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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
第一の巡礼 悠久原生世界_エイヴス
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168.終末に、抗え③――門扉

 白の世界。

 オレが初めてイマジネートを顕現させた時、突如として現れた空間……。

 謎だらけの場所だったが、よもやこんなに早く再訪することになろうとは、あの時は思いもしていなかった。

 けれど……。


「……ここが多分、オレの力の根源みたいなものなんだろうさ」


 護るための力を願い、オレはこの空間に投げ出された。

 そこで一つの門が佇んでいるのを見つけ、滲み出す暗黒が己の力であることを認め、扉を開いたのだ。

 ただ、あの日暴走した力は意識の喪失とともに鳴りを潜めてしまい、扱い易い出力で固定化されてしまっていた。

 それについてオレは、恐怖心が無意識にセーブをかけていると思い込んでいたのだが……どうも違う気がする。


 ――声が、聞こえたんだ。


 意識が沈んだ後、夢現の中でオレは確かに声を聞いた。

 記憶が曖昧で、もうほとんど覚えてはいないけれど……あれはオレの能力に言及する会話だったように思う。

 暴走した力を、学園にいた誰かが抑え、留めてくれた。ゆえにオレは以降も問題なく能力を行使出来たのではないか。

 そして今、オレはもう一度門のある世界に立っている……。


「何となく誰かってのは予想が付くけど……今考えることじゃないな。重要なのは……」


 悪夢の力が溢れる門を開かねばならない、ということだ。


「さて……どこにあるやら」


 こんな殺風景な世界だ。

 物体があれば嫌でも目に付くだろう。

 実際、初めて訪れたときはすぐに門が見つかった。

 今回だって、さほど苦労はしないはずだ。

 ……と。


「……あ?」


 思わずオレは、呆けた声を漏らしていた。

 何故なら……一面の白い景色の中、オレは探し求める門以外のものを見つけてしまったからだ。

 しかも、予想だにしないものを。


「ひ……()?」


 そう、この白い世界に、どういうわけか見知らぬ人物の姿があった。

 まだ遠くにいてハッキリと風貌を認識出来たわけではないが……これまでに会ったことのない人物なのは間違いなさそうだ。

 ただ、そもそも本当に人間かどうかも分からない。

 この世界はオレの心象世界なのだ。人間を模った何か……なのかもしれない。


 ――まあ、確認しないことには分からないよな。


 小さく息を吐き、オレは謎の人物の元へと歩き出す。

 近づくにつれ、そのディテールが分かるようになる。

 年齢は四十から五十の間……相応に歳を重ねた壮年男性だ。

 髪は焦げ茶色、ボサボサで後ろは背中の辺りまで伸びている。邪魔にならないようにか、オールバックかつ後ろはゴムか何かで留めているらしい。

 目は切れ長で射竦めるような眼差し。鼻の彫りは深く、顎髭もそれなりに蓄えている。

 着ている服はすっかりボロボロになってしまっていて、長年着込んでいることが容易に分かった。

 総評すると、老練の戦士というのがピッタリな人物である。

 男は、歩み寄るオレのことを静かに見つめていた。

 彼との距離が程近くなったところで、オレは歩みを止める。


「……あのお……」


 恐る恐る、声を掛けてみた。

 もしかすると、この男はオレの心象世界に存在するただのオブジェクト、という可能性もある……むしろそうなんじゃないのか。

 などという予想に反して、男はすぐに返事をくれた。


「……ふむ。ようやくここまで来たか」


 男の言葉は、まるでオレがここへ来るのを待っていたように聞こえた。

 しかし、オレには全く心当たりがない。この男の正体も、目的も。


「ここはオレの心象世界、ですよね? なのにここにいる貴方は一体……」

「尤もな疑問だな」


 男は頷き、そしてまた口を開く。


「そう、ここはお前の心象世界だ。ダイン=アグナス」

「……オレの名前を」

「そして私は……言うなれば、この世界の内側を鎖し、また鎖された者……」

「……はあ……?」


 男の話はどうも要領を得ない。或いは、あえて迂遠な表現をしていることもあり得るが。

 首を傾げていると、


「今はまだ知るべきではない、ということだ」


