169.終末に、抗え④――覚醒
心象世界を抜け、オレは元居た現実へ回帰する。
いや、実際のところここにいるオレはどこかへ消えていたわけでもなく、全ては自分の心の中で起きていたことなのだろうけれど。
とにかくオレは、皆の待つ世界へと戻ってきた。
「ダイン!」
最初に聞こえたのはイオナの声だった。
喜びに満ちた声……それだけで、何となく安心出来る。
だが、事態をひっくり返すのはここからだ。
まだオレたちの前には、倒すべき巨悪が大きな口を開いて待ち受けている――。
「ダイン、その姿……」
「……へえ?」
ルカやエスカー、他の面々もオレの姿を見て感嘆の声を漏らす。
自分の視点では全体を確認出来ないが……周囲に光が舞い散っているのは少なくとも見て取れた。
溢れる魔力の光だ。
それから、いつの間にか髪が伸び、おまけにこちらも白く輝いているようだ。
額にも魔力の輪のようなものが生成され、長くなった前髪を上げて留めている。
なるほど、これだけの変化があれば驚くのも無理からぬことだろう。
「――アルニオン=エイヴス」
世界との繋がり、その第一の名。
アルニオン=エイヴス――オレが手にした、新たな力の名前だった。
「なんて、神々しい……」
フェイがオレの姿に見惚れながら、そう呟く。
……流石にそれは気恥ずかしいが、闇の霧と比べれば光の粒子は美しく見えるのに違いない。
『あ――皆さん! 終末ノ獣の魔力凝縮が止まりました……攻撃してきます!!』
もう猶予が無くなったことを、マルが伝えてくれる。
上空にいる終末ノ獣は体全体が深紅に染まり、上向いた口腔には巨大な火球がぐるぐると渦巻いていた。
……ただ。
『……? 変ですね、獣のエネルギー出力が明らかに低下している……』
「それって、あのでっかい火球を作ったせいじゃないの?」
『いえ、ブレスも含めて全体の魔力が減少しているようです。何故なのかは分かりませんが……』
ルカの問いに、困惑しながらもマルは答える。
オペレーターとしては、突然の状況変化はプラスであれマイナスであれ、理由が知りたいと考えて当然だろう。
まあ、オレたちとしてはこの状況、理由なんて後で分かればいい。
勝利への可能性が高まった、その事実だけで今は十分だ。
「……ダインくん。教官である私がこんなことを言うのも申し訳ないですが……きみの持つその不思議なイマジネートに、賭けさせてほしい」
心苦しさを顔に滲ませながら、メルシオネ教官が心情を吐露する。
オレは一つ頷いて、
「ええ。……倒しましょう、あのバケモノを」
イマジネートに変化が生じたものの、やはり扱い方は自然と頭に入っている。
アルニオン=エイヴスが武器としてとる形は――。
「――白き勝利の弓士!」
魔力が右手に集い、白に輝く弓を創り出す。
それは、オレの身長ほどにも達する長大な弓だ。
ここまでの大きさだとさぞ重そうに見えるが、自在に動かすことが出来るくらいには軽い。
矢として番えるのはエスカーの氷弓と同じで、こちらも自身の魔力から生成したものになるようだ。
『獣からの攻撃……もう間もなくです!』
「ああ、分かったぜ――」
マルの警告を受け、オレは一度深呼吸をしてから長弓を構える。
それから左手に魔力を集中させ、この弓の大きさに相応しい矢を創り上げていく。
このとき初めて気付いたが、オレの背中……肩甲骨の辺りに魔力の結晶らしきものが羽のように二本浮いていて、それが矢へと変換される仕組みのようだった。
要するに、最大弾数は二発というわけだ。
『三、二、一……来ます!』
獣の双眸がオレたちの方にギロリと向けられる。
開かれた口から極大の火球が一瞬収縮し、そしてブレスとして撃ち放たれた。
「防御の準備を!」
メルシオネ教官が指示を出す。
オレのカウンターが上手くいく保証はないわけで、失敗したときに備えるのは当然だ。
そうしてもらえた方が、オレも安心して全力攻撃が出来る。
「……行けえぇえッ!」
魔力を注ぎ込んだ一矢を弓に番え、終末ノ獣へ向けて――放つ。
オレの持てる力全てを込めた、これが最大級の迎撃……!
