、あいつなら大丈夫だと信頼出来ること……その強い心が、私は大事だと思っている」
「信じること――」
シモンさんは、友を最後まで信じられたのだろうか。
……いや、疑問に感じることはなかった。その目は今尚、死した友のことを信頼している眼差しをしていた。
「お強いんですね、シモンさんは」
「なに……それくらい、良き相棒だったということさ」
良き相棒、か。オレもチームの皆を、心からそう言える日が来るだろうか。
……何だかんだ、難しいことではないような気がする。
クセの強い奴らではあるけれど、そんなあいつらをオレは……頼もしく思っているのだし。
「……それから、話に付き合ってもらったお礼に、直近のアドバイスもさせてもらおう」
「直近……って、もしかして昇級試験のですか?」
オレが問うと、シモンさんは微笑みながら頷く。
いいのかな? とも思ったけれど、シモンさんはあくまで寮の管理人……試験に関与する立場にないから構わないということなんだろう。
「あくまで傾向だから、役に立たない可能性もあるがね。……肝要なのは、気を抜かないことだ。きちんと目的を果たし、帰還するまでが試験ということを忘れてはいけない」
「きちんと目的を果たして帰還する……」
シモンさんの言葉から推測すると、もしかしたら試験は単純なものじゃないかもしれない。
最初の関門とはいえ、ある程度落としにかかってくる部分はあるだろう。
難易度はそれなりにあるはず……たとえば討伐目標が弱かったとしても、楽勝じゃないかと油断してはいけなさそうだ。
求められているものが別にある可能性も考えられる……。
「……ありがとうございます。アドバイス、しっかり頭に入れておきますよ」
「ああ。君たちには期待している……これからも、ここの管理人として見守っていきたいと思っているからね」
貴重なアドバイスをくれたシモンさんは、慈愛に満ちた表情で、そんな風に自らの思いを吐露するのだった。




