146.世界に課せられた試練
「る、ルマンちゃん……今なんて?」
「だから、わたしとディオンさんは協力関係にあったんだ」
聞き間違いであるように信じてルカが再度問いかけるものの、ルマンちゃんの答えは変わらない。
自身とディオンが手を組んでいたのだと、さも当然のように言ってのける。
「待ちいな。それやとルマンちゃん、終末ノ獣を倒すための手段造っときながら、獣を産み出す相手にも協力してたってことやんか?」
「コイツ、やっぱり敵だろうが……! 真っ先にどうにかするべきなんじゃないのか」
バランは今にもブースターを取り出しそうな剣幕だ。
この小さな少女の言葉に振り回され、挙句この事件を引き起こした犯人の一人なのだと告白されれば、そうなる気持ちもまあ分かる。
だが、理解出来ないことを語っているからこそ、まずはその真意を汲み取る必要はあると思う。
なぜ彼女は、一見正反対にも見える二つの計画を進めたのか……。
「どうしてあなたは、ディオン=マナリーに協力を?」
場の空気を落ち着けるべく、メルシオネ教官は努めて冷静に問いかける。
「……まだ、知らないか。簡単に言うと、終末ノ獣を目覚めさせるのがわたしたちの仕事だから、かな」
「仕事だと……?」
そんな物騒な役割などあってたまるかと、バランは突っかかるように足を一歩踏み出す。
「そうだよ。天使は人を導くために在る。大いなる審判に辿り着くまで、わたしたちは人々に乗り越えるべき試練を課すの」
「へえ……それが終末ノ獣ってわけ? そう言えば、ディオン氏も最後の審判がどうとか口走ってたけど」
よく覚えていたな、エスカー。確かにディオンさんも最後の審判という言葉は口にしていた。
その時に、自分たちが選ばれた生還者になるだとか……。
「人は、幾つもの試練を越え、幾つもの巡礼を終え、辿り着かなくちゃならない。その旅の果てに審判が下され、選ばれた者だけが夜明けを迎えることが出来る……」
「夜明け――」
その言葉に、イオナはハッと息を呑んだ。
まさに、それは彼女の求め続けていた言葉だ。
女神イオナの預言が指し示すもの。新たな夜明け。
彼女が命を繋ぐためにきっと、迎えなくてはならないもの――。
「ま、待ってください。そもそも、どうしてそんな試練が世界に課せられなくちゃならないんですか? 終末ノ獣なんてものが現れなければ、平和に過ごしていけるじゃないですか。セラフィス教会だって、世の安寧が続くことを常に祈り、教えを広め続けているんです。なのに、試練とか審判とか、なんで人々が立ち向かって乗り越える必要があるのか……」
そんなエレンちゃんの問いも尤もだ。
終末ノ獣が産まれなければ、人々が平和を願い、守り続ける限りは平穏が続くことだろう。
なぜ、人々の前に試練や審判が提示されねばならないのか。
なぜ、人々はそれを乗り越えなければならないのか。
そこに納得のいく理由があるのかどうかは、知りたい。
『……世界の限界……』
そのとき、コーネリア校長がポツリと呟いた。
「うん。世界の限界に呼応する淘汰現象だね」
「校長……何かご存知なんですか?」
メルシオネ教官が訊ねると、コーネリア校長は渋い顔で頷いた。
『一部で囁かれている眉唾な仮説ってヤツだ。増え続ける世界への抑止力として、ストッパーのような仕組みが存在するんじゃないかってな……』
「ストッパー……それがつまり」
ルマンちゃんの言う試練や審判のことなのか。
『根拠のない説だと、真剣に捉える者は少なかった。ただ、増加するワールドスクリプトに対し終局を迎えるものは減少傾向で、それに呼応するかのようにイレギュラーの発生数が増加しているんだ。異世界を無理やり終局に持っていこうと言わんばかりにな。両者にはやはり関連性があるんじゃないかと、最近はそう考える学者も増えていた……』
「大体そんな感じ。説明の手間がまた省けたね」
相も変わらず無表情ながら、ルマンちゃんは片側の拳をぐっと握って喜びを表現する。
その仕草だけを見れば無垢な少女……という雰囲気なのだが、彼女の語る言葉の一つ一つが受け止めるには重すぎるものばかりだ。
「では……天使が道を示すというのは、世界の限界というのが訪れぬよう、人類に対して剪定をすることだと……?」
「そんな――それが天使だなんて……」
教会では天使についてポジティブな意味合いで伝えられていたために、エレンちゃんはショックを受けて絶句する。
……味方でも敵でもない、か。なるほど、確かにこの子の言う通りだ。
生きていくために、間引きする。そのために存在する彼女を、敵だとも言えないし味方だとも言えそうにない。