引き絞った弦を離すと同時に、凄まじい衝撃波が周囲に巻き起こった。
周りの皆もたまらず腕で顔を覆っている。
オレ自身に返ってくる衝撃も相当のものだった。腕だけでなく足先までジンジンと痺れるほどの反動。
だからこそ、この一撃が強力なものであるのは疑いようもない――。
「ぶつかる……!」
フェイが声を漏らす。
チームの皆が、固唾を呑んで白い軌跡を見つめている。
放たれた矢は、一直線に深紅の業火を目指し――そして。
「あ――」
白き矢が、ブレスを左右に斬り開いた。
真ん中から真っ二つに裂かれたブレスは、まるで塵のように霧散していく。
一方で矢の勢いは衰えることもなく、そのまま本体を――終末ノ獣を狙って突き進み。
獣の右翼を貫いて風穴を空けると、天高くへと消えていくのだった。
「……凄い! 凄いよダインっ!」
ルカが目を輝かせながら、両手を胸の前でぐっと握り込んで声を上げる。
イオナも嬉しそうに頷いているし、フェイも凄いものを見たという風に呆けていた。
エスカーは笑みを浮かべて何かを考えている顔だし、メルシオネ教官に至っては瞳を潤ませている……教え子の活躍に感動した、といったところだろうか。
いずれにせよ、皆が皆起死回生の一撃を喜んでくれていて、オレはとてつもない高揚感に包まれていた。
……だが、まだ勝負が決したわけではない。
終末ノ獣があれで斃れたわけではないのだ。
『終末ノ獣、損傷及び著しいエネルギー低下によって墜落……ですが、戦闘不能というわけではなさそうです』
「皆さん、ダインくんが作ってくれたこのチャンスを逃さないよう、獣に総攻撃を!」
「はいッ!」
片翼を失い、地上へ墜ちてくる終末ノ獣。
その落下地点めがけ、オレたちは一斉に攻撃を仕掛ける。
「氷槍……!」
「浸透掌っ!」
魔力を失った獣の外皮は脆く、これまで通用しなかった攻撃でも十分にダメージを与えられるようになっていた。
エスカーの槍が、ルカの拳が、獣に大きな傷を負わせていく。
「刺突刃!」
メルシオネ教官の強烈な一突きは、獣の右脚を貫通した。
その痛みにも、獣は弱々しい鳴き声を上げるのみ。もう、相当体力を消耗している様子だ。
羽をもがれ、脚を潰され、最早逃げることも叶わず。
あれだけ圧倒的な力の差を感じていた終末ノ獣は今や、地に伏し醜く喘ぐことしか出来なくなっていた。
「――フラクタ!」
「――ライトニング!」
イオナとフェイも、魔法での連携攻撃を決める。
倒れた獣に大波が襲い、ずぶ濡れになったところを鋭い雷が襲う。
感電した獣は全身を痙攣させ、悲痛な叫びを漏らした。
『**……***……ッ!』
死に瀕した獣は、まさに死に物狂いで反撃を試みてくる。
残った片翼に炎をまとわせ、その翼ごとオレたちにぶつけてきた。
「甘えッ!」
必死の攻撃を、しかしオレは黒の盾で受け止める。
アルニオン=エイヴスの能力を使っている状態でも、黒霧の力を併用することは可能のようだ。
しかも、心なしか力が補強されている気がする……恐らく、オレ自身の基礎能力が向上しているのだろうな。
「ナイスだよ、リーダー!」
賛辞の言葉をくれたエスカーは、翼を踏み台にして大きく跳躍する。
そして右手に生成していた氷槍を振り被り、頭部を狙って投擲した。
『***……!!』
氷槍は極めて小さな的――つまり眼球を貫いた。
左眼を潰された終末ノ獣はまた悲鳴を上げ、苦しみにもがく。
「ビンゴ」
「ふん、ボクだって!」
自分も見せ場を作りたいと、ルカも奮闘する。
身を屈めて駆け、獣の前で跳び上がると、残された左眼に渾身の蹴りをお見舞いした。
血や体液が飛び散るのに、ルカはまずいという顔をしてすぐさま飛び退く。
やり遂げたことは凄いのだが、直接攻撃だと返り血を浴びることは想定しておけよとツッコミを入れたくなった。
『皆さん、獣のエネルギー反応が尽きかけています……もうあと一息です!』
マルの声にも熱がこもっていた。
イレギュラーによってイマジネーターとしての未来を奪われた彼女。
終末ノ獣というイレギュラーの親玉と呼んでもいい存在を討ち倒すことは、過去を乗り越えられることにも繋がるのだろう。
だからこそ、自然と熱くなるのも当然のこと。
その思いも連れて、オレたちは絶対に勝利を掴む――!