 どうやら詳細を語るつもりはない、という答えをいただいた。……やっぱりそうなるか。


「オレの心の中の話だってのに……まあいいか。せめて貴方の名前でも教えてくれませんかね?」


 二人だけで話しているのに、ずっと貴方と呼ぶのも居心地が悪い。

 ちゃんと名前で呼べるようにはしておきたい……ただそう思って訊ねただけだったのだが、その答えはあまりに予想外のものだった。


「私の名はユリアン、という」

「……え?」


 聞き間違いだと思った。

 だが、聞き間違えるような発音ではなかった。

 なので、次にこう考えた。

 同じ名前の人間なんてザラにいるだろうし、と。

 ……でも……。


「あの。……その名前は、オレの父さんの名前なんですけど」

「……何?」


 何故か、今度はユリアンさんの方が目を丸くした。

 突然そんなことを言われれば、驚くのは当然の反応だろうが……どうも彼には、何らかの心当たりがあるように思われた。

 まさか、というような表情をしている。


「……参ったな。そんな話になっているとは」

「どういう……?」


 ユリアンさんはやれやれと溜め息を吐き、


「いや、そうだな。私はお前の父親ではない……あくまでもただのユリアンという男、そう認識してくれればいい」

「本当に?」

「ああ」


 ユリアンさんの答えは断定的だ。

 これ以上食い下がっても、違う言葉が返ってくることはなさそうだった。

 父親と同じ名を持つ、壮年の男性……しかも、オレの心象世界の中に出てきたというのに。

 彼はオレの父親ではないのか。

 少なくとも、それを認めるつもりは一切ないようで。


「それよりも……お前がここへ辿り着いたのは、力を欲したからだろう」

「……ええ」

「なら、それを手にするための事を為すべきだ」


 彼の言うことは間違っていない。

 この世界の外では、まさに地獄の業火が降り注がんとしているのだ。

 時間の流れがどうなっているのかは分からない――止まっているような気もするけれど、急ぐに越したことはないだろう。


「貴方が何者なのかは凄く気になりますけど……今はやるべきことをやります。それで、オレはどうすれば?」


 初めてここにやって来たときのことを振り返ると、また力の源らしき門扉を開けばいいのではという予想は出来る。

 そこで周囲を見回してみると、ちょうどユリアンさんの後方に一つ、門があるのを発見した。


「……あの門を開く?」

「いや……あれは現状、既にお前の力として機能している。ここで見つけるべきなのは、新たな門だ」

「新たな……」


 つまり、ユリアンさんの後ろにある門は最初に開いたものと同じということか。

 少し遠いが、よく見てみると扉が僅かに開いており、そこから黒い霧が漏れ出しているのが分かる。

 やはりあの門が、黒い霧に対応していたようだ。

 ……だとすると、ここで新たな門を開放することで新たな力を呼び起こせる……それがオレのイマジネートなのか。

 確かに、能力測定時に導出された記述とは一致しているが。


「ユリアンさん」

「何だ?」

「この門って、何なんですか?」


 彼自身のことも謎として、門の存在もまた大きな謎だ。

 ここはオレの心象世界……心の中を映す世界のはずなのに。

 世界はどこまでも白く、そしてその中に門が佇んでいて、向こう側にある何かを封じている。

 ……まるでそれは、オレの記憶の中に何かが封じられているようにも思えるのだけれど。


 ――でも、物心ついてからの記憶はちゃんとある。


 特に忘れているとか、記憶が連続していないなんてことは無いはずだ。

 もちろん百パーセントとは言い切れないが、記憶が封印されてしまったなんてことは想像出来ない……。


「お前が考え込むのも無理はない。……記憶や心が封じられているわけではないから、そこは安心するといい」


 ユリアンさんは、オレの思考を読み取ったかのように的確な答えを返してきた。

 驚いていると、


「表情で分かる。……この門は、世界に眠りし力との『繋がり』だ」

「……繋がり?」

「そう。幾多の世界……そこに秘められた遺産が力を貸してくれる。お前の能力は、そういうものなのだよ」


 ちゃんとした説明でも小難しくなりがちなので、やはり元々こういう語り口の人なんだろうと思う。

 幾多の世界に秘められた遺産……この『世界』とは、恐らくワールドスクリプトのことだろう。

 異世界と繋がる……異世界が力を貸す?

