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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
第一の巡礼 悠久原生世界_エイヴス
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175.イレギュラーを巡る考察

 食事を終えたところで時刻は午後六時二十分だったので、オレたちは一度自室に戻って落ち着いてから、予定の時間に校長室へ向かうことになった。

 休憩が長いと眠気が押し寄せてしまうので、これくらいが丁度良い。

 円滑に報告が出来るよう、オレはソファにどっかりと腰を下ろし、五日間の出来事を思い返す。

 ……改めてだが、こうして自分の部屋で一人になると、あの激しい戦いの連続が嘘のようだ。


 ――イレギュラー……千年王国……それに終末ノ獣、か。


 本当に目まぐるしい日々だった。次から次へと障害が立ち塞がり、ほとんど気の休まる瞬間が訪れなかった。

 今回の事件が例外的なのか、はたまたイレギュラー絡みの事件は総じてこれくらい深刻なのか。

 オレたち対策チームが末永く向き合っていかなければならない問題として、前例などは知っておきたいところだ。

 コーネリア校長……或いは教会の人間に取り次いでもらって、少しでも情報を得ておいた方がいいだろうな。


「……さてと。そろそろ行くか」


 ひと時の気持ちの整理を終え、オレはおもむろに立ち上がり、部屋を出た。

 エレベーターホールには、ちょうど他の四人が揃っていた。マルだけは上級生なので階層が違っていたが、同じエレベーターに乗り込んできてくれる。

 こういう時、何だかんだでちゃんと連帯感があるのがリーダーとして嬉しい限りだ。

 学生寮のD棟を出て、演習場とC棟を過ぎてB棟へ。

 そして廊下を進み、目的地である会議室へ入った。


「おう、来てくれたな」


 オレたちの姿を認め、校長がニヤリと笑って声をかけてくる。

 室内には既にメルシオネ教官がいて、席に掛けたままこちらへ軽く会釈してくれた。

 テーブルを挟んだ向かい側には校長だけでなくジャンヌさんもいる。まあ、彼女もイレギュラー対策の第一人者なのだからいて当然だ。

 むしろ、オレたちを導いたのは校長というより彼女なのだし。


「うんうん、時間通りで結構。それじゃあメルシオネ君を真ん中にして座ってもらおうかな」


 ジャンヌさんに促され、オレたちも二人と向かい合う形で席に着く。

 会議室での対談……ふと、対策チームへの就任を打診されたときを思い出した。


「改めてだが、まずは本当にお疲れ様だったね。イレギュラー対策チームとしての役割をしっかりと全うしてくれて、私たちとしても鼻が高い」

「ぶっちゃけた話、途中からは新人イマジネーターが対処出来るレベルを余裕で超えていた。支援があったとはいえ、任務を達成出来たのは奇跡的なことだ」


 何となく分かっていたことではあるものの、ストレートに校長から言われると重みがある。

 奇跡的……か。エイヴスを救ったこともそうだが、全員無事に帰還出来たことも喜ばしいことだよな。


「殉職してたかもしれませんしねえ。俺もぶっちゃけると、ここまで対策チームが頼られるとは思ってませんでしたよ」


 ここでエスカーが棘のあるコメントを校長とジャンヌさんにぶつける。

 確かこいつは参加を検討する際、同期に差を付けられるからという理由で賛成していた。

 対策チームに入ることへの危険性をあまり認識していなかったのではとも思えるが、こいつの場合は何か違う気がする。

 口では適当な事を言いつつ本当は常に思慮深いし、自分が選択したことを安易に他責化してしまう奴でもないはずだ。 

 なら、求めているのは多分謝罪などではない。

 満たしたい好奇心がある――要するに、何かを勘繰っているんじゃないか。


「王国の妨害があったにせよ、支援の手が薄かったように思えるのは気のせいですかね?」

「うん、エスカーくんの言いたいことも尤もだ」


 エスカーの口撃に、ジャンヌさんは平然とした様子で応じる。


「その点について、実を言えば確かに裏はある。非常に繊細な問題なんだが……現時点ではイレギュラーの存在をあまり広められなくてね」

「つまり?」

「教会側がイレギュラーについて、可能な限りの情報制限をと要請していて、これに星定議会も同意している。初めに話をしたとき、一部のイマジネーターのみに周知されていると答えたが、戦闘能力に関わらずまさに一部だけなんだ。ベテランのイマジネーターですらイレギュラーを知らない者は多い」

