184.ロウディシア・タイムズ②
「なるほどお……多くの人たちの助けがあったからこそ、皆さんはエイヴスの危機を救うことが出来たと」
メモを取りつつ、アスタさんはこちらとメモ帳のページとを交互に見て会話を続けていた。
時間にして三十分ほど。初めは何から話せばいいものかと悩んでいたものの、コーネリア校長が流れを作ってくれ、それに合わせて喋る内に舌が回るようになってきた。
最後には盛り上がりも意識しつつ、伝えたいことを過不足なく伝えられたと自負するくらいの話は出来たと思う。
「しかし……イレギュラーですか。私も学園時代には一度か二度、対峙する機会はありましたが……世界を滅ぼしかねない個体というのが存在するんですね」
「ああ、イレギュラー自体が珍しいってのに、更にもう一段階上のヤツがいたわけさ」
対外的に伝えてもいい情報がどこまでなのかは、全てコーネリア校長の判断だった。
千年王国の存在は伏せるとして、イレギュラーについてはどうなのかと思っていたが、アスタさんはイレギュラーとの戦闘経験があったらしい。
ゆえに、学園や議会、教会等の組織が大衆にはその存在を明かしていないことも知っているので、彼に対しては隠す必要がないという判断だった。
話したとしても、ロウディシア・タイムズ側が伏せなければならないからだ。でなければ、あらゆる方面から責任を追及される羽目になる。
「あはは……あまりにスケールの大きな話で驚きました。まさかエイヴスでそんなことが起きていたとは」
「オレたちも驚きましたよ。何と言うか……本当に慌ただしい一週間でした」
舞い込んだ特別依頼、向かった異世界で遭遇したイレギュラー。
そしてバランたちの失踪を知り、イレギュラー対策チームとなったオレたちはエイヴスで数多くの困難に立ち向かった。
水面に投じられた小石が、大きな波紋を生じさせるように。
輪をかけて大きくなっていく問題に、オレたちは翻弄されながらも最後まで戦い抜いたのだ。
「一年目……それも入学したばかりでそこまでの経験をしたイマジネーターはいないでしょうね。いやあ、記事として申し分無い話でしたが、これは文面に悩むなあ」
「ロウディシア・タイムズとしては、イレギュラー絡みの事件があった場合どう編集してるんだ?」
コーネリア校長の問いに対し、アスタは少し考えながら、
「そうですねえ……基本的には危険個体とか、巨大魔獣とか表現しています。あくまで魔物ですよ、とね」
「ま、妥当だな」
「しかし、世界の存亡ともなると、ただの魔物にしちゃ些か大げさじゃないか? という話になりかねないので。そこは記者の腕の見せ所ですかね」
イレギュラーの詳細を公に出来ない以上、全ては魔物の仕業に変換せざるを得ない。
そこからどう話に現実味を持たせられるか……確かに、記事の書き手として大いに悩む部分だろうな。
「まあ、それはともかく。貴重なお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました。後はこちらでバッチリ記事にしてみせます」
「はは……よろしくお願いします。自分たちが雑誌に載るだなんて、まだ実感が沸きませんけど」
「それは誰だってそうですよ。別で取材している若手の子も、同じようなことを言ってました」
「別で?」
アスタさんの言葉が気になったので、オレはつい口を挟んでしまう。
するとアスタさんはええ、と頷いて、
「次月のネタはずばり、今後活躍する若手の特集なんです。イマジネーターである皆さんだけでなく、コンストラクターの新人にもインタビューをして、二本柱の記事になる予定で」
「へえー……じゃあ、コンストラクターにも期待の新人ってのがいるんだ?」
ルカの質問に、これまたアスタさんは頷く。
「あちらは厳格なチーム制をとっていないこともあって、抜きん出ていると評価されているのは一人だけですけどね」
「コンストラクターってのは毎年何人くらいが採用されてるんです?」
エスカーが訊ねると、
「年齢が本当にバラバラなんですが、全てひっくるめて二、三十人というところかと。辞めていく人、或いは亡くなってしまう人も同じくらいいますので、増減のバランスをとっているようです」
「ふうん……その中から一人、か」
違う組織の話ではあるが、優秀な人物の存在にはエスカーも関心があるようだ。
二、三十人の中の一人……倍率的にはオレ達より凄いんじゃないか。
「抱き合わせにしてしまっているこちらが言う台詞じゃないかもしれませんが、比べても仕方ないとは思いますよ」
「まあ、戦い方が根本的に違いますもんね……」
こちらはイマジネートを主にした戦い。
あちらは闘技と魔法だけでの戦い。
アスタさんの言う通り、物差しが違うのだから、比較することにあまり意味は無いかもしれない。
「コンストラクターの新人さんが気になるなら、それこそぜひ記事を読んでくださいな。黒曜日の発売で、皆さんには取材のお礼ということで無料送付させていただきますよ」
