171.この世界のこれから
報告を受けたオレたちは急ぎアンドルー邸へ向かい、目を覚ましたテルさんと面会させてもらうことになった。
絶対安静なので面会には人数と時間の制限が設けられたが、全然構わなかった。話せるだけでもありがたい。
面会はオレたちのチームと教官、合わせて六人までは了承をもらえた。バランチームは待機だったので、お礼と励ましの言葉だけは預からせてもらった。……まあ、バラン以外のだが。
使用人に案内され、ノックの後に扉を開けると、テルさんはベッドから上体を起こして、窓の外の青空を見つめているところだった。
「……おはようございます、テルさん」
「あ――皆さん。はは、おはようございます」
照れ臭そうに返したテルさんは、しかしすぐに痛そうに肩を押さえる。
額や腕、あちこちに包帯が巻かれていて、命に別状が無いといっても酷い怪我なのには違いなかった。
早く完治すると良いのだが。
「すみません、助けていただいて……。皆さんがいなければ俺、あそこで死んでしまってたと思います」
テルさんは笑顔を見せながらも、謝罪の言葉を口にしてペコリと頭を下げる。
「いえ、むしろ助けが遅くなったことを謝りたいくらいです。テルさんが住民の方々を懸命に護ってくれたとお聞きしましたよ……ご立派でした」
メルシオネ教官がそう返すと、テルさんはまた照れた様子ではにかんだ。
「……綺麗な空ですね。あのときの空色が、嘘のようです」
「ええ、本当に。でもこれは、テルさんも含めてみんなで取り戻した空ですよ」
「あはは……いいこと言ってくれますね、ダインくん」
テルさんは喜んでくれたが、エスカーは気障な台詞だねとニヤついていた。
そういう気障な台詞の一つや二つ言いたいくらいには、嬉しく思っているのだ。茶化されるのは少しばかり心外である。
「あのあの、テルさんから教わった技、すっごい役に立ちました。ありがとうございます!」
「それは何よりです。良ければどんどん使って、自身の技に昇華させてくださいね、ルカちゃん」
「はいっ」
伝えたかったお礼を直接伝えることが出来て、ルカも満足げだ。
テルさんから学んだ浸透掌……確かに大活躍だったものな。
「……あの人、ディオンはどうなったんですかね」
「彼は我々との交戦中、終末ノ獣に襲われ……命を落としました」
教官があえて淡々と答えると、テルさんは頷き、
「そうですか。……身近にいた人が実は悪人で、俺たちを裏切って、その上自滅みたいな死に方をしたというのは何というか、呆気にとられるばかりですよ」
「五十年以上もアーテミーに貢献しつつ、裏では今回の事件を画策していたわけですもんね。恐ろしい人だったけれど、最期はちょっと惨めだったわ」
フェイが惨めだったと評するのも分かる。
自信満々だったあの男は、しかし自らが産み落とした終末ノ獣に喰らいつかれ、あっさり命を奪われることとなった。
そう言えば、ディオンは死に際に気になることをいくつか口にしていたな。学園に帰還したら報告しなければ。
「ええ、少なくとも街には多大な貢献をした人でした。イースティン家のお株が奪われるほどには。でも……これからは、俺が頑張らなくっちゃいけないでしょうね」
「そうだねえ。あの顧問魔術師の代わりを務めるとすれば、元々その立場にいたはずのイースティン家の者が適任だろうし。忙しくなるね?」
「はは、激励と受け取っておきますよ、エスカーくん」
まあ、実際にそれはエスカーなりの激励だろう。
これからテルさんが忙しくなるのは間違いない。
アンドルーさんや街の人たちにはますます頼られることになるだろうし、頑張ってほしいものだ。
「皆さんは、この後どうされるんですか?」
「こちらでの仕事は片付きましたし、転移装置も修復が完了しているので、今日にもロウディシアへ帰還する予定です」
「寂しくなりますね。いや、数日しかご一緒してないのに、言うような台詞じゃないかもですけど」
「そんなことないですよ。ボクも寂しいなって思います」
ルカが首を振ってそう答えた。
オレだってそうだ。滞在期間は数日だったけれど、とても密度の濃い日々だった。
この世界を好きになり、護りたいと思い、そして護り切った。寂しくなるのも自然なことだ。
「ふふ、また来ようよ。魔物の討伐依頼は定期的に出るだろうし、そうでなくても渡航が禁止されてるわけじゃないんだしさ」
「イオナ……。うん、そうだよね。いつでもまた来ればいいかっ」
イオナの前向きな言葉に、ルカはニコリと破顔する。
