170.滅びの空は過ぎ去りて
終末ノ獣を無事に討伐したオレたちは、疲労困憊の体を何とか動かし、一時間ほどかけて決戦の地となった火山を下り切った。
山の麓にはアンドルーさんをはじめ住民たちや、バランチームにスキアさんといったアトモス学園の面々も待っていてくれ、オレたちを暖かく……というよりもはや熱烈に迎えてくれたのだった。
「貴方がたのことを信じていた。……エイヴスを救ってくれたこと、心より感謝している……」
「我々の役目を全うしたまでです。ですが、本当に……獣を退けることが出来て、良かった」
「うむ……見事なものだ。我々も強くあらねばならんと、心底思わされた」
メルシオネ教官に感謝を述べているのは、アンドルーさんとマレー族長。
二人の長は、これまで抱えていた蟠りもすっかり無くなった様子で、互いの心境を素直に語っているようだった。
大人たちの話を横目に、オレたち対策チームも労いの言葉を各々から受ける。
意外にも、最初に声を掛けてきたのはあのバランだった。
「フン、無事に帰ってきたか」
「ああ、おかげさまであのバケモノは討伐出来たよ」
「俺たちが出張らずに済んでホッとした。面倒なことこの上ないからな」
皮肉っぽいのは平常運転だが、バランなりに褒めてくれたのは雰囲気で分かる。
なのでオレは素直に受け入れたものの、エスカーだけはこちらも相変わらずで、
「上流階級のバラン様には荷が重いだろうからねえ」
「何だと? 俺が本気になればあんなヤツ……」
と、ちょっとした口喧嘩が始まってしまうのだった。
やれやれと首を振っていたところに、
「ええと、本当にお疲れ様でした……! バランくんはあの調子ですけど、皆とても心配してたんですよ」
「そうそう。ホンマ心臓に悪かったわ。信じてる言うても、もしものことがあったらって思うんは仕方ないしなあ」
エレンちゃんとエステルちゃんが来て、そう話しかけてきた。
続いて男性陣……サラルとテッドくんもやって来る。
「流石の活躍でござったな。こちらも最低限の役目は果たさせてもらったが」
「でも、精一杯頑張ったぞ。ぶったたき甲斐のある敵だったしな!」
実際、バランチームが担ってくれた街の防衛も重要な役目だ。
おかげで作戦開始以降に負傷者は出なかったらしいし、彼らだって功労者に違いなかった。
……そして、功労者は他にも。
「スキアさん。遺跡までの護衛、ありがとうございました」
「なに、君たちが果たした大役に比べれば微々たるもの……協力出来たことを嬉しく思う」
スキアさんは謙虚だ。彼女が助太刀に来てくれていなければアーテミーの被害はこの程度じゃ済まなかったのだし、もっと胸を張ってもいいのに。
まあ、そういうところが彼女の良さなのだろう。
「ふふ……スキアさんたちに護られながら、私も無事に役目を果たすことが出来ました」
スキアさんの後ろからやって来たのはアンナさんだ。
晴れやかな表情の彼女は、オレたちにペコリとお辞儀をしてくれる。
「アンナさんは古代文字の解読だけでなく、遺跡に仕掛けられた魔法の発動そのものも行ってくれたのだ。起動部隊最大の立役者は彼女だろう」
「いえいえ……私は用意されていたものを使っただけのこと。真の意味で立役者がいるのだとしたら……それはきっと、スレイマン=ヘリングなのじゃありません?」
アンナさんの言うことも一理ある。
エイヴスという世界の滅びを見越し、天使ルマンとともにあの機構を造り上げた魔術師……スレイマン=ヘリング。
彼の魔術式が見事に発動され、終末ノ獣を弱体化させたからこそ、オレたちは激闘の果て、勝利を収めることが出来たのだ。
とは言っても、遥か昔に遺されたものを読み解き、発動することに成功したアンナさんだって十分に凄い。他の誰にも真似出来ないことだ。
「しかし、天使と話していたときに貴方が語っていた縁とは何だったのですか?」
ずっと気になっていたのだろう、スキアさんがおずおずと切り出す。
アンナさん、そんなことを話していたのか。オレもそれは気になるな。
「それは……秘密です。女には一つや二つくらい、秘密がある方がいいものですよ」
「……ハハ、分かりました」
まるで少女のように、口元に指を当てて答えるアンナさんに、スキアさんもそれ以上の追及はしなかった。
秘密にしておきたい縁……か。あの遺跡に関係するのなら、真っ先に魔術師スレイマンが浮かぶのだが……まさかなあ。
「ま、とにかく。これで諸々終わったんだ……ようやくロウディシアに帰れる」
口喧嘩を終わらせたバランが、溜め息交じりに言った。
こいつが悪い部分も多々あるけれど、巻き込まれて酷い目に遭ったのは事実だ。溜め息を吐きたくなる気持ちも分かる。
他のチームメンバーも大なり小なり疲労の色は窺えるし、帰ったらゆっくり休んでほしいと思う。
オレたちも、ベッドに倒れたらすぐ爆睡だろうな……それに、身体の痛みは何日も続きそうだ。
「滅びを乗り越えて、エイヴスはこれからも続いていく。うん、対策チームとして大手を振って帰れるよ」
「だな。最初の任務としては大成功……というか奇跡みたいなもんだろ。コーネリア校長には相応の加点を期待したいもんだ」
「ね。この青空を取り戻したこと、ちゃんと評価して貰わなくっちゃ」
イオナが笑う。滅びの過ぎ去った青空の下で、オレたちは清々しい気持ちを味わっている。
完璧だったわけではない。この世界が負った傷は深いし、立ち直るのには長い時間がかかるだろう。
それでもオレたちは――人は確かに示せた。終末という試練を乗り越え、明日へ進んでいけることを。
今はそのことを、誇りに思っていいはずだ。
「皆さん、ご報告が!」
集まっていたオレたちのところに、アンドルー邸に仕える使用人の男性が駆け寄ってくる。
何事だとつい身構えてしまったのだが、男性の表情はどこか嬉しそうに見えた。
それもそのはず、彼が携えてきたのは、一つの吉報だった。
オレたちに――とりわけルカにとって喜ばしい報告。
「つい今しがた、テルさんが目を覚ましました。医師の方も、もう命の危険は無いとのことです」
それが、この場面の最高潮を飾る出来事になった。




