187.その心に秘めたるは
午前の講義を無事に乗り切ったオレたちは、昼食をとってこの日も自由行動とした。
依頼を請けても構わないのだが、ジャンヌさんが帰ってきているというのを耳にしたので、一度話をしておきたかったのだ。
ただ、あの人のことだからどこに行けば会えるのかは分からない。
B棟のどこか……職員室あたりにいてくれればいいのだが。
「やあ。平穏な学園生活を楽しんでるようで」
探しに行こうと思った途端、当の本人が目の前に現れた。
オレが目を丸くしていると、
「おや、その顔はちょうど私を探していたところだね?」
「はあ……まあ、そうなんですけど」
心でも読めるのか、この人は。……そう言えば、以前マルも同じようなことを口にしていたな。
何でも見透かされているような、油断ならない人……言い得て妙だ。
「フフ、実は私もきみを探していてね。すぐに会えて良かったよ」
「ジャンヌさんも?」
「ああ。もし依頼に励んでいたら、下手をすると夜まで会えなかったところだ」
ジャンヌさんの方からオレに用があるとは、一体何だろう。
またぞろ変な企画への参加要請とかだったりしないよな。……これ以上は流石にないか。
「私はこれからA棟に行くところだったんだが、どうせなら話しながら歩かないかい?」
「ええ、分かりました」
話が出来ればそれで構わなかったので、ジャンヌさんの誘いを了承する。
ということで、オレは彼女と並んでA棟へ向かった。
「ジャンヌさんは相も変わらず、忙しくしてるみたいですね」
「自分で言うのも何だが、特殊な人材だからねえ。方々に出向いては魔物やイレギュラーの討伐に当たってるよ」
休み明けにはもう学園にいなかったし、各方面に引っ張りだこなのだろう。或いは、自分から率先して繰り出しているのか。
オレたちもイレギュラー討伐が板に付けば、そんな風に忙しくなるのかもしれない。
富や名声を築けるのは嬉しいが、自由な時間はやっぱり欲しいよなあ……その点ジャンヌさんは凄い。
「きみたちのところには取材が来たそうじゃないか。しかも記者が卒業生のアスタ君で、試験を受けるよう唆されたとか」
「あはは……唆されたわけじゃないですよ。試験のことは頭から抜けてたんで、ハッとさせられた感じです」
「入学早々、あんなことになるとね」
ジャンヌさんは屈託なく笑う。彼女ほどにもなれば、エイヴスの大事件もそうやって笑えるくらいなんだろうな。
「で、ジャンヌさんから見てオレたちは受かりそうですか?」
「その手には乗らないよ。私も顧問だからね、試験に関する情報をおいそれとは言えないさ」
「ですよね」
コーネリア校長もその線引きはしっかりしていたし、ジャンヌさんは違うだなんて思っちゃいない。
「もちろん、期待はしているよ? きみたちをイレギュラー対策チームに任命した以上はね」
「……出来るだけその期待には応えたいですけど」
オレたちに求められているレベルは、他の生徒よりも高い。そこは肝に銘じておかなければ。
会話のキャッチボールをしつつ、オレとジャンヌさんはA棟に辿り着く。
ここからどこへ行くものかと思っていたが、彼女はそのままスタスタと廊下を歩き始めた。
「私の目的地はここだ」
「……測定室、ですか」
入学式の翌日に入って以来、一度も立ち寄っていない場所だ。そもそも、定期的な検査以外ではほぼ来ないところだろう。
隣に医務室もあるが、こちらも初日に意識を失って運ばれたのが最後だな。
ジャンヌさんは懐から鍵を取り出し、測定室の中へ入る。オレはどうしたらいいのかと迷ったが、彼女はオレを中へ招き入れた。
……ここに何の用があるのだろう?
「さて……こんなところで何をするのかと気になっているところだろうが」
「そりゃ、まあ」
「これは恐らく、きみが私に聞きたいことにも関係することだと思うよ」
「え――?」
呆気に取られてオレが聞き返すのに、ジャンヌさんは悪戯っぽくウインクをする。
「自分のイマジネートが一体どんな力を秘めているのか――それが知りたいんだろう?」
今度こそ、言葉を失った。
本当に、この人は……読心術でも会得しているんじゃないのか。
そう思いたくなるほど、的確に心の内を言い当ててくる。
「いや、なに。エイヴスから帰還した後の報告でも聞くチャンスはあったはずなのに、きみはそうしなかった。他の人にはあまり聞かれたくないことだとすれば、それは君の心の内に関わることじゃないかとね」
「……全く以てその通りですよ。特に、貴方にはどうしても聞かないといけないと思ってることがあったので」
「それは?」
「入学式の日……イマジネートを暴走させたオレは意識を失った。その後夢うつつの中で、オレは微かに懐かしい声を耳にしていたんです。今になって思えば、それは貴方の声だった」
なるほど、とジャンヌさんは頷く。
「少しうなされているとは感じていたが、時折意識が戻っていたようだね。確かにあのとき、暴走するきみの能力を抑え込んだのは私だよ」
「やっぱり……」
あっさりと認めたので拍子抜けだったものの、これであのときの謎は解けた。
ジャンヌさんがアトモス学園の関係者だと分かった段階で、もしやと予想はしていたが……正しかったようだ。
「ジャンヌさんには、そんなことまで出来るんですね?」
「というより、魔術工房の技術が優秀なのさ。少しばかり特殊な装置を利用して、きみの能力を鎮静化した。いやあ、中々危ないところだったよ」
そう言ってジャンヌさんは笑う。けれどもあの時全ての悪夢が具象化されていたら、笑い話では済まなかったはずだ。
暗黒の霧だけでなく、大地の鳴動や荒れ狂う波、そして降り注ぐ星――オレの悪夢には、起きてはならない事象だらけだった。
「この力、今も抑えられているんですか? 鎮静化された後から、出力が落ちたなというのは感じていたんですけど」
「そうだね……鎮静化とは言うなれば、開かれようとする扉に閂をかけたようなものだ。何度も力を行使すれば、やがては閂も壊れることになるだろう」
能力を使うことが、開かない扉へぶつかっていくようなものだとするなら。何度もぶつかれば、当然にストッパーが外れて開放されることになる、と。
少なくとも今のところはまだ、そのストッパーが外れたような感じはしない。
自分の能力を制御出来る自信がつかない限りは、外れない方がきっといいんだろう。
「ジャンヌさん、貴方は……オレの能力について何かご存知なんですか?」
この質問には、彼女は少しばかり言葉を選ぶように時間を置いてから答えた。
「きみの能力は非常に特殊だ。そもそも心の力など、他人にも自分にすらも、完全に理解できるものではないさ」
「はぐらかされてるような気もしますけど……」
「フフ。そんな謎の多いきみの能力を量るため、私はここに来たんだよ」
ここへ来た目的がオレの能力に関係すると言った以上、それしかないとは思っていた。
しかし、入学二日目の測定でもハッキリしたことは分からなかったし、確かめられるのはせいぜい能力値がどれくらい上がったかだけじゃないだろうか。
「もちろん、この測定で何もかも分かるなんて思っちゃいない。それでも今のきみについて、少しでも把握しておきたいのさ」
「……分かりました。拒否する意味もないですしね」
ここで自分の成長度合いを知っておくのも悪くはない。もうすぐ昇級試験に臨むわけだしな。
「じゃあ、見させてもらうとしよう。ダイン君の『今』をね」
ジャンヌさんはそう告げて、また妖しい笑みを浮かべるのだった。




