189.保健室の一幕
オレの能力を調べるという目的を果たしたジャンヌさんは、またすぐに何処かへと去ってしまった。
彼女のことだから予定は沢山詰まっているのだろうが、少しくらいのんびり出来ないのかと思ってしまう。
「本当に、忙しい方ですよねえ」
気付くと隣にリアムさんが立っていた。オレたちの後に続いて、測定室から出てきたのだ。
このためだけに保健室から呼び出されたのだろうし……彼女も災難だったな。
「それにしても、リアムさんって測定装置の操作が出来るんですね?」
「ええ、まあ。治療だけじゃなくて機械関係も多少は動かせるんですよ。オペレーターは流石に無理ですけどね」
「へえ……事務員の人って割と万能さが求められるとか?」
「私がちょっと機械に強いだけですよ。大体は一つの仕事だけ任されてるかと」
学園で働く人の総数は少ないながらも、事務員の人は各々の役割をキッチリこなしている印象がある。
学園内の清掃だったり、寮の管理人だったり、食堂の調理スタッフだったり。
リアムさんみたいな人の方が珍しいのかもしれない。あと、若い職員の方が機械慣れしている可能性もあるな。
「ダイン君の方も、何やらジャンヌさんのお眼鏡に適ったみたいで。入学式の時からタダモノじゃないとは思ってましたけど」
「いきなり魔物討伐してぶっ倒れたんですから、そりゃタダモノじゃないと思うでしょうとも」
あれから会ってもいなかったし、オレの印象は入学早々保健室に運ばれたイマジネーター、という評価からそう変化は無いだろう。
「そうだ。せっかくですしダイン君、保健室に寄っていきません? 紅茶とお菓子くらいは用意出来ますよ」
「いいんですか、それ……。オレの方は予定も無いですし、大丈夫ですけど」
「保健室は私の空間ですからっ。怪我や病気じゃない子も、結構駄弁りに来るんですよ」
来訪者にそんなもてなしをするのだから、来たくなる生徒が多いんじゃないか。
それに、リアムさんの人当たりの良さもあるし……落ち込んだ時に話を聞いてもらいたい、とか思う奴もいるんだろうな。
リアムさんの提案を了承して、オレは測定室の隣にある保健室へ付いていく。
ガラリと扉が開かれると、そこには三週間前に見た懐かしい風景が広がっていた。……懐かしいと思うのは早過ぎるかもしれないが。
「あ、リアムさん! どこ行ってたのさ?」
「ん……?」
入るなり、聞き覚えのある声が飛んできた。
この声ってもしかして……。
「あら、ルカちゃん。ごめんねえ、ちょっとジャンヌさんに呼び出されちゃって」
「そうなんだ……って、ダイン!?」
「おう……まさかこんなとこでお前に会うとは」
オレの姿を認めると、ルカは驚いた様子で腰掛けていたベッドから跳び上がった。
「どうして保健室に……」
「オレもジャンヌさんと色々あってな。能力値を測定して貰ったんだが、装置をリアムさんが動かしてくれてたんだよ。その流れでさ」
「ああ……測定室が使われてると思ったら、ダインだったんだ。それこそどうして、なんだけど」
「説明すると少し長いんだが――」
オレは簡潔に、能力測定に至った理由をルカへ説明する。ただし、自分の方からジャンヌさんへ訊ねたこと、彼女が能力の暴走を抑え込んでくれていたことなど、あえて隠したこともあった。
終末ノ獣を倒せるほどの威力を発揮したオレの能力に、ジャンヌさんが興味を持って測定を行った……ルカにはそんな風に伝わったことだろう。
「なるほどねえ……実際、ダインの能力って変てこだったもんね」
「変てこって何だよ」
「何にでもなる黒い霧だけでも不思議なのに、かと思えば真っ白な弓が出て来ちゃうし、変わり過ぎじゃん」
それは尤もなコメントだ。
オレ自身、ここまで変化のつくイマジネートなんて想像もしていなかった。
想造はしてしまったわけだが……。
「オレもまだ、自分のイマジネートのことはよく分かっちゃいねえ。これからどこまで伸びるのやら、だな」
「期待してるよ、リーダーさんっ」
「変な呼び方するな。エスカーみたいだろ」
「はは、そうかも」
皮肉っぽい、イコールエスカーっぽいというのがオレとルカの共通認識になってるな。
……というか、誰からしてもそういうイメージになっているかもしれない。あいつはそういう奴だ。
「……で、ルカの方こそ何で保健室に?」
「あー……実はボク、ときどきここでお喋りさせてもらってて。リアムさん話上手だし、お菓子も出してくれるし……」
さっきリアムさんが話していた、駄弁りに来る生徒の一人がルカだったのかよ。
