167.終末に、抗え②――業火
「攻めに転じます……!」
メルシオネ教官がまた指示を飛ばし、先んじて獣の元へ駆け出していく。
オレたちもその後に追従した。
「――残光刃」
跳躍した教官が細剣を振るうと、美しき光の軌跡が中空に残る。
その場から更に移動し、もう一度。獣からの攻撃を躱しながら計四回、教官は繰り返す。
そして五度目の移動を終え、細剣の刃先を獣に向けて構えると、魔力を込めて鋭い刺突を放った。
「綺麗……」
思わずフェイからそんな声が漏れる、教官の巧みな技。
描いた魔力の軌跡が、最後の一撃に合わせて一斉に襲い掛かる……多方向から敵を攻める優秀な技だった。
威力も流石は教官と言うべきレベルで、脆くなっていた皮膚が砕け終末ノ獣を初めて出血させることに成功した。
「氷弓――」
もちろん、オレたちもメルシオネ教官の活躍を眺めているだけではない。
教官が作ってくれた弱点めがけ、まずはエスカーが氷の矢を的確に放つ。
割れずに突き刺さった矢は更なる出血を誘い、そこへイオナの魔法も加えられる。
「……貫け――ライトニング!」
雷属性、ランク三の魔法。
氷が獣の体熱によって融けたところで、強烈な雷がヒットする。
皮膚が割れ肉が露出した場所でもあるので、通常よりも威力は跳ね上がったはずだ。
『***……ッ!』
終末ノ獣は痛みに悶えた後、反撃のために再び己の身体を燃え上がらせていく。
こうなると追撃は望めない。オレたちは欲張らず攻撃の手を止め、素早く後方へ退避した。
「さっきよりも炎、激しくない……!?」
慌てて問うたのはルカだ。限定スキルで魔力が良く視える彼女だから、遠くからでもその変化が分かるのだろう。
言われてみれば確かに、獣がまとった炎は先ほどよりも激しく燃え立っているように感じられた。
「――バリア!」
イオナとフェイが魔法壁を張るが、つい先ほどのことを考えると耐えきれない可能性が高い。
気休め程度かもしれないけれど、ここはオレの能力で追加の防壁を出しておいた方が良さそうだ。
――耐えてくれよ。
天高く昇った終末ノ獣が、左右の翼を交互に振るって炎を吹きつける。
予想に違わず、二度目に襲った炎が魔法壁を木っ端微塵に破壊した。その中で展開していた黒霧の壁も、次の一撃で簡単に消し飛んでしまう。
こちらはそこまでで何とか防げたが、エスカーたちの方がギリギリ耐えきれなかった。やはり自分から遠くなるほど、黒霧の制御が難しくなるのだ。
「――氷晶」
寸でのところで炎を打ち消したのは、エスカーの氷だった。
即座に出せたのは比較的小さめのものだったが、それでもぶつかった衝撃で炎が拡散し、三人には当たらずに済んだ。
以前、エスカーは自分の能力を万能じゃないと謙遜していたけれど、十分使い勝手は良いと思える。
まあ、あのときはオレが話を振ったから嫌味にとられてしまったのかもしれない。
「っと……!?」
炎をやり過ごし、攻撃に転じられるかと思ったところで、獣の動きがさっきと違うことに気付く。
ただ降りてくるのではない……翼を広げたまま旋回し、オレたちへ突撃しようとしているのだ。
「全力で退避を!」
教官が叫ぶ。あの巨体に熱量だ、ぶつかるだけでも十分致命傷となり得る。
攻撃範囲がかなり広いが、何とか全員無事に回避してほしい。
「ま、この辺かな」
エスカーは軽々と跳躍し、早々に安全圏へ脱する。
地殻変動で突如現れたとはいえここは火山だ、地面は緩やかな傾斜になっていて、ある程度下がれば獣も急降下し辛い位置に来られる。
ルカもイマジネートのおかげで動作は機敏で、教官も基礎能力はオレたちと一線を画している。
逃げきれない可能性があるのはやはり後方支援のイオナとフェイか。
「フェイ!」
「イオナさん、失礼」
機転を利かせ、ルカがフェイを、メルシオネ教官がイオナを抱えて跳んだ。
身体能力に自信がある二人だ、すぐにこうしようと判断して動いてくれたのだった。
だが、ルカの方だけ少し距離を稼げていない。
当たり前だが人を抱えて移動するのは初めてで、初動に手間取ったようだ。
なら、そこはちょっとした手助けが必要だな。
「ルカ、そいつを使え!」
オレは黒霧を簡素なブロック状に変化させ、足場として空中に留まらせる。
跳び出したルカは上手くそいつに片足を着地させ、強く蹴りこんで決死の大ジャンプを見せた。
ちょうど彼女の跳び去ったところに、獣の燃える翼が通り抜けていく。……まさに間一髪、というところだった。
「ありがと、ダイン!」
「ああ、上手く使えて良かった」
見たところ、ちゃんと全員が獣の突進攻撃を避けられたようだ。
気を取り直し、そろそろ攻めに転じたいところだが……。
「……あの獣、どこへ……!?」
周囲を見渡しても、終末ノ獣の姿が見えなくなっていた。
突進時の速さは相当だったが、見えなくなるほど遠くへ移動する時間はなかったはず。ならば、どこに行ったのか。
考えられるのは――。
「上です!」
教官が指さした上空に、終末ノ獣の姿はあった。
突進後すぐに昇っていったのだろう、これまでよりもかなり高い位置に獣は滞空している。
「あんなに高いと、俺たちじゃ攻撃出来なくない?」
「ボクが全力で跳んでも絶対届かないんだけど!」
物理的な攻撃を当てるのは恐らく困難だ。遠距離まで撃てる魔法ならいけそうだが、まともに使えるメンバーは限られている。
『……皆さん、気を付けてください! 終末ノ獣は、あそこで魔力を凝縮させています!』
「何……!?」
マップ上にエネルギーの上昇反応が現れたのだろう、マルが緊迫した様子で伝えてきた。
上空の獣を凝視すると、少しずつ赤いオーラのようなものが溢れ出していくのが確かに分かる……。
「まずい、アレって多分この島を焼いたブレスだと思うよ」
「ウソ、滅茶苦茶まずいじゃん……!?」
翼にまとった炎だけでも苦しかったのに、エイヴス全土を燃やしたあのブレスが直接ぶつけられてしまったら、とてもじゃないが耐えられそうにない……!
