181.一悶着と予想外の話
資料室での勉強を終え、A棟から出てきたオレたちは、ちょうど同じタイミングでヨーゼフ議長がB棟から出てくるのに遭遇した。
さっきは生徒たちが人だかりを作っていたのでよく見えなかったが、お供に部下を一人連れてきていたらしい。三十代くらいの男性が一歩後ろに付いている。
ヨーゼフ議長は憤懣やるかたない、といった面持ちで、後を追いかけるような恰好のコーネリア校長は笑顔を張り付けてはいるものの、内心辟易しているのは容易に分かった。
――それに……。
コーネリア校長の更に後ろ。
もはや校長に隠れるようにして、バランが立っている。あの感じからすると、怒っている父親に同調しているわけではないようだ。
むしろ父親のことを畏れているというか……嫌がっているような。
「いいか貴様ら。私の息子を危険に晒すということがどういうことか、しっかりと理解しておきたまえよ」
「ええ、重々承知の上です。学園は常に生徒の安全を第一に考えておりますからね」
「それが今回の結果ならとんだ笑い話だ、アトモス学園の底が知れるというもの。……二度目はないぞ」
「肝に銘じておきましょう」
口汚く罵るヨーゼフ議長に対し、コーネリア校長は終始冷静に、低姿勢に返答していた。
上手い対応だと思う反面、やはりああいう校長の姿は見たくない、というのが生徒としての本音だ。
クレーマー処理って本当に困るよなあ……。
「フン……お前たちにも計画があるように、我々にも我々の計画がある。その障害になり得るようなら、如何に学園と言えども容赦はせんからな」
捨て台詞のようなことを言うと、ヨーゼフ議長は満足したのかくるりと踵を返し、駅の方へと歩き出す。
お付きの者は慌ててそれを追いかけていった。
普段は平穏なキャンパスに響いた罵声。緊迫する空気に、周囲の生徒たちも散歩や雑談を止めて成り行きを見守っていたようだ。
議長たちがいなくなると、少しずついつものような声や足音が戻ってくるのだった。
「はあ……ビックリしたねー」
まるでようやく息が出来るという風に、大きな溜息を吐いてからルカが言う。
「だねえ。メディアとかでならヨーゼフ議長の姿は何度も見てるけど、公の場とは随分印象が違うようで」
「偉い人ってやっぱりああいう風になっちゃうもんなのかな?」
「ま、少なくともなりやすい傾向はあるんじゃない?」
というのはエスカーとイオナのやりとり。
オレもヨーゼフ議長はもっとお堅いことを話している印象しかなかったが、あれほど感情を剥き出しにして怒る人物だとは。
露骨に権力を振りかざしている感じだし、どうにも好きにはなれないタイプだ。
あれがバランの父親……ね。
「お前の父親、怒らせちまったな」
「……この件に関して学園の落ち度はありません。気にしないでもらえれば」
「救助者に働かせちまったのは落ち度みたいなもんさ。以後気を付けよう」
「最終的には俺自身が判断したことです。……ふう、今のは無かったことにしましょう」
「ハハ、そう言ってくれると助かる。すまんな」
「もういいですって」
バランもコーネリア校長が殊勝な態度だとしっくりこないのだろう、早く会話を切り上げたいという様子だ。
多分、校長も彼の心境が分かっていてそういう態度をとっているんだろうが。
「――何やら大変だったみたいですねえ?」
微妙な空気の中に突っ込んでいったのはエスカーだった。
遠慮なくスタスタ歩いていくものだから、止める間もない。
「ああ、お前たちか。情けないところを見られちまったな」
「エイヴスでの対応が悪かったと抗議を受けたんですか?」
「ま、そういうことさ。親が子どもを大事に思うのは当然のことだからな」
コーネリア校長はそう言ったが、後ろに立つバランは微妙な顔をしていた。
あの感じだと、親子仲が良い……とはちょっと言えなさそうだ。
バランの高飛車な性格は甘やかされて育ったゆえではなく、むしろ厳しく教え込まれて形成されたものなのかもな。
家族関係で苦労していなければ、あんな顔はしないだろうし。
「フン……お前ら、わざわざ来る必要も無かっただろう」
「でもほら、俺たちバランのこと心配だからさあ……」
あっさりそう言ってのけるエスカーに、バランはどの口が、と小さく呟く。
本当だ、もっと大きな声で言ってやれとオレは思ったが。
「もういい、俺は帰る。……校長も、本当に今まで通りで構いませんから」
それだけ言うと、バランはスタスタとこの場から立ち去った。……申し訳ないが、その背中だけはやはり父親と似ている。
あの議長と同じようには、ならないでほしいものだ。
「苦労しますね、学園のトップって……」
「心配には及ばんさ。大きな、そんで世界にとって重要な組織なんだからこういうことは日常茶飯事だし、上手く捌いていけねえとその長は務まらん」
星定議会だってそこは変わらないさと校長は笑う。
けれど、明らかにヨーゼフ議長はアトモス学園そのものを下に見ていた気はするけどなあ。
「それより。お前たちの方から来てくれて助かったぜ、おかげで探す手間が省けた」
「え、オレたちに何か用が?」
校長がオレたちを探していたとは何事だろう。
すぐ思いつくのはやはり、エイヴスに関連したことだが……。
「いやな、お前たちが喜ぶ話かどうかは分からんが……一つ仕事の話が入ってきたんだよ」
「仕事って、討伐依頼とか?」
ルカの問いに、校長は首を横に振る。
「すると、また異世界の調査とか……」
次はフェイが問いかけたが、これも校長は否定した。
「じゃあ、一体……」
「こいつは魔物と戦ったり調査したりって話じゃねえ。けど、イマジネーターとして重要な仕事の一つではある」
そう前置きしてから、校長はオレたちに仕事の内容を告げた。
新人イマジネーターにはまた、畏れ多いような内容を。
「お前たちには、ロウディシア・タイムズから取材の申し込みが来てるのさ」




