15.そして一日は終わる
アドレス交換を無事に済ませてから、オレはイオナと別れてひとまず自分の部屋へ行ってみることにした。
家から学園に送った荷物は既に部屋へ届けられているということだ。その荷解きなんかもしないといけない。
寮は三階から七階までが生徒の部屋で、西と東で男子寮と女子寮に分かれるH型になっている。
階段とエレベーターが寮の中心あたりに配置され、そこから東西へ伸びる廊下があって、その先にまずデバイス認証の必要な扉が。男子のみが男子寮への入室権限を持ち、女子もまた同じ……という仕組みだ。
男子の棟と女子の棟の双方で、続く廊下は南北に伸び、左右に個室が並ぶ……というのが寮の構造だった。
「えーっと……712か」
デバイスで確認出来たオレの部屋番号は712号室。最初の数字が階層を示しているから、七階にある十二番目の部屋なのだろう。
七階まで階段で上がるのはちょっと辛かったので、ここは大人しくエレベーターを使わせてもらった。デバイス認証で男子寮に入り、該当の番号を探す。
「あったあった」
直線だから当たり前ではあるが、オレは迷うことなく自分の部屋を発見出来た。ここも扉のすぐそばにある読み取り機にデバイスを当てて認証し、鍵を開く。
ガチャリと扉を開けて中に入ると、そこに待っていたのは予想していたよりも随分広い部屋だった。
「はあー……こりゃありがたい」
入ってすぐは細い廊下があり、右手側には扉が二つ。手前は手洗いで、奥がバスルームになっている。
廊下を進むとそこはダイニングキッチン。右手前にキッチンがあって、奥がダイニングだ。来客対応も出来るよう、テーブルは四人掛けになっているし、なんと壁側にはテレビが置かれてある。もう普及してきているとはいえ、高価な家電が各部屋に置かれているなんて……太っ腹だ。
そして、寝室は奥の扉を開けた先にある。ワンルームタイプじゃないだけでも十分驚きだが、寝室も相応の広さがあって更に驚かされた。
まず、ベッドとタンスが置かれているだけではなく、勉強用のデスクまである。ベッドの付近にはカーテン付きの窓があって、朝起きればすぐに外の景色が見られるようになっていた。
――至れり尽くせりでは?
あの貴族の坊ちゃんくらいは文句を言いそうだが、庶民からすればこんな部屋を使わせてもらえるのは非常に嬉しい。
ここが今日からオレの城なのか……と思わずテンションが上がってしまった。
「……お?」
高揚しているところに、突然デバイスから通知音が鳴る。
操作方法がまだ掴めていないが、画面を付けるだけで今来たものらしいメッセージが表示された。
『新入生の夕食は午後六時です。定刻に食堂へお集まりください』
現在時刻は四時過ぎ。荷解きをすればいい時間になるだろう。
オレは気持ちを切り替え、部屋の隅に固められていた箱詰めの荷物に手を付け始めるのだった。
*
部屋のセッティングが終わったのは、六時前のことだった。
自分は比較的持ち物の少ない人間だとは思っていたが、収納がスカスカなのを見ると改めてそれを強く感じる。
女子なんかは服や靴で結構収納を使うのかもしれないが……オレは今のところ、二割くらいしか埋まってないな。
意外と言われるが、読書は結構好きな方なので、多くを占めているのは書籍かもしれない。これは今後も増えていくことだろう。
「さて――」
そろそろ六時なので、オレは遅れないよう食堂へ向かう。
到着した頃にはもう、ほとんどの新入生が礼儀正しく着席していた。
――どうすっかな。
どこへ座ろうか考えていると、遠くから手を振る子の姿が。
あれは……ルカのようだ。
「こっちこっちー」
子供のように手を振りながら呼ばれるのは恥ずかしいのだが、仕方がない。
昼間、夕食は一緒に食べられればいいなと言ってくれていたし、同席させてもらおう。
「待たせちまったかな」
「ううん、今来たところ。皆早いから慌てちゃった」
「初日くらいはな」
その初日に色々やらかしたオレがいうのも何だが。
「さっきぶり、ダイン。あ、ルカちゃんも一緒?」
「ああ、イオナか」
イオナもやって来て、そのままオレの隣に座る。当たり前のように自然な流れだ。
「ルカでいいよ。ボクもイオナって呼ぶからさ。でも何でダインの隣に……」
「四人掛けなんだからいいじゃない」
まあ、それはイオナの言う通りだ。結局どちらかの隣しかないから、オレの方に来たというだけで。
そこに引っ掛かられるのはむず痒い。
「はあ、まあいいや。……ご飯は集まって食べるんだね」
「いや、今日と明日の朝食までだと思うよ。基本は食べたいものを買うスタイルだから」
「そうなんだ?」
ルカの質問にイオナがそう返す。そういうシステムなのはオレも知らなかったな。
「明日には教えてくれるはずだけど、イマジネーターには稼ぎがあるからね。働いて貯めたお金で衣食住を豊かにする、それは道理だよ」
「ふんふん……新入生といえど、すぐそういう世界に投げ出されちゃうわけだ」
