179.学園生活は忙しなく
ワールドスクリプト:エイヴスで起きた大事件が幕を閉じた翌週。
学園生活という日常に戻ってきたオレたち対策チームの面々は、早速ある問題に直面していた。
休み明けの黒曜日……午前中の歴史学・魔法学の講義二つを終えたルカの一言が、その全てを物語る。
「……もう既についていけないんですけど!?」
そう。五日間の不在によって、早々にルカが講義内容についていけなくなったのである。
「いや、でもさ。まだ中等学校のおさらいってレベルの話は多いぞ?」
「中等学校の授業をちゃんと聞いてる前提で言われてもさっ」
いやいや、逆に言いたい。中等学校の授業を聞いてないのだと、当たり前のように開き直るなよ。
「アハハ、三日分くらいのロスなら問題ないと思ってたけど……そうだねえ、駄目なやつもいたか」
「めっちゃ馬鹿にしてるでしょ、エスカー!」
「してるけど?」
「きいーっ!」
毎度のやりとりを見ながら、イオナとフェイはくすくすと笑っている。
ただ、チームとして笑いごとではないはずだ。成績は一蓮托生なわけだから。
『幸い、エイヴス事件での加点が大きかったので今のところはダントツの評点トップですが……一年間座学が不成績のままだと流石にまずいでしょうね』
通信越しにマルの声。彼女も言葉では深刻そうな表現をしたものの、声の感じが笑いを堪えているようにも思えた。
そりゃあこの二人の口喧嘩は面白いかもしれないけどさ。
「A棟の掲示板に表示されてた順位は確かに、一位がボクたちで二位がバランチームになってたね」
「あいつらのとこもしっかり評点に反映されてたな。だからこそ、いつ抜かされてもおかしくねえ」
ルカの言う通り、新入生チームのランキングボードは一位がダインチームで七十八点、二位がバランチームで五十七点となっていた。
エイヴス事件の解決によって、オレたちは五十点、あいつらは三十点を加算されたようだ。
もし、この加点を無かったものとするとその差はたった一点。
あいつら――主にリーダーのバランが意気込んで依頼を沢山受けていたこともあり、かなりの僅差につけていたのだ。
「午後からは自由時間だけど、どうしようかしら?」
「そうだなあ……」
フェイに訊ねられ、オレはううむと唸る。
他の一年生はきっと、迷うことなく依頼をこなしにいくのだろうが、今のオレたちがそれでいいのかどうか。
遅れている部分があるなら、早いうちにカバーしておく方が無難な気がする。
「ハハ、お悩みのようだな?」
「げ、噂をすれば……」
偶然なのか疑いたくなるタイミングで、哄笑とともにやって来たのはバランだった。
「今回の加点、メインで動いたお前たちの方が二十点多かったのは命拾いというやつだな。だが、その程度の差などすぐに埋めてやる」
「二十点、結構でかいと思うけど。……あと、依頼受けまくってまた問題起こすなよ?」
「フン、あれは依頼を請け過ぎたせいじゃない。エルフどもが襲ってきたのが悪いんだ」
流れるような責任転嫁だ。エイヴスの文化も把握せず、不用意に立ち入った方が明らかにまずかったと思うが。
「……だがまあ、自分の能力を基準にしてはいけないのは学んだ。面倒だが、今後はチーム全体のポテンシャルを考慮して依頼を請けるさ」
「どっちかって言うと、人の意見を聞けよって話じゃねえのかなあ」
「リーダーは俺だ、あいつらは黙って付いてくればいいんだよ。全く、揃いも揃って御し難い……」
そこでバランは不服そうに文句を垂れる。
どうやらあれ以降も、そりが合わずに反発することが多いようだ。
バランチームの面々も我が強い奴ばかりだし、いくら権力者の息子とはいえヘコヘコ従うのは想像出来ない。
媚びへつらってるのはレメディオくらいのものだ。
まあ、そういうチームバランスでやっていくのがバランにとっても他のメンバーにとっても良い刺激だろうさ。
「……というか、何でお前だけここにいるんだよ」
「お前たち同様、こちらも講義に対する補填を受けられたんでな。レジュメを印刷するため資料室へ向かうところに、騒いでいるお前たちを見つけただけだ」
