176.王国の野望と天使の思惑
「……以上が、エイヴスで起きたことの全てです」
ある種クローズド・サークルのような状況に陥った異世界エイヴスで、オレたちが経験してきたこと。
その全てを話し終えると、コーネリア校長とジャンヌさんは各々小さく息を吐いた。
「通信である程度やり取りは出来ていたが、事細かに聞くと改めてそのとんでもなさが思い知らされるな」
「私もまた、あちこちに出張っていたからね。断片的にしか把握していなかったが、目まぐるしい五日間だったようだ」
イレギュラーが出現し、滅びの兆しがある異世界エイヴスの調査……という主題は変わらなかったものの、目の前に現れる問題はころころと姿を変え、オレたちを悩ませ続けた。
バランチームの救出から始まり、行方不明となった顧問魔術師のディオン=マナリーを探して森の奥地へ。そこで千年王国と対峙し、奴らの生み出した巨大なイレギュラーとも戦い。
最後にはエイヴスそのものを裏切ったディオンが、千年王国の仲間とともに終末ノ獣と呼ばれる怪物を召喚し、とうとう表出した世界の危機にオレたちは必死で立ち向かった……。
「ジャンヌさんは最初、イレギュラーの発生するワールドスクリプトには滅びの危機が迫っていると説明してくれましたが……それは結局、終末ノ獣のことを仄めかしていたんですか?」
この中で一番情報を握っていそうなジャンヌさんへ、オレは質問を投げかける。
「いや、決してそれだけではないんだ。獣が現れずとも滅んでしまう世界はある。イレギュラーの増加、そして還元によって引き起こされる最も直接的で暴力的な世界の崩壊――それが終末という事象だと思ってくれた方がいい」
「そうだな。規模の小さな世界だと、イレギュラーだけでも滅びる可能性はあるし、そもそもその世界特有の問題で既に生命がほとんど死に絶えちまってることすらある。終末ノ獣が召喚される世界ってのは、裏を返せばちょっとやそっとじゃ滅びないはずの世界とも言えるのさ」
本来ならば、滅びるはずのない世界。
それがイレギュラーの増加によって歪み、終末ノ獣が産み落とされて……消滅してしまう、か。
コーネリア校長の言う通り、その異世界の抱える問題が滅びのきっかけになるなら悲しくとも自然の摂理と思えるが、イレギュラーが絡むと事態は変わって見えてくる。
あの千年王国が企てたように、人為的にイレギュラーを造り出すという摂理の捻じ曲げすら可能なのだから……。
「だから結局、イレギュラー問題の対処にあたる者は原因を探らなければならないというのが基本原則だ。君たちが向かってくれたエイヴスにおいては、その原因が千年王国だったというわけだね」
「あいつら、これまでにも色んな星で悪さしてるの?」
ルカがやけに敵愾心を露わにしながら訊ねる。
テルさんのことがあったからかもしれないが、彼女は千年王国に本気で怒っている様子だ。
「……そうだね。関わってしまった以上は千年王国についても説明せねばなるまい。この組織が具体的にいつ設立されたのかは定かでないが、二十年ほど前には既に活動を確認している。今回、ディオン=マナリーが五十年超という歳月をかけて終末を起こそうとしていたことから考えると、我々が把握していたより遥か昔から、王国は活動を続けていたことになるだろう」
ジャンヌさんはそう語る。
ただ、彼女の表情は落ち着いていて、千年王国が昔から存在していたことを特に驚いてはいないようだった。
実態の確認はとれずとも、古い組織だということは既に予想されていたのかもしれない。
「奴らは当時から、様々な研究を行っていたようだ。魔術工房イマジナルのような技術開発もそうだが、非人道的な研究……それこそ人間を実験台にして改造しちまうようなことも繰り返されていたらしい」
口に出すのが憚られたのだろう、コーネリア校長は少しだけ躊躇った後、昔から組織が人体実験を行っていた事実を告げた。
……エイヴスでもなされていた非道な実験が、もっと以前から既に行われていたとは。
むしろ、その成果としてエイヴスでイレギュラーが量産されてしまうことになったのか……。
