185.試験対策と母への報告
夕食の席で、オレたちは昇級試験について話し合うことになった。
普通であればもっと先の話なのだろうが、通る見込みがあるなら早いに越したことはない。
現状、オレたちが持つ五級ライセンスでは最低ランクの依頼しか請けることが出来ないし、報酬も微々たるものだ。
取材の謝礼が入るとしても、余裕のある学園生活を送っていくためにはさっさと昇級したいところである。
「確か、試験は雷曜日の午後からで、前日までに申請を出しておかないとダメなんだよね?」
というルカの確認に、フェイが頷く。
「ええ。申請はテスタマイザーで簡単に出来るから、私も画面を見てみたことはあるけれど、その週に予約出来るのは二チームまでみたいね」
「ライセンスに関わる厳格な試験なんだろうし、一度に大勢受けれないのは当然だろうな」
アトモス学園の職員数もそう多くはない。キッチリ試験を見ようと思えば、一度に二チームが限度なのだろう。
「難度に関係なく二チームまでだから、躊躇ってるとすぐに予約が埋まっちゃいそうだね」
「特に校長が言ってたあたり……三ヶ月目くらいには同期の申請が急増しそうだねえ」
翻って言えば、それまでは新人が申請する可能性はほぼ無いということ。
予約枠の取りやすさという観点からも、やはり今受けておくのが良さそうだ。
「今週の試験は三日後になるわけだが、予約状況はどんなもんやら……」
『先ほど確認してみましたが、三年生が一つ枠を取っています。それと、二年生担当のオペレーターが試験を受けるかどうか相談しているところを見ましたので、残り一枠も埋まってしまうかもしれませんね』
今日はオペレーター室で雑務を片付けているマルが、オレの疑問に的確な答をくれる。
検討中の二年生がどうするかにもよるけれど、今週の枠はちょっと取り辛いな。
「とりあえず一周は様子を見て、試験の情報収集でもしてみるのがいいんじゃない?」
これはエスカーの提案。
コーネリア校長は、審査する側がヒントを出すわけにはいかないと口にしていたが、つまり受ける側……他の生徒から情報を集めるのは問題ないはずだ。
上級生から試験の基準や傾向だけでも聞ければ、十分参考になる。
『実際、私が所属していたチームも先輩方から試験内容を教えてもらっていました。お陰様で、一度目の試験で無事昇級出来ましたよ』
「やっぱりそうなんだ……って、それならマルが知ってること教えてくれればいいじゃん」
『聞かれるまでは言わないでおこうかと思いまして』
「あ、酷いっ!」
マルが冗談めかして言うのに、ルカは膨れっ面になって抗議する。
……距離感が縮まってきたか、マルの対応もだんだんフランクになってきた気がするなあ。
『毎回変更点はあるでしょうし、鵜吞みにするのは良くないですが、昇級の基準は能力値、評点、および実戦対応の三点というのは恐らく固定でしょう。私たちが合格した時は、まず各個人の能力値が総合ランクでD以上、チーム評点が八十点の状態で、特定の討伐依頼を達成するというお題をクリアしました』
マルは中々具体的な情報をもたらしてくれた。
能力値の総合ランクがDなら、入学してすぐの測定で達成していたし、オレに関しては問題ない。
他のメンバーも戦闘面で優秀な奴らばかりだし、Dくらいは余裕でありそうだ。
チーム評点に関しても、エイヴス事件を解決したおかげで既に七十八点ある。簡単な依頼を一つこなせば十分届く点数だ。
となると……やはり合否を大きく左右するのは実戦ということになる。
「お題については丸っきり同じものが出るとは思えないし、身構えておいた方がよさそうね」
「マルのときはどんな魔物を討伐したの?」
イオナが訊ねると、
『二ツ星依頼相当の魔物です。具体的にはリトルデビル一体の討伐でしたね……悪魔系は強いだけでなく比較的珍しいので、確かに同じものが出る確率は低そうです』
歪みによって始めから『不良なもの』として生まれる魔物。その生成過程では、世界にある『何か』のかたちが依代にされることがほとんどだ。
その中で、悪魔系だけは具体的な依代の判然としない、言わば『純然たる不良品』であるため他よりも珍しく、そして強い傾向があるのだとか。
リトルなんて名称なのに二ツ星相当なんだから、確かに悪魔系は全般的に強そうだよな。
「その時々に応じて、二ツ星に相当する魔物討伐がお題として出されるってとこかね。それだと何とかなりそうだが」
「終末ノ獣なんてバケモノを倒しちゃった後だと、ねー……」
そのときのことを思い返すようにまぶたを閉じながら、ルカがしみじみ言う。
『まあ、終末ノ獣は産み出されたばかりでエネルギー不足の状態から、更にスレイマンの術式で弱らせ、挙句最後には謎のエネルギー減少も発生していましたから……純粋な強さとしては『上級』レベルにまで落ちていたのではと推測されていますが』
「む……それでも上級レベルではあったんだし!」
マルの淡々とした説明に、ルカはそれでもと食い下がる。
……実際、教官と共闘したとは言え上級モンスターを倒したなら十分凄いのには違いない。