「だから、そもそも助けに来られる人員が限られていた、と」


 イレギュラーの存在を認知している者しか候補に出来なかった、というわけか。

 話していることの意味は分かるが、それに対しても『なぜ』という疑問が出てくるような回答だ。


「どうして教えないんです? いずれにしても、俺たちを皮切りにして今後は生徒たちにイレギュラーへの対応を指導していくはずでは」

「ある程度軌道に乗り始めればね。そのために、都度教会にお伺いを立てなければならないが」


 この問題についてはどうやら、かなり教会の意向が強いらしい。

 しかし、それもまた『なぜ』だ。


「……彼らにはもう、話しておいてもいいんじゃないですか?」


 そこでジャンヌさんに投げかけたのはコーネリア校長だった。

 ジャンヌさんはほんの少しだけ悩む様子を見せた後、


「ま、見てきたきみたちならいいだろう。他言無用を約束してくれるのなら」

「ええ、もちろん」


 エスカーが貼り付けたような笑顔を浮かべる。完璧なビジネススマイルだ。

 他の面々――イオナ以外は――これからジャンヌさんが何を話そうとしているのか、興味深げに待っている。


「今回エイヴスで、千年王国という組織は終末ノ獣を召喚するためにイレギュラーを造り出していた。イレギュラーという歪んだ存在の変質したマナが星へ還元されてしまうことで、ついに発生するのが終末ノ獣……というのは教会が語っていたね」


 オレたちは頷く。


「そして千年王国は、イレギュラーをどんな風に造っていたか。……そう、奴らは人間をイレギュラーに変貌させていたんだ」


 初めからそう生まれた魔物とは違い、イレギュラーは普通の生命体が何らかの理由で変質してしまったものだというのも、チーム任命時の説明で聞いていた。

 ……ただ、そう言えばしれっと話を進められ、説明されなかったことがある。

 生命体がイレギュラーへと変質してしまう理由とは何なのか――。


「教会は、生命体がイレギュラーへ変質してしまう理由を、生命体が持つ特有のもの――つまり『心』に起因していると推測している。こう言えば分かりやすいか……イレギュラーは、『自分もイレギュラーになり得る』という畏れを読み取って感染するウイルスのようなものではないか、と」

「まさか――」


 俄かには信じられない話だ。

 心の弱さに漬け込まれ、イレギュラーへと変質させられてしまうだなんて。

 だとすればどのような人間でも、その心の状態によってはイレギュラーへ変貌してしまう危険性があることになってしまう。


「でも、私たちはイレギュラーを前にしても特に変調は無かったわよね……」


 少しばかり青ざめた顔で、フェイが呟く。

 怖くなるのは当然だ。もしかしたら自分もイレギュラーになっていたかもしれないと、告げられたようなものなのだから。


「ああ、だから教会のそれはあくまで推測だし、他にも種々の条件があるだろうとは今も調査研究されている。……ここまでで、言いたいことは分かったかな?」

「イレギュラーの存在を認識させること自体が、ともすれば新たなイレギュラーの発生源を作ることにもなりかねない……そういうことですか」


 エスカーの回答に、ジャンヌさんはその通りだと首を縦に動かした。


「それはそれで、俺たちを内緒で実験台にしたようなものですけどねえ」

「そこは申し開きのしようもないね。ただ、イレギュラーの対策が喫緊の課題であるのに存在を広めるのにリスクがある……この矛盾は常に頭を悩ませているんだ」

「結果として、変質については伝えないのがベターだろうということで計画をスタートさせたんだ。杞憂なのかもしれないが」


 ジャンヌさんの後に、コーネリア校長がそう続ける。

 この二人も、どう動けばいいのか迷いながらこのカリキュラムを進めようとしている……と。


「……なるほど、とりあえず納得しました。自分の身に関わることだったもんで、すみませんね」

「いや、当然の権利さ。むしろ良い機会だったと思っているよ」


 ただ、口では納得したと答えつつも、エスカーはまだ完全に承服した様子ではなかった。

 あの夜語っていた通り、疑り深いのはこいつの性分だろうが……この問題について分からないことが多いのも事実だ。

 校長やジャンヌさんはあえて知っていることを話さないのか、それとも二人も知らないことばかりなのか。

 何にせよ、全てが明白になったわけではない。

 これ以上は、今ここで議論しても平行線なのだろうけれど。


「……ふう」


 イオナが小さく溜め息を吐くのが目に入った。

 ……後で彼女に訊ねてみるのもいいかもしれない。


「さて、では話を戻すとしよう」


 ジャンヌさんがパチンと両手を合わせる。


「エイヴスで起きたこと、見聞きしたこと……その報告を詳細にお願いするよ」


 その問いかけに、オレたちはしっかりと頷いた。

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