 まさか、オレの能力はそんなとんでもないものだっていうのか……?


「では、新たな世界の門を見つけるとしようか」

「え、ええ……」


 すっかり困惑してしまっていたオレは、ユリアンさんに促されるまま歩き出す。

 ただ白、白、白が続く世界を。


「……ここに至るまで、さぞ苦労したことだろう」

「……まあ。というか、今もまさにですけど」


 終末ノ獣という常識はずれな怪物と対峙し、生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追い詰められている。

 改めてだが、学園に入学して二週間程度の新米が経験することじゃないよなと感じる。


「すまないな。私は外の世界を窺い知ることが出来ない。だが、ここまで漕ぎ着けてくれたことをありがたく思う」

「はあ……ユリアンさんが、ですか」

「お前の心象世界の中にいる人間なのだ。当然だろう?」


 どういう理由で存在しているのか分からない以上、正直何とも言えないのだけれど。

 ……まあ、敵意は全く感じられない。味方であってくれるなら、確かにこの邂逅はありがたいもの……なのか。


「これで私も、幾分安心出来る。努力が報われた気分だ」

「ユリアンさんも、何かと戦っているみたいですね」

「ああ。日々戦っているとも」


 彼はこくりと頷き、そう答えた。


「……さて。そろそろ門を開くとしようか」

「え? でも、まだどこにも門が見えませんけど……」

「念じることだ。求める者に、道は開かれる」

「はあ……」


 納得いかなかったが、文句を言うのは後回しにした。

 とりあえず、オレは目を閉じて想起する。


 ――力を。皆を、世界を護るための力を。


 すると、想像していたよりも早く門は目の前に現れていたのだった。


「……歩く意味、ありませんでしたよね?」

「少し、話がしたかったのだ。すまないな」


 この人も、そんな感傷的な台詞を言うのかと少し驚く。

 もっとクールな人だと認識していたが、そうでもないらしい。


「……お前はこの門を呼んだとき、何を願った? どのような力を欲した?」

「ええと……皆を護れるようにって感じですけど」

「……うむ、それでいい。『繋がり』こそがお前の力だ」


 ユリアンさんはほんの僅か、口角を上げた。

 ……笑ってくれたのか。


「さあ、門を押すといい。扉は抵抗無く開かれるだろう。その力で、お前の大切な者たちを……世界たちを護るのだ」

「……分かりました」


 ユリアンさんの言葉を胸に、オレは扉に掌を伸ばす。

 あのときをなぞるように。

 今回はイマジネートの名を宣言せずとも、ゆっくりと門扉は開かれていった。

 その奥から、眩い白の光が漏れてくる。


「これが……」

「そう、お前の新たな『繋がり』だ」


 力強き光。

 溢れんばかりの熱量。

 新しい、世界との『繋がり』――。


「……せっかくだ。お前に一つだけ、伝えておこう」

「伝える?」


 門扉が開かれるとともに消失していく世界で、ユリアンさんもまたその姿を薄くしながらも、オレに語りかける。


()()()()()――その言葉を覚えておくといい。それがいつか、お前を導く言葉となるはずだ」

「……エクリプス……」


 聞き覚えがあるような、無いような。

 多分それは、聞いたことがあっても通り過ぎてしまっていたもの。

 ……ユリアンさんのことは結局よく分からないけれど。

 彼が覚えておけというのなら、一応は覚えておくことにしよう。

 それが、オレ自身の謎を紐解く手掛かりにもなりそうなのだし。


「必ず、また会おう。お前が強くなり、戻ってくるのを楽しみに待っている――」


 ……そして、白の世界は完全に消え去った。

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