172.さらば、エイヴス
アンドルー邸を出たところで、オレたちは想定外の出迎えを受ける。
アーテミーの住民たち、それにアンパッサのエルフたちまで十数人ほどが待機していて、声を掛けてくれたのだ。
「皆さん、この国を護っていただいて本当にありがとうございました……!」
「今回の事件を通して、自分を見つめ直すきっかけにもなった。私も礼を言わせてもらいたい」
他国の自分たちが言うのも何だが、きっと事件が起きる前には滅多に無かった光景だろう。
ヒトとエルフが気持ちを同じくして同じ場所にいる、というのは。
外的要因と内的要因、オレたちは二重の意味でエイヴスを救うことが出来たのかもな、とも思う。
少々自惚れ過ぎかもしれないが……まあ、一所懸命に頑張ったのは事実なので大目に見てほしい。
「もうお帰りになられるんですか?」
「また遊びに来いよ!」
方々から声が投げかけられ、オレたちは照れながらもとりあえず会釈を返す。
また遊びに来い、と気さくに言ってくれるのはありがたい話だな。
住民たちに見送られながら、オレたちは街を南に下っていく。
この特徴的な街並みとも、しばらくお別れだ。
学園の食事や自室が恋しいのは当然だが、エイヴスでいただく食事も高台から見る夜景なども同じように恋しくなっていた。
また、必ず訪れよう。歓迎してくれる人たちのためにも、何より自分たちのためにも。
「……さて、ここまでかな」
拠点である建物の前まで到着したところで、アンドルーさんが足を止める。
一応、転移装置など異世界の住人には見せられないものもあるため、建物内までは立ち入らせないことになっているのだ。
傍から見れば家に帰るのを見届けられているようでシュールだが、これも決まりなので仕方ない。
「また貴方がたがこの扉を抜けてくるのを、楽しみにさせてもらうよ」
「ありがとうございます。我々以外の学園の者にも、優しく接していただけると助かります」
「もちろんだとも。約束しよう」
アンドルーさんは力強く頷いて、必ず約束を守ると強調した。
「それにしても、さっきの方々はアンドルーさんのサプライズだったりするのかしら?」
気になっていたのかフェイが訊ねると、
「フフ……まさか。皆、自分たちの意思で見送りにと集まったのだろう。面映ゆいかもしれないが、貴方がたは間違いなくエイヴスの英雄なのだから」
「英雄……」
確かにそれは面映ゆい。
エイヴスを護ってみせたことは自負しているけれど、英雄とまで呼ばれると大げさじゃないかなあ、と思ってしまう。
……でも、他でもないこの世界の人たちにそう評されるのであれば、甘んじて受け入れよう。
それが、イマジネーターとしての本懐なのだし。
「貴方がたがまた訪れる頃までには、この街もアンパッサの里も、何とか復興を成し遂げていたい。そして来年の豊饒祈願の祭には、ぜひ訪れてほしいものだ。このエイヴスがどう変わったのかを、見てもらいたいのでね」
「私たちも、その日を楽しみにさせてもらいます」
教官は、さきほどのアンドルーさんの言葉を贈り返す。
ヒトとエルフが手を取り合い、変わっていくエイヴス。……オレもその未来が楽しみだ。
「……では、私たちはこれで。最後になって申し訳ありませんが、長らくお世話になりました」
「はは、構うことはないさ。これからも、どうかよろしく頼む」
「こちらこそ」
アンドルーさんとメルシオネ教官は、固く握手を交わす。
互いの信頼を、これ以上なく示すものだった。
……そして、オレたちはアンドルーさんに別れを告げて、拠点の扉をくぐる。
転移装置の前までやって来て、コネクタを取り出す。
「……さらば、エイヴスってな」
「ハハ、感傷的になっちゃって」
「そりゃ、なりもするだろ。これだけとんでもねえ経験したらさ」
「ま、記憶に残る五日間だったね」
これがオレたち、イレギュラー対策チームの初任務か。
今回だけでも十分苦しんだのに、これ以上の事件が続くのだとしたら、流石に気が重いな。
……まあ、選択してしまったのだから、可能な限り向き合っていきたいが。