そう言えばルカ、スイーツ同好会に入ったくらいには甘味が好きらしいものな。
「そうそう、リアムさんってスイーツ同好会の顧問なんだよ。だから余計に話すことが増えてさ」
「ああ……部活動ってやっぱり顧問の人がいるのか」
「はい、実はそうなんです。主体は生徒たちなんで、顧問はお飾りみたいなものですけど。ちなみにフットボール部はアーロンさん、文芸部はヴァージニアさん、美術部はマルゼスさんがそれぞれ顧問をしてるんですよ」
ヴァージニアさんやマルゼスさんはイメージに合っているけれど、オペレーターを統括しているアーロンさんがフットボール部の顧問なのか。
いや、性格だけで見るとイメージ通りかもしれない。あの口調で選手に檄を飛ばすのは様になっている。
というか、よく考えるとマルゼスさんは魔術工房から出張ってきている人なのに、顧問を任されてるというのも面白い。
「今日は昼からの予定も無かったし、じゃあリアムさんのとこに来て、雷曜日の歓迎会について話そうかなーって思ってたワケ」
「そいつは悪かったな。お邪魔なら帰ってもいいんだが……」
「邪魔じゃない! ここまで来たんだから一緒にアフタヌーンティーにしよっ」
慌てた様子でルカがオレを引き留める。
別にお伺いを立てただけで、本気で帰るつもりは無かったが……そこまでムキになって止められるとは。
「分かった分かった。このままご厚意に甘えるよ」
オレは後ろ首を撫ぜながら、空いている席に座る。適当に選んだら、ルカと対面になってしまった。
「お待たせしました。本当に簡単なものですけどね」
テキパキと準備をしてくれていたリアムさんが、三人分の紅茶と菓子をプレートに載せて来てくれた。
仄かに甘い香りのする紅茶だ。それに合わせられているのは、皮のしっかりとしたシュークリーム。どこのお店のものかは分からないが、ホイップがたっぷり入っていてボリュームがある。
「結構豪華な感じがしますけど……何か、急なのにありがとうございます」
「私の方から誘いましたから。それにこういうこと、多いので」
リアムさんは言いながら、ちらとルカの方を見やる。
彼女しかり、保健室の来訪者が大勢いるなら実際、慣れっこなのかもなあ。
「リアムさんが美人だからってニヤつかないでよ、ダイン?」
「ニヤついてはないだろ」
イオナと言いルカと言い、人を女性好きみたいに言わないでほしいものだ……まずそういう免疫自体がないのだし。
「あむ……これ美味しい! どこのシュークリームなの、リアムさん?」
大きくかじりついた後、口周りにホイップを付けたままルカが訊ねる。
「商業区の南のほうにあるお店でねえ、最近話題になってるらしいんだけど……」
楽しげに話すリアムさん。こうして見ていると、顧問と部員の関係よりは、年の離れた友だち、という方がしっくりくる感じがする。
互いにフレンドリーだからなのか、入学したばかりにしては親密になったものだ。
「ふふ、いいものですよね……こういう時間。学園の医務職員になれて良かったといつも思います」
「リアムさんはまだお若そうですけど、アトモス学園には学校とかを卒業してからすぐ入ったんですか?」
何の気なしに聞いた質問だったが、リアムさんは少し困った顔になって、
「ええと……すぐにじゃないんです。他に働いていたところはあるんですが、その。どうしても合わなくて」
「ダイン、そういうのは詮索しないの」
「ええ? いや、スミマセン」
ルカも気になるんじゃないかと思いきや、意外にも敵に回られてしまった。
経歴くらい、世間話の範疇な気がするけどなあ。
「まあまあ、ルカちゃん。前職はこの学園に比べたら天と地の差くらいあるので……もう他の仕事には就きたくないって感じなんです」
「そうだったんですか……ここが天職って言うなら、それは良かったです」
天と地の差……か。優しそうなリアムさんが言うくらいだから、相当の職場だったのだろう。
もしかして、ルカも一度この地雷に触れてしまい、今は守る側になってるのかもしれないな。
「オレも憧れだったイマジネーターになれて、毎日楽しく過ごせてますし。やっぱり、良い環境でやりたいようにやれるのが一番でしょうね」
「ええ、本当に」
リアムさんは心からそう思うという風に、ゆっくりと頷く。
「ダイン君もルカちゃんも。イマジネーター稼業をどうか楽しんで過ごしていって。私も医務職員として、いつだってサポートさせてもらいますから」
優しいその言葉にオレも頷き、それから美味しい紅茶とシュークリームに舌鼓を打つのだった。