今後の討伐依頼、場所がエイヴスかどうか確認することになりそうだ……他ならぬオレ自身も気にしてしまうだろうし。
「ぜひ、また来てくださいね。待ってますから」
そう言って笑うテルさんに、オレたちも笑顔でもちろんと返すのだった。
まだ話し足りない気持ちはあったが、面会の制限時間が過ぎたので使用人の方が知らせにやって来る。
オレたちはテルさんに別れを告げて、部屋を後にした。
面会を終えリビングに戻ってくると、次はアンドルーさんに声を掛けられた。
ロウディシアへ帰還する前に、今回の顛末について詳しく聞いておきたいとのことだ。
オレたちが学園に報告する義務があるように、エイヴスの実質的トップである彼にも事件の詳細を取りまとめておく義務がある。
断るわけにはいかない申し出だ。無論、そんな気もさらさらないとして。
待機していたバランチームも一緒になって、オレたちは食堂でアンドルーさんとしばし情報共有に勤しんだ。
山頂での決戦はバランたちも知らないことなので、彼らも興味津々で耳を傾けてくれたのだった。
「……ディオン=マナリー。執念の男でしたね」
アンドルーさんはその顔を思い起こすように瞼を閉じる。
家族ぐるみで長年付き合ってきた男だったのだ。悪人には違いないが、色々と思いが廻るのも無理からぬことだろう。
市政という面だけで見れば、ディオンの存在によってアーテミーが繁栄してきたこともまた事実に違いないわけで。
「でも、顧問魔術師の不在はテルさんが埋めてくれると思いますよ。彼、ちゃんと決意は固めていましたから」
「フ、元よりそのつもりだ。テルにはしっかりと、私の右腕として働いてもらわなくては。アーテミーだけでなくアンパッサの復興、ヒトとエルフ間の交流の深化に、ロウディシアとの外交も重要になってくる。手をつけなくてはならないことは山積みだ、町長として頭が痛くなる思いだよ」
「とは言いつつ、嬉しそうな顔をしてらっしゃいますが」
「前向きに、未来の話が出来るのだからね。不安が無いと言えば嘘になるが、希望の方が圧倒的に大きい。貴方がたが力をくれたわけだ」
オレたちが力を与えた……か。
精一杯戦い抜いた姿が、そうして人々の心を動かせたのなら、本当に良かったと思う。
「しかし、大変なのは事実だ。エイヴス全土が甚大な被害を受けたし、アーテミーの北方に隆起した火山は元に戻る気配もない。獣の消滅に伴って、火山活動は完全に無くなったようだがね。あの山に、緑が生い茂るのはいつになることやら」
「千年王国が残した、厄介な置き土産ですね……一日も早く、美しい自然が戻ることを祈っています。ロウディシアからも、要請に応じて人員の派遣は出来ると思いますし、人手や知恵を借りたいというときは遠慮なく依頼をかけてください」
「ああ、そうさせてもらうとするよ。ありがとう」
教官の言葉に、アンドルーさんは軽く頭を下げる。
「エイヴスのこれからを、どうか暖かく見守り、ときに支えてほしい。そしていつか、我々も貴方がたを支えられるようになれば、喜ばしい限りなのだが」
「……ええ、その時が訪れるのを、私たちも楽しみにしています」
異世界間が支え合える未来……。
ワールドスクリプトとは『書物の中の世界』だとオレは教わってきたし、ロウディシア全土で当然の如くそう教育されているが、その表現には陥穽があると言わざるを得ない。
書物の中にあるとしても、ここには確かに世界がある。冒険小説のような虚構ではなく、『本物』がここに存在しているのだ。
……だとしたら、ワールドスクリプトとは何なのだろう。
それらの上に存在するロウディシアと、どのような構図になっているのだろう。
何か奇妙な感じがするのだが、考えはもやのようになってまとまらない。
ただ間違いなく言えるのは、このエイヴスだって対等な『世界』だということだ。
「……さて、これにて任務も全て完了でしょうし、私たちは本国へ帰還するとしましょうか。……そろそろここに留まるのも限界、という者もいますし」
教官が横を見たので、バランがまた苛々してるのかと安易に考えたが、限界なのは彼の方ではなかった。
先ほどから大人しいとは思っていたけれど、テッドくんが椅子に座ったまま舟を漕いでいた。……ああ、こりゃ限界だな。
「了解した。名残惜しくはあるが、引き留めるわけにもいくまい。せめて見送りくらいはさせてもらおう」
せっかくの提案なので、もちろん快諾する。
というわけで、テッドくんを――それなりの時間を要して――起こしてから、オレたちは転移装置のある拠点へと向かうのだった。




