158.それぞれの戦い――イオナ②
相対するフロメアのイマジネート能力は炎。
彼女自身の魔力も相応に高いし、終末ノ獣によって周囲の火属性マナが活性化しているからだろう、更に威力が増している感じもあった。
短気な女とは言え、ストレートな攻撃ばかりというわけでもない。
注意しなければ一瞬で勝負を持っていかれる、そんな恐ろしさの付き纏う相手だ。
「……よし」
狙うは一瞬。突貫ながら勝ち筋になりそうな展開を組み立て、イオナは動き出す。
「――ライト!」
「っと……目晦ましかい!」
せせら笑いながら、フロメアはすぐさま光を相殺する魔法――闇属性のダークをぶつける。
そうしている間にイオナはフロメアの右側面に回り込み、ブライトレイを放った。
「フン、つまらん小細工だね」
速度はかなりのものだが、光線自体はどこまでも直線的。
一度タイミングを掴んだフロメアは、側方からの攻撃でも簡単に避けてしまう。
「――ブライトレイ!」
イオナは更に円を描くように走り続け、別方面から光線を放つ。
しかし、これもフロメアは軽々と躱すのだった。
「どこから撃とうが、射線なんてすぐ分かるんだよ――ウロチョロ目障りだ、喰らって倒れちまいなッ!」
刺々しい杖をフロメアは何度も振り回す。
その度に拳大の火球が生まれ、弧を描いてイオナへ向かっていく。
「――アクア!」
イオナは水魔法で対応するも、彼女が行使する魔法の威力では一つを相殺するのが精一杯だ。
「――ブライトレイ……!」
イマジネート能力の光線にはそこそこの威力があり、直線状にある火の玉を全て貫通してくれるが、如何せん幅が狭い。
つまるところ、ひっきりなしに飛んでくる火の玉を全て捌き切るには、どうしても手が足りなかった。
「ハハ、アンタのしょぼいイマジネートと違って、アタシの炎は幾らでも撃てるのさ……これで本当に終いだよ!」
フロメアは魔力を溜め、空中へ向けて杖を振るうことで一気に放出する。
まるで終末ノ獣が眷属を産み落としたあの光景のように、数多の火球が空中に放たれ……その全てがイオナへ牙を剥いた。
全方位から襲い掛かる炎。最早避け切ることは不可能に近く、イオナは早々にバリアを張ることを選択する。
そして心許ない防壁に身を任せながら、その瞬間を待った。
「フ、最後は呆気ないもんだ……」
勝利を確信し、フロメアが油断したその一瞬。
バリアを貫通して、一条の光線が閃いた。
「――ぁあッ!?」
予想外のタイミングで反撃され、フロメアは光線を完全に回避することが出来なかった。
杖を持っていた右腕を光が掠め、皮膚を抉って鮮血を迸らせる。
その激痛に、彼女は思わず武器を取り落としてしまった。
「ば、馬鹿な……あのガキ、炎に焼かれるのを覚悟して……!?」
それはまさに、捨て身のカウンターだった。
自らバリアを破壊する形でブライトレイを放ち、油断していた敵を貫く。
「……ハッ、けど残念……致命傷とはいかなかったねえ……!」
痛みで脂汗を滲ませるも、フロメアは自身の勝利は揺るがないと、笑みを崩さずに言う。
それからゆっくり杖を拾い上げると、傷口に回復魔法をかけて治癒を始めた。
「チッ、補助魔法はダメなんだよ……後でセフィにちゃんと治してもらうかね」
フロメアは独り言ちながら、イオナのいた場所――黒煙の立つ爆心地へと歩を進める。
貴重な『預言者』という研究材料が、死んでいないことを確かめるために。
「……おや?」
煙が晴れ、人影が少しずつ見えてくる。
火球の直撃を受けたはずのイオナ。だが、彼女は両膝を突きながらも未だ倒れずにいた。
その肌も衣服も、炎に焼かれ黒ずんで見える部分はあるものの、大きなダメージを負ってはいない。
