192.実感する成長
学園を出てから二十分ほどで、オリーブ丘陵の入口に差し掛かる。
オリエンテーションでは学園が設営した拠点まで向かったが、今日は依頼をこなすだけなので、ここから魔物を探し始めればいい。
もちろん、人里から離れた方が魔物の出現率は高くなる。進路としては、北西に向かっていくのがよさそうだ。
『キラーウルフは丘陵全体に、ベノムスパイダーはシャロー森林付近に生息しています。ダインさんの方針で概ね問題ないでしょう』
「了解。ちゃちゃっと済ませたいもんだ」
ここからは魔物の出るフィールドだと、気持ちを戦闘モードに切り替える。
そして警戒を強め、なだらかな丘陵を進み始めた。
雲のほとんど無い晴天、天候に恵まれていて移動もそれほど苦にならない。
原っぱを抜ける風は心地良く、気分が晴れる感じがした。
いきなりチームを組まされたオリエンテーション時は、やはり相応の緊張があったのだなと思う。
二週間が過ぎた今だと、目に見える景色そのものが違って見えるくらいだ。
「……っと。早速来てくれたな」
ヒトの臭いを嗅ぎつけたのか、こちらへ向かってそろりそろりと近づいてくる影が二つ。
本日の討伐目標その一、キラーウルフだ。
既に獲物を狩る鋭い目つきになっていて、低く唸りながら涎を垂らしている。
久方ぶりの食事にありつけそうだ――というところだろうか。
しかし、残念ながらその欲望は満たされない。
「こりゃ早い者勝ちかな?」
「とーぜんっ」
動いたのは前衛の二人。
エスカーは左、ルカは右のウルフをそれぞれ狙う。
敵意剥き出しだったキラーウルフだが、まさか相手の方が素早く動き出すとは思ってもみなかったのか、初動が遅れた。
そして、それが命取りとなった。
「氷槍」
「てやっ!」
勝負は一瞬。
エスカーが槍を、ルカが拳を撃ち込んだ瞬間には全てが終わっている。
この程度の魔物であれば、もう苦労することはなさそうだ。
「手応え無いねえ」
「ねー。やっぱり一ツ星依頼しか請けられないと、仕事が苦痛になってきそうだなあ」
エスカーが言い、ルカも同意して溜め息を吐く。
自分の実力に見合わない雑用レベルの仕事ばかりになってしまうと、それは流石に嫌だよな。
昇級して三ツ星依頼まで裾野を広げるのは、モチベーション的にもやはり重要だ。
『その地点から北へ二百メートルほど行ったところにも、キラーウルフの反応があります。数は恐らく三体』
「お、助かる。急いで向かうか」
戦利品の回収を手早く済ませ、オレたちは丘陵を北上する。
マルの案内通り、しばらく歩いた先にキラーウルフが三体確認出来た。
「じゃ、お次は不肖私めが務めさせていただきますか」
そんな風に宣言して、イオナは魔法の詠唱を始めた。
「……初めに雷あり。天より来たりし力、音よりも疾く、強く、大地へ駆け抜け敵を撃つ。貫け――ライトニング!」
ランク三の雷魔法……上空に生じた暗雲から一筋の雷光が放たれると、地上にいたキラーウルフたちの下へ一瞬で着弾する。
最早ウルフたちには、何が起きたかすら分からなかったことだろう。激しい感電の後、全身を痙攣させたウルフは既に事切れているのだった。
「ヒュウ。やるなあ」
口笛を吹き、エスカーがイオナの魔法を褒める。
一撃で三体のウルフを仕留められるのだから、大した威力だ。……もう普通にランク三の魔法を使いこなしているし。
「マナの消費は凄いけどねー。上達してくると、威力が上がるだけじゃなくてコストも抑えられるようになるからさ。まだまだって感じ」
「それでも凄いわ。私はまだ、適性の水属性でしか満足にランク三の魔法を撃てないから……」
謙遜するイオナに、フェイがそう称賛の言葉を返す。
イオナの成長が目覚ましいだけで、フェイも同期の中では十分な能力を持ってると思うけどな。
「フェイは補助が的確だし、強力なイマジネートがある。ちゃんと皆、替えの利かない役割が果たせてるよ」
「ダイン君。……そうね、あまり弱気なことは言わないでおくわ」
「あ、フェイ。ダインの優しい言葉はすっごい安売りだから真に受け過ぎないよーに」
せっかくの励ましだったのに、ルカが謎の忠告を入れてくる。
……なんだよ優しい言葉の安売りって。
「はあ。残りを探すぞ」
「はーい」
それから、五分ほど探し回ってキラーウルフ三体の群れを発見したオレたちは、たった一分で群れを蹴散らした。
マルが予期していたように、戦闘時間よりも捜索時間の方が圧倒的に長くなってるなあ。
「これでキラーウルフの討伐は完了、と。残りはベノムスパイダーが五体だな」
「で、収集品の納品もあり。五体倒すうちに、糸が三つ出てくれればいいけどねー」