「ああ……そりゃ良かった」
実のところ、バランたちにちゃんと勉強面での補填があるかは心配していたので、オレたちと同じ対応になったのは素直に喜ばしい。
しかし……レジュメか。そう言えば三日分の資料は朝方、データ形式でテスタマイザーに送られてきていたな。
「そっか、資料室に行けばこのデータ、紙に印刷出来るんだな」
「そんなの来てたっけ?」
「来てたよ。きみが一番危ないんだから、ちゃんと把握しときなよ?」
「うるさいエスカー」
また口論になりそうなのを放っておいて、
「サンキュ、オレたちも後で印刷しに行くよ」
「チッ……言わなきゃ良かったか。その程度のことも知らんとは考えていなかった」
「悪いな知らなくて」
「……フン、構わん。これで貸し借り無しに出来る」
貸し借り無し……ああ、そう言えばオリエンテーションのときに借りがどうとかいう話になっていたっけ。
やっぱりこいつ、律儀なところがあるよなあ。
「時間を無駄にした。そろそろ行かせてもらう」
「お前が突っかかってきたんだろ……」
「うるさいぞ――」
そのとき、学園の正門付近で生徒たちのざわめきが起きた。
「……何だ?」
気になってそちらに目を向けると、駅の方から誰かがやって来るのが、人だかりの隙間から辛うじて分かる。
その誰かに応対するためだろう、B棟からコーネリア校長が姿を現していた。
「まさか――」
ふいに、バランの顔が強張る。
何故かという疑問は、生徒たちの間から来訪客の姿が見えたときに氷解した。
「あれは、ヨーゼフ議長……?」
オレもメディアでしか見たことはなかったが、恐らく見間違えではない。
他ならぬバランの表情が、本人であることを物語っている。
「……父上」
ほとんど独り言のように呟くと、バランはオレたちのことなど忘れたかのように、そちらへ向かって歩き出す。
「あっ……」
「まあ、放っときなよ」
エスカーに肩をポンと叩かれる。……そうだな、別にあいつが父親を前にどんな行動をしようがオレたちには関係がない。
何を思って後を追ったかは分からないが、これはバランの家族問題なのだし。
「しかし、星定議会の議長様がどうして急に来たんだろうな」
「十中八九、エイヴスの件だと思うけど? 自分の息子を危険に晒しおって、みたいなさ」
「あー……あり得る」
これもエスカーの推測が的を射ていそうだ。こいつ、やっぱり勘が鋭いというか頭が回るというか。
……まあ、少し考えれば察せられることではあるだろうけど。
「俺としては、エスカー君がどちらの味方につくのかが気になるところかな」
「イヤミな言い方だねえ。ま、私もそこは気になるけどさ」
「コーネリア校長が困ることにはならないでほしいわねえ……」
ヨーゼフ議長が息子の身を案じて怒鳴り込みに来たとして、バランがそれに同調するのか諫めるのか。
あいつの心にどれだけ変化があったかを窺い知る、良い機会になるのはそうかもしれないな。
「……で、結局私たちは昼からどうする?」
イオナが話を戻してくれたので、オレは考えを述べる。
「せっかくバランがレジュメを印刷出来るって教えてくれたんだし、それで勉強した方がいいんじゃねえかな。遅れれば遅れるほど、ルカが追いつけなくなるだろうし」
「はあ……まあ、そうだよねー……」
当のルカ自身が、重苦しい溜め息を吐く。
彼女は勉強に追いつけないことを嘆いているというより、勉強しないといけないこと自体を嘆いているわけだ。
不得意なのはよおく分かったが……それでもチームのため、最低限のことは頭に入れてもらわないとなあ。
「しっかり見てあげるから、一緒に頑張りましょう? ルカちゃん」
「……ハイ、ガンバリマス」
フェイの励ましに、ぎこちない言葉で答えるルカ。
その様子に不安を感じないでもなかったが、彼女なら大丈夫さと自分に言い聞かせるしかない。
とにかく午後から勉強という方針は決まった。後はそれに備えてエネルギーを摂らなくては。
というわけで、オレたちは腹ごしらえのために美味しい昼食の待つ食堂へと向かうのであった。