「……しぶといねえ。咄嗟にバリアを張り直したか……?」
何故まだイオナが倒れていないのか、気になったフロメアは更に一歩踏み込む。
……そこで、カラクリの一つに気付いた。
「光……?」
イオナの全身が、薄っすらと光に覆われていた。
その光が防壁のようになり、攻撃の威力を軽減していたのだ。
「そんな、使い方が――」
「――ブライトレイ」
不意を突いた一撃だった。
フロメアの呟きが終わらないうちに、イオナは杖先を彼女へ向けて起死回生の一撃を放つ。
「ちィ……ッ!」
だが、フロメアも完全に油断をしていたわけではない。
相手が防御策を講じていたことに気付いたときから、何かがあるという予感で警戒は強めていた。
だからこそ、今度も致命傷は免れる。
光線は、フロメアの左脇腹を掠めていくに留まった。
「惜しかったねえ……! でもこれで、万策尽きただろう――」
フロメアの笑みが、次の瞬間驚愕に変わった。
何故――彼女の両肩を、二対の光線が貫いていったから。
「……うん、今のが最後の策。嵌ってくれてありがとね」
「な……何だい、これ……」
イオナは灰を払いつつ、ゆっくりと立ち上がる。
そんな彼女と対照的に、両肩に風穴の空いたフロメアは、驚きの表情を張り付けたまま地面に崩れ落ちた。
「……私のイマジネートは光を操る能力。まだ未熟だから効力はさておき、さっきみたいに身を護ることも一応出来るんだ」
言いながらイオナは、先ほどと同じように光を自身の体に纏わせる。
実際、光はかなり薄く引き延ばされていて、防御力はさほど高くなさそうに見えた。
「それから……別に私の力は連射が出来ないわけでもないし、杖先からしか出せないわけでもない。戦いの中で、そう思わせはしたけどね」
「……そういう、こと……」
イオナは戦闘中、常に杖先からブライトレイを一本だけ放つことで、フロメアにそれしか出来ないと思い込ませた。
そして彼女がきちんと誤解してくれたのを、その発言から判断して、最後の詰めにかかったのだ。
「この光線は私の周囲……今だと半径一メートルくらいかな? そのどこからでも、複数本撃つことが出来る。貴方が一本を避けて満足しているところに、左右からもう二本を追加でお見舞いしたってわけ」
もちろん、杖先から集中して放つ光線の方が威力、精度ともに高い。
ただ、決着の瞬間はフロメアが至近距離にいたため、外す可能性を考慮せずとも良かったのである。
「なんて、イヤな能力……」
「貴方の力も強くて困ったけどね。最後は私の勝ち」
勝利を宣言するイオナだが、それなりの代償は払ってしまった。
火傷のせいで全身が痛む上、衣服も所々焦げたり破れたりと酷い見た目だ。
回復魔法で負傷はすぐに治したが、肌の露出が多くなったことに彼女は溜め息を吐く。
「はあ……命懸けの戦いなんだし、これも仕方なしか」
イオナがもう一度フロメアの方を見やったとき、彼女は既に意識を失っていた。
両肩の傷はかなり深い。このまま放置すると、もしかしたら出血多量で死んでしまうかもしれなかった。
イオナは二度目の溜め息を吐いてから、意識の無いフロメアに回復魔法をかける。
傷口からの出血が無くなったのを確認し、身を翻した。
――誰が死ぬのも、心苦しいもんね。
救える限りは、敵であっても命は救いたい。
わがままかもしれないが、それがイオナの信条だった。
きっと、巡礼の険しい道のりの中でどうしようもない場面は幾度も訪れるだろうけれど。
手を差し伸べることだけは、自分が後悔しないためにしておきたかった。
「さて……後はダインに頑張ってもらわなくちゃね。ちゃんと世界を救えるように……沢山の人たちの想いに、報いるために」
そして、イオナもまた火山の山頂を目指し、進み始める。




