183.ロウディシア・タイムズ
そして翌日。
午前の講義を終え、昼食を済ませたオレたちは、B棟にある応接室へと向かった。
昨夜、コーネリア校長からテスタマイザーにメッセージがあり、明日の午後一時半で取材の時間を確定させたとの内容だったので、予定時刻の少し前に全員で赴いたのである。
当然ながら取材なんて経験は初めてだ。人並みに緊張はするし、息苦しさすら感じてしまう。
けれども他のメンバーだっているし、コーネリア校長も同席することになっている。味方が多いと思えば、少し気分は安らいだ。
「ハハ、ガチガチだねえ」
「嫌がってたお前の方は、案外平気そうなんだな……」
「嫌悪感があるだけで、緊張するとかじゃないからね」
エスカーは普段と何ら変わらない、軽薄そうな表情だ。
緊張しているのはオレの他、ルカとフェイの三人だった。
「おう、早めに来てくれて助かる」
応接室にはコーネリア校長が既にいて、対談のためのセッティングをしてくれていた。
記者が来ればお茶なども運ばれるよう、手配しているとのことだ。
「どうも先方は若手の記者一人で来るらしい。ま、そんな緊張する必要はないさ」
「へえ……たった一人でいらっしゃるんですね」
だとしたら、むしろ記者の方が緊張しそうなシチュエーションだ。
まあ、若手とはいえそれなりに場数を踏んでいる人ではあるのだろうが。
「あと五分ほどだ。今のうちに心を落ち着けとけ」
「は、はい」
まだ緊張の解れないオレたちに、コーネリア校長は相手さん――ロウディシア・タイムズについて簡単に説明をくれる。
ロウディシア・タイムズはメディアとして最古かつ最大手で、新聞や雑誌のほかテレビの専門チャンネルも有する、まさにメディアと言えば同社というレベルの一大企業だ。
ゴシップ染みた内容はほぼ皆無で、政治や事件、経済に関する情報を逸早く伝えるのが社の信条。その正確かつ迅速な報道によって、多くの国民の信頼を勝ち得ている。
オレも当然同社のことは幼い頃から知っているし、実家は今も新聞を購読していた。人々がロウディシアの『今』を知るのに、ロウディシア・タイムズは欠かせない存在なのだ。
「お前たちが載るのは『ロウディシア・リポート』っつう月刊誌だ。主にイマジネーターやコンストラクターの活躍、或いは魔物の警戒情報と議会の対応方針なんかが掲載される情報誌だな」
「オレ、見たことあります。そんな雑誌の記事になるんですね……」
「ああ。しかも、入学したてのイマジネーターが載るなんてことはほとんど例が無いはずだぞ」
「話題性抜群なこと。ま、記事にしたくなる理由も分かりますねえ」
入学して僅か二週間ほどのイマジネーターが、異世界一つを救った。……見出しだけでも十分目を引く記事になることだろう。
その当事者であることを、オレ自身が訝しく思うくらいだ。そんな大それたことを、オレたちはやってのけたんだよなあ……。
「……一時半。もうそろそろ来る頃か」
学園に到着した記者を、事務員がここまで案内する運びになっているそうだ。
ノックが聞こえたら、始まりの合図ということだな。
……気持ちを切り替えたところで、ちょうど扉が叩かれる音がした。
ご到着のようだ。
「失礼いたします!」
ガラリと扉が開かれ、一人の青年が応接室へ入ってくる。
校長を筆頭にオレたちは立ち上がり、記者の青年に一礼した。
「ああ……お集まりいただきありがとうございます。私、ロウディシア・タイムズの記者、アスタ=シェリオと申します」
ハキハキと喋ったアスタという記者は、オレたちよりも深々と一礼する。
くせ毛なのだろう、所々が跳ねた群青色の短髪に、やや色白の肌。丸眼鏡の奥には澄んだ緋色の瞳が伺える。
紺のスーツに身を包み、カメラを提げている姿はなるほど記者らしいが、童顔なところが少しばかりチグハグにも見える、そんな青年だった。
アスタさんが頭を上げるとすぐ、コーネリア校長はどうぞ席に座ってくれと促す。
彼が着席するのを待ってから、オレたちも同じように席に着くのだった。
「そっちが先に名乗ってくれたんで、次はこいつらに名乗ってもらうとしよう。ほらダイン、お前から頼む」
校長がお膳立てをしてくれたので、オレたちは一人一人名前を名乗っていった。
紹介の度にアスタさんはこくこくと頷き、メモを取りながら名前を復唱する。これが彼のやり方なのだろう。
「――しかし、何となく予想はしてたが……お前さんが担当記者とはな」
「はは……お久しぶりです、コーネリア校長」
「え? 二人ともお知り合いなんですか?」
親しげなやりとりに驚き、オレが思わずそう訊ねると、二人ともその通りと頷いた。
「はい。実は私、アトモス学園に在籍していたイマジネーターでして。コーネリア校長には大変お世話になったんですよ」
「コイツは九十四期生……二年前に卒業した、お前たちより六年上の先輩ってワケさ」
「だ、大先輩じゃないですか……」
オレが呆けたように呟くのを、アスタさんは大げさですよと否定する。