イオナが懸念するように、討伐目標の五体を倒した段階で、納品の必要個数が集まらない場合もある。
そうなったら、面倒だが追加でベノムスパイダーを倒さなければならない。沢山出てくれることを祈るとしよう。
ベノムスパイダーの生息地は、シャロー森林寄りとのことなので、オレたちは進路を西へ変える。
あの辺りでバランチームに奇襲されたんだよな、などと思い返しながら進み、周辺に木が増え始めたところで、
『敵性反応、西に五十メートルほどの地点に確認しました。何の魔物かは特定出来ませんが』
「分かった、行って直接見てみる」
マルの指示に従い、オレたちは森の方へと更に進む。
すると案外すぐに、魔物の姿は目に入った。
「ビンゴ。あれはベノムスパイダーで間違いないだろ」
木の幹に取り付いたままじっとしていた巨大な蜘蛛。
ここからだと二体しか見えないが、奥にいくほど大きな木が増えているので、まだ潜んでいる可能性は十分ある。
『はい。あれがベノムスパイダーで間違いありません。反応の数もこれだけ近づいていれば……掴みました。五体ちょうどです』
「いいね!」
討伐の目標数と同じであることに、ルカが喜んで拳を掌にぶつける。
森林に差し掛かろうかという場所なので若干視界が悪いが、気を付けて戦えば問題ないだろう。
「そうだ、ダイン」
「ん?」
「ボク、もっかいアレが見たいんだけど……あの超強い弓」
まるで子供がプレゼントをねだるみたいに、上目遣いでルカが頼み込んでくる。
……可愛くないわけじゃないが、そんな風にお願いされるとは思っていなかった。
「うーん……」
能力を発現させることは構わないのだが、実を言えば一つ不安な点がある。
今後の使い方を考える上でも、ここで一度試しておくとしようか。
「――よし」
能力の発現自体は難なく出来る……既にアレは、門を開く者の力の一つとなっている。
猛る炎――その極限までの凝縮。
真白き光を放ち、凄まじいエネルギーを弓の形に押し留めた、勝利をもたらす武具。
「アルニオン=エイヴス……!」
想起した通りに、長弓はオレの手中に収まった。
エイヴスを救ったあのときと寸分変わらない、自分の背丈ほどもある巨大な弓。
そして能力の発現とともに、オレ自身の見た目にも変化が生じる。
マナを帯びた白い長髪と、額には魔力のリング。
それから忘れてはいけない、背中に弓の残数を表す光の羽も。
「何度見ても、凄いわねえ……」
「ね! カッコいいよっダイン!」
手放しに褒められると物凄く照れ臭い。
ただ、確かに格好良いフォルムだというのは自分でも少し思っている……内緒だけれど。
とにかく、発現したからには敵を攻撃しなくては。
ベノムスパイダーの方も、オレが武器を手にしたことで警戒心を露わにしているようだし。
「行くぜ……」
白き勝利の弓士……魔力の結晶を矢に変換し、弓へと番える。
そして弦を引き絞り、ゆっくりと近づいてきたベノムスパイダーへ狙いを定める……。
――いや、これはマズい。
弦を引く手に力を込め始めたところで、オレは理解した。
集束していく魔力……その威力は自分でコントロール出来るシロモノじゃない。
「ぐおおお……ッ!」
慌ててオレは、弓の先を上空へと向ける。
ギリギリまで引き絞られた弦が反発し、矢が放たれると――オレが立つ場所を中心にして、地上に途轍もない衝撃波が生じた。
「きゃあ!」
「わっ……!」
さながら暴風が吹き荒れたような一瞬。
木々の枝葉が悲鳴染みた音を立てて揺さぶられ、耐えられなかったものが地上へと落下する。
天高く飛んでいった矢は、やがて雲を突き破り……遥か彼方で真っ白な爆発を生じさせて消滅したのだった。
「……アハ、恐ろしい兵器なことで……」
流石のエスカーも、このときばかりは呆然とした様子で矢の消えた空を見つめていた。
兵器と表現されるのも無理はない……今のがここで爆発していたら、まず間違いなく惨事になっていただろう。
「それ、威力の制御出来ないんだ……」
イオナが引きつった声で言うのに、オレも震えた声で答える……と言うか、全身が反動で震えている。
「……はは……どうもそうらしい。コレ、気軽に使っちゃ駄目な形態だわ……」
「そうだね……多分今の一撃、上級魔法クラスだと思うよ……」
一ツ星依頼の魔物を倒すのに、上級魔法を発動させるなんてのは釣り合わない話だ。
静かな森の中……あの矢をベノムスパイダーに向けて放っていたとすれば。
敵が木端微塵に吹き飛ぶのは当然として、周囲の木々すらもボロボロになってしまうに違いない。
一帯が焼け野原になってしまった時にはもう、反省どころじゃ済まなかったことだろう。