『限界論を提唱している学者がこの場にいたら、さぞ喜んでただろう。天使なんて超常的な存在から言質をとれたんだからよ。……はあ、やはりイレギュラーへの対応は最重要課題ってわけだ。今回のような事件……つまり試練ってヤツが、以後もどこかを襲う可能性があるんだろうしな』
「頑張ってね、アトモスの校長先生」
他人事のようにそんな応援を投げかけられ、コーネリア校長は深い溜め息を吐くばかりだった。
「……我々にとって驚きの事実ばかりですが、とにかく一度話をまとめましょう。ルマンさん、あなたは人類の剪定という目的のため、終末ノ獣を産み出そうとするディオン=マナリーへ協力し、一方でその獣を倒すための手段もスレイマン=ヘリングとの協力の下、造り上げていた。ディオンは蒼の遺跡が終末ノ獣への対抗手段となるのを知りつつも、あなたと結んだ協定によって手出しをせずにいた……ということですね?」
「ん、分かりやすい。補足すると、スレイマンさんと遺跡を造ったのが百年以上前で、ディオンさんと協定を結んだのが五十年ほど前。ディオンさんは最初から遺跡のことを知ってたけど、わたしがやったことに納得して遺跡を壊さなかったんだ」
ルマンちゃんがなにをして、ディオンが納得するに至ったのか。
あの男、半端なことでは納得などしないように思えるが……。
「わたしの権能で遺跡のマナを消費したの。神様だからこうして生きている……祈る者がいなくなれば、後はマナが減っていくだけだって」
「え? マナを消費したって、じゃあ……」
「遺跡にあるマナでは獣を倒せない。それを見定めて、ディオンさんは遺跡を放置してくれたんだ」
……終末ノ獣を倒せない?
話が二転三転している。元はと言えば、倒すために造った遺跡だったはずなのに。
「コイツ、俺たちをどこまで馬鹿にすれば……」
「待ってください、バランくん。……もしかすると、その話にも裏があるのではないですか?」
再びバランを制止し、メルシオネ教官はルマンちゃんへ問いかける。
「えへん、そうです。天使の目的を読み違えてたから、ディオンさんは騙されてくれたの。わたしの権能はマナを食べることも出来るけど、吐き出すことも不可能じゃないから」
「では、その吸収したマナを戻せるという事実を隠し、ディオン殿を納得させたということでござるか……!」
「あの人は、天使は人に裁きを与えるだけのものだと考えた。でも、天使は試練を与えて乗り越えさせるもの……うん、基本的には。だから遺跡がまだ機能して、終末ノ獣を攻撃出来るとは思ってない。皆にとっては多分、それが唯一のチャンス」
ルマンちゃんの詐術によって、今日まで残り続けた対抗手段……蒼の遺跡。
他に打つ手がない以上、彼女の言う通りそれを使うのが唯一のチャンスなのかもしれない。
『……第三者からの案に頼るしかねえのは悔しいが、今はその方法を採用するしかなさそうだな。で、ルマンさんよ。蒼の遺跡はすぐ攻撃に利用出来るのか?』
「わたしの方で貰ってるマナを戻せば大体はオッケーかな。でも、五十年の間に失われてる分もあるから、最大の威力とはいかなさそう」
「最大じゃないって……それで使ったらどうなるのさ?」
「獣の力を五割は削れる……かも。仮に最大まで貯まったとして、七割くらいかな」
「倒せるとかじゃないんだ……」
ルカがガクリと肩を落とす。過去から未来へ向けて用意された最終兵器を以てしても、終末ノ獣を討つに至らないとは。
厳しめに見積もり、獣の力が半減されたとして……それでもオレたちに勝ち目があるかどうかはさっぱり分からないぞ。
「後は、発動するのに魔法的な手順があったはずだけどわたしは分からない。遺跡の中に書かれてる文字がそれだったと思う」
「あれ、マレー族長が古代文字や言うてなかった? 読める人おらんのとちゃう?」
『……古代文字か。それについてはこっちで考える。少し時間を貰うことになるが』
「校長、当てがあるのですか?」
『一応な。駄目だった場合が怖いが、聞いてみないことには始まらん』
「そうですか……こちらとしてはお願いするしかありませんね」
メルシオネ教官が頭を下げる。
コーネリア校長の言う古代文字を判読する当てとは、誰のことなのやら。
そして該当者が、本当にあの文字を読めれば良いのだけれど。
「読める人がいれば、あとは手順通り魔法を発動すればいいだけ。……ふう。長かったけれど、これで全部伝えられたかな」
やりきった、という風にルマンちゃんは息を吐く。
オレたちにとってはこれからが勝負だが……天使にとってはここまでが仕事だったというわけだ。
「遺跡のマナを獣にぶつけた後はもう、直接戦うしかないということですね」
「だね……最後は子羊たちの頑張りに期待」
人を子羊呼ばわりとは……ここに来て超常的存在っぽい言い方をしてくるんだな、この子は。




