150.決戦の五日目
……そして、夜が明ける。
都合三時間ちょっとの睡眠をとり、オレたちは目を覚ます。
十分な睡眠時間だったわけではないが、この状況ならありがたい方だ。
おかげさまで疲れはほとんど癒えていた。
メルシオネ教官は、自分たちが目覚めるより前に起床しており、きっちり助っ人を迎えに行ってくれていた。
なのでオレたちは、軽めの朝食をとりつつその到着を待つことになった。
「戻りました」
サンドイッチを二つ腹に詰め込んだところで、教官の声が玄関から聞こえる。
オレたちが食堂を出ると、教官に連れられてやって来た助っ人の姿が。
意外にも、それはオレたちのよく知る人物だった。
「ふふ……まさかこちらで教官たちにお会いするなんて」
「アンナさん……?」
そう、助っ人はアルカード星書院で司書を務めているアンナ=パニエさんだった。
メルシオネ教官も流石にこれは予想していなかった様子だ。
「長生きはするものですね。古代文字の知識で、皆さんのお役に立てるとは思ってもみませんでした」
「アンナさん、古代文字が読めるんですね……凄い」
「私は好奇心が強い方で、主に歴史方面に興味を持っていましてね。必然的に昔の文字もいくらか読めるようになったんですよ」
「ボクは覚えるの全般ニガテだから、尊敬しちゃうなあ」
古代文字についてはオレもほとんど知らないが、もしかしたら文法からして違うかもしれない。
だとすると、単に文字ごとの意味だけを覚えればいいわけじゃないだろうし、別言語を理解するというのは途方もなく難しいことだと思える。
「一度お話しましたけれど、エルフの住む国ということで、私もエイヴスには時折お邪魔していました。縁のあるこの国を守れるよう、頑張らせていただきます」
「アンナさんなら心強い。ぜひ、よろしくお願いします」
メルシオネ教官はそう言って一礼する。
「エルフ族の方が駆けつけてくれるとは……流石はロウディシア、異種族交流についても我々より先を行っているようだ。見習うべきところばかりで恐れ入るよ」
「同じエルフとして、その知識に敬意を払うとともに、頼りにしておる。どうかこのエイヴスを守ってほしい」
アンドルーさんとマレー族長も、駆けつけてくれたアンナさんへ言葉をかけた。
彼女は照れ臭そうに微笑んで、もちろんですと答えるのだった。
「……七時になりますね。そろそろ動き出しましょうか」
「ああ。ここからではあるが、我々も君たちの勝利を願っている」
「うむ。お主らならば、必ず勝利出来ると信じておるぞ」
二人の長の応援を受けて、オレたちは力強く頷く。
ここまで漕ぎつけたのだ、自分たちの手でこの国を終末の危機から救いたかった。
「アンドルーさん!」
いよいよ出発、という段になったところで、玄関扉が勢いよく開け放たれ、使用人の男が慌ただしく入ってくる。
恰好からして、外で警備にあたっている戦闘の心得がある男性のようだ。
「ごく少数ですが、火山の方から再び眷属が産み落とされたようです……!」
「……あちらも力が満ちるまで大人しく待っているだけ、というわけではないようだな」
眷属の第二陣か。ただ、召喚に多くの魔力を割けないために数自体は少ないようだ。
目視出来た限りは十体にも満たないということなので、バランたち防衛部隊だけでも何とか対処可能なはず。
「その程度なら、計画に変更を加える必要はなさそうですね。予定通り、三部隊に分かれて行動を開始しましょう」
「了解です!」
教官の指示で、オレたちは動き始める。
アンドルーさんとマレー族長……それからここに留まる何人かの住民に見送られて、邸宅の外へ。
夜が明けても空の色にはあまり変化が無かったが、それでも幾分かは明るく見える。
そして相変わらず、北部に出現した火山の山肌は煌々と燃え上がっていた。
「お待ちしていました、こちらは準備完了しています」
邸宅の前に集まっていたのは、蒼の遺跡へ向かう起動部隊に参加してくれる住民たちだ。
負傷していない、参加意思のある者だけに集合してもらったのだが、その数は実に五十人ほどにも上った。
「あはは……私が提案しておいて何だけど、凄い光景だなあ……」
「みな、この国を護りたいと強く思っていますから。ここに来れなかった者たちとて、気持ちは同じです」
この災厄の中で怪我をしてしまった人もいるし、森深くまで行く体力が無い人だっている。
そんな人たちも、力になりたい気持ちは一緒なのだ。
だから、効果のほどは分からないとしても、その場で同じように祈りを捧げようと言ってくれたらしい。
人もエルフも、アーテミーもアンパッサもなく、今この国の人々の心は一つだ。
「よし。ではこの者たちは、私たちで蒼の遺跡まで護衛させてもらう」
「よろしくお願いします。微力ながら、我々もお手伝いしますので」
使用人の中で戦える者たちも四名ほど、起動部隊に加わってくれるようだ。
これだけの人数になると、スキアさん一人では守り切れないだろうしな。
「……っと、早速お出ましみたいだよ」
西の方へ目を向けながら、エスカーが知らせてきた。
その数秒後、炎を纏った眷属が二体、姿を現す。
流石はエスカー、敵の気配には敏感だ。
「街へ襲撃に来る眷属どもは、拙者たちに任せるでござる」
「怖いけど、私たちも頑張らなくちゃ。ダインくんたちが安心して戦えるよう」
「せやな。街がこれ以上燃やされるんが見えたら、心配で集中出来んくなるやろうし」
「とにかく敵をぶっ倒す! それでオッケーだな」
バランチームの四人が、眷属たちの前に躍り出る。
それから少し遅れ、気怠げにリーダーも出て来て、
「はあ……せめて成績加点に期待させてもらおう。……気を抜くなよ、お前ら」
「うむ、無論だ」
「そういうリーダーこそ、油断したらあかんで」
「フン……行くぞ!」
何だかんだで一体感の出てきたバランチーム。
リーダーを先頭にして、眷属との交戦が始まる。
「私たちも急ぎ、ここを発とう」
「ええ。スキアさんも気を付けてくださいね」
「互いに上手く事が運ぶのを信じているよ」
オレたちとスキアさんのグループは、それぞれ別方向へと進む。
スキアさんたちは西から最短ルートで蒼の遺跡へ。
オレたちは熱気に満ちた北の火山へ。
実際には、火山周辺はマナが火属性に偏っていて近寄れないとの報告があったので、ギリギリのところで待機することになるだろう。
そこで蒼の遺跡が起動するのを待ち、成功を見届けてから突撃――という流れだ。
「……やってやるさ」
己を奮い立たせるように呟き、獣の待つ火山を見つめる。
もうすぐ決戦の時……決意を胸に、この道を力強く進んでいこう。