驕りは良くないにしても、やはり昇級に足る実力は備えているんじゃないだろうか。
「とりあえず、今週は予約し辛いのもあるし、エスカーの提案通りもう少し情報を集めて来週以降に……って感じにするかな。皆、情報収集のアテとかあったりするか?」
「あ、実はちょうどいいイベントがあるんだよ。雷曜日なんだけど、各部活動の新入生歓迎会を一斉にやるらしくて。先輩たちと話すチャンスだから、試験についても聞けると思う」
そう話してくれたのはイオナだ。一斉に歓迎会が開かれるなら、彼女だけでなくルカやフェイもそれぞれ参加することになるだろう。
そこで情報を得てくれるならありがたい反面、リーダーのオレはどこにも所属していないのが少し申し訳なくなってしまうな。
「オレもどこかで情報を仕入れられたらいいけどなあ」
「まあ、そこは適材適所でいいんじゃない? リーダーは大人しく吉報を待ってなよ」
「お前に言われるとな……」
エスカーも特に部活には所属していないが、こいつが一番情報を仕入れて来そうなんだよな。
適材適所……ね。メンバー全員が動いてくれるなら確かに、オレまで余計に動くことはないか。
「じゃあ、情報収集は頼んだ。しっかり予習して、一発で昇級してみせようぜ」
オレの言葉に、メンバー一同は素直に頷いてくれるのだった。
*
夕食を終えて解散した夜のこと。
オレは通信機で実家に連絡を入れていた。
入学後に一度長話はしたけれど、それから後の方が激動の日々だったわけで、また報告は長引いてしまった。
家族と言えども一般人、あまり突っ込んだ話は出来ないにしても……ワールドスクリプト一つを救うことになったというくらいは語っても駄目じゃないだろう。
「うふふ……流石ダインね、母親として鼻が高いわ。それにしても、入学したばかりでもうそんな大仕事をすることになっちゃったのね」
「なし崩し的に、だったけどさ。やっぱりイマジネーターって人手不足みたいだなあ」
狭き門だったものね、と母は言う。
更にその上、世界の裏事情を明かせる者は限定されていると来れば、人が足りないのは当然だ。
「……ところでダイン。次のお休みはどうするのかしら?」
「ん? あ、そっか。次の休みってワーカーズ・ウィークだったっけ……学園生活に必死で忘れてたな」
すっかり失念していたが、四月と五月を跨ぐ長期休暇としてワーカーズ・ウィークがある。
四月の土曜、光耀を起点として計五日間の休みが国民に約束されているのだ。
労働者の権利として古くからある休日のようで、変遷はあったものの今はこの形で落ち着いているそうな。
何にせよ、今週末から水曜日まで、イマジネーターとしての活動は不要ということになる。
「気持ちは分かるけれど、ゆっくり休むことも大事よ。……私はてっきり、もうこっちに帰る心積もりでいるかと思ってたわ」
「はは……ごめん。そうだなあ、予定も無いし一度帰ろうかな。母さんと、それにアニスの顔も見たいし」
「ええ。アニスも喜ぶわ」
年頃だからか、強く当たられることは割とあるけれど……何だかんだ、妹も兄の不在を寂しがってくれてるのかな。
そうであれば兄としては嬉しいものだが。
「……あ、そうだわ。せっかくならチームの子たちもお泊り、誘ってみたらどう? 私もどんな子たちなのか気になるし……」
「ええっ?」
いきなり母さんが驚きの提案をしてきた。
チームメンバーを家に招くだなんて……ちょっと段階が飛び過ぎているというか、早過ぎやしないだろうか。
「まだチームを組んで一ヶ月もしてないメンバーだし、そもそも皆だって休みは予定ありそうだし……迷惑じゃねえかなあ」
「一度聞いてみたらどうかしら。来たい子だけ来てもらう感じで」
「んまあ、それくらいなら」
聞くくらいは構わないが、結果誰も来ないことになる気はする。
そうなったら、大人しく一人で帰省だな。
――けど……。
五人の中で一人だけが了承して……たとえばそれがイオナだったりした場合には。
オレとしてはちょっと気まずいというか……それは良くないだろ、となってしまうが。
休みが明けたとき、他のメンバーの反応が怖くなるというものだ。
もちろんそうなる可能性は低いし、考えるだけ意味のないことだろうけれども。
「ふふ、楽しみにしてるわね。腕によりをかけてご飯、作らなくちゃ」
「誰か来てくれるって決まったわけじゃないからな。一人で帰っても文句言わないように」
「分かってるわ。それじゃあ、結果はまた連絡ちょうだいね」
「はいはい。じゃあ、また」
話を終わらせ、通話が切れる。
……報告だけのつもりだったが、仕事が一つ増えてしまったな。
まあ、誰も乗ってこないと思って、朝食の時にでもさらっと聞くだけ聞いておこう。
「……家に招く、ねえ」
中等学校まではそういう経験もなかったのだが、今回の母はやけに積極的だったな。
この学園のチームメンバーともなれば、いわゆる仕事仲間でもあるわけなので……これまで以上に気になるのは確かだろうが。
――家族に紹介するってのは、気恥ずかしいよなあ。
なるべくなら大勢か、或いは誰も来ないか。
そのどちらかになってほしいと願う、そんな心境なのだった。