「そういうこと」
稼ぎが悪ければ食っていけない、社会の基本ではある。
どれだけ上手くやっていけるかで、学園生活もそれ以降も決まっていくのだ。
なるべく引退後の資金も貯めておきたいよなあ、というのも考えてしまう。
「皆さん、お知らせ通りに集まってくれていますね。本日はお疲れさまでした」
六時になったところで、メルシオネ教官がやって来る。その視線が少しだけこちらに向いた気がするが、気のせいだと思っておく。
「明日からイマジネーターとしての活動が本格的に始まります。ブースターを使用してもらい、能力測定も行うことになりますので、明日に備えて今日はゆっくり体を休めてください」
新入生たちは一様に頷く。……能力測定か。入学試験でも簡単なのはやったが、あれは結果を見せてもらっていない。今回のは自分が知るための測定という意味も大きいのだろう。
「本日の夕食、それから翌日の朝食まではこちらで用意させていただきます。朝食は午前八時になりますので、早起きしてくださいね。それでは皆さん、また明日お会いしましょう」
メルシオネ教官はそう言い、一礼してから食堂を出ていった。それが合図だったかのように、調理室の方からパンパンと手を叩く音が聞こえる。
「はいはい、皆さんお待たせ。夕食はこちらに取りに来てくださいね~」
ナオさんとルトさんがカウンターの向こうにやって来て、プレートに乗った料理を次々並べ始めた。
新入生たちは我先にとばかりに、それを取りに行く。皆、腹は減っているようだ。
「オレたちも取りに行くか」
少しばかり行列が緩和されてから、オレたちも夕食を貰いに行き、三人揃って着席し、料理に手を付け始めた。
夕食のメニューはビーフシチューに野菜のソテー、スクランブルエッグ、それからハードブレッド。さっきの軽食も美味しかったが、こちらも格別だ。
しばらくは話もそこそこに、三人ともこの美食の数々に舌鼓を打つのだった。
「……ふう、美味しかった。ボク、こういう学食がこんなに美味しいとは思ってなかったや」
「実際、あんまり質が良くないって学校もあるみたいだしな。まあ、花形の学園である以上、こういうところも手は抜いてないってことだろ」
「抜かないでいてくれて感謝だなあ」
ルカに同意だ。食事にしても住居にしても、ここまで待遇が良いとモチベーションも上がるというもの。
明日から張り切っていこう、そんな気分になってくる。
「あ、そうだ。せっかくだからルカともアドレス交換しておきたいんだが」
「え? ああ、このデバイスってそういう機能もあるんだ。……ボクとも?」
「ああ、イオナが教えてくれてさ。さっきしてもらったんだよ」
オレがそう説明すると、ルカはムスっとした表情になって、
「そうですか。まあ、やり方教えてくれたのはありがたいけど」
「あはは、なんかごめんね。私とも交換しようよ」
「仕方ないなあ」
と言うわけで、三人とも互いの連絡先を交換することになったのだった。
まあ、比較的話しやすいタイプの二人がまず友人になってくれたのは、学園生活の良い滑り出しだろう。
「ようし。それじゃ私は部屋に戻ろうかな。荷解きがまだ終わってなくてねえ……」
イオナがやれやれという仕草をしながら言う。女子はやっぱり荷物も多いか。
「そうだね。ボクも戻るかな」
「おう。じゃあ行くか、ルカ」
イオナは女子寮へ、オレとルカは男子寮へ戻ることになる。なので一緒に戻ろうかとルカの名を呼んだのだが、そこで彼は訝しげな顔をする。
どうしたのかともう一度声をかけようとしたところで、
「あ――ああ! ええと、ボク一度大浴場の方でも見てこようかなと思ってたんだ。その後で戻るとするよ」
「ふうん? まあ、オレは流石に部屋で入るかなあ」
少し引っ掛かる言い方だったが、わざわざ問うほどでもないだろう。
イオナもこのまま戻っていいのか分からなさそうな顔になっているし……とりあえず、ここで解散としよう。
「じゃ、また明日だな。おつかれさん」
「はーい、おつかれ」
「また明日ねー」
こうして二人と別れ、オレは部屋へと帰り着くのだった。
……隣室の音もまるで聞こえない静かな個室。明日以降も、一日が終わればここでのんびり過ごすことが出来る。
独りが嫌いじゃないオレにとって、この夜の時間は愛すべきものだった。
「……はあ。しかし、マジで初日から盛り沢山だったな」
そのほとんどは、自分の選択が招いた結果ではある。
でも、多分もう一度この日をやり直せるとしても……オレはイオナを追いかけたことだろう。
そういう性分なのだ。
「明日からも頑張ろう。今日のところは、教官の言ってたように体を休めないとな」
オレはそれから、風呂に入って汗を流し、少しだけテレビの情報番組を見た後、日付が変わる前にベッドへ潜り込んだ。
眠りがオレを攫っていくのには、十分も要らなかった。
……そして一つ、オレにとってはとてもありがたいことに。
この日、オレは悪夢を見ることがなかったのである。




