163.山頂の対峙
火山の中腹辺りまではそれほど傾斜も無かったのだが、火口近くまで登り詰めるとやはり角度は急になる。
終末ノ獣が召喚されるまでは平坦な、緑溢れる原生林だったはずの場所。
それが今、このように赤茶色の岩肌ばかりが露出する景色になっているだなんて。
「疲れていませんか、ダインくん」
「大丈夫ですよ、教官。オレはまだ戦ってもいない」
そう……残してきた仲間たちは皆、王国の構成員たちと死闘を繰り広げている。
この選択が仕方なかったとは言え、心配にならないわけもなかった。
「皆、私たちを信じて送り出してくれたんです。私たちもまた、あの子たちを信じなくては」
「……そうですね」
メルシオネ教官のように思えればいいのだが、それでも付きまとう不安はある。
それがまだ表情に出ていたのだろう、
「……正直言えば私も、申し訳ない気持ちでいっぱいです。教官という立場にも拘らず、生徒を置いてきてしまったわけですから。……けれど、千年王国の野望を食い止められなかったら誰も助からない。より生き残れる道を選んでいるのだと自分を納得させながら、こうして前を向いている」
自分も葛藤の末、最終的にディオンを追う選択をしたのだとメルシオネ教官は吐露してくれた。
「教官……」
彼とて一人の人間だ。いつだって多くの選択肢の中、迷いながら、選び取りながら生きている。
それが後悔に変わらぬよう、進むと決めた道を全力で往くしかないのだと、教官の言葉は背中を押してくれた。
「必ず、奴らの野望を止めなくちゃいけませんね」
「ええ。皆で生きて帰るためにも」
山頂まではもう少し。
気のせいではなく、気温は上昇している。
火口に墜落した終末ノ獣――奴は今、どこまで力を取り戻しているのか。
ディオン=マナリーが試みている獣の掌握は、果たしてどこまで進んでしまっているのか。
一秒でも早く辿り着き、奴らの思い通りにならない内に終わらせてしまえれば良いのだが。
『……お二人とも、あれを』
「あ――」
通信越しのマルの声で気付く。
火口部分に立つ、一人の男のシルエットが見えた。
男はこちらに背を向け、微動だにしない。
まるで祈りを捧げているかのよう。
この世界を滅ぼす悪魔への祈り――。
「ディオン=マナリー……」
名を呼ぶと、男は緩慢な動作でこちらへ振り返る。
邪魔が入ったという悪感情を隠そうともせずに。
「随分お早い到着だ。……戦力を分散したというわけか」
「どうやら、終末ノ獣への刷り込みってのはまだ終わってないらしいな。お前はここでオレたちが必ず止める」
「……止める? ハハハ、それは面白い冗談だ」
オレたちに勝ち目がないと確信しているように、ディオンは高笑いする。
やってみなければ分からないだろうと、食って掛かりたい気持ちはあるが……この男の強さがこうして対峙しているだけでも分かるのは事実だ。
教官と同レベルか……もしかしたら、それ以上という可能性も十分あり得た。
「時間をロスするのは少々腹立たしいが……ここに至るまでの五十年超を考えれば些末なものか」
ディオンは懐からブースターを取り出し、
「いいだろう。お前たちも仲間の元へ送ってやる」
「我々を見くびらないでほしいものですね。彼らは今に追いついて来ますよ」
「フ……その希望を抱いたまま逝くといい」
能力を開放するディオン。溢れ出す魔力とともにブースターは二対の球体へと変化する。
白と黒――それはまるで、光と闇を表すかのような相対性。
「――対立事象」
双子の球体を左右の掌の上に浮かべたディオンは、ニヤリと嗤う。
「果たしていつまで立っていられるかな……行くぞ」
白黒の球体はディオンの手を離れ、彼の周囲をゆっくりと回転し始める。
その黒い球の方から、幾つか同じ色形をした魔力の塊が放出され、こちらへ接近してきた。
触れると危険というのは当たり前だろうが、一体アレにどんな効果があるのか――見た目だけでは能力を察せられないな。
「相手の能力は読めませんが、当たらないよう気を付けつつ、挟撃しましょう」
「了解……!」
メルシオネ教官と二人だけでの共闘というのは畏れ多いというか、オレで大丈夫かという不安も過るけれど、そういう場合ではない。
今はやってやるという気持ちでぶつかっていくのみ。
黒の霧を剣と盾に変え、迫りくる球体を躱しながら進む。
やはり球体には追尾性能があるらしく、スピードもそれなりなので全て避けるのは一苦労だ。
「――三重刃」
隣を見ると、既にメルシオネ教官はディオンに肉迫している。
流石は教官、速さでは太刀打ち出来ないな。
「甘い……」
イレギュラー戦で一度見られた能力というのもあってか、ディオンは教官の攻撃を容易く回避する。
分裂する刃――そう簡単には対処出来なさそうなものだが、やはりあいつも相当の強者だ。
「――刺突刃」
続けて教官は、魔力によって刺突の衝撃を延長させる技を放つ。
これも想像より攻撃範囲が拡大されて避け辛いはずだが、ディオンは上手く右方へステップして逃れた。
「――そこだ!」
このタイミングで、ちょうどオレもディオンの元まで辿り着く。
教官から距離をとり、体勢を整えていた奴目掛けて力強く剣を振り下ろした。
「フン、単調だな」
ディオンはオレの攻撃を鼻で笑うと、あえてギリギリの距離感で剣を躱し、そのままこちらへ掌を突き出してくる。
「――ブラスト」
まずい、と咄嗟に思って盾を構える。
撃ち込まれた無属性魔法の威力は強烈で、盾はしっかりと構えられたというのに軽々吹っ飛ばされてしまった。
「……あッ……!」
その飛ばされた軌道上に、あの黒の魔力塊が迫ってきていた。
どう動こうともやり過ごせそうにない。ならば、せめて剣で斬って捨てるしかなさそうだ。
「……はぁッ!」
体を後ろへ捩りながら、黒の塊を袈裟懸けに斬りつける。
予想に反して、塊はまるで気体のように感触がなかった。
――と。
「え……!?」
突然、前方にとてつもない負荷がかかる。
剣に引っ張られるようにして、オレは地上へと墜落していく。
これは――剣が異様に重くなっているのか……!?