「わっ、ありがとうございます……!」
ルカがお礼を言い、オレたちも頭を下げる。
ギャラに加えて雑誌も無料でくれるのか。中々太っ腹だ。
発売日に届くよう手配してくれ、配達先も指定出来るそうなので、オレは実家に送ってもらうよう頼んだ。
詳しい住所を言わずとも、新聞を購読しているから顧客情報から引っ張れるとのこと。面倒が無くてありがたい。
「ふんふん、長年購読していただいているご家庭みたいですね……お母様と妹さんの三人世帯」
社用の情報端末があるらしく、その場で検索をかけているアスタさん。
世帯情報まで出てくるのか……この場でだからいいけれど、あまり口には出してほしくない情報だな。
「ふふ、妹さんが可愛くて仕方のない時期なんじゃないですか?」
「そりゃもう……って、急に聞かないでくださいよ」
「あはは、すみません。取材対象の方のことだと、色々聞きたくなってしまう性質なので……」
仕事熱心なことだ。落ち着いた印象の割には、結構プライベートな部分にも遠慮なく突っ込んでくる。
そのスタイルがトラブルの元にならなきゃいいがと、門外漢ながら心配してしまった。
「ちなみに、今回いただけるギャラってどれくらいなんです?」
そうだ、話に花が咲いてしまい忘れていたが、ギャラのことがあった。ルカが聞いてくれたのはありがたい。
アスタさんも失念していたのか、しまったという顔をして、
「お一人につき一万五千ペンドをお支払いさせていただきます。はは、取材って意外と謝礼が少ないものなんですよ。私も貰う側を経験したことがありますけど」
「いや、十分ですよ。オレたちまだ新人ですから……」
「まあ、入りたてでそれだけ貰えたら確かに嬉しいボーナスですよね」
自分がイマジネーターになったばかりのことを思い返しているのだろう、アスタさんはまぶたを閉じてうんうんと頷いていた。
コーネリア校長が予想した二桁には届かなかったが、大金が入るのには変わらない。ありがたく頂戴し、有効活用するとしよう。
謝礼については三日以内に学園の口座へ振り込まれ、そこから各自のテスタマイザーへ入金される流れとのこと。
急ぎお金が欲しいわけでもないし、特にそれで問題は無かった。
「よし……では取材も無事終了しましたし、私はこれで失礼させていただこうかと。お時間を割いていただき、感謝いたします」
「こちらこそ、取材ありがとうございました。雑誌が届くのを楽しみにしてますよ」
「はい、どうぞお楽しみに!」
ニコリと笑い、アスタさんは一度身を翻したのだが、一歩進んだところで立ち止まる。
「あ――そう言えば気になったんですが」
「うん?」
ルカが首を傾げると、
「皆さんほどの実力であれば、昇級も出来そうですが……検討してみたりは?」
「昇級……」
言われてから気が付いた。
いやむしろ、適切なタイミングが分かっていなかったと言うべきか。
流石にもう少し腕を磨いてから挑むものだと勝手に位置付けていたけれど……大先輩であるアスタさんが訊ねてくるのであれば。
オレたちには昇級出来る実力が、確かに備わっているのかもしれない。
「そうですね。早いうちに出来たらとは思います」
「ふふ……昇級した際には、続報のネタにさせていただきましょう」
それではまた、と挨拶を残して、今度こそアスタさんは応接室を出ていく。
取材を受けたのはオレたちの方だけれど……彼から学ぶことや気付かされることが幾つもあったな。
特に、昇級の話はハッとさせられた。
失敗しても損するものじゃなし、一度挑戦してみるのは確かにいいかもしれない……。
「あの……校長」
「ハ、昇級試験については生憎話せんぞ。審査する側がヒントを出すわけにはいかんからな」
「分かってますよ。でも、オレたちが適格なのかどうかは知りたいなって」
「それもヒントみたいなもんだろ。……一つ言えるなら」
校長は一度言葉を切ってから、こちらを見つめて告げる。
「最初の――つまり四級ライセンスへ昇級する生徒の平均としては、大体入学後三、四ヶ月経ったあたりが多い。それくらいの実力と評点、それに『慣れ』があれば、たとえ三週間だろうが通るだろうさ」
「……ありがとうございます」
三、四ヶ月目あたりの実力と評点……そして慣れ、か。
初めてライセンス制度のことを聞いたとき、メルシオネ教官は試験内容について、能力測定と学内評点、および実戦などで決まると話してくれていた。今の校長の言葉もそれと一致している。
オレたちがその三要素を満たせているかどうか。
或いは満たせていなくともどこまでの水準に達しているか……それを知っておいてもいいだろう。
「……お前たちにとっても、良い対談になったな。ま、頑張れ。若いうちにしか出来んことが沢山ある」
「校長が言うと重みが違いますねえ」
「うるせえ。俺もまだまだ若いさ」
エスカーの皮肉にそう返すと、校長はオレたちに背を向ける。
「俺もまだまだ――戦わなきゃならねえんだ」
それはどこか、自分に言い聞かせている風にも感じられる呟きなのだった。




