14.学生寮
C棟を過ぎ、更に北上した先にD棟――つまり学生寮はあった。
百人以上が寝食を共にする場所だけあって、この建物もかなり大きい。
窓の数から見れば七階建て……他のどれよりも大きく造られているようだ。
パンフレットによると確か、生活の質を大切にしたいということで、一人に一つずつ部屋が与えられているのだと書かれていた。誰かとペアになるのは人見知りにとってハードルが高いし、この配慮は非常に助かる。
「D棟の隣にも小さい宿舎があるが、あっちは職員用だ。生徒と人数が違い過ぎるから小さく見えるが、あっちもちゃんと個室が割り当てられてる」
「そうか、首都からそう離れてはいないですけど、教職員の方もそりゃここに寝泊まりしますよね」
「緊急事態はいつ発生するかも分からんからな。今日みたいに」
コーネリア校長の言う通り、入学式なんていう晴れの日に魔物が出現することもあるくらいなのだから、教職員がここを離れるわけにもいかないのだ。
「それと、ここから北に見えるのがオリーブ丘陵という広い丘……ほぼ山だな。この丘陵のちょうど学園の北にあたる部分だけは整備してあって、訓練でたまに使う」
「オリーブ丘陵って、人が生活出来る地帯との境目って言われてましたよね」
「イオナの言う通り、丘陵よりも北に行くと強力な魔物ばかりが出現するようになるもんで、そこに街を造るってのは無謀もいいところだろうな。まだ人類未踏の地もあるようだが、はてさてそこに辿り着くのはいつになることやら」
人類未踏の地、か。今は星歴二二〇年……紀元前も含めると人の歴史がどれくらい積み重なっているかは不明なものの、世界にまだ人が踏み入れていない地帯があるというのは、俄かには信じがたいことだ。
それでも、踏み入るのを拒む大きな障害があるのだろうな。思っているよりこの世界は未知に満ちている。
「……よし、お待ちかねの寮だ。さっさと入るとしよう」
寮と軽食、だな。コーネリア校長に続いて、オレとイオナはD棟――寮の中へ入っていった。
中に入ってすぐはラウンジのようになっており、右手側には四人掛けのテーブルと椅子が三組置かれている。うち一つは三人のグループが腰掛けていた。
左手側には寮の管理人室があって、小窓から管理人らしき人の顔が覗いていた。
「おや……コーネリア。今は校長室で書類をやっつけてるんじゃなかったか?」
「や、シモンさん。実は少々ハプニングが起きたもんでね。施設案内に同行出来なかった新入生二人を、代わりに案内してたのさ」
「良い口実だ」
コーネリア校長がさん付けで呼んだシモンという男性は、なるほどコーネリア校長よりは年上に見える。
掻き上げられた焦げ茶色の短髪、縁なしの眼鏡、皺の無いワイシャツ、そして黒のズボン。落ち着きのある、規範的な壮年男性という雰囲気だった。
「この人が寮の管理人、シモン=ベアラーさんだ。俺より三つ年上でね、イマジネーターとしても先輩だったのさ」
「どうも、シモンだ。もう他の新入生には挨拶したんだが……君たちが例の」
「ええと、ダイン=アグナスです」
「イオナ=ピルグリムです」
やはり、ここでも例のとか言われてしまうのか……まあ、それはもう諦めてしまうしかない。
「ふ……無茶なことをしたとは聞いてるよ。でも、それも青春というものだ。その繋がりを大事にするといい」
「は、はあ……」
結果的に、イオナと幾分仲は良くなったけれど。あれがなきゃ、こういう明るいタイプの子とは中々接点が出来なかった気がするし。
「それで、寮に到着したということはこれで案内も終わりかい?」
「なんだがな。二人とも昼を食いっぱぐれてるんで、軽食くらい出してやろうかと」
「ふむ。二人分くらいならすぐ用意してくれるんじゃないかな」
「とりあえず、行ってくる」
シモンさんには別れを告げて、オレたちはラウンジの奥へ。一階と二階は共用スペースであり、ここには他にランドリーと大浴場があるらしい。
食堂と給湯室は二階にあるということで、オレたちはすぐ近くにある階段を上った。
「手前の小さい部屋が給湯室で、食堂はこの奥だ」
突き当りの扉を開けると、奥には広々とした空間が待っていた。
二人掛けや四人掛けの長テーブル、或いは八人で座れる丸テーブルと席が様々あり、百人以上は入れそうなスペックだ。