「まさか……」
慌てて剣から手を放し、受け身を取りつつ地上へ着地する。
困惑してしまったこともあり判断が遅れ、かなりの速度で叩きつけられてしまった。……腕や膝が痛む。
「教官、この球体……ぶつかったものを重くするみたいです!」
「……なるほど、面倒な能力のようですね」
物体を重くする――特殊で厄介な能力だ。
幸いだったのは、ぶつかった対象物だけが重たくなることか。これで剣を握っている俺自身にまで効果が及んでいたら……地面に激突して潰れていたかもしれない。そう思うとゾッとする。
「咄嗟の判断力はあるようだ。だが……」
ディオンは周りを漂う黒の球体に魔力を注ぐ。
すると再び黒の塊が無数に生まれて拡散された。
「思考などすぐ無意味になる。早く楽になるといい」
新たに放出された魔力のオーラ――加重球と呼ぶのがいいか――の数は十を超える。
最初に出たものも未だ空中を漂っていて、全て合わせると二十近い加重球が場を満たしていた。
流石に際限なく増えるということはないだろうが、どんどん追加されると逃げ場が無くなってしまうぞ……!
「その技は厄介ですが、それを壊せばどうなるでしょうね」
「ほう?」
メルシオネ教官は巧みな細剣捌きでディオンに連続攻撃を仕掛ける。
その合間に、黒の球体を狙う一撃も織り交ぜていた。
どちらを狙った攻撃も回避する……ということは、暗に球体を壊されれば加重球も消えると肯定しているようなもの。
一応、そういう弱点はあるらしい。教官の攻撃が当たらない以上、壊すこと自体もハードルは高いが。
「教官……か。なるほど若手のイマジネーターとは違って良い動きをするが……それでもまだ荒い」
「くっ……!」
空を切り続ける細剣。
刺突の速度も回数もかなりのものなのに、ディオンに届かない。
ただ奴の動きが教官の攻撃速度を上回っている、というわけでもなさそうだ。
奴は魔力によって当たりそうな攻撃の流れを変え、上手くいなしている……?
「なら――五重刃!」
「む……ッ」
五つに分裂する刃……広範囲の攻撃に、流石のディオンも眉をしかめる。
この一撃は当たってくれ――そう願ったのだが。
「注意力が足りんな」
「……なッ!?」
今まさに届こうとした刃が、落下する。
急激に増加した重量によって落ち、地面に衝突して砕け散る――。
「餌に釣られるようではいけないぞ」
「……含蓄のある言葉ですね……!」
悔しさを滲ませ、メルシオネ教官は武器を捨てて後退する。
……そう、空中に放った加重球もトラップとして機能しているものの、それだけに注意してはいけないのだ。
ディオンにはまだ余力がある。随時あの球体から加重球を生み出すことは可能なのだから。
しかも、大きさは恐らく可変。威力も変動するのだろうが、小さな加重球を忍ばせカウンターを狙われるというのは恐ろしいパターンだ……。
「……覚悟はしていましたが……かなりの強敵のようです」
「ですね……」
近くへ退避してきた教官が、苦しげに零すのにオレは頷いた。
一つの星を滅ぼすために遣わされたリーダー……やはり相応の実力を有している。
「それでも……負けるわけにはいきません。全力で、彼を倒しましょう……!」
「……ええ、もちろんです!」
まだまだ勝負は始まったばかり。
力の差を痛感している場合ではない……たとえその上でも、勝利をもぎ取るのだ。




