188.その心に秘めたるは②
最初の測定の時にも説明されたが、測定室は三区画ある。準備区画と測定区画、それに制御区画だ。
オレの能力を量るということで、今いる準備区画から測定区画へと移らなければならないわけだな。
「臨時なんでね、装置を動かすのはリアム君に頼んでおいた。よろしくお願いするよ!」
ジャンヌさんが制御区画の方に声を投げかけると、そこにいたリアムさんが軽く会釈をする。
彼女と顔を合わせるのも久しぶりだ。今はガラス越しなので話をするのも難しいけれど。
無機質な部屋……等間隔に埋め込まれた黒いレンズ。ここには何度来たって慣れない気がする。
救いなのは、能力の読み取りが一分と掛からず終わることか。
『では、始めますね……』
リアムさんの声が響き、装置が起動する。
無数の光線がこちらに向かって照射されるので、オレは目を閉じてじっと待っていた。
電子音が鳴れば測定終了の合図だ。……二度目だが、ちょっと緊張したな。
『お疲れ様でした』
もう一度リアムさんの声がすると、測定区画の扉が自動で開かれる。
以前はこの場で結果を聞いたが、今回はジャンヌさんと一緒に見ろということらしい。
準備区画に戻って、ジャンヌさんと合流する。彼女からもお疲れという労いの言葉を貰い、
「さて。測定結果を見るとしようか」
そう言ってリアムさんに頷きかけると、区画内にあるモニターにオレの能力値が表示された。
ダイン=アグナス 年齢:15 性別:男性
想造能力:門を開く者 ……練度:D
心象世界における門を通し、繋いだ力を発現させる。
体力値 ……202 D
魔力値 ……148 E
想造値 ……*** 測定不能
攻撃値 ……183 D
魔法攻撃値 ……151 D
防御値 ……174 D
魔法耐性値 ……156 D
敏捷値 ……183 D
限定スキル:再臨 他者の能力を再現する。一度の使用で再臨は消失する。
七化 用いる武器によって能力値が変化する。
特性:闇耐性S
能力総合ランク:D(要検証)
飛躍的な成長と言うわけでは無いが、前回測定した時――あれはブラッドベアを討伐した直後だったか――よりも全体的に値は増加している。
特に魔法攻撃と魔法耐性はE評価だったところがD評価に上がっていた。確か150がボーダーなので、数値的には少しの増加でもランクアップしてくれたわけだ。
ただ、やはりイマジネート等の特殊な部分に差し当たって変化は見られない。
門を通し、繋いだ力を発現させる……という奇妙な説明は一字一句同じままだ。
「ふむ、まずまずの能力値だね。新人としては文句無しの水準だ」
「はあ……ありがとうございます」
世辞なのかどうか分からず、オレは曖昧にお礼を返す。
「それで……ここから何か読み解けるんです?」
「相変わらずきみの能力が特異で、且つ想造値が定まらないというところかな」
分かり切ったことを話すジャンヌさんに、オレは思わず嘆息を吐く。
結局、それを確かめることにしかならないのか。
「私も後から資料ベースで見るだけだったからね。こうして実際の測定に立ち会って気付く部分があるかと思っていたが、特に不思議なことは起こらないようだ」
「起こってたら備考とかに書かれてたんじゃないですか?」
「細かければ見逃すこともあるだろう? 念のため、だよ」
型通りに進められる測定では、見つけられない微小な異常もあるかもしれない。
ジャンヌさんはその可能性を、自分の目で確認しておきたかった、と。
「……オレの能力値は、ジャンヌさんの言うように新人としては上々なんでしょう。だとしたらどうして、オレの力が終末ノ獣に届き得たのか」
「門を開く者……数多くのイマジネートを見てきた私だが、きみの力は殊更に特異なものだ」
ふとジャンヌさんの顔を見やると、いつの間にか彼女は真面目な表情になっている。
「きみの能力値自体はベテランのイマジネーターに匹敵するものではない。にも拘わらずあの強大な敵……終末ノ獣に致命傷を与えられたのは、ひとえにその特異なイマジネートゆえだろう」
「それは、まあ」
「もちろん、獣が極端に弱っていたことも一因にはあるが、やはりきみのイマジネートは独特且つ強力だ。そしてその力の謎を読み解く鍵はきっと、測定不能となっている想造値にあるのに違いない」