「私は、イマジネーターとしては大成しませんでしたから。だからこうして、ロウディシア・タイムズの記者をさせてもらってるんです」
「ハハ、それは謙遜し過ぎだと思うがな。評価としては常に上位だったはずだぞ」
「勉強はそれなりに出来ましたけど、能力は伸び悩んでましたし。イマジネーターとしての道を進むには、やっぱり力不足でしたよ」
力不足、か。たとえ全般的な評価が高くとも、イマジネーターを諦めざるを得ないこともあるのだな。
戦うことが即ち仕事である以上、知力よりも戦闘能力がどうしても重要になり、成長の見込みが無くなれば、そこで立ち止まるしかないのだろう。
……果たしてオレはどこまでやれるのやら。他人の話なのに、自分も少し感傷的になってしまった。
「あのあの、アスタさんってどんな能力を使えたんですか?」
元同業者ということで俄然興味が湧いたのだろう、ルカが勢い込んで質問する。
「あはは……何だか私の方が取材されてるみたいになってません?」
「確かに。ま、可愛い後輩に話をしてやるのも悪くはないだろ」
「ですかね。まあ、その……私の能力は特別と言えば特別、平凡と言えば平凡でした」
「ううん……?」
アスタさんの不思議な言い回しに、ルカを含めオレたちはきょとんとする。
特別でもあり平凡でもあるって、良く分からない表現だな。
「コイツは幼い頃からとあるイマジネーターに憧れを持ってたそうでな。結果、そのイマジネーターと瓜二つの能力が目覚めちまったんだよ」
「え――そんなことあるんですか?」
「それがあったんです。私はずっと憧れていたイマジネーターの始祖とも呼べる人物……アディム=ゴルディウスと同じ武器を発現してしまいまして」
照れ笑いを浮かべながら、アスタさんは語る。
世界で初めてイマジネーターになった男、アディム=ゴルディウス……まさかそんな大人物と同じ能力を、己のものにしてしまうとは。
「『鉄の時代』……それが私の能力でした。鋼鉄の剣と盾を創り出すというシンプルなものなのですが、かのアディム=ゴルディウスは同様の力で凶悪な魔物を数えきれないほど倒したそうです」
「イマジネーターの始祖にしちゃあ、意外にも単純な能力だと思っただろ? それもそのはず、当時はブースターも開発されたばかりで、心象世界を何でもかんでも具象化出来るようなシロモノじゃなかったのさ」
開発初期のブースターでは、発現出来る能力はどうしてもシンプルなものに留まっていたそうだ。それゆえ、心に焼き付いたモノとの乖離も間々あったらしい。
心を読み取って現れたのが鉄製の剣と盾っていうのは、あまりにも普通過ぎるものな。
ただ、それを見事に扱いイマジネーターの始祖、アディム=ゴルディウスは大活躍を果たした。
そして華々しい成果を上げた後、コンストラクターへ転向し、堅実に魔物を倒しつつ余生を過ごしたわけだ。
「強い憧れがあったとはいえ、それと同じ能力を具象化させてしまうと、やはり周りのイマジネーターとは差が付いてしまって。鉄の剣と盾、ですからね……そりゃ、多少は魔力の込め方で変化はつけられますが、本物の武器を持って戦うのと大差ないじゃないかと痛感しました」
「アディムと同じ能力だと、最初はチヤホヤされてたがな。それでもまあ、戦いに関しても中の上くらいはいってたと思うぞ? その能力で善戦してたんだ、もっと自信を持て」
「はは……ありがとうございます」
手放しで褒めてくれる校長に、アスタさんは恥ずかしそうに俯きつつ、感謝を述べる。
しかし、こういう話を聞くとイマジネートは千変万化だなと改めて思う。不思議な技術だ。
「それに、能力を使う機会もまだあるんだろう? イマジネート込みでロウディシア・タイムズに入社出来たと聞いたが」
「ええ、まあ。異世界へ渡れる記者はそれだけで強みですから」
「あ……アスタさん、まだイマジネートが使えるんですね?」
イオナの質問に、アスタさんはそうですと答え、
「なので私は差し詰め戦場記者というか、許可さえ取れれば直接現地取材の出来る記者なんです。業界的に戦える人材は非常に少ないんで、そこをアピールして大手ロウディシア・タイムズに入れたという次第で」
その語り口からすると、アスタさんは自身の能力を利用して入社したことをやや引け目に感じている様子だった。
一芸入社というか、その貴重さだけで他の優秀な人たちを蹴落とした……という思いがどこかにあるのかもしれないな。
「……さて! 私の話はこれくらいでいいでしょう。今日の本旨は皆さんへの取材ですから」
丸眼鏡をくいと上げながら、アスタさんはぴしゃりとそう言って姿勢を正す。
「そろそろ聞かせてくださいな。皆さんがワールドスクリプト:エイヴスでどのような活躍を果たしたのか……ね」
場の空気が変わるのを感じ、オレたちは一つ頷いてから語り始める。
はじめての取材対応。程よい緊張感の中、アスタさんと言葉を交わしながら、ゆっくりと時は流れていくのだった。