「千年王国は、幾つものワールドスクリプトを股にかけてそうした許しがたい活動を続けている。ただ、奴らは隠れ身が上手くてね。どこかの世界で活動が確認されれば、主に星定議会からの指示で制圧に向かうことになっているんだが、そこまでの状況に至ることがほとんど無かった」
「お前たちが通信や転移を妨害されたことでも分かるだろうが、奴らの技術水準はかなり高い……それこそ魔術工房と同等くらいにはな。だから組織を潰そうにも、尻尾すら中々掴めねえのさ。今回ディオン=マナリーを倒し、その目論見を御破算にしたってのも凄えことなんだよ」
千年王国の野望を阻止したことと、終末を食い止めたこと。
結果的にやることは一つだったが、オレたちは二つの意味で大きな仕事を成し遂げたわけだ。
「ま、欲を言えばディオン=マナリーをひっ捕らえて王国の情報をもっと聞き出したかったところだがな。あんなことになっちまったら仕方ない」
ディオン=マナリーの最期。
赦せるわけではないが、あれはあまりにも哀れな末路だった。
「今回掴んだ情報だけでも有意義だよ。議会や教会と共有して調査に当たらなければならないことだって出てきた」
「私たちが聞いた幾つかの名前や言葉……ですね」
神妙な面持ちでフェイが呟く。
それにジャンヌさんもコーネリア校長も同意を示した。
「千年王国と言う組織の頂点に立つ者……リーダーの名が『サタン』と呼ばれていることは、既に情報としてある。そして『オットー』という人物の名も把握はしていたのだが、構成員の一人が『オットー様』と口にしたことから、王国内でも相当地位の高い人物だというのがこれで新たに分かった」
ディオンが死に際に呼んだのはやはり、千年王国のトップに立つ人物の名だったのだ。
一方、イオナが聞いたオットーという名前も、その右腕レベルには重要な立ち位置の者と思われる。
しかも、彼女はあえて説明をぼかしていたが、預言者であるイオナを持ち帰れば喜ぶと奴らが語っていたなら、オットーは研究者としての側面を持っているのではないだろうか。
これについてはジャンヌさんと校長も同じ考えのようだった。
「後は『いのちの書』というワードだね。これは奴らが語っていたことから推察すると、世界の滅びを乗り越えて生きていく……『自分たちが未来に生きる命として記述される』という目標を表す造語なんじゃないだろうか。もしかすればもっと深い意味があるのかもしれないけれども」
「この言葉については、議会はともかく教会の方で何か知ってるかもしれねえからな。先の名前と合わせて共有し、調べていくことにするさ」
二人の説明に、オレたちはとりあえず頷いた。
報告する側の身としては、お偉方の対応について何も言えるわけがないのだし。
「……ま、兎にも角にもだ。危険な組織として長年追っていた千年王国の目的がようやく明るみになり始め、しかもその手段がワールドスクリプトを滅ぼすことときた。だったらこの先、イレギュラー問題に対応するお前たちは頭に入れとかなきゃならねえ」
「イレギュラー発生の裏に、千年王国がいるという可能性を……ですね」
オレが答えると、コーネリア校長はその通りと返す。
「エイヴスのような事態がまた発生する可能性は高いだろう。あそこまでギリギリの状態になっちまったんだ……恐らく千年王国は動き始めた」
「エイヴスだけじゃない、長い時間を費やして進めてきた滅びの計画を、順次実行に移す段に来ている……そんな仮定も、決して荒唐無稽じゃないだろうさ」
複数のワールドスクリプトを滅ぼしていく計画。
それは、自らが……千年王国の民が生き続けていくために。
ああ、荒唐無稽だとは思わない。
あのときディオン=マナリーは確かに、人々が淘汰されねばならないと口にしていたのだから。
この世界には幾つものワールドスクリプトが存在する。
淘汰するというのなら、たった一つで済むなんてことはきっとない。
奴らの計画はまだ、動き始めたばかりなのだ。
これから先、また別の異世界が奴らによって踏みにじられていく――。
「……そんなことは、絶対にさせない」
気付けばオレは、そう口にしていた。
「自分たちが生きるために他の世界を滅ぼすなんて、ただの侵略だ。あのときディオンは綺麗事だと吐き捨てたけど……オレはそんなこと、許せない」
――要は自国の存続のために他国を攻め滅ぼすってことやん! 身勝手とちゃうか……!?
