162.それぞれの戦い――エスカー②
「のたうち回れ――」
先に動いたのはレイダ。
否、正確に言うならばレイダの操る鉄の刃だった。
「へえ……?」
エスカーの周囲ぐるりを取り囲むように配置され、漂い続ける刃。
それがランダムに彼へ向けて直進していく。
両手に氷刃を持ち、可能な限り空中にも生成しながら、エスカーは一つ一つを的確に捌いていった。
まるでそういうゲームにでも興じているかのように。
「自信に溢れているのはいいが、残念ながら――」
レイダは一度両手を高く挙げ、それから交差させるように振り下ろす。
「――これは遊びじゃあない。死ね」
合図とともに、全ての刃が一斉にエスカーを襲った。
ざっと十を超える刃が全方位から飛んでくるのに、流石のエスカーも軽薄な笑顔を保ったままではいられない。
その眼光が一際鋭くなると、包囲網の中で最も手薄な部分をすぐさま見つけ出し、躊躇いなく猛進した。
「氷爆」
直後、前方で爆発が生じる。魔法によるものではない、これもエスカーのイマジネートが持つ能力だ。
氷晶を爆発させて周囲に勢いよく破片を飛ばす――その方向を指定すれば、結果として迎撃にも使えるという寸法だった。
狙い通り、氷の礫は刃にぶつかりそれを撃ち落とす。
ランダム性があるため相殺出来ないものもあったが、それは自身の洞察力と瞬発力を発揮して上手く避け切るのだった。
「まだだ……!」
エスカーが回避に専念している間に、レイダは両手にさっきと同じブーメラン状の鉄刃を創り出していた。
そのブーメランを交互に二つとも投擲する。
追撃にしては避けやすそうだと感じたエスカーだが、恐らく単純な攻撃ではないとすぐに考え直す。
自分の能力に置き換え、どんな展開が有り得るかを導き出す――。
「……仕方ない、か」
溜め息を一つ吐き、エスカーは立ち止まって迫りくる刃を待ち受けた。
「そこだッ!」
エスカーの数メートル手前で、ブーメランが炸裂した。
融合することによって形作られていたものが元に戻り、三つの刃となって散らばったのだ。
二つのブーメランが六つの刃になり、複雑な軌跡を描きながら飛来する――。
「……なッ……?」
捉えた、とレイダが喜んだのも束の間。
ふいにエスカーの姿が掻き消えた。
いや、何の予備動作も無かったというわけではない。レイダは直前に、エスカーが右手側に動こうとするのを目にしていた。
つまり――。
「っと。バレちゃった」
「やはり……!」
移動したと思しき方へ視線を動かすと、果たしてそこにエスカーが出現した。
改めて彼の周囲に注意を傾けてみれば、細かな粒子が煌めいているのも見て取れる。
「加速か……!?」
「正解。ほんの一、二秒ほどだし、連続使用は出来ないけど。訓練して回数を伸ばしてみてるとこ」
移動距離はさほど長くない。エスカーの言う一、二秒ほどというのは嘘ではないようだとレイダは考える。
それでも加速という能力は厄介だった。エスカーの洞察力や怖気づかない心の強さを鑑みると、大抵の攻撃は避けられてしまうだろう。
レイダが唯一安堵したのは、その使用に回数制限があるらしいというところだった。
「……限定スキルとやらか」
「千年王国のブースターにはその機能無いんだ? その分こっちが有利ってことになるねえ」
「ハッ、技の一つや二つで差がつくと思ってるんじゃないぞ!」
レイダが吼え、これまでよりも多くの刃を顕現させる。
便利なスキルがあろうと、使えなくなってしまえば意味は無い。
残弾を全て吐き出させてしまえば、あとはジリジリと追い詰めるだけ。
そもそも相手は攻撃らしい攻撃をほとんどしてきていないのだから、攻めるチャンスは見出せていないはず。