「……これで、終わりだ」
残されたもう一本の矢を番え、しっかりと獣の頭に狙いを定める。
獣は両目を失ってなお、がむしゃらに抵抗しようと体を広げる。
その巨体で圧し潰そうとしてくる獣へ、ギリギリと弦を引き絞り――オレは最後の一撃を、撃ち込む。
「喰らえ……ッ!」
放たれた白き矢は、大地を削りながら突き進み……寸分違わず、終末ノ獣の頭部を撃ち抜いた。
『****……ッ!!』
断末魔の叫び。
青黒い血液を撒き散らしながら仰け反った終末ノ獣は、最期にビクリと身を震わせた後、ゆっくりと地面へ崩れ落ちる。
その巨体に似合う轟音を響かせ、土煙を巻き上げて……倒れた獣はもう、二度とは起き上がらないのだった。
「……勝っ……た……」
オレは呆然と呟き、そんな自分の言葉で以て少しずつ実感を得ていく。
エイヴスを滅ぼさんとした大いなる災い――その根源を、討ち払うことに成功したのだと。
そして、
「……ったああぁあ! やったよ、ダイン、皆っ!」
ピョンピョンと飛び跳ね、全身で勝利の喜びを表現するルカを見て、やっとオレたちの胸にも熱いものが込み上げてくる。
「ああ……ああ……!」
「凄いよ、ダイン! 私たち……終末ノ獣を、倒しちゃったんだ!」
興奮のあまり、イオナやルカがオレに飛びついてくる。
オレも喜びを爆発させたかったのだが、その前に揉みくちゃにされて身動きが取れなくなってしまう。
「ちょっ……待て待て、エスカーも笑ってないで助けろよッ」
「アハハ……いいじゃない、勝利の立役者なんだから。流石はリーダー、魅せてくれるねえ……!」
相変わらずの皮肉屋だけれど、エスカーも嬉しいのは事実のようだ。
それは当然だよな、世界を崩壊させてしまうようなとんでもないバケモノを、教官との共闘とはいえ、まさかのオレたちが倒してしまったんだから。
信じられないし、話だけをしたって誰も信じてくれそうにないことだ。
だけど、これは間違いなく現実。
獣はここに斃れ、オレたちはここに立っているのだから……!
「……皆さん、本当によくやってくれました。お恥ずかしい限りですが、私だけでは終末ノ獣どころか、千年王国を退けることも出来ていなかったでしょう。……教官として、皆さんのことを誇りに思います」
「メルシオネ教官……」
さっきもそうだったが、教官の目が涙で潤んでいる。
優秀な生徒とともに戦えて良かったと、心の底から思ってくれているのが分かって胸が暖かくなった。
『……私も、こんな場面に立ち会う日が来るとは思ってもみませんでした。終末ノ獣……イレギュラーの親玉を皆さんが討伐出来たこと。オペレーターとして戻ってきた自分の選択を、正しかったんだとようやく認められそうです』
「そう思ってくれるなら良かった。マルもここまでオペレート、ありがとうな。何度も助けられた」
「はい。まだまだ精進させてもらいますから』
こちらこそ、これからも精進しつつ、存分に頼らせてもらいたいものだ。
「……うん。ヒトの力、見届けさせてもらった。まずはお見事……だね、おめでとう」
頭上から声を掛けられて思い出す。
そう言えば、この戦いには観客もいたのだ……天使という超常的存在の観客が。
「おめでとう、ね。これでオレたち人類に夜明けってヤツを拝ませてくれたら嬉しいんだけど――?」
あえて挑発的に、オレはそんな言葉をぶつけつつルマンちゃんの声がした方を振り返る。
……しかし、彼女の姿はもうどこにも見当たらないのだった。
「……チクショウ。結局最初から最後まで、あの子の掌の上って感じだな」
「それが天使って存在なんだと思う。けどいつか……ギャフンと言わせたいもんだね」
後ろから、イオナがポンと肩を叩いて、笑いかけてくれる。
彼女の言葉に、オレはそうだなと頷いた。
「あ――ねえ、みんな見て……」
空を見上げながら、フェイがオレたちにそう促す。
言われた通りにオレも空を見やると、そこには素晴らしい光景があった。
「終わったんだ……」
赤黒く染められていた終末の空が、ゆっくりと元の色を取り戻していく。
赤い空から、青空へ。これ以上なく日常を感じさせてくれる、元通りの空へ……。
「……まるで、夜明けみたい」
イオナがこちらにだけ聞こえるように、そう呟く。
オレも同感だ。暗く苦しみに満ちた夜が明け……希望に満ちた朝がやって来たような空。
きっとまだ、これは預言に示された本当の夜明けではないのだろうけれど。
それでもオレは、これもまた一つの夜明けに違いないさと笑うのだった――。