「アルニオン=エイヴス……とんでもねえ武器ではあるけど、ここぞという時にだけ使うべきだな」
「ええ……あの時は頼もしいと思ったけれど、こんな場所で見ちゃうと怖くなっちゃったわ」
フェイが感じたように、こんな恐ろしい武器は平和な場所で使うものではない。
イレギュラーや、それこそまた終末ノ獣が産み落とされてしまったときにこそ用いる、最終兵器と考えておこう。
「……あ! スパイダー逃げてるんだけどっ!」
皆が呆けている間に、衝撃波で恐怖を感じてしまったベノムスパイダーが一斉に逃げ始めていた。
圧倒的な戦力差を感じると、魔物でも怖気づいて逃げ出すことがあるようだ。
「いけねえ……!」
オレはすぐさま長弓を消し、代わりに黒霧を生じさせる。
アルニオン=エイヴス形態のままでもこれは操れるので、自身の身体能力等が向上されたまま、黒の武具で戦えるのだ。
魔力の消耗が激しいという代償もあるため、これも使いどころは考える必要があるが。
「悪いが、逃がさねえぞ……!」
カサカサと地面を走っていくベノムスパイダーの群れに突っ込んで、オレは黒の大剣を振るう。
一撃、二撃、三撃――ものの数秒で、巨大蜘蛛たちは一刀両断にされて地面に転がった。
ただ、一人では全てを仕留めきれない。残り二体が必死に逃げていくのが見えて、オレは後を追おうとしたものの、
「ここは任せて――ブラスト!」
フェイが無属性魔法を撃ち、正確無比な狙いで見事残敵を仕留めてくれた。
動き難いこの場所では追いつけるか不安だったので、遠隔攻撃で終わらせてくれたのはとても助かる。
「サンキュ、フェイ。ちょっと焦ったが、これで討伐は無事に完了だな……後は」
周囲に倒れ伏している、ベノムスパイダーの残骸。
ここから依頼された素材が規定数取れるかどうか、だ。
ちょっとドキドキしつつ、収集品の回収ボタンをタッチする。
魔物の死骸が粒子となって吸収され……あっという間に素材とマナの回収が完了した。
『ベノムスパイダーの糸玉:3個』
回収された素材の数が表示される。よし、希望通りの数だ。
「ふう! 素材収集も同時に完了っと。想定したよりもだいぶ早めに終わったなあ」
「想定は悪い方に見積もってた方が柔軟に対応出来るし、そこは仕方ないよ。順調だったことを喜ばないとね」
「そうだな。いつもこんな風だとは限らないわけだし」
何だったら、さっきオレが白き勝利の弓士を安易に撃っていたら大問題になっていた。
簡単な仕事でも色々トラブルを想定しておくのは、むしろチームリーダーとして大事なことか。
「ええと、それで依頼は三つとも達成出来たから、後は帰るだけかな?」
「ああ。でも一つだけやっておきたいことがあってさ」
「うん?」
何をやりたいのかとルカが首を傾げる。
「魔物を倒し終わった段階で、皆の能力値を一度確認しておきたいんだよ」
「能力値……」
昨日、ジャンヌさんに頼まれ自分の能力値を測定したときに思ったことだ。
現段階での、全員のステータスを見ておいた方がいいだろう、と。
こまめにチェックしている奴もいそうだが、そうじゃない奴だっているはず。
昇級試験には総合ランクでD評価があれば安心とのことなので、そこに達していることを確かめておきたいのである。
「前に自分は開けっ広げにし過ぎて怒られたが、能力値は割とプライバシー的なところもあるし、総合ランクがDになってるのかどうかだけ教えてくれ」
「私も初回の測定からDではあったけど……ま、最新のステータスを見とくのは確かに悪くないね」
イオナはそう言い、テスタマイザーの操作を始める。
ポチポチと何度か画面をタッチすると、簡易測定が始まった。
「ボクも全然見てなかったし、やってみるかあ」
「リーダーの仰せの通りに」
他の面々も、イオナが測定に入るのを見て後に続く。
オレは昨日測定しているものの、だからといってこの場でやらないのは突っ込まれそうなので、同じようにやっておいた。
結果として、全員が総合ランクDに達していることが無事に確認出来た。
自己申告なので嘘を吐かれている可能性もゼロではないが……誰が得するわけでもなし、そういう奴はいないだろう。
「ありがとな。全員Dランクあるなら、能力面の心配はないだろう。んで、この依頼で評点も八十を超えるし……下準備はオッケーなはずだ」
「うんうん。後は昇級試験に臨むだけ、だねっ」
試験にて出されるお題をクリア出来るかどうか。
昇級の可否はそこにかかっている。
「よし、じゃあやることも終わりだ。アトモス学園へ帰るとしようぜ」
「了解ー!」
元気の有り余ったルカの声が、森の中でこだまする。
それを皆で笑いつつ、オレたちは軽い足取りで帰路に着くのだった。




