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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
第一の巡礼 悠久原生世界_エイヴス
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165.そして、獣が牙を剥く

「フン……もっと早く片が付くと踏んでいたが、認めよう。私の予想が甘かった」


 オレたちが勢揃いした光景を前にして、ディオンは肩を落としつつそう呟いた。

 奴に一矢報いることは出来たわけだ。けれど、もちろんこれだけで終わらせるつもりはない。


「獣への刷り込みになるべく多くの魔力を残すつもりだったが、勿体ぶっていても逆効果にしかならんと理解した。致し方あるまい……全力を以て当たらせてもらおう」


 ディオンの眼差しがふいに鋭くなる。

 今この瞬間からオレたちに対し、全力で潰す敵であると認識を改めたのが分かる。


「さっきまでのが本気じゃなかったってのかよ……?」

「あの余裕からして、薄々予感はありましたが……しかし」


 奴は顕現させた能力――加重と減重という双方の力を既に見せている。

 ここから先、更なる能力の展開などあるのか……? いや、そういう底の知れなさがイマジネートに相違ないのだが。


「この人数差でも勝てる気でいるんだ……相当の自信家だね?」


 エスカーの挑発にもディオンはまるで動じず、


「そもそも、そちらが勝てる気でいることが不思議でならない」

「……へえ?」


 返答を聞いたエスカーが眉をひそめる。

 ……そこでオレも感じた。何と表現すればいいか、空気がピリつくような嫌な感覚。


「これは……魔力が増大している……」


 そう、メルシオネ教官が察したように、ディオンから発せられる魔力の圧が増していた。

 ただ魔力を練るだけの圧でここまでになるのは、正直信じ難い。……これが、魔術師を名乗る男の本気……!


「早々にお前たちを始末し、その後ゆっくりと獣を手懐けることにしよう……見るがいい」


 白と黒、ディオンの周囲を巡っていた二つの球が奴の胸の前まで移動し、そして一つに融けていく。

 あの力には、まだ進化が残されていたというわけか……!


「エクス――」

「……《《ああ》》、《《残念》》」


 ――熱を帯びたディオンの声に、対照的な冷たい声が返される。

 振り返ると、オレたちの背後……その空中に、少女が立っていた。


「は――」


 ディオンもオレたちも、驚くタイミングは同じだった。

 何故ならその瞬間、噴火のような爆発が火口で生じたから。


「魔力の増大……それを獣は目聡く感知して――」


 マグマの中から姿を現した終末ノ獣は、その巨大なる口を開いて。


「――自らの魔力とすべく、捕食する」


 逃げる猶予すら、ディオンには与えられなかった。


「ひっ……!」


 その光景にイオナは目を背け、短い悲鳴を上げた。

 あまりにも……呆気ない末路。

 これまで必死に戦ってきたはずの男は、あまりにも規格外の怪物に……丸呑みされてしまう。


「嘘……だろ……」


 そんな、ありきたりな言葉しか絞り出せなかった。

 想像の埒外の事象を前にしたとき、出てくるのは普遍的なものにならざるを得ない。


「……律しようとした獣に、先に呑まれてしまうとは」

「教官とリーダーがあいつの術式か何かを邪魔したおかげってことじゃない?」

「だとしたら、最低限の役目は果たせたと喜びたいところですが……」


 冗談めかしてエスカーが言うのに、教官は自信無さげに返す。

 ……獣が自らを攻撃しないようにする命令。その完遂を阻止したからこそ、奴が呑まれる結末を導けた。

 釈然としない終わり方ではあるが、いずれにせよディオン=マナリーは捕食されてしまった……奴との戦いは、これで幕切れなのだろう。


「……いえ、何か聞こえる……?」


 呟いたのはフェイだった。

 眼前で翼を羽ばたかせる終末ノ獣の唸り声では……とも思ったのだが、何かが違う。

 今しがたディオンを捕食した獣の口腔内で、微かな音がしている。

 これは――。


「あ……ッ!?」


 二度目の爆発が生じた。

 今度のそれは、火口からのものではない。

 オレたちの真正面にいる終末ノ獣の口腔内から発生した爆発だった。


「水蒸気爆発――」

「……がはッ!」


 白煙とともに獣の口が強引にこじ開けられると、驚くことにその中からディオン=マナリーが這い出してきた。

 額には血が滲み、衣服もボロボロで血塗れの状態だったが、奴は決死の覚悟で以て魔法を発動し、脱出を試みたのだ。

 その行為には脱帽するものの、奴はもう満身創痍に違いない。……凄まじい形相で獣の牙を押しのけるその姿は、哀れにも映ってしまう。


「ルマン、貴様……最後の最後で裏切ったなァ!?」

「……人聞きが悪い。最初から私たちの協定は、終末ノ獣を呼び起こすことだけを目的としていた。だから、そこまでで協定は終わってるんだよ」

「悪逆天使め……人を、どこまでも見下して……ッ!」


 吐き捨てるように言ったディオンは、苦しげに咳き込む。内臓がやられているのか、口からも血を吐いていた。

 その醜態を、天使ルマンは冷淡な表情で見下ろし続ける。


「さようなら、ディオン=マナリー。人を躍らせていたつもりだろうけど、踊っていたのは貴方のほうだったね」

「クソがあぁああ……ッ!」


 ディオンが、天使に向かって吼える。

 血走った眼を見開きながら。

 そして、終末ノ獣は爆発の衝撃から立ち直り、顎に力を込める。

 今度こそ獲物を捕食し尽くすために……。


「嗚呼、私も《《いのちの書》》に刻まれたかった……サタン、様――」


 鮮血が、跳ねる。

 獣の牙に潰され、ディオン=マナリーという男の命の灯はとうとう消し去られた。

 人の命を弄び、その果てに怪物を生み出して。しかしその怪物に喰われて死ぬ。

 罪に相応しい末路だと思う反面、胸が苦しくなった。……凄惨過ぎる、最期だ。


「……意味深な言葉を遺して死んだね、彼」


 女性陣は皆目を逸らしたが、平然と死の光景を眺めていたエスカーが言う。

 それにメルシオネ教官が請け合って、


「ええ……しかし、意味を考えるのは後です。我々にはまだ……大きな仕事が残っている」

「最大級の仕事、ですねえ……」


 オレたちが最終的に倒す敵は、ディオン=マナリーではない。

 イレギュラー対策チームとして、この世界に滅びをもたらす存在を――終末ノ獣を倒すのが、最終目的。

 そしてとうとう、そのときがやって来た……。


「ここまでの道のり、ご苦労さま。無事に辿り着いてくれてほっとしてる。……さあ、試練に臨んで。獣を討ち倒し、人の力を示してみせて」


 冷たい天使がオレたちに告げる。

 課せられた試練を乗り越えろと。人が明日も生きていくために。

 ディオンが遺したように、その物言いはあまりにも上から目線なもので、人を何だと思ってるんだと怒りたくもなるけれど。

 今はお望み通り、示すしかないのだ。そうでなければ、待つのはディオンと同じ死だけなのだから。


「……やってやる。オレたちもこの世界も、ここで歩みを止めたりはしねえ!」


 心を奮い立たせ、最悪の怪物をじっと見据えた。

 正真正銘、最後の戦いが始まる――。

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