少なくとも、星一つを救ったという実績は出来た。
決して不可能ではないと、自信は付けられたように思う。
「それでは戻りましょう……私たちの世界、ロウディシアへ」
メルシオネ教官の号令で、オレたちは順にコネクタを繋げる。
五日ぶりにあの感覚が襲い、オレの肉体はエイヴスを離れてロウディシアへと転送されていった……。
*
『ワールドスクリプト:エイヴスからの転送完了。お疲れ様でした』
転移を終え、これまた懐かしいアルカード星書院の転送室が目の前に広がった。
視界がブレる気味の悪さは治まったが、疲労困憊の体にこの感覚はちょっとキツい……。
後からやって来た何人かも、悪酔いしたような表情を浮かべていた。ケロリとしているのはエスカーにスキアさん、メルシオネ教官とアンナさんくらいか。
イマジネーターじゃないのに、平然としていられるアンナさんは凄いな。
「ふう……無事に戻ってこられましたね」
『ロウディシアへの帰還を確認、長期間の任務お疲れ様でした。オペレートもこれにて終了ですね』
「ああ。マルもお疲れ様、一足先に休んでくれ」
「どうしましょうかね。お言葉に甘えさせてもらいますか……』
欠伸が遠のいて、そのまま通信が切れた。
彼女も彼女で、やはり限界が近かったらしい。
千年王国の妨害によってオペレートが行えない期間もあったけれど、その間も復旧作業に尽力してくれていたのだろうし、常に忙しかったはずだ。
チームの大事な一員として、しっかり心身を休めてほしいと思う。
「俺も疲れた! 早く学園のベッドで寝たいぞ……でも、その前にメシも食いたいな……」
「せやなあ。テッドだけやなくて皆思てるやろね」
「うん……私もヘトヘト。私たちでこれなんだから、ダインくんのチームは凄いよ」
「皆精一杯動いてたんだ、そう変わりはしないさ。何なら、そっちは捕まってた心労とかもプラスされてるだろ」
「まあ、それはあまり思い出したくないことでござるなあ……」
アンパッサで牢屋に捕えられていた時のことは、やはり苦い思い出になっているようだ。軽はずみに言うべきではなかったか。
元凶であるバランは苛立っているのか気まずいのか、そっぽを向いてしまっている。
こいつも、汚名を返上したと言ってもいい活躍はしてくれたけどな。
「私はここで失礼させていただきます」
転送室を抜けたところで、アンナさんがオレたちに告げた。
「何せ、ほぼ一日中仕事を投げ出していたようなものですからね。決裁書類などが山ほど溜まっていそうです」
「いやあ……この度は申し訳ありませんでした。ですが、アンナさんがいなければあの状況は打開出来なかったと思います」
メルシオネ教官が頭を下げるのに、アンナさんは止してくださいと首を振る。
「私が決めたことですから。そして……その選択を、心から良かったと思っていますので」
そう答える彼女の笑顔は、屈託のないものだった。
「それでは、また」
「はい、それでは」
別れの挨拶を交わし、アンナさんは廊下の向こうへ消えていく。
それを見送ってから、オレたちも玄関ホールへ向かい、アルカード星書院を後にした。
星書院を出てすぐの駅には、ありがたいことにもう列車が停まっている。
ちょうどもうすぐ、学園へ出発するところのようだ。
オレたちは急いで列車に乗り込み、椅子の背もたれに体重を預ける。
そこで疲れがどっと出て、凄まじい眠気が襲ってくるのだった。
「ようやく学園に帰れるなあ……ふわあ。ベッドが恋しいけど、もうここで寝ちゃうかも……」
そう言って一分もしないうちに落ちたのはルカだ。
オレも眠るなら柔らかいベッドがいいのだけれど、規則的な心地よい揺れや、差し込む茜色の夕日がとてつもなく眠気を誘ってくる。
ふと周りを見ると、テッドくんを始めとしたほとんどの者が夢の世界へと旅立っていた。
「……ま、今日くらいはな……」
誰にともない言い訳を呟きつつ、オレも静かにまぶたを閉じる。
ほどなくして、世界は深い闇の中へと沈んでいくのだった……。