ちょっとした休憩所にも使われるのだろう、今も数組ほど、紅茶か何かを飲みながら談笑していた。
片側に調理室があり、奥で二人組の年配女性が忙しなく動いているのが分かる。今は夕食の仕込み中、というところか。
あと数時間すれば、カウンター部分に料理が並べられるのだろうな。
「ナオさん、ルトさん。お疲れ」
「あら。先生こそお疲れ様」
「可愛い子連れてるわね、校長先生」
細身の女性がナオ=メリノさん、背が低くややふくよかな女性がルト=アズールさんだと紹介を受けた。二人とも四十代後半くらい、気さくなおばちゃんという感じだ。
百人以上の食事を日々この二人で用意してくれていると思うと、頭が上がらないな。
これから軽食をお願いするというのも多少、気が引けるが……。
「簡単なモノしか用意できないけど、すぐに出しちゃうわよ」
「ちょーっとだけ待っててちょうだいな」
コーネリア校長がお願いすると、二つ返事で調理を開始してくれる。さっきまでやっていた作業は続けながらなので、凄い手際の良さだ。
大人しく近くの席で待っていると、ものの数分でサンドイッチが運ばれてきた。たまごとハムのシンプルな組み合わせだけれど、美味しそうだ。
「遠慮せずどうぞ」
「はーい、いただきます!」
イオナの方が先に手を付ける。パクリと一口食べて、彼女はすぐ美味しいと笑顔になった。
そんな顔を見ると早く食いたくなる。オレも一つ手に取って口に運んだ。
……ああ、これは空腹に染み渡る美味さだ。
「ほほ、良い顔してくれるわ」
「夕飯も期待していて。これから毎日、美味しいご飯が食べられると思っていいのよ」
「ありがとうございます、ナオさん、ルトさん」
家の味からしばらく離れることを少し寂しく思ったりもしていたのだが、この二人の料理なら毎日美味しく食べられそうだ。
第二の故郷の味になるやもしれない。
サンドイッチと一緒に出してくれたお茶も美味しくいただき、オレたちは腹と心を程よく満たした。まだ満腹ではないが、後は夕食に残しておかなくちゃな。
「ふう……これで施設案内も無事完了だな。俺のガイドはどうだったよ?」
「何で校長先生が……って最初は思いましたけど、楽しかったし色々知ることも出来ました。感謝してます」
「私が案内してたんじゃ、多分ダインの役に立ててなかったかもなんで……ありがとうございます、コーネリア校長」
「はは、素直に感謝されるとそれはそれでくすぐったいねえ」
もうちょっとふざけてもいいんだぞ、という感じだが、校長先生相手に軽口なんか叩けるわけないでしょう。
「んじゃ、俺はそろそろ仕事場に戻るとしよう。愛しい書類が沢山待ってるんでな」
コーネリア校長は皮肉を込めてそんなことを言うと、
「最後に……ほい。これがお前さんの分だ」
彼やイオナが腕に付けているのと同じデバイスを、オレに投げてよこす。
いきなりのことにきょとんとしていると、
「他の新入生も案内の後で渡されてるのさ。使い方は翌日に話すことになってるが、そいつは部屋のキーとしての役目もあってな。無いと自室に入れないんだよ」
「ああ……そういう」
詳しい使用法は明日だが、とりあえず今日は鍵として使えということか。
このデバイス……様々な機能が内包されているのだろうし、早く使いこなしたいものだな。
「個人情報の塊みたいなもんだから、失くしたり盗られたりしないよう気を付けろよ。……そんじゃ、また会おう」
「はい。案内、ありがとうございました」
ぶらぶらと手を振りながら、コーネリア校長は食堂を出ていく。
後には、オレとイオナの二人だけが残された。
「……はあ、これで後は自由か。初日だってのに、何かどっと疲れちまったな」
「えへへ……ごめんね、ダイン。巻き込んじゃったみたいで」
「巻き込まれに行ったようなもんだ、もう気にしないでくれ」
悪目立ちはしたが、最終的に誰かから怒られたわけでもない。貴重な経験もあれこれ出来たし、総評としてはプラスな気はする。
……と。
「ねえ、せっかくだからさ」
「ん?」
イオナは自身の左腕に嵌めたデバイスを何やら操作する。
「これで連絡も取れるから……アドレス交換しておこっか?」
「あ……ああ、頼むよ」
まあ……総評は、プラスで確定としておこう。