『獣がブレスの魔力を溜めきるにはまだ猶予がありそうですが……それまでに止められますか!?』
「あの高さがあまりに厄介です……どうしたものか……!」
教官も近接攻撃を主とする戦闘スタイルだ。魔法も相応に使えるようだが、あの怪物に補助として使うレベルのものは通用しないだろう。
イオナとフェイが協力して何とか中断させられないか、それを期待するくらいしか思いつかない……。
「でも、私もスキアさんが使ってたランクのまでは無理かも!」
「私もよ。ランク四なんて使えないわ……!」
街の防衛時にスキアさんが使っていたのはカタラクトという水魔法だったか。
天から降り注ぐ滝……確かにあの魔法ならば上空にいる獣にも十分なダメージを与えられそうだが、新人イマジネーターが使えるほど甘いものじゃないのは当然だ。
しかし、だとするとオレたちは迎撃手段を持ち得ないことになってしまう……!
「手をこまねいているわけにはいきません。付け焼刃の魔法ですが、私が撃ちます。イオナさんも可能であれば合わせてください」
「……分かりました、教官」
駄目で元々でも、やらないまま焼かれるのを待つなんてわけにはいかない。
ここは教官とイオナに望みを託すしかなさそうだ。
「――ミスティゲイン!」
フェイが補助魔法で魔力を底上げし、教官とイオナは詠唱を始める。
「初めに水あり――」
その間にも上空の紅い光は徐々に明るさを増していく……。
「天より流るるは荒々しき瀑布、其はさかしまの竜となりて敵を討つ。降り注げ――カタラクト!」
詠唱が完了し、二人同時の水魔法が発動された。
終末ノ獣が留まるところよりも一段高い場所に厚い雲が生じ、そこから滝のような重たい水が降り注ぐ――。
「……なッ!?」
上手くいきそうだと思ったのも束の間、獣は水魔法が落ちてくるのに気付くと、首を上向けてブレスを発射した。
大きさからして、溜め込んだ魔力の全量ではない――まさか器用に魔力を分割して放てるとは……!
魔法とブレスが上空で衝突し、激しい白煙となって相殺される。獣は一度大きく咆哮すると、何事も無かったかのように再び魔力を口腔に凝縮し始めた。
「そんな……」
青ざめた顔で、ルカが絶句する。
唯一の希望が断たれたような絶望感……このままいけば待つのは死という現実が、彼女を苛んでいるのだ。
そう、このままでは最悪の結末にしかならない。まだだ、決して諦めるわけにはいかない。
どうにかしてあの業火を止めなければ――或いは防ぎ切らなければ……!
「くっ……もう一度、やりましょう!」
「は、はい……!」
何とか出来るのは自分たちしかいないと、教官とイオナが苦しげな表情ながらもう一度詠唱を始める。
結果が変わる望みは薄くとも、さっき教官が口にしたように、手をこまねいているよりはマシなのだ。
オレだって、何かがしたい。
この大事な場面で、二人だけに全てを託すのは絶対に嫌だった。
「……あ――」
思い出す。
他ならぬオレにも、まだ戦う手段が残されていることを。
アトモス学園に入学したあの日……イオナにブースターを託されたあの日に、オレが顕現させようとしていたもの。
己の中にある悪夢の具象化――。
「炎が……」
万物を焼き尽くしてしまいそうな、深紅の業火が見える。
終末ノ獣は、今にも口腔からその業火を地上に吹き放つのだろう。
目と鼻の先に迫る滅び。
それを跳ね除けられるような、力が欲しい……!
「――カタラクト!」
再度水魔法が発動されるが、今度は片翼に炎をまとわせてそれを振るい飛ばし、簡単に相殺されてしまう。
こちら側の魔力消耗が激しいため、さっきよりも威力が減少しているのだ。
やはり、二人の魔法が突破口になる可能性は、低い。
――墜ちてゆく星。
悪夢の情景を、思い描く。
まさに悪夢のように変貌を遂げたこの世界で、それらが一つに重なるような。
降り落ちる隕石。
奇跡のような事象を、この瞬間に呼び起せるように。
「……ダイン」
いつの間にか、イオナが傍に来ていた。
オレの背後で、その肩に優しく手を触れる。
「イオナ……」
「私には力不足みたいだから。……悪夢を、思い出してるんだね?」
「……ああ……」
オレの答えに、イオナは満足げに頷いて、
「うん……私は信じてるよ。ダインの力を」
あの日共に戦い、暴走しかけたイマジネートを目の当たりにした彼女。
オレの中に眠る悪夢の力に、彼女は賭けようとしてくれているのか。
自分でさえ、その力の底は知れないけれど。
そう、ただ終わりを待つわけにはいかないのだから――。
――力を。
赤熱する終末ノ獣を、この目に捉える。
そこでふいに視界が真っ白に染まり――世界そのものが遠ざかっていった。