このまま圧し切るだけでいいのだと、レイダは結論付けた。
「あと何度そうやって逃げられるか見ものだな……!」
「実はもう一回使うと十分は使えないんだよ、面倒なことにさ」
信じる義理は無い。が、それくらい残弾が少ないのは事実だろうとレイダは思った。
嘘というのは、そこに真実が混じるからこそ巧妙になる。デタラメ過ぎればすぐに分かるものだ。
「それが尽きれば、お前の命運も尽きるわけだな」
「それまでに決着がついてなきゃ、ね」
「上等だ!」
全力で相手を叩き潰す――レイダは持てる力を全て開放し、エスカーを攻め立てる。
「この力で、お前をズタズタに斬り刻む――」
鉄の刃一つ一つが直線状に連なり、まるで鞭のような武器へと変化する。
レイダはそれを両手に持ち、豪快に振り回し始めた。
刃同士の継ぎ目は魔力の糸のようなもので繋がれており、それが伸縮することでかなりの距離がレイダの攻撃圏内となる。
更に、単体だと攻撃に重みがないため氷と相殺されていたが、こうして一繋がりの武器になることで一撃の重みも段違いに向上していた。
「……ふうん、扱いも上手いもんだ。それなりの鍛錬をしたんだろうね」
エスカーは冷静に分析する。
この鞭のような形態も先ほどの猛攻と同じく、下手をすれば自分も傷つけてしまいかねない難しい代物だ。
それを器用に扱えるのは、レイダが血の滲むような努力をしたという証に相違なかった。
「そうだ、だからお前のようなガキに苦戦などしていられない。俺はもっと上を目指さねばならないんだ」
「組織に認められたいってヤツかな?」
「当たり前だ! そしていずれはディオン様のように大役を任される幹部になる……星一つを滅ぼし、王国の存続に大きく寄与するような!」
「……なるほどね」
聞きたくなかった、という風にエスカーは肩を竦めた。
まだそこまでの余裕があることにレイダは苛立ち、攻撃のギアを最高まで引き上げる。
止まない攻撃の波に、とうとうエスカーの表情が曇り始めた。
その額に、薄っすらと汗が滲んでいく。
「ふう……氷槍」
エスカーは自身の両手に氷の槍を生成し始める。
紙一重で刃の鞭を躱しながら十秒ほど、細長い槍を創り上げた彼は、それを二本とも地面に突き立てつつ、反動を利用し空中へ跳び上がった。
「な……ッ」
予想外の行動――その意味を理解し、レイダは焦った。
エスカーは氷槍に鞭を絡ませようと試みたのだ。
しかも、槍は見事に刃と刃の間……魔力の糸の部分へ当たるよう絶妙に配置されており、砕けることなく鞭が巻き付いていく。
「ちぃ……!」
まずいと判断したレイダは、刃同士の繋がりを一度断ち切った。
自身の魔力で糸が構成されているため、一瞬でバラバラにすることも可能なのだ。
エスカーはまだ着地していない。
最大の攻撃を上手くいなされたが、まだ優位なのは変わらない――。
「蜂の巣にしてやる……!」
バラバラに解けた全ての刃が、エスカーに照準を定めた。
彼は緩やかな斜面の下側に着地しようとしている。
レイダはその着地までにカタを付けようと、刃を放った。
「――クラッグス」
「何……!」
そこで初めて、エスカーが魔法を使った。
これまで一度として使わなかったので、使えないものだとレイダは勝手に可能性を排除してしまっていた。
エスカーの前方に岩の壁が突き立って、刃を防ぐシールドと化す。
そのシールドが砕けたとき、レイダの武器もまた全弾を撃ち終わっていた。
「最後のチャンスだったのに、残念だねえ」
「ハッ、最後だと? 何が――」
そのとき、レイダの耳が微かな音を捉えた。
いや……始めは微小だった音が、次第にボリュームを増していくのが分かる。
――待て。どうしてあいつは常に、斜面の下側を陣取っていた?
