177.始まった巡礼の旅
報告がつつがなく終わり、解散の運びとなったオレたちは各々の夜を過ごす。
オレはと言えば、あの日――イオナが自身の運命を語った夜と同じように、寮の屋上へとやって来ていた。
あれからすぐエイヴスの事件に巻き込まれ、目まぐるしい日々を駆け抜けた気がするけれど、実際にはまだ一週間しか経っていない。
そう……預言は驚くほど早く現実に影を落とし、オレ達に襲い掛かったのである。
「――はあ」
一週間前をなぞるように、オレは溜め息を吐く。
ただ、この溜め息は安堵からくるものだった。
エイヴスで見た夜空も綺麗だったが、やはりこの世界の夜空が一番落ち着く。
それはもちろん、今が非常事態ではないからこそなのだろうが。
「あ、やっぱりここにいた」
声がして後ろを振り返ると、そこにはイオナが立っていた。
彼女もまた、先週の夜を思い出したらしい。
「この五日間、リーダーとして大変だったよね。お疲れ様、ダイン」
「それは皆一緒だろ。イオナもお疲れ」
オレがそう返すと、彼女はダインらしいねと呟いて苦笑する。
「しかし……夢みたいだな。オレたちが異世界を一つ救っちまったなんて」
「奇跡みたいなものだけどね。沢山の助けがあったからだと思う」
実際、彼女の言う通りオレたちだけではどうにもならなかっただろう危機は幾つもあった。
メルシオネ教官が同行してくれたことからしてそうだし、救助対象だったバランチームもサポート役を引き受けてくれ。
スキアさんやアンナさんが駆けつけてくれなければ遺跡の魔術式は発動出来なかったことだろう。
それに、現地の人たちも大切な協力者だ。まず彼らが友好的に接してくれなければ、エイヴスでスムーズに立ち回ること自体が困難だっただろうから。
アンドルーさん、テルさん、マレー族長……他にも多くの人の行いや言葉に支えられ、やり遂げることの出来た任務だった。
「ま、これでようやく何にも気にすることなく眠れるねー……あ、もしかして私お邪魔だったかな?」
「んなことないさ。久々の静かな夜を満喫してたのはそうだけど、イオナとは話したかったし」
「お、嬉しいこと言ってくれますね」
含みを持たせた返事をして、イオナはニヤリとした。
……こちらとしては、そのまんまの意味なんだけどな。
「さっきの報告のとき、イオナだけ訳知り顔で溜め息を吐いた瞬間があったろ。エスカーが対策チームへの支援の薄さを疑問視したときのことだ」
「うん。覚えてるよ」
少しだけガッカリしたような素振りを見せつつ、イオナは答える。
「あのときエスカーは引き下がったけど、多分納得はしちゃいない。校長もジャンヌさんも、何もかもを打ち明けたわけじゃないと理解しつつ、これ以上の詮索は無駄だと判断したんだろう。……そのことについて、イオナは何か知ってるのか?」
「何かって?」
「つまり――創設されたばかりの対策チームがメイン戦力にされたことについて」
オレの問いかけに、イオナは少しだけ口を噤んで空に目を向けた。
「……知ってるんだ」
「知ってる?」
「そう。コーネリア校長とジャンヌさんは、私が女神イオナの代行者であるということを知ってる。教会から伝えられてるんだよ」
「それは――」
女神イオナの預言には、預言者自身が戦う必要があることを示す部分があったという。
ゆえにセラフィス教会は、イオナをイマジネーターとしてアトモス学園に入学させた。
そして彼女はイレギュラー対策チームに選出され、戦い、終末ノ獣を退けて滅びかけた異世界を一つ救うことに成功した……。
「つまり、敷かれたレールの上……だったのか」
「言い方が悪い。……でもまあ、言ってしまえばそんな感じのものだけどさ」
たしなめるように言ってから、イオナはまた一つ、オレに秘密を打ち明ける。
「私が詠んだ預言の中には、世界へ迫る危機についての言及があった。その上で、預言者は子羊を伴い、巡礼の旅に出なければならないともね」
「子羊……仲間を連れてってことか?」
天使であるルマンちゃんは、オレたちに向けて『子羊たちの頑張りに期待』と語っていた。
あのときはただ、人を子羊呼ばわりなんて下に見てるな、くらいにしか思わなかったが……預言に沿った表現だったらしい。
「預言者が仲間とともに異世界を巡り、戦わなくちゃならないなら」
その預言をも彼らが知っているならば。
詠まれた通りに預言者を動かさねばならないと決めたならば。
イレギュラー対策チームとは、とどのつまり……。
「これは、イオナのために創られたチーム……」
「……そういうことになっちゃうねえ」
彼女の言葉は、諦めのような、或いは弁解のような力ないものだった。
「そうか、なるほどな……やっと腑に落ちた。だから支援以上のことが出来ないわけだ」
「手が足りない、というのも確かな理由だとは思うけどね。ただ、預言者が戦いに身を投じることを定められている以上、その役目を奪いかねない事態は生んではならないって考えが念頭にあるんだよ」
「預言に相違する状況を生まないために……」
世界の危機に対し、立ち向かうのは他ならぬ預言者であり。