終末ノ獣を産み落とした直後、王国の目的を告げるディオンに対し、エステルちゃんが放った台詞が蘇る。
オレも全くその通りだと思っていた。綺麗事かもしれないけれど、他者を蹴落とす以外の方法を探し求められないのかと。
「ああ、我々も同じ気持ちだ。そもそもイマジネーターとは『世界全ての平和を護る』もの……イレギュラー問題はその一つであり、また別に悪の組織が平和を脅かそうとしているのなら、それとて許すわけにはいかないのだから」
ジャンヌさんがそう言い切ってくれたことを嬉しく思う。
憧れた人が同じ気持ちでいてくれることは、とても心強い。
「……けれど、千年王国はどうしてそんな考えに至ったのかしら」
疑問を口にしたのはフェイだった。
「ああ、自分たちが生き残るためというのは分かるんですけど、まず彼らはどこで世界の仕組みみたいなものを得たのかと……」
「エイヴスでの経緯を鑑みるに、考えられるのは天使の存在だろうね」
ジャンヌさんはさらりと自身の考えについて述べる。
「今回、ディオン=マナリーはルマンという天使と協定を結んでいた。最終的に求めるものが異なっていても、終末ノ獣を産み落とすというところまでは共通の目的だったわけだ。この関係がエイヴスに限らず、千年王国と天使たちの間で結ばれている可能性は高い」
「天使、たち――」
その言葉に少し驚いたが、別に不思議なことではないのだ。
セラフィス教会における教えの中にもちゃんと示されている……人々の下に困難や危機が訪れたとき、天使たちが喇叭を吹いて進むべき道を示してくれるのだと。
ルマンと名乗ったあの少女だけが天使なのではない。天使は他にも存在する。
そして、千年王国の野望に利害の一致を見出し、歪な協力関係を築いている、と……。
「セラフィス教会や星定議会が管理している、或いはそれより踏み込んだ世界の仕組みを知っていることについても、考えられる情報源は天使だからね。天使が知識を与え、千年王国が計画を立てて実行する……そうした流れが出来上がっているんじゃないだろうか」
「天使は人類に対して敵でも味方でもないと語っちゃいたが、試練だとかのたまって終末ノ獣をけしかけてくるのなら、少なくともこちら――人類側から見りゃ敵に違いねえ。ゆえに俺たちは、千年王国と天使っつう二つの勢力を相手どることになっちまうんだな」
千年王国と天使……どちらも底の知れない集団だ。
奴らの知識も能力も、ロウディシアのそれに肉迫する……ともすれば凌駕してしまうほどのものかもしれず。
イレギュラー対策チームとして活動していく以上、この勢力との戦いは恐らく避けて通れない……。
「それだと、さっきの話を蒸し返しちゃいますけど、なおさら俺たちだけじゃ対処しきれない事態が出てきそうですけどね。本当にこの育成計画、大丈夫なのやら」
「もちろん、お前たちだけに任せるわけじゃねえ。ジャンヌさんは普段からあちこちで問題対処にあたってくれているし、他にもイレギュラー対策メインで動いているイマジネーターはいる。いずれはイマジネーター全体として考えなくちゃならねえ話だ。……それに、無理強いもしねえさ。自分には荷が重いと感じたら、その時はいつでも下りてくれて構わないと思っている」
「残念ではあるけれどね。世界の平和が大切とはいえ、そのために君たちの命を蔑ろに出来るはずもない」
エスカーの疑念に対し、二人の返答はどちらかと言えば弱気にも思える。
ただ、その考えもさっきの延長線上にあるものだ。他の誰かが犠牲になるような選択を良しとは出来ない、という。
だから彼らは委ね、オレたちは選ぶ。
夜明けを迎えるために戦い続けるかどうかを。
「……私は降りません。ジャンヌさんの言ったように、結局はこれもイマジネーターの果たすべき使命ですから。望んで武器を取った以上、私は戦い抜きたいです。人類の夜明けを見るためにも」
最初に改めての意思表明を行ったのはイオナだった。
そんな彼女に感化されてか、
「ボクも当然続けるよ。ああいう奴らを野放しにしておけないし、ボクらにはその力がちゃんとあるんだから」
「そうね。人が息づく世界……その滅びを前に、私たちが何もしないのは嫌だわ」
「私も、多くの命が失われるのを良しとは出来ません。皆さんとともに、この任務を果たしたいと考えています」
他の面々も対策チームという船を降りるつもりがないことを宣言した。
「……というわけだけど? エスカー」
ここで皮肉交じりにルカがエスカーへ呼びかけると、エスカーはやれやれと肩を竦め、
「はいはい。君らがやる気に溢れてるから、ちょっとストッパー側に回ってみただけだよ。イオナの言う通り、イマジネーターになった以上は世界の平和に貢献するのが筋でしょうし、俺も特に辞める気はありません」
いつもの天邪鬼というか、あえて反対意見を出してオレたちに再考させたかったというわけだ。
嫌味っぽくも見えるけれど、エスカーみたいに冷静な奴が一人はいた方が思考の偏りを防げるから、大事な役割に違いない。
まあ、普段はそこまで深く考えて憎まれ役を買って出てるわけじゃあないだろうけど。
「リーダーもそうでしょ?」
エスカーに振られ、オレはジャンヌさんたちに向き直ってから頷く。
「異世界に滅びの危機が訪れ、オレたちにはそれを救う力があった。続けないはずもありません」
だって、とオレは続ける。
「オレたちを英雄と呼んでくれた人がいた。対策チームへ勧誘してくれたあの日ジャンヌさんが言ったように……オレたちは世界を救う英雄に、確かになれたんですから」
それは、イマジネーターとしての矜持だとオレは思う。
「……フフ、きみたちならそう言ってくれるだろうと期待していたよ」
本当かどうかは分からないが、ジャンヌさんはそう言って微笑む。
「ありがとう。そして、これからもどうかよろしく頼む」
「……はい、こちらこそ」
ジャンヌさんの言葉にオレは固い決意で応じる。
仲間たちの目も、同じ気持ちであることを表していた。
こうして、エイヴスで巻き起こった事件の報告は終わり。
オレたちはようやっと、静かに眠れる夜を迎えることが出来るのだった――。