最初に刃を交えた時から今この瞬間まで、エスカーはずっと斜面の下をテリトリーにしていた。
上から相手を待ち受ける方が有利になりやすいと、理解はしているだろうに。
……その理由に、レイダがようやく辿り着いた時にはもう遅かった。
確かにエスカーの言う通り、あの攻撃がレイダにとって最後のチャンスだったのだ。
「はッ……」
レイダが背後を振り返ると、彼の死神がやって来ていた。
轟々と音を立てながら斜面を転がり落ちてくるのは――氷塊。
そう、エスカーは勝負が始まった時点からゆっくり時間をかけ、遠く離れた上部に丸い氷を形成していたのだ。
ようやく完成した氷塊が、傾斜によって速度を増しながらレイダへ迫ってくる。
彼が振り返ったのは、もう球が数メートルの距離まで転がってきた時なのだった。
「――おおおぉおおッ!!」
それでも、レイダは決して諦めたりしなかった。
猛スピードで突っ込んでくる巨大な凶器を、必死に回避しようと試みる。
余裕があれば跳躍して躱せるが、今はそれだけの猶予も無く。
ならば勢いをそのままに受け流すしか策は無いと、彼は蛇腹の刃を生成した。
「ぐう……ッ!」
左手の肩から手の甲にかけ刃を纏わせ、氷塊をそのレーンに滑らせる。
無論、その衝撃は凄まじい。ギャリギャリと耳障りな音を立てながら、氷塊はレイダの左腕を破壊していく。
悲鳴を上げたくなるほどの激痛。それでも、死ぬよりはマシだと気合で意識を保ちつつ。
一本の腕と引き換えに、レイダは何とかエスカーの仕掛けた大技を耐えきって見せたのである。
「……はぁ……ッ、何が、最後だ……!」
これで逆に、お前が最後のチャンスを潰したなと。
そう宣言したかったレイダだが。
「――どこへ……」
振り返った視界の中。
そのどこにもエスカーの姿が無かった。
「まさか……!」
ここで加速か、と思い至ったレイダ。
エスカーはレイダが一撃を耐えきることすら見越して、限定スキルの加速を温存しておいたのだ。
その証拠に、エスカーがさっきまでいたはずの場所に微かな氷の粒子が煌めいている。
あの地点から加速し、攻撃を仕掛けるとなると――。
「ハハ、見切ったぞッ!!」
「本当に?」
確信とともに刃を振り下ろしたまさにその時、レイダの耳元に悪魔の囁きが聞こえた。
「……あ……?」
「はい、お終い」
声とともに、レイダの首筋に冷たい刃が這わされて。
何の躊躇いもなく刃はす、と引かれ――鮮血が迸った。
――嘘だろ。
己の血が視界を覆う絶望的な光景の中。
レイダは背後に立っていたエスカーの表情を目にする。
冷ややかな笑みと、けれどもどんな感情も宿さぬような、虚ろな目。
それはまるで、闇の世界に生きる暗殺者のような表情だった。
――嵌められた。その能力すらも、全部……。
「善戦したご褒美に教えてあげるよ。俺の名はエスカー=イリオット……あの世へ持っていきな」
――イリオット家……まさか……。
レイダは最期の瞬間、自らが敗北した理由を悟った。
そして、どうしてこの男がここにいるのだという疑問を抱きながら、永遠の眠りへ落ちていくのだった……。
「ふう。実際、もっと楽出来るかと思ったけど……辛かったねえ。まだまだこんなもんか」
自嘲するようにそう呟くと、エスカーは自らが負った傷を指でなぞる。
この痛みを忘れまいとするように。
「そんじゃ、俺もリーダーを追いますか。……じゃあね、王国の下っ端さん」
もはや物言わぬ骸へ、別れの言葉を投げかけて。
エスカー=イリオットもまたダインらと合流すべく、山道を登り始めた。