周りの者たちは、そのサポートに徹する必要がある……そういうことなのか。
「けど、それはあまりにも……」
過酷過ぎる、という言葉をオレは呑み込む。
馬鹿だ。そんなこと、言わなくても彼女はよく理解しているのに決まっている。
一週間前、戦い続けてやると彼女は宣言していたけれど。
その戦いが斯様に苛烈なものであることを、既に彼女は受け入れていたのだ……。
「でもさ、私はまだ覚悟があるからいいのですよ。むしろ、他のチームメンバーに申し訳ない気持ちがいっぱいでね」
「それは……イオナが選んだわけじゃないんだろ?」
「もちろん。学園が素養ありと見込んだ精鋭たちがメンバーになったのです」
「精鋭、ね。そう言われるとオレは光栄だと思っちまうが」
エスカーなんかは面白がりつつ、自分自身がその役目に嵌め込まれたことについては嫌がりそうだ。
後の皆も……事実を知れば、なんでそんな大役に選ばれちゃったんだと怖気づきそうだよなあ、流石に。
「優しいねえ、ダインは」
「なっちまったからには全力でやるしかねえってだけさ。……それに、お前に言ったこともちゃんと守りたいしな」
「あ――」
イマジネーターとして一緒に戦って、一緒に卒業して。
それから先の未来も、のんびり楽しくやっていく。
たとえその道が如何に困難であったとしても。
乗り越えなければイオナも、世界すらも救うことが出来ないのだから。
「……ありがとう、ダイン。私も同じ気持ちだよ。なっちまったからには、全力でやるしかねえってね」
「繰り返されるとなんか恥ずかしいな」
「ふふ。……ダインと、皆と一緒に戦えること……とても嬉しくて、心強く思ってるよ」
「そりゃ良かった」
イオナが微笑んでくれるのに、オレも同じように返す。
「……でさ。ついでに一つ聞いておきたいんだけど」
「なあに?」
答えは出ないものだと思っていたことだが、彼女になら聞いてもらうだけ聞いてもらいたい、という気持ちになったのでオレは話してみる。
「終末ノ獣との戦いで、オレはよく分からねえ力を目覚めさせた……そのおかげで獣を倒すことが出来たわけだけど、一体全体あれは何だったんだろうな」
「ダインに分かんないんじゃ、私にも分かんないと思うけど?」
「はは、そりゃそうなんだが」
想像通りの答えを返される。
思えば入学式の日……イオナにブースターを手渡され、初めてイマジネートを発動させた時も似たような展開だった。
突如として現れた真っ白な心象世界……門を開いて手にした力。
誰しもああいう世界で、己の能力と向き合うような時間があるのかとも思ったのだが、イオナは通常そんなことはないと否定する。
だったら尚更、オレの力は摩訶不思議なものだ。
「アルニオン……世界に眠りし力との繋がり……」
「繋がり?」
「ああ。心象世界の中で、オレの力をそう例えてくれた人がいたんだけど……」
ユリアンという名の男。
父と同じ名を持つ彼のこともよく分からず……ただ単に、無意識で父を求める心が具現化しただけの存在なのかもしれず。
極大な世界の謎と同様に、心の中に広がる極小の世界の謎もまた、いずれは解かねばならないもののように思われた。
エクリプス……あの男が教えてくれたワードが、今は縋るべき数少ない手掛かりだろうか。
「イオナはエクリプスって知ってるか?」
「……エクリプス? 確か私たちが生まれる前に起きた、日蝕と月蝕事件のことじゃなかったっけ」
「日蝕と月蝕――」
イオナに言われて何となく記憶が掘り起こされる。
歴史の授業で僅かに触れられた程度だったが、オレが生まれるより少し前にそんな事象が起きたんだったっけ。
「急にどうして?」
「いや、その心象世界の男がちらっと口にしてたからさ」
「……そっか。太陽や月が侵蝕されちゃうって、何だか夜明けとは対照的に思えちゃうけどね」
「まあ、確かに……」
日没とはまた違うけれど、太陽や月の光が失われるというのは不吉な感じがする。
教科書でも、それが凶兆ではないかと世間で囁かれたという記述があったはずだ。
ただ、エクリプスはその日一日で収まったらしいが。
「……でもねえ」
「うん?」
「ダインのその力は、きっと人々に夜明けを見せてくれるものだよ。私はそう信じてる」
――イオナ。
優しく微笑む彼女に、オレは何を返せばいいのか迷い、結局何もかもを飲み込んでしまう。
自らの運命に、ひたむきに抗う彼女。
嘘偽りの感じられない真っ直ぐな言葉。
その頑なさの裏に、彼女の隠した弱さがあるような気がして……そこに奇妙な予感のようなものを覚えて。
今は踏み込むべきじゃないと思ったのは、オレの方の弱さだった。
「世界に課せられた試練だか何だか知らねえが。必ず拝んでやろう、その夜明けってヤツを」
「……うん、必ずね」
……一つの巡礼を終え、そしてまた新たな巡礼の時はやってくる。
オレたちはまだ幾つも、この旅を続けねばならないのだろう。
全ての終わりが――人類の夜明けがいつ訪れるものなのかは分からないが。
とにかくオレたちに出来るのは、歩みを止めないことだけなのだ。
下弦の月を眺めながら。
オレは先に待ち受ける旅のことを、ただぼんやりと思うのだった。