「想造値……ですか」
想造値についてはオレもずっと気になっている。
初回測定時、事務員の人からは三通りの可能性を伝えられたものの、ハッキリとしたことは依然不明なままだ。
常にブレていて読み取れないという説を、オレは一応信じることにしていたけれど。
「想造値が心象世界における限界容量のようなもの、というのは説明を受けたね? 攻撃値や魔法攻撃値がどれだけ強くなろうと、イマジネートに乗る威力は想造値に左右されてしまう……つまりだ。言い換えれば、想造値に際限が無かった場合には、イマジネートはいくらでも強くなる……」
「ちょ、ちょっと待ってください。際限が無いって……一番有り得ない可能性じゃないですか?」
確かにあの時、事務員さんから提示された可能性の中にも、測定出来ないほど数値が大きいために不能と出てしまうのではというのはあった。
けれど、そんなのは現実的じゃない。いくらなんでも、人間としての限界というものがあるはずだ。
「それを可能にするのが、恐らくはきみのイマジネートだ。門を開く者……説明の通りそれは、何処かへ『繋がる』力なのさ」
「繋がる力――」
ジャンヌさんの言葉に、オレは心象世界であったことを思い出す。
ユリアンと名乗ったあの男は、白き世界に佇むあの門を、世界に眠りし力との繋がりと表現していた。
「世界に眠りし力……」
「おや、何か心当たりでもあるのかい」
訊ねてくるジャンヌさんに、オレはユリアンさんとの一部始終を語る。
簡潔に説明を終えると、彼女は口元に手を当て考え込むような仕草をしてから、何故か一瞬だけ苦笑した。
「フ……心象世界の存在がそう語るのなら、それがきみの持つ能力の実態なんじゃないかな?」
「と言うと、つまり」
「きみは世界に満ちるエネルギーを自らの力へ変換するという、前代未聞のイマジネートを持っているということさ」
世界に満ちるエネルギーを、オレ自身の力へ。
あの時発現させたアルニオン=エイヴスという名称……そこにはなるほど、ワールドスクリプトの名称が刻まれている……。
「きみ自身の能力値が高いわけじゃなく、イマジネートによって『力を借りている』……そう考えると、急激な能力の向上もしっくりくるんじゃないかい?」
「……確かに」
「だからこそ、世界のエネルギーを吸収していた終末ノ獣も、きみの新たなイマジネートが発現した途端に弱体化した……」
「あ――」
あれは偶然や事故、奇跡なんてものじゃなかったのだ。
要するに、終末ノ獣が世界のマナを吸い取っていたところを、オレのイマジネートが邪魔するような恰好になって。
マナの供給を止められた獣は、結果的に力を弱めることになった……。
「そんな、イマジネートが」
「あるんだから仕方がない。そしてそれは、終末ノ獣と戦う上で非常に強力な武器となるだろう」
世界のエネルギーを借りるということは。
世界のエネルギーを敵にぶつけることに外ならない。
それほどのとてつもない力であれば、終末ノ獣のような恐ろしき相手であっても、重要な対抗手段になり得る……。
「その力は、イレギュラー対策チームのリーダーであるきみに相応しいものだ。どうして自分がという戸惑いもあるかもしれないが、きみはきみの能力を誇っていい」
ジャンヌさんはそう言って、オレに笑いかける。
だけどその笑みを、オレはやはり素直には受け取れなくて。
「……ジャンヌさん」
「うん?」
「貴方がオレをイレギュラー対策チームに誘ったのは、偶然なんですか? 貴方は本当のところ……オレの力について、知ってることがあるんじゃないんですか?」
改めての問いにジャンヌさんは、
「繰り返すようだが、心の力など畢竟、己にすら容易に深奥へは辿り着けないものだよ。ましてや他人になど、ね」
結局そんな風に明言を避けたけれど、
「……と、突き放すだけなのもよろしくないか。あえて一つ、今の私に答えられるとすれば――」
オレの方から視線を逸らしつつ、彼女は半ば独白のように、呟く。
「この長き巡礼の中で。否が応でも真実というのは……明らかにされていくものなのだろう」
それはどこか、諦念染みた響きのある言葉なのだった